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■第48話 忘れるその時まで

 

 

高校3年に進級し、邪念を振り払うかのように更に勉強に没頭するシオリ。

 

 

もう迷いは無かった。

自分が迷っていてはショウタをあれ程までに傷つけた意味が無くなってしまう。


あの日の、絶望し呆然と涙を流すショウタの顔ばかりが浮かび、何度も何度も

かぶりを振って泣きそうになる震える胸を鎮め、映像を頭から追い出す。

医大に合格する事だけを考え、朝から晩まで狂ったように勉強した。

 

 

ショウタもまた、シオリのことを考えなくていいように無理やり忙しい日々を

送っていた。


新聞配達のバイトは辞めずにそのまま続けていた。 

少しでも時間が出来ると、すぐシオリのことを考え眠れなくなってしまう。

少しでも気を抜くと、シオリがハの字の困り眉で眩しそうに目を細め笑う顔

ばかり想ってしまう。

 

 

ガムシャラに体を動かすことで、疲れを誘い眠ろうと必死だった。


シオリのことを考えない様、シオリの笑った顔を思い出さない様それだけに毎日

必死になった。 新聞配達も件数を増やし、無駄に自転車で激走し、八百屋の

手伝いをしシオリのことで溢れかえる頭の中をなんとかしようと必死になった。

 

 

それでもやはり、完全にシオリを締め出すことなど出来なかった。

 

 

駅前に立つと、あのクリスマスの夜、信号向かいに佇むお団子姿のシオリを

思い出した。

マックのカウンターでふたり並んで食べたハンバーガー。 指でぬぐった

シオリの口許に付いたマヨネーズ。 からかわれながら一緒に歩いた商店街。

毎晩のように行った夜の公園の古びたベンチ。 自転車を押して帰った通学路。

はじめてキスをしたモミの木・・・ 

 

 

想い出に押しつぶされそうになった。

いっそのこと、押しつぶされてぺしゃんこに消えてなくなった方が楽だとさえ思えた。

 

 

 

 

 『ねぇ、いつまでそうやってるつもり・・・?』

 

 

ふいに背後から掛けられたその一言に、ショウタは力無く振り返ろうとした

その時。

 

 

誰もいない放課後の教室で3年でも同じクラスになった腐れ縁のマヒロが、

ショウタの覇気がない萎んだ背中に後ろから抱き付き呟いた。

 

 

 

 『あたしなら・・・ 悲しませないのに・・・。』

 

 

 

突然背中に感じたマヒロの体温に一瞬ショウタの体は驚き小さく跳ねるも、

すぐさま再び気怠く心許ないそれへと戻ってゆく。


まるでそれは ”お前じゃない ”とでも言われているようで、マヒロは目を眇め

唇を噛み締める。

 

 

 

 『もう、向こうはヤスムラのことなんか忘れて前に進んでるよっ!!』

 

 

 

怒鳴るように張った声が、放課後の静かな教室内に木霊した。

廊下向こうで愉しそうな笑い声が響き、少しだけ開けた窓からは野球部の

掛け声が爽やかに洩れ聴こえる。


春のやわらかな午後の日差しがしっとりと差し込む床に、ショウタの諦めた

ような小さく物悲しい笑い声が乾いて落ちる。 『ァハハ・・・。』

 

 

マヒロがショウタの正面に立ち、その大きな両肩をガッチリと手で掴んで

揺さぶった。 それはまるで駄々を捏ねるこどもの様に、伝わらない想いに

イラつくように乱暴に。

 

 

 

 『もう、ホヅミさんのことは忘れなよ・・・。』

 

 

 

何度も何度も大きく揺さぶるマヒロの手が、次第に小さく震えはじめた。

そして一歩近付くとショウタの胸におでこを寄せて、すすり泣く。

 

 

 

 『・・・あたしじゃ・・・ ダメ・・・?』

 

 

 

自分の胸に体を寄せるマヒロの感触と体温。


マヒロの震える肩に連動して揺れるショートカットの前下がりなサイドの毛先を

ショウタはどこか他人事のように、ただぼんやりと見ていた。

 

 

ふんわりかすめたマヒロの爽やかな柑橘系のシャンプーのにおい。

痩せているがスポーツをして適度に引き締まったその肩、腕。

健康的にほんのり日焼けした肌の色。

少しハスキーな声。

 

 

 

  違う。 


  全部、全部、シオリとは違う。

 

 

 

シオリの甘くやさしいにおい。

華奢でやわらかい体。

透き通るような色白の肌。

まあるい声色。

 

 

 

 

  (ホヅミさんじゃない・・・ ホヅミさん、じゃ・・・。)

 

 

 

 

ショウタが、生気が失われたような抑揚ない声色で小さくぽつり呟いた。

 

 

 

 『・・・じゃぁ、どうやったら忘れられんのか教えてくれよ・・・。』

 

 

 

そう言いながらも、どこか自分で言ったその一言になんだか笑いが込み上げ

そうだった。

 

 

忘れられるはずがない。

シオリを忘れるなんて出来るはずがない。

 

 

 

  だって心の奥底では、シオリを忘れたいなんて思ってないのだから・・・

 

 

 

 

  (いつかもっともっと時間が経って、歳をとって、


   忘れるその時までは、忘れないでいていいのかな・・・

 

 

   ・・・このまま、好きなままでいてもいいのかな・・・。)

 

 

 


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