■第28話 家族の支え
それからというもの、毎晩9時から明け方まで勉強をして早朝4時には
新聞配達のバイトに向かう日々を送っていたショウタ。
ベッドに横になる余裕すらなく、勉強机に突っ伏していつの間にか堕ちるように
居眠りをし早朝にケータイのアラームがけたたましく鳴り響くと、慌てて起き
上がり顔も洗わずにダウンジャケットを着込みマフラーを巻き直して、家を飛び
出して行った。
しかし、ショウタの顔は希望に満ち溢れ、まっすぐに信じるシオリとの未来に
向けて胸の高鳴りは止むことを知らず、イキイキとして目は輝いていた。
(俺のガンバリ次第で、ホヅミさんとずっと一緒にいられるんだ・・・。)
とある夜のこと。
特に不得意な中学数学の教科書と睨めっこして、自分でも気付かずにブツブツと
延々文句を呟いていた時、部屋のドアが乱暴に1度ドンっと蹴られた衝撃に
驚いてそちらを凝視したショウタ。
すると、『入るよ』 の一言もなく隣の部屋の妹ナオが、怒り狂ったような
赤い顔を向け、怒り肩で風を切って部屋に進入してきた。
『な、なに・・・?』
母親似のキツい性格の妹ナオ。 こどもの頃はよく殴られ蹴られ、泣かされて
いたショウタは4才年上のくせにいまだに子供の頃のトラウマか、妹ナオの
苛立つ表情を見ると体が竦み固まる。
小柄な獅子のような妹の顔色をオドオドしつつ窺う。
チッ。
ナオは顎を上げて目を眇めると、ショウタに向けてわざと大きく舌打ちをした。
『な、なんでしょうか・・・?』 大きな体を小さく萎めて、ショウタが心細
そうにいつにも増して情けない顔を向け上目遣いする。
すると、
『うっっっさいんだよぉぉおおお!
毎っ晩、毎晩、”数学ムズい、ムズい ”ってさぁー・・・
隣のあたしの部屋に丸聴こえだっつーのっ!!!』
ナオがドスの効いた低い濁声で、コメカミに血管を浮き上がらせながらまくし
立てる。
築40年のだいぶガタがきている家は、容易に部屋の音を隣へ漏らし伝えて
しまい毎夜毎夜、勉強しながら呟くショウタの、心の声のはずがしっかり漏れて
いたネガティブな独り言が隣のナオの部屋に聴こえていて、相当な迷惑を被って
いたのだった。
また拳で殴られでもするのかと両腕でその身をかばい、殴られる覚悟をもって
頬と腹に力を込めるショウタ。 ナオが怒った時はいつも条件反射のように
この体勢を取る。
バスケ部に在籍するナオは程よく筋肉のつき引き締まった無駄のない体で、
ショウタに向け大袈裟にファイティングポーズをとり、フットワーク軽く
間合いを詰める。
しかし、構えた拳をそっと下ろすとナオは不機嫌そうにぽつりと呟いた。
『中学数学教えてやるよっ!
・・・感謝しろ、このタコっ!!』
ナオは母からショウタが必死に勉強しバイトに通う理由を聞き、今まではただの
脳天気で考えなしなしょうもないアホだと思っていたショウタを少しだけ見直し
ていた。
兄の恋愛沙汰なんて気持ち悪くて鬱陶しいはずなのに、何故か今回ばかりは
ナオの鉄の心を突き動かしたのだった。
『・・・え? まじで??』
ナオの拳から身を守るように、体の前面で構えていたその腕を下ろし驚き
パチパチとせわしなく瞬きをするショウタ。 すると油断したその一瞬の隙に、
ナオのパンチが腹に一発軽く入った。
『まぁ、どーーーーーう考えてもムリだと思うけどね~・・・。』
呆れたようにかすかに頬を緩めるナオのその顔が母のそれとそっくりで、
ショウタは殴られた腹をかばい苦い顔をしながらもほんの少し口許を緩めた。
妹ナオは毎晩ショウタを乱暴に小突きながらも、飽きもせず数学を教えた。
母は必死に勉強するショウタへ夜食を作って運び、叱咤激励した。
口数の多くない父は仕事を張り切り、学費を捻出しようと必死になっていた。
ショウタはそんなあたたかい家族の支えに応えようと、どんどん無理をして
いった。 ヤル気と比例して勉強時間はどんどん増加し、それに反比例して
睡眠時間は激減した。
いくら若いとはいえ無理がたたりそれが顕著に体に現れたのはそれから数週間後
のことだった。




