椿と東次郎の物語【四】
大きくない町とはいえ、少し入り込んで行くとすぐに寂れた長屋等が立ち並び始め、何とも言えない薄気味悪さが立ちこめている。
こんなところに本当に情報屋なんていう店があるのだろうか? 店を出すならもうちょっと人通りの多いところで開けば良いのに。
少しウロチョロしてみたが見つからず、ひとまず近くにいる人に聞いてみる事にした。
「すいませーん」
寂れているので人通りも少なく、けどちょうど歩いている一人の太った男の人がいたので後ろから声を掛けてみた。
「ん……っ!!」
すると振り向きざま物凄い、幽霊でも見たかのように驚き蒼くなり、
「つ、つ、椿っ!」
驚愕と言っていいほどの顔をウチに向け、口を戦慄かせた。
「いや、椿さんじゃないんですよ」
苦笑いしながら説明をする。
「――じ、じゃあお前は椿じゃないのか?」
「ええ、そうなんです。すごく似ているらしいんですけど」
何とも恐ろしいモノでも見たような表情で聞いてくるタヌキのようなおっちゃんに、ニコリと微笑みながら言った。
おっちゃんは「ホッ」と心底安心したような溜息を吐く。
「? そんなに椿さんて怖い人なんですか?」
「ああ~いや、怖くはないんだけどちょっとあってね……」
「ははは」と言葉を濁すおっちゃん。
「椿さんとお知り合いなんですか?」
「んまあ~知り合いと言うほどでもないけど、知ってる人間ってとこかな」
「ふ~ん。じゃあ椿さんが何処行ったとか知りませんか?」
「さ、さあ~ね~。男と駆け落ちでもしたんじゃないのか」
東次郎さんから聞いた椿さんはそんな人じゃないと思うが、でもおっちゃんも適当に言っている感じなので聞き流す。そのおっちゃんは誰かを探すように周りを見て、ウチに向き直ると、
「どうしてそんな事を?」
と聞いてきた。
「ん? ああ、ちょっとお蕎麦屋さんの人達が突然いなくなって悲しんでいたもので」
「あ~あの蕎麦屋の」
「うん、そうそう」
と言って他愛もない話しをしていたが、ふと自分が何故このおっちゃんに声を掛けたのかを思い出した。
「あっ、それよりも、ちょっと聞きたい事があるんですけど。ここら辺に情報屋があるって聞いたんですが何処にあるか知りません?」
「情報屋?」
「うん、そう。情報屋」
「情報屋になんの用なんだい?」
「えっとですね――」
そう言ってウチはさっきキツネに似たおっちゃんに説明したように、身ぶり手ぶりを付けて言った。
それを聞いて何だかまた蒼くなるおっちゃんだったが、
「う、う~ん知らないなぁ」
という返事を貰ってウチはがっくしと肩が下がった。
「やっぱり知らないか~。あっ、それで情報屋なんですけど知りませんか?」
「ああ、情報屋ね。オレも生憎知らないんだよ」
そして頭も下がった。知らないのかー。う~ん、これはどうしたものか。
頭を捻りながら考えていると、
「オレの知り合いに知ってそうなヤツがいるから、聞いといて上げようかい?」
「本当に!」
目を輝かせて見るウチに、
「あ、ああ」
「ありがとう!!」
ウチはおっちゃんの手を取りギュッと握った。やたらゴツい手で、右手の掌と人差し指の外側がさらにマメがあってゴツさが倍増している。
「明日また来な。聞いといてやるからさ」
「うん、分かった。ありがとう」
良い人だ。この町は良い人が多いなあ。ひとまずこれで安心だね、と思うとお腹が良い感じに減って来て“グ―”と鳴った。空を見るともう夕焼け色になっている。
「もう帰らないと!」
すっかり買いモノの途中だという事を忘れていた。
「それじゃあね、おっちゃん」
ウチはおっちゃんに別れを告げて、おっちゃんも「ああ」と言って右手を上げて見送ってくれた。
「ふっふーん」
ウチは近くの村にしかほとんど行ったことがないけれど、昔々の小さいときは大きな街に居た気もするんだけどそれは気のせいだっておじいは言ってたし。だから世間というのを全然知らないんだけど、でも意外にどうにかなるようなモノなんだなと思った。
だから楽しかった。もっと世間は冷たいモノだと思っていたからね。
そう思えば、自然と鼻歌も出るものである。
川辺ではまだ物乞いの女の子が芸をして、ウチの方をチラチラと見ながら必死にやっている。そんな姿を見てちょっと機嫌が良かったので、これからどれだけの旅になるのか分からないが、それでも懐に大事に仕舞っているウチの全財産を取り出して一文を欠けてヒビが入っている碗の中に入れた。すると女の子は頻りに、
「ありがとうございます。ありがとうございます」
と嬉しそうな、親に褒められたかのようにペコペコと頭を下げて喜んだ。無邪気に喜ぶ姿はちょっと歳は違うけれど、繭を見ているようでこっちまで嬉しく元気になる。
「最近見なかったけど、旅にでも出られてたんですか? このお店のお客さんもいなくなりましたし」
不意に蕎麦屋を指さしてそう聞かれ、
「え~と、まあ、そんなところかな……。それより良く顔覚えてくれてたんだね」
話すと長くなるし、そこは曖昧に誤魔化しながら尋ねると、女の子は碗に入ったお金を大事そうに首から吊っている袋へと入れながら答える。
「そりゃーオトクイサマですもん。いつもいつも見てくれていましたから顔もすぐに覚えましたし、……お金もちょっと多めにもらったりとかしたし」
最後は、『よっ、お金持ち、お代官様』的に持ち上げたかったのだろうけど、さすが子供には建前ではなく本音を言う事しか出来ないみたいだね。
けど、そんな子供でも一生懸命生きているんだからバカにはしない。
「そっか。まあ、またお客さんも多くなると思うから、大丈夫だよ」
そう言って女の子の頭を撫でてやると、物凄く嬉しそうな顔をする。あ~お持ち帰りしてもいいよね。そんな気分になってしまうが、ここは涙を飲んでこれからまた東次郎さんに汁の作り方を教えるため、女の子に手を振って別れを告げた。




