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椿と東次郎の物語【弐】

「ちょっと!!」

「椿……?」

 お兄ちゃんは抱きつくのを拒否されてもう愕然とした表情を浮かべる。

 そして、

「……椿」

 そう言いながら耐えていた涙が一気にこぼれ落ちていく。嬉しい涙は耐えられても、悲しい涙は耐えられなかったようだ。というか見ず知らずのウチに抱きつかれるのを拒否されて泣かれもこっちが困って泣きそうなんだけど。

「ち、ちょっと待って下さい! ウチは椿さんじゃないですよ! ウチは華って言います。たぶん勘違いされていると思うんですけど」

 身ぶり手ぶりで慌てて説明すると今度はお兄さんがポカンとなり、

「つ、椿じゃないのか……?」

 戸惑う顔で聞かれた。

「はい……。華って言います。ウチはこの町に一度来た事はありますけどその時はおじいと一緒だったし、絶対勘違いだと思うんですけど……」

 何だか期待に応えられないことが後ろめたく思え、おずおずと言ってしまった。

 別に向こうの勘違いだからもっと堂々と言ったら良いんだろうけど、何だかそれができない性分なんだよね。

 するとお兄さんの顔が今度は急に赤くなり、

「す、すまん! てっきり椿だと思って! ほ、本当に申し訳ない……」

 深々と頭を下げられた。

 嬉しい顔になったり、悲しい顔になったり、赤い顔になったりと忙しい顔のお兄さんだ。でもそれぐらいその椿さんという人をお兄さんは愛情なのか友情なのか分からないけど、持っている事はわかった。本当に大切な人なんだね。羨ましい限りだ。

「いえいえ、誤解が解けて良かったです。でも、そんなにウチって椿さんに似てるんですか?」

 ウチは改めてお兄さんに対して正面を向いて可愛くニコリと笑って見せた。

「あ、ああ、物凄く似ているよ。椿と言われれば信じてしまうぐらいに」

 まじまじと見られてしまうと何だか照れてしまうね。

「でも椿はもうちょっと、雰囲気的に大人っぽかったかな」

 あ、イラッ。所詮ウチは胸も成長途中なちょっとばっかり幼顔の少女ですよ。なんて心の中で愚痴っていると、

「本当に……本当に似ている……」

 しみじみ言われてしまい、その悲しそうな顔に免じて許して上げる事にした。

 けどウチも花の一五歳。見られると事は嫌いじゃないが、それでもそんな見つめ合っているとガマ蛙のように汗も出そうになるもので、ついでにお腹の虫も勝手に鳴いてしまうモノだ。“グ~”と言う音を聞いて、

「す、すまんすまん。ついジッと見てしまった。えっと、注文は?」

「かけ蕎麦と蕎麦湯を」

 なんだか一気に気まずい雰囲気になり、注文を聞いたお兄さんは厨房へと入っていた。

 そこで再度疲れが込み上げて来て、「ふう」と息を吐いて机に突っ伏し店内を見渡した。

 今まで全く店内を見ていなかったがお客は一人もおらず、やたらと寂れていて暗かった。まあ、昼も回っているので少ないのは当然なのだが、それでも何故か殺風景でお客が来たとは思えない静けさだった。

「…………」

 そんなことを思っていると注文をしたかけ蕎麦と蕎麦湯がやって来て、一気に汁の一滴も残さず平らげた。

 味の方は……まあ空腹は最高の調味料とはよく言ったモノだという感じだ。

「満腹満足」

 お兄さんが厨房に入っているのを確認してお腹を突き出してポンポンと叩く。こんなところを他人に見られたら花の一五歳が泣いてしまう。

「あんまり美味くなかっただろう」

 そう言って苦笑いをして厨房から出て来たお兄さんを見て、即座に綺麗な姿勢で座り直し、「コホン」と一咳してニコリと笑って見せた。感想はあくまで答えない。

「汁は椿が作っていたんだが、突然いなくなってなあ……それまではかなり繁盛していたんだがな」

 そう言えばさっきもそんな事を言っていたっけ。確か汁の作り方を教えない云々とかって。

「オレじゃあ、あんなに美味い汁は作れない。本当に鰹と昆布のダシが良く効いた、丁度いい醤油の美味辛さが漂う、あの一口飲んだときの落ち着く味が堪らなかったんだけどな……」

 思い出しながら言うお兄さんの言葉で味を想像。……じゅるり、美味しそうな汁だ。

 口から垂れそうになる涎を拭きながら、そんな想像をしていたらお腹がまた空いて来た。

 花の一五歳は食べないといけないお年頃なのだ。発育が大切なのだから。特に――胸が!

