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■第45話 絶望という名の透明な雫


 

 

 『もう・・・ 俺のこと、嫌いになったの・・・?』

 

 

見栄もプライドもなにも関係ない、ただただ目の前にいるたったひとりの

愛おしい人への純粋すぎるショウタの問い掛け。 シオリの胸は切り裂かれ

バラバラになったような激しい痛みを生じる。

 

 

 

 

 (ダメ・・・ 泣かない、泣かない・・・。)

 

 

 

 

一度でも瞬きをしたら涙の雫が零れ落ちそうで、シオリは頑なに目を見開いた

まま低く続ける。

 

 

 

 『嫌いには、なってない・・・

 

 

  でも、今のこの状況が大変すぎて、忙しすぎて、


  ヤスムラ君のこと考えてる時間がないの・・・

 

 

  ・・・嫌いではないけど、正直、


  もう、好きかどうかも分からなくなってきたの・・・。』

 

 

 

ショウタは慌てて身を乗り出しシオリの二の腕を掴むと、懇願するように言う。

シオリに直に伝わる必死すぎるその腕の力。乱暴に揺さぶられ黒髪が波を打つ。

 

 

 

 『邪魔しないから!


  じゃあ、俺からは連絡しないから! 


  俺からは、電話もメールもしないよ・・・

 

 

  ホヅミさんが、会いたくなった時に・・・ 


  ちょっとでも、気が向いた時に・・・


  暇になっ・・・』

 

 

 

 

『暇な時間なんて無いっ!!!』 ショウタのすがるような哀願も、途中で遮り

シオリの怒号のような甲高い声が部屋中に響いた。

 

 

 

 『暇な時間なんて・・・


  ヤスムラ君と呑気に会ってる時間なんて1秒だってないっ!

 

 

  私は医者にならなきゃいけないの。


  今は医大に合格することだけ考えなきゃいけないの。

 

 

  こうやって馬鹿みたいに無理して、倒れられて・・・


  お見舞いに来る時間さえ勿体ないっ! 迷惑なのっ!!

 

 

  勉強の邪魔なのっ!! 


  もう、ほんとに・・・ 迷惑だからやめてほしいのっ!!!』

 

 

 

 

その時。 

 

 

 

     シオリの耳に、人が絶望するときの音が聴こえた。

 

 

 

 

シオリを繋ぎ止めようと細い二の腕を必死に掴んでいたショウタの大きな手が

ダラリ、力無く垂れる。


ショウタの瞳から、絶望という名の透明な雫がぽとりぽとりと伝っては落ちた。

 

 

 

    『ただ・・・ 傍にいるだけでも・・・ ダメ、なの・・・?』

 

 

 

最後の最後に、ショウタが喉の奥から絞り出すように呟いた。

それは、シオリの胸の奥の奥、一番やわらかい部分を突き刺しえぐった。

 

 

 

いつもいつもシオリに向かって笑っていたショウタ。


時に、春の陽だまりみたいに。 時に、真夏の太陽みたいに。

シオリに向けてやわらかいあたたかい眼差しで、笑っている顔以外思い出せ

ない程いつもいつも笑っていたショウタが、今、泣いている。


人はこんなに哀しい顔が出来るのかと思う程に、涙の粒がそのやさしい目から

次々と伝う。

 

 

 

 『・・・今まで、ほんとに・・・ ありがとう・・・。』

 

 

 

そう背中で呟くと、床に落ちたブレザーを乱暴に羽織ってシオリは部屋を

飛び出して行った。

 

 

本当は ”さよなら ”と言わなければいけなかった。


きちんと終わらせるには、その一言が必要だった。

分かっているのに、言わなければいけなかったのに、どうしてもどうしても

その最後の一言が言えなかった。

 

 

 

 

  さよならの一言は、どうしても。


  言えなかった。

 

 

  ・・・言えなかった・・・。

 

 

 

 

大きな音を立ててシオリが階段を駆け下りてゆくのが聴こえる。

それを呆然とショウタはただただ聴いていた。

 

 

 

一歩も動くことが出来ずに、ただただシオリが永遠に遠くへ行ってしまう音を

聴いていた。

 

 

 


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