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■第29話 逆光で翳った笑顔


 

 

 『ヤスムラー・・・


  あんた、どうしたの・・・? 寝不足??』

 

 

 

マヒロが机に突っ伏すショウタの横に立ち体を屈めて覗き込むように見つめる。

耳にかけていたショートボブのサラサラの髪の毛が、体の傾げに合わせて垂れ

揺れた。

 

 

最近のショウタは授業中に居眠りばかりを繰り返し、明らかに顔色も悪い。

ガッチリしていたはずの体がどことなく痩せて骨ばった気がしてならない。


なんだか心許なく見える背中に手をあてようと寸前まで伸ばし、突然シオリの

顔が浮かんでその手を引き戻したマヒロ。

 

 

ふと、突っ伏すショウタの上半身の隙間から見えた教科書に目を向けた。


その表紙には ”中学数学 ”と見えた気がして、不思議そうに首を傾げ更に顔を

近付けてもう一度覗き込んだ。 すると、やはりそこには中学の数学教科書が。

 

 

 

 

  (なんで中学のなんか・・・?)

 

 

 

 

思い切り怪訝な表情を向け、一瞬頭に浮かんだそれにまさかとでも言いたげに

少しからかい気味に半笑いで言う。

 

 

 

 『なーに、中学の教科書なんか勉強しちゃって・・・


  あんた、ホヅミさん追っかけて医大でも受験するつもり~・・・?』

 

 

 

すると、そのどこかやつれた顔をのっそり上げたショウタ。


耳に聴こえた ”ホヅミさん ”という固有名詞に嬉しくて反応したかのように、

にこやかに思い切り口角を上げ笑った。

 

 

 

 『んっ! 俺、医者になんだー!!』

 

 

 

信じられないその馬鹿馬鹿しい一言にマヒロが絶句し、目を眇めてぎゅっと唇を

噛み締めた。 無性に腹が立って仕方がない。何故そこまでする必要があるのか

全く理解できなくて、マヒロはその呑気な情けない顔を睨むように見つめた。

 

 

『それ、ホヅミさん知ってんの・・・?』 責めるような声色で問うと、

ショウタは困り果てたように眉根をひそめて、再び机に突っ伏し更に情けなく

小さく笑う。

 

 

 

 『ゆったけど・・・ むっちゃくちゃ怒られた・・・


  ・・・だから、こっそり勉強してんだよねぇ~・・・。』

 

 

 

えへへと笑うその底抜けにやさしい善人顔に、マヒロは怒りしかなかった。

煮えくり返るようなそれは、ショウタから次第にシオリへと矛先が変わる。

 

 

 

 

  (ヤスムラの性格なら、


   ガムシャラに暴走する事ぐらい分かんないわけ・・・?)

 

 

 

 

『バっカじゃないのっ?!』 目の前にはいない相手にそう低く吐き捨て

自席に戻ると、イライラが治まらず机の上に置く力が入り過ぎ指先が白くなった

拳がふるふると震えた。

 

 

 

 

 

部室でショウタとシオリ、ふたりきりで昼ごはんを食べる昼休み。


相変わらずひとつの机にふたり分の弁当箱を置いて、仲良くおかずをシェア

しながらやさしい時間を過ごしていた。

 

 

ショウタはシオリに激怒されて以来、医大受験の話題は一切口にしなくなっていた。

しかしそれは、また怒られるからという理由ではなく、いかにもショウタらしいもので。

 

 

 

 

  (合格してビックリさせちゃおう~・・・)

 

 

 

 

やはり根っからの楽天家なショウタは、シオリの驚く顔が見たい喜ばせたいと

いう一心で勉強を頑張っていることもバイトの件もシオリには内緒にしていた。

内緒にしているつもりでいた。


しかし、そんな情報は簡単にシオリの耳には届いていた。

 

 

 

 

  ”あのヤスムラが中学の教科書なんか持参して猛勉強してるらしい ”

 

 

 

そして、加えて ”ホヅミを追っかけて医大行きたいらしい ”との噂も。

 

 

弁当をつつきながら、明るく朗らかな顔を必死に作っているショウタ。

いつも通りに微笑みかけたいのに、体に常につきまとう倦怠感になんだか巧く

笑えない。

 

 

疲れた顔をしてどんどん頬がこけ不健康になってゆく容姿に、誰よりショウタを

想うシオリが気付かないはずなど無かった。

 

 

 

 『ねぇ・・・ ちゃんと食べてる? 寝てる?』

 

 

 

不安で仕方がなくて哀しそうに目を向けるも、ショウタはそれを避けるかの

ようにいつも話をすり替え、シオリを笑わせようと必死に明るい話題をはじめる。


『ねぇ・・・ ヤスムラ君・・・。』 心配で泣きそうな顔を向けるシオリ

だって毎日毎日勉強に追われ、疲れ果てて元気など無かった。


それでも自分も疲れている事など忘れる程、ショウタが気懸りで胸が締めつけられる。

 

 

ショウタはそんな憂慮してやまない顔を向けるシオリを見つめ返すと、

頬にいっぱい満面の笑みをたたえてニヤっと笑う。 

なんとかシオリを笑わせたい、そんな哀しい顔をして見つめないでほしい。

 

 

 

 『俺のことはいーんだってば!


  ホヅミさんはどうなの~・・・?


  ダイジョウブ? ちゃんと食って、ちゃんと寝なきゃダメだよ~?』

 

 

 

春の朗らかな陽だまりのようなショウタの笑顔が、窓から差し込む日差しに

逆光になってシオリには眩しくてよく見えなかった。 

 

 

 

  真っ黒に翳って、本当にその顔は笑っているのかさえ。


  本当は泣いていたとしても、それに気付けないくらいに。

 

 

 

 

シオリにあたたかい笑顔を向けたはずのショウタはその日の午後に遂に倒れた。


マヒロがシオリの元へ乱暴に押し掛けて来て、低く唸るように言う。

 

 

 

 『ちょっと話あるんだけど、いい・・・?』

 

 

 


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