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■第30話 奇跡でも起きれば


 

 

ショウタが倒れた日の放課後、マヒロは2-Cのシオリを訪ねやって来た。


その顔は怒っているような哀しんでいるような、しかしどこか無表情にも

見える。

 

 

 

 『ヤスムラ、倒れたよ。』

 

 

 

『え・・・。』 クラスが違うシオリの元へはまだ届いていなかったその情報に

絶句する。


本来ならば一番最初に聞かされて当然なはずが、第三者を通じて聞かされなけれ

ばならない事実に、シオリもこの時ばかりは同じクラスだったならと感じずには

いられない。

 

 

そのイライラした感じを隠しもしない第一声で、マヒロがシオリを責め立てよう

と切り出した事は瞬時に分かった。

 

 

 

 『あのバカが医大行くのなんか、ムリに決まってるの分かるよね?』

 

 

 

浴びせられる険のある矢継ぎ早な口調に、シオリは俯いて顔を上げない。


まるでシオリが医大に誘って無理を強いているとでも思っているような、

そのマヒロの一方的な口調。 

ストレートな言葉が、やわらかい部分にグサグサと突き刺さる。

 

 

しかしシオリには反論する気もなかった。 ショウタの思い込んだらまっしぐら

な性格は止められないという気持ちと、どこか心の奥底では本当に一緒に医大に

行けたならという夢のような未来図を、一瞬でも描いていなかったかといえば嘘

になる。

 

 

睨むようにまっすぐ見つめるマヒロの視線が痛くて、シオリはそっと視線を

はずした。


シオリを追い掛け医大なんかを目指し、ショウタが無理をして倒れたことは

紛れもない事実なのだ。 

すべては自分が発端なのだという事は痛いほど分かっていた。

 

 

シオリが、唇を噛み締めて小さく小さく呟いた。

 

 

 

 『・・・ちゃんと、私からもう一回ゆうから・・・。』

 

 

 

 

 

その頃、ショウタは学校まで迎えに来た父に連れられ自宅へ帰っていた。


病院で診察を受けた結果は、過労と睡眠不足。

深夜までの勉強と早朝のバイトは、いくら10代の血気盛んな肢体をもいとも

簡単に打ちのめす。 病院で点滴を打って少し休んだ後は、自宅へ戻って静養

していた。

 

 

 

眠るショウタの横に立ち、母ミヨコがその寝顔をそっと見つめる。


毎晩毎晩遅くまで勉強机に向かい、ベッドに横になることもせず机に突っ伏して

泥の様に眠るその必死な息子の背中にそっと毛布をかけて、哀しげに微笑んで

いた母ミヨコ。


いつも夜食を作って持って行くと、窓辺に置く愛情をたっぷり注いだミムラスに

ニヤっと笑いかけながら、室内だというのにマフラーを首元にぐるぐるに巻き

付け懸命に教科書を睨むその姿に、ミヨコの胸はどうしようもなく痛んだ。

 

 

 

 

  (奇跡でも起きないもんだろうか・・・。)

 

 

 

 

どうしてもショウタを医大へ行かせてやりたいという想いが募っていた。


どうしてもショウタの淡い初恋を実らせてあげたいという想いが。

 

 

 

金銭的な問題なら、なにをどうしてでも工面しようと思っていた。

色んな知人に知恵を借り、自治体の奨学金制度などしっかり調べてもいた。


しかし肝心な受験に関しては代わってあげる事も力になる事も出来やしない。

 

 

 

 

  (塾にでも通わせるか・・・ 家庭教師がいいか・・・。)

 

 

 

 

血色悪い寝顔を向け眠るショウタの横にひざまずき、母ミヨコは少しこけた

息子の頬にそっと手を当てて哀しげに目を伏せた。

 

 

 

すると、その時。

 

 

『ごめんください!!』 久しぶりに聴いた、階下から懸命に叫ぶ息子を心配

してやまないその慌てたような可愛い声にミヨコは目を細めて小さく微笑んだ。

 

 

 


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