椿と東次郎の物語【参】
この東次郎さんとにかく料理が下手で、何回言っても醤油と砂糖は焦がすし手際が悪い。よくこんなので今までどうにかなっていたのかと思う。いや、なってないから寂れているんだろうけど……。
もう「早くー!」「それは入れ過ぎだー!!」「うぎゃーっ!!」「ウッキッキーーッ!」
と指示を出したのであった。最後の方は奇声でしかなかったけど。
そして最終的に美味しく作れる前に材料が底を尽きるというなんとも落胆してしまうことになったのだ。だが、教えると言った以上最後までやりきるのがウチだ。仕方なく買い出しに行く事になったのだった。
「……はあ、なんでウチがこんなことを……」
さらに「はあ……」と溜息を一つ、二つ、三つ、幸せが飛んでくよぉ……。
椿さんはこれを知っていたのだろうか? 知っていたから教えなかったのではなく、教えたく無かったのかもしれない。そう考えれば椿さんは正しい判断だったのだと思う。
「くっしょ~」
買った鰹節と砂糖を抱え、心身共に疲れた体を右に左に揺らしながら蕎麦屋を目指す。
ここまで来たらもうとことん教えるしかない。
「よしっ!」
と気合を入れ直したところで、右に掛っていた暖簾に目が止まる。
「……」
そして足も止まる。
自分がなぜこんなところまでやって来たのかを思い出したのだ。
そう、例の侍を探すためにやって来たのだ。別に急いでいるわけではないので、東次郎さんに汁の作り方を教えてからでもいいのだが、それでもちょっと気になり『刀』と書いてある暖簾を潜って店に入った。
店内は入るとすぐに上がることができないように敷かれた帳場があり、その向こうの床に一人のお兄ちゃんがどかりと座り煙管を加えていた。そしてその向こうの壁に何本かの刀が飾ってある。
「なんの用だ?」
細い吊り目の、キツネに似た顔のまだ若いお兄ちゃんがどかりと座ったまま、キョロキョロとするウチに声を掛けて来た。
「あのー――」
ウチが例の侍のことを聞こうとしたら、
「商売の邪魔だ。ガキは帰れ」
「…………」
何の用だと聞いてきたにも関わらず酷い言い様だ。
ウチは持っていた鰹節と砂糖を帳場に叩きつけるようにして“ドンッ”と置き、
「人の話ぐらい聞きなさいよ! そっちが『なんの用だ?』って聞いてきたんでしょ。聞いたんなら聞きなさいっての!」
最後はそのままお兄ちゃんに「イーーッ」と歯を見せ嫌味っぽく言った。
それを見てポカンとするお兄ちゃん。
そりゃそうだろう。喚き散らして最後なんて八つ当たりの憂さ晴らしだ。何に対しての、誰に対しての「イーーッ」なのか分かりもしない。
お兄ちゃんは何かを諦めたように「はあ……」と一息吐き、
「なんの用だ?」
再度聞き直して来た。途中に挟んだお兄ちゃんのモノマネが効いたのか? そう思っていたら「似てねーよ」と言われた。残念、渾身の出来だったのだが。しかし、話しは聞いてくれる。良い人だ!
ウチは帳場に身を乗り出し、
「侍を探しているんだけど、こう女の人のような容姿のすっごく綺麗な顔つきで、でも髪の毛がもう凄くてちょっとそれがイケてないっていうか、もっと綺麗にしたらも~っと綺麗な男性になるのに残念系な侍で、それでもってあと叫んじゃう癖があるのか凄い『うぎゃああ~』みたいな事言って斬る人なんだけど、知らない!」
完璧な身ぶり手ぶり付きの、おまけにモノマネ付き説明に自画自賛。ウチってお芝居に向いてるかもと自信満々に胸を張ってスッキリしていると、
「知らねーよそんな変人。さっさと失せろ発育もしてねーガキが」
面倒臭そうに言われた。しかも一番気にしている事を……。
「でもでも何か知らない、その変人みたいな気が狂ったような侍!」
さらに喰いついてみたが、そこへ店内に入って来る音が聞こえた。
それをお兄ちゃんは見て、今ままでのぶっきら棒な顔から愛想が良い商売の顔に変える。「いらっしゃい」
「二日前に頼んで置いたモノは出来ているか?」
やたらと渋い声でお兄ちゃんに言う人は脇差だけを差したお侍だった。
「あー旦那、出来てますぜ」
急ぐ風でもなく、「ちょっと待ってて下さい」と言って立ち上がろうとするお兄ちゃんをウチは帳場越しに掴んで逃がさない。
「何か知らないの!」
必死の抵抗をするウチを、
「放せ。商売の邪魔だ!」
鬱陶しそうに払おうとするがそれでもくらい付く。
「ウチは情報屋じゃないんだよ。情報が欲しけりゃ情報屋に行け」
「情報屋……?」
「ああ、情報屋だ」
「……それって、情報を色々聞けるの?」
「当たり前だ。情報屋なんだからな」
初めて聞いたモノだった。そんなモノを商売にしている人がいるなんて知らなかった。
「それってどこに行けば売ってるの!」
「そこら辺の路地裏にでも行けばいるんじゃねーか」
そこでウチは額を掌で叩かれ、ウチはお兄ちゃんを放してしまう。でも良い事は聞けた。
お兄ちゃんは「全くこのガキは……」とブツクサいいながら奥へ入って行く。
そしてウチも踵を返し、入って来た傘を被っているため顔は見えないが、それでも顎には白髪交じりの髭に少しゴツイ体躯をしたお侍の横を抜ける。このお侍は侍という仕事に手慣れているという、そういう風格が漂っている。素人であるウチでもわかる。米作りの達人である田畑おじさんと同じような達人としての雰囲気があるのだ。
そんなことを思いながらウチは店を出て路地裏を目指した。




