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■第12話 未来も、ずっと


 

 

熱いお茶の湯呑を両手に包んだまま、シオリはなにも言わない。

 

 

小さく吸って吐く互いの呼吸の音だけ響き、まつ毛が上下する瞬きの音すら

聴こえそうな程ふたりがじっと佇む居間は静まり返っていた。

 

 

その切なげな横顔を、ショウタはただ黙って見守っていた。

シオリが口を開くまでは、シオリが話したくなるまでは、ただ黙って寄り

添っていようと。

 

 

『妹さんがいるんだね・・・?』 テレビの上に飾られた写真立てにそっと

目を遣りシオリがやさしく顔を綻ばす。 『見てもいい?』 こたつから出て

その写真立てを掴んだ。

 

 

家族旅行でも行った時の写真なのだろうか。少しだけセピアに色褪せた、それ。


景色の良い場所で小学生くらいのショウタと、園児くらいに見える妹が満面の

笑みでピースサインをしている。 野球帽を被り、Tシャツに半ズボン姿で

体のサイズは小さいけれど顔は今とまったく変わっていないショウタに、

シオリが可笑しそうに肩をすくめてクスクス笑った。

 

 

『なーに笑ってんだよ!失礼だなっ』 シオリが笑ったことが嬉しくて

仕方ないショウタ。


もっともっと笑わせたくて、笑顔を見たくて、小学生当時の情けない

エピソードを自信満々に色々語りはじめる。

 

 

 

母親似の気の強い4才下の妹に、よく泣かされていた事。


真顔を向けているつもりなのに、小学校の担任に ”ニヤニヤするな ”と

よく叱られた事。


一方的に好きな女子にしつこくバレンタインにチョコをねだって、更に嫌われた事。

 

 

 

ふたり、仲良くこたつに入り声を上げて笑い合っていた。


こたつの中で伸ばした互いの足先がたまにチョンと触れて、照れくさそうに

慌てて離す。 壁に掛かった古い柱時計の時を刻む音が笑い声に混じり、

花で溢れる狭い居間に響く。

しかしそれは、どこか現実逃避にも感じる物哀しげな笑い声だった。

 

 

シオリは体をよじらせて笑い続ける。 可笑しくて可笑しくて、止まらない。


愉しそうにケラケラ笑いながらも、幼いショウタの隣には自分がいない事に

どこか寂しさを隠せない。

小学生時代のショウタの隣にも、いつも自分がいたかった・・・

 

 

 

過去も、現在も、そして未来も。

 

ショウタと一緒がいい。 いつも、一緒がいい。

 

 

 

 

 

   未来も、ずっと。


   ショウタと一緒がいい、のに・・・

 

 

 

 

急に黙り込んで俯いたシオリがショウタをまっすぐ見つめて、ぽつり言った。

 

 

 

 

 『ねぇ・・・


  私と一緒に、逃げる気・・・ ある?』

 

 

 

 

訴えるような、すがるようなその視線。


今の今までケラケラ愉しそうに笑っていたその声色が、突然抑揚のないそれに

変わりショウタは驚いて目を見張りシオリを見つめ返す。

 

 

 

 

 『ぜんぶ捨てて・・・ 逃げる気、ある・・・? 私と、一緒に・・・。』

 

 

 

 

『え・・・ どうゆう意味・・・?』ショウタが途端に不安そうな顔を向けた。


シオリの顔は冗談を言っているようなそれには全く見えない。

思い詰めていて、哀しげで、今にもまた泣き出しそうで。 ショウタの体は

得体の知れない恐怖に縮み上がるような感覚を覚える。

 

 

なんて返していいのか分からず困惑顔を向け言いよどんだショウタへ、

シオリはそっと俯き再び湯呑をその手に包んで、肩をすくめ小さく笑った。

 

 

 

 『うそうそっ。 冗談だよ・・・。』

 

 

 

そう呟くシオリの瞳がまるでガラス玉のようで、感情が読めなくて、

言い知れない不安と胸騒ぎにショウタはただただ呆然とその人形のように

美しい横顔を見つめていた。

 

 

 


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