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■第13話 窓ガラス一枚挟んだ言葉


 

 

マナーモードにしていたシオリのケータイが狂ったように振動する。

 

 

母マチコからの、引っ切り無しに掛かってきていた心配しているであろう電話に

そろそろ限界かとシオリは静かに電話に出た。

 

 

 

 『ダイジョウブ・・・ 


  うん・・・ 分かった、もう帰る・・・


  うん・・・ タクシーに乗るよ・・・。』

 

 

 

電話向こうの母マチコは、オロオロと狼狽え泣いていた。


それでなくとも兄ユズルの事で心労は想像を超えるのに、更に追い打ちを

掛けるように気弱な母を心配させてしまった事に、シオリの胸もやり場のない

八方塞がりに切なく痛む。

 

 

『お母さんから・・・?』 ショウタが壁に掛かった時計に目を遣ると、

もう深夜1時半だった。

時間を気に掛けてあげられる余裕など全くないくらいシオリの様子は普通では

なくて、ショウタはさぞかし心配していたであろうシオリ母を思う。


コクリ。小さく頷いて、シオリがそっとショウタを見つめる。

その救いを求めるような目の奥には、哀しく気鬱な色しか見えない。

 

 

 

 『あのさ・・・ ほんとに、なにがあったの・・・?


  ・・・なんか出来ることあったら、言って・・・?』

 

 

 

ショウタは自分の知らない所で起こっている ”なにか ”に恐怖しか無かった。

シオリをこんな風に塞ぎ込ませる、寒心に堪えない ”なにか ”が。


きっとそれは、シオリに関わることであり、自分にも少なからず影響がある

はずなのに。

 

 

俯き眉根をひそめて、それ以上一切口を開かないシオリ。

口端に力が入っているのが頬の緊張具合で分かる。長いまつ毛が微かに震える。

 

 

 

 

  (私が、絶対にお父さんを説得してみせる・・・


   ヤスムラ君と、離れたりなんかしない・・・。)

 

 

 

 

暫く黙って目を落としていたシオリが顔を上げてまっすぐショウタを見つめた。

その目は先程までの哀しい色はない。 強い意志が宿り射るようなしっかりと

したそれ。

 

 

 

 『・・・ダイジョウブだよ・・・ 

 

 

  ダイジョウブ・・・ ごめんね、遅くに。


  ほんとにほんとに、ありがとう・・・

 

 

  お父さんとお母さんにも、くれぐれも宜しく言っておいて・・・。』

 

 

 

まるで自分に言い聞かせるように、説き伏せるかのようにそう言うと、

呼んだタクシーの到着の気配にシオリは静かにこたつを出て玄関へ向かう。


その細い背中を不安気に追いかけ、ショウタも玄関先でツッカケを履いて

一緒に外に出た。

 

 

 

物音ひとつしない漆黒の闇の中に、タクシー停車のハザードランプがチカチカ

浮かびアスファルトに建物の壁に、その赤色が反射して光る。 

後部ドアが開いてシオリが静かに後部座席に乗り込んだ。

 

まだ交わしたい言葉があったのに、どこか冷たくバタンと閉まったドアの

窓ガラスにその大きな手をつき、ショウタは中のシオリに呼び掛けた。

 

 

 

 『ほんとに・・・ なんかあったら、すぐ言って?


  俺に出来ることあったら、なんでも、いつでも・・・。』

 

 

 

すがるように窓ガラスに貼り付き、いつまでも車から離れないショウタに

シオリが小さく微笑んで瞬きで頷いた。 その瞬間、エンジン音を立て静かに

動き出したタクシー。


ショウタは暫く動けずにその場に佇み、赤く滲み小さくなってゆくタクシーの

テールランプをいつまでもいつまでも見つめていた。

 

 

 

窓ガラス一枚挟んだシオリの顔が頭から離れなかった。

動き出す直前に小さく呟いたその薄いピンク色の唇は、確かにこう動いた。

 

 

 

 

   ”私に、まかせて ”

 

 

 

 

『なにを任せるんだよ・・・。』 ショウタの胸を仄暗くするその疑問は、

実に呆気なくコウの来訪によりショウタの知るところとなるのは、

その翌日の事だった。

 

 



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