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■第34話 夢の生活


 

 

車も殆ど通らない深夜の時間帯の国道脇を、ショウタはシオリを後ろに乗せた

まま自転車のペダルを必死に高速で踏み込み続けた。 力強く踏み進む自転車は

その勢いで規則的に左右に傾ぎ、後部荷台のシオリは必死にその大きな背中に

しがみ付いている。


それはまるで何かに追われているかのように、どこか怯えながら、たまに後ろを

振り返りながら。

 

 

ショウタの腰にまわすシオリの細い手は手袋を持つのを忘れた為、冷たい夜風に

すっかり凍え赤くなっているのが、信号待ちで脚を止め肩を上下に息があがった

ショウタの目に映る。


そんなショウタも慌てて家を飛び出してきた為、自転車のハンドルを握る手は

シオリと同じく真っ赤だった。 ゴツイ指の節々が痛々しいほどで。

 

 

 

  こんな寒空の下、手袋さえも持っていないちっぽけで無力な自分たち・・・

 

 

 

なにも言わずシオリの細い手を掴むと、ショウタは自分のダウンジャケットの

ポケットに片方ずつその凍えた手を突っ込ませた。 すると途端にぬくもりに

包まれるシオリの手。


シオリもなにも言わず、ただそのあたたかさに目を伏せてやさしく大きなダウン

の背中にぴったり寄り添った。 

ふたり、なにも喋らず自転車の揺れに身を任せていた。

 

 

 

 

隣街の駅までやってきた自転車。


まだまだ夜は明ける気配まで遠く、更に暗さを増すその星ひとつない冷淡にも

感じる夜空にふたりは気付かぬうちに、目を落とし同時に小さく溜息を落とす。

 

 

駅前の陰になった場所にあるさびれたベンチに、隠れるように腰掛けたふたり。


ベンチ横にひっそり寂しげに佇む自販機でホットコーヒーを2本買うとショウタ

はぴったり寄り添い座るシオリの凍えた白い手にそれを渡す。


ふたり並んでゆっくりそれを傾けてひとくち飲むと、喉が小さく上下した。 

缶コーヒーの飲み口から唇を離すと、その瞬間だけあたたまった息が白く流れて

かすめ呆気なく冷えて消えた。

 

 

 

 『さてとっ!


  ・・・んじゃぁ~・・・ これからどうするか考えよっか?』

 

 

 

ショウタがおどけた明るい声を上げて、体を前傾しシオリをやさしく覗き込む。


シオリはクスクスと肩をすくめて笑い、愉しそうに目を細めた。

そっとショウタの大きな肩に寄り掛かり、どこを見るでもなく遠くを見つめる。

 

 

 

 『私たちの ”夢の生活 ”が、はじまるんだねっ!』

 

 

 

シオリが上げた久しぶりに聴くそんな明るい弾んだ声色に、ショウタは涙が込み

上げ鼻の奥がツンとする痛みに、そっと顔を伏せて切なげにぎゅっと目をつぶった。

 

 

 


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