■第35話 まばゆい感触
『歳ごまかせばさ~、取り敢えずバイトとか出来んじゃん?』
ショウタが口を開いた。 その底抜けに明るい声色には細かい事など何も
気にしない相変わらず根拠のない自信に満ちあふれたそれ。
『住む所はどうするの~?』 シオリが目を細め、やわらかく頬を緩める。
ベンチの座面に手を置き肩をすくめて前傾し、その愛しいお気楽顔を覗き見ながら。
『ん~・・・。』 早速口ごもって黙ったショウタ。
情けない下がり眉の眉尻が更に急降下で下がる。 答えを待つシオリにじっと
見つめられて照れくさそうに自分自身に呆れたように、降参とばかり『えへへ』
とはにかんだ。
そんなショウタに、シオリが可笑しそうにクスクス笑う。
『部屋借りるにも、いろいろ身分証明とか必要なんじゃない?
高校生だってバレたら、きっと部屋は借りられないよ~・・・』
シオリもまた明るく呑気な声色でどこか他人事の様にそう言うと、ショウタは
丸めていた背をぐっと反らし胸を張ると、得意満面に告げる。
『ん~・・・ その問題は、後で考えようっ!!』 そして、ニヤっと口角を上げた。
どこまでも続く、遠く遥かなる闇の先。
この闇を辿っていけば確実に誰も知らないどこかへ行けるのに。
片方だけシオリと繋いだ手に他方の手もそっと添えて、その華奢で心許ない
シオリのそれを包む。
誰にもとられないように守ると、シオリもまた他方の手を重ねた。
ベンチに背をのけ反らせ、星ひとつない真っ暗な夜空を見上げながらショウタは言う。
『俺がさ~、バイトから帰ったらさ~
ホヅミさんが、エプロンして玄関まで出て来てさ~・・・
”おかえり ”ってゆってくれんでしょ・・・?
いや~、まじでそれスゲェなぁ・・・ 幸せだなぁ~・・・。』
遠くを見るような目でうっとりと、ショウタが嬉しくて仕方ないという表情を
作る。
その脳裏には花柄エプロン姿のシオリが、作りかけの味噌汁のおたま片手に
嬉しそうに玄関にパタパタと駆け寄る愛らしい姿がしっかり描かれているようで。
『 ”おかえりのチュウ ”するねっ!』
小首を傾げ微笑むシオリに、ショウタは反らしていた背をガバっとシオリへ
乗り出すように近付け、『まままままじで??』 目を見開き、ランランと
輝かせる。
その反応に、クスクス笑うシオリ。 『すげぇー・・・ やべぇー・・・』 と
延々繰り返しているショウタが愛おしくて愛おしくて絡めて繋ぐその手に更に
力を込めた。
すると、ショウタはどんな想像をしているのか、ニヤけて頬筋をふるふると
痙攣するように震わせながら、シオリを横目でチラチラ見て遠慮がちに呟く。
『あ、あのー・・・
きっとさ、ほら・・・ 金無いから、広い部屋借りられないからさー・・・
タブン、タブンだけどー・・・
ベ、ベッドは・・・ ひとつしか、置けないじゃん・・・?』
どこかいやらしく緩んでゆくそのだらしない口許を、シオリは呆れたように
ひとつ溜息をつきジロリと眇める。
ショウタがニヤける理由など簡単に想像はついていた。
『じゃ、私がベッドに寝るから、
ヤスムラ君は、床にお布団敷いて寝てね。』
わざとシレっと言い切ったシオリ。 どこか涼しい面持ちで真っ暗な夜空を
見上げる。
その澄ました横顔を、『えええー・・・。』 眉根を寄せて明らかに不満気に
凝視するショウタ。 口を尖らせるだけ尖らせ、自分の妄想とは対極の反応に
おもちゃ屋前で駄々を捏ねるこどものように、今にも手足をジタバタとバタつか
せそうな勢い。
貫通するほど至近距離で射るように見られて、我慢も限界とばかりシオリは
思わず声を上げて吹き出し笑った。
『私だって離れるのはイヤだよ・・・
・・・ふたりで、くっ付いて寝ようね・・・。』
そう照れくさそうに呟いてそっと目を向けると、ショウタが眉を下げ泣き出し
そうな情けない顔をしてまっすぐシオリを見つめる。
やさしくあたたかい想いが溢れる互いの視線が絡み合った。
するとどちらからともなく静かに目を閉じ、ふたりの凍えて冷えた唇はやさしく
重なり合い、その眩暈がする程まばゆい感触に、一刻だけ現実を忘れることが出来た。




