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■第19話 ゼッタイ

 

 

ビニール傘を片手に、ショウタは雨が降りしきる夜の住宅街をシオリの元へと

息を切らして走る。

 

 

濡れたアスファルトを蹴り上げると、ジーンズのふくらはぎに濁った雨水の泥が

跳ねぽつぽつと汚れを付ける。


1秒でも早くシオリの元へ行きたいのに、片手に握る傘のせいで走りにくくて

ショウタはしかめ面をしながらも必死に腕を振り雨夜の中を駆けた。

 

 

シオリはいつもの様に既に玄関先に出て寒空の下ショウタをひとり待っていた。


夜の雨空を見上げると、それは透明な矢のようにまっすぐ次々とシオリの赤い

花柄の傘を突き刺す。

傘の柄を両手で掴んで心細そうに佇むその足元もまた、アスファルトに跳ね

返った雨の雫で静かに濡らされてゆく。

 

 

もの凄い勢いで向こうから駆けて来る足音とビニール傘が目に入ると、シオリは

慌てて飛び出し駆け寄った。 そして、花柄の傘を放り出し思い切りショウタに

抱き付いて急いで走り続けたため呼吸が荒く激しく上下するその広い胸に顔を

うずめる。

 

 

 

 『俺に・・・


  ・・・俺に、なんか出来ることない・・・?』

 

 

 

シオリの頭の上で、大好きなやわらかい声が響く。 それは、やさしすぎて

あたたかすぎて直接心臓まで響き、苦しい。


ショウタの背中にまわすシオリの白い手が、更にぎゅっと力を込める。 

その腕の強さで痛いくらいにショウタへの愛情が伝わる。 それに負けじと

全身に想いを込め抱きしめ返したショウタ。

 

 

 

 『ゼッタイ大丈夫だよ、俺たち・・・


  ゼッタイ、ずっと、一緒にいられる・・・ ゼッタイ大丈夫だ。』

 

 

 

ショウタが闇雲に繰り返す ”ゼッタイ ”がシオリの胸にどこか重く圧し掛かる。


暫くただ黙ってショウタの胸に顔をうずめていたシオリ。

しかし、何度も何度も軽易に繰り返されるそれに、シオリは唇を噛み締めて

ショウタの胸をどこか突き放すようにして体を離した。

 

 

 

 『どうして、そんな事わかるの・・・?


  もし・・・ もし、お兄ちゃんがこのままだったら・・・


  ・・・もしもの事があったら・・・ 私たち・・・。』

 

 

 

『ゼッタイ大丈夫だよっ!!』 まるで自分に言い聞かせているかのような

ショウタのその必死な ”ゼッタイ ”に、シオリが目を眇める。

 

 

 

 『ゼッタイ、ゼッタイ、って・・・


  医者でも、神様でもないのに・・・ ヤスムラ君になにが分かるのよ!!』

 

 

 

激しいはずの雨音が一瞬やんだかと思うほど、シオリのその一言だけ住宅街に

鳴り響く。


ショウタをまるで責めるように吐き捨ててしまって、シオリは自分の声色に

ハッとした顔を向けた。


完全に八つ当たりだった。 どうしようもないこの現状に、苛立ち不安と恐怖

しかなくて一番自分を想ってくれるその人に、一番寄り添っていたいその人に、

否定的な態度と言葉を向けてしまった自分に自己嫌悪に陥り、更に津波のように

押し寄せる胸の痛みは留まることを知らない。

 

 

 

 『・・・ごめん。』

 

 

 

絶望したように、シオリが細い肩を震わせながら泣き出した。


その白い両手で顔を覆い、何度も何度も ”ごめん ”と繰り返し、雨が打ち付ける

足元から決して顔を上げない。

 

 

すると、

 

 

 

 『・・・そのくらいでいいよ。』

 

 

 

ショウタが冷えたシオリの体をやさしく抱きしめて、小さく呟く。

大切に大切に包み込むように抱きすくめ、シオリの雨に濡れた頭に頬を寄せる。

 

 

 

 『八つ当たりするくらいでいいよ。


  ・・・ぶつけてよ。 ムリしないでさ・・・。』

 

 

 

そう言って、朗らかな笑顔を向けるショウタ。 思い切り頬を緩めシオリを

まっすぐ見つめる。 

ひとつの翳りもない、シオリだけを想うその目で、まっすぐ。

 

 

 

 『私・・・ お父さんをどう説得したらいいか分かんないの・・・


  どうしたら分かってもらえるのか・・・

 

 

  でも、


  でも、時間かかっても・・・ 私・・・ ゼッタイ説得するから!

 

 

  だって・・・

 

  私たち、27の春に結婚するんでしょ・・・? するんだよね・・・?』

 

 

 

ふたり、息が止まるほど強く抱きしめ合っていた。


泣きじゃくるシオリを抱きすくめるショウタの目にも涙が滲み、あと少しで

零れそうな寸での所で堪え目を眇める。

 

 

 

 

  (ゼッタイに離れるもんか・・・。)

 

 

 

 

冬の夜の雨はいつまでも降り続き、抱きしめ合うふたりを傘の隙間から濡らしてゆく。

 

 

いくらふたり強く強く抱きしめ寄り添っても、無情にも雨の雫に少しずつ冷えて

ゆく互いの体がまるでふたりの行く末を暗示するかのようだった。

 

 



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