 よしっ!

「ちょっと厨房借りてもいいですか?」

 唐突なお願いにお兄さんは、

「……ああ、いいよ」

 と快く理由も聞かずちょっと驚いた風に言って承諾してくれた。言った本人だが、ちょっと人が良すぎるんじゃないかなと不安になってしまう。

 それはさて置き、ウチは厨房に入って中を見て驚いた。

 流行っていない店なので材料も少なく安ものなんだろうなと、まあこんな町外れにある蕎麦屋なので高級な食材なんて揃えているはずもない、と思ったら以外に色々あった。

 砂糖になんと何本もの鰹節まで完備されている。それを見て、

「おお~」

 感嘆な声を上げてしまった。数年前から魚を捕るのも禁止されているこの時代、なかなかなモノだ。さすが繁盛していたと豪語するだけはある。

 だが、どれもこれも繁盛していたんだろうと思わすモノばかり。砂糖は爪が磨げるぐらいガリガリで、折角の鰹節もしなしなで黒くなっていた。たぶん大量に買ってそのまま放ったらかしにしておいたのだろう。

 まあそれでも使えない事はないので空いている鍋に醤油と砂糖を入れて、それを火が付いている釜に掛ける。煮立たない程度にして溶かしきったらそれを器に入れて風通しの良い場所に置いて冷やす。

 そして次に水を入れて沸いたら大量の鰹節と昆布を入れてアクを取り続ける。量が半分ほどになったところで一杯分ずつ器に入れてさっき作って冷やしておいたモノも適度に入れる。最後は蕎麦を入れて薬味を乗せて出来上がり。

 これぞ華ちゃん特製『うま過ぎるかけ蕎麦』。

 それをお兄さんが一啜りして汁も飲む。

 そして、

「ああ~」

 としみじみとした声を出し、「美味い!」と一言。

「ふふ~ん。でしょでしょ」

 ウチは胸をここぞとばかりに突きあげる。ん? どこにも凹凸が無くて突き上がって無いって? ほっとけ。

 って言ってもこれは、近くの村の高間のおっちゃんが作り方を教えてくれたんだけどね。でもちゃんと自分好みに改良してあるんだよ。ちょっとだけどちゃんとしてるんだよ。偉いでしょ。え? どこを変えたって? それは教えてもらった量よりもネギを四倍のせているのだ! すっごいでしょうぉ! もう鼻まで高々だよね。

「でも、このネギはこんないらないと思うが……」

 言われ、ガーン。しかも横に避けられ、さらにどよーん。

 ウチの大好きなネギさんが…………。

 しかし、「でも」と、

「この汁は美味いなぁ。椿の汁にも負けない美味しさだ……」

 お兄さんはしばらく考えてからウチを見て、

「このオレ、田山東次郎を一人前の蕎麦職人とする為に、この汁の作り方を教えてくれないか?」

 真剣な眼差しでお兄さん、東次郎さんは言って頭を下げた。

 それに対してウチは、

「いいよ」

 笑顔で答えた。

 その椿さんは何故にこのお兄さんに汁の作り方を教えなかったのか知らないが、それでもウチには教えない理由も無いので知っている限りの知識を教えてもいい。もし今後椿さんが帰って来てがっかりする事になるかもしれないが、それはそれで仕方ない事だろう。

 それに一人前の蕎麦職人が作る味が、ウチの味って何だか優越感あるしね。

 そして教えるためにもう一つかけ蕎麦を作って、それはお腹が空いたウチが美味しく頂きました。めでたしめでたし。


 …………ってそんなに上手くいかなかった!


ご挨拶が遅れに遅れました。この物語の執筆を行っております、<霧平けい>と申します。

なにぶんまだまだ未熟なものですので設定が甘い部分が膨大にあることだと思います。読み苦しいかと思いますが最後までお付き合い頂ければ幸いです。

感想などはその話でも、これまで読んで頂いたところまででも結構ですので頂けるとありがたいです。

それではこれからまだまだ続く『華の物語』を宜しくお願い致します。

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