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■第21話 薔薇の棘のように


 

ふたりでいられる時間は、少しずつ少しずつ目減りしていった。

 

 

毎晩シオリが病院から戻った後、ショウタの実家で過ごすほんのわずかな

安らぐ時間でさえ次第にシオリ父ソウイチロウによって阻まれ始めた。


シオリ母マチコはそれを知っていながらも、恋する娘の背中を影でこっそり

応援し見てぬ振りをして許してくれていた。


しかし、それが父ソウイチロウの知る所となったのは、従兄弟コウが何かしら

関わっていて影で動いたとしか思えなかった。

 

 

 

 『今夜もね・・・ 行けそうにないの・・・。』

 

 

 

シオリの沈んだ電話向こうの声に、『そっか・・・。』 ショウタもガッカリ

する声色を隠せない。 もう何日シオリに会っていないだろう。 

楽しいはずの冬休みはただただ寂しい毎日の積み重ねになっていた。 

これが学校がある日ならば、クラスは違えど毎日毎日シオリの顔を見ることが

出来るというのに。

 

 

『ごめんね・・・。』 ふたり、途端に口をつぐみ互いの耳には小さく呼吸

する息遣いしか聴こえない。

 

 

 

息苦しいその沈黙に、慌ててショウタが明るい声を出す。

 

 

  

 『あ! あのさ・・・


  今日、あの・・・ 店番してたら、スゲェ変な客が来てさー・・・。』

 

 

 

自分までシオリの負担になってはいけないと、努めて明るく振る舞いシオリを

なんとか笑わせようと躍起になる。 大袈裟なほどのその声色と、あきらかに

脚色した話にシオリの胸は申し訳なさでやり切れない想いが募り、愛想笑いで

すらその頬には作れそうにない。 


そんな毎日毎日面白ろ可笑しい話などあるはずもないのに、ショウタは必死に

なって電話向こうでシオリの笑いを誘う。

 

 

 

 『ヤスムラ君・・・


  いいから・・・ ほんと、いいから・・・ ダイジョウブだから・・・。』

 

 

 

思わずシオリが話の途中で口を挟み、それを遮った。


ショウタが哀しげに口をつぐむ。 ケータイを当てる耳に聴こえるのは呼吸の

音のみ。 一瞬のどうしようもなく嫌な ”間 ”がふたりに訪れる。

 

 

 

 『ごめん・・・。』

 

 

 

ショウタが小さく口を開いた。

大きな背を丸めてしょんぼりしている不器用な姿が、シオリの目に浮かぶ。

 

 

シオリもまた、ショウタを傷つけてしまった事への自己嫌悪に陥って、

『ごめんね・・・。』 ショウタのそれと同じ声色で返した。 


そして互い、再びケータイを耳に当てたまま黙り込んだ。

 

 

 

 

   奪われる。


   どんどんシオリが奪われてゆく。

 

 

 

 

 『今から行くっ!!』


胸にこみ上げる吐きそうな程の不安と恐怖に、居ても立ってもいられず突然

声を張ったショウタ。 シオリがケータイを当てる耳に、ショウタが慌てて

駆け出そうとしている息遣いが聴こえる。

 

 

 

 『今夜はムリ・・・


  お父さんがもう家にいるから、出られないよ・・・。』

 

 

 『5分でもいいよ!!


  ・・・3分、でも・・・。』

 

 

 

階段を駆け下りている踏面が軋むような足音が聴こえ、シオリが涙声で必死に

説き伏せる。

 

 

 

 『ムリ・・・


  ほんとにムリだから・・・ ごめんね・・・。』

 

 

 『じゃあ、一瞬でも!!!』

 

 

 

叫ぶように言ったショウタの声の向こう側に、シオリのすすり泣くような声が

小さく小さく響き、ショウタの足音が諦めたように哀しげにパッタリとやんだ。


まるで腰が抜けたようにストンと力無く階段の段差に腰を下ろして、頭を抱える

ショウタ。


その顔は悲哀に歪み、きつく握り締めた拳がやり場のない思いに小刻みに震え

太ももを憎々しげに何度も打ち付ける。 シオリへぶつけられない空回りする

想いを己の太ももに何度も何度も。 太ももの痛みなんて胸のそれに比べれば

なんてことは無かった。

 

 

 

 『会いたいよ・・・


  なんで、会えないんだよ・・・。』

 

 

 

ショウタの落とした哀声は、シオリの胸にがんじがらめにからまり薔薇の棘の

ように突き刺さった。

 

 

 


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