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夢は虚ろ【四】


 夜中に変な侍を見て今日でちょうど一週間になる。

 あれからウチは毎晩あの事が気になり、夜中寝ていても目を覚まして土間の甕の水を確認して、身体が冷たくなるまで戸を少し開けて外を見張っていた。

 だが、何も変わったことは起こらず、その代わりにウチの体に異変が起こった。

 風邪を引いてしまったのだ。どうやら身体を冷やし過ぎたらしい。

「熱はどうじゃい?」

 ボーっと薄暗い天井を見ていると戸が開けられおじいが声を掛けてきた。

「う~ん……まだちょっとしんどい」

「そうかい、それは難儀じゃなあ。ほれ、大根粥作った故に食べんかい?」

 いつの間にか夕ご飯の時間になっていたらしい。

「うん、食べる……」

 起き上がり、おじいが持って来てくれた大根粥を胃に流し込むように入れた。

 大根粥には味がほとんどなく、しいて言えば苦っぽい。だから嫌いなのだが風邪を引くと必ず栄養があるからと食べさせられる。けどウチには何回食べても栄養の成分がどこにあるのか感じとれなかった。

 だが栄養が効いたのか、その夜はぐっすりと寝れ、次の日には風邪は完全に治っていた。



 華が風邪を引いて朝まで目を覚まさず寝ていた夜、華の家の前に一人の男が立っていた。

 それは綺麗な容姿なのに似合わないボサボサ頭でボロボロな着物を着た男だった。

 殺し屋を家業としている割には全く覇気というものが感じられず、パッと見では腕が悪く仕事が来ない侍の様であった。

「……」

 男は興味無く華の家を少し見ていたと思ったら、背を向けて歩き出した。

 男にとって殺しとは手段であって同時に目的でもあるのだ。

 人間とは必ず死ぬものである。それも簡単に呆気なく、他の動物や昆虫などと比べれば凄く脆い生き物だ。男にとって殺すことは人間の脆さの確認である。

 貧乏だろうが金持ちだろうが、ひ弱だろうが丈夫だろうが、剣の才があろうがなかろうが、人が良かろうが悪かろうが、優しかろうがそうじゃなかろうが、美しかろうが醜かろうが、愛してようがなかろうが、等しく人は簡単に死ぬ。その確認だ。

 だから寝込みを襲っても、動かないモノが動かなくなるという点でいまいち自分の中でピンとこない部分がある。殺すのはやはり一番活きがいい時がしっくりくるのだ。

 だからこそ朝まで待って出てきたところを斬る。そのために近くの小屋で今夜は身を休めることにし、その場を離れて行った。



 ウチの朝は早い。今の時期だったら空が薄明るくなってきたら目を覚ます。昨日は一日

中寝て夜もぐっすり寝たのでなおのことだ。外では“ピルルルー”と鳥が鳴いている。

 布団から出て立ち上がり伸びをして体調を確かめる。

「よしっ!」

 気分はすっきりし身体もシャキッとしていて完全に風邪は治っていた。

 寝巻から普段着ている一張羅の着物に着替え、土間から桶を持って外に出た。

「う~」

 朝はやっぱりまだまだ寒い。

 身体を温めるようにすぐそこの川まで走り、桶いっぱいに汲んで溢さないように急いで戻り甕に水を入れる。それを五回やれば甕はいっぱいだ。途中、川の水で顔も洗うと頭も体もすっかり起きる。

 あとはおじいが小一時間もしたら起きてくるのでそれまでにご飯の用意するのだが、今日はそれをやらない。

「さてと」

 一息吐いて気合を入れた。そして囲炉裏の部屋の片隅に置いてあるスズリに先程汲んできた水を少し入れ、墨で擦って筆を執る。ウチは寺子屋が近くにないので行けず、だがその代わりにおじいが読み書きそろばんを教えてくれているのだ。だから字を書いたり計算したりは一通り全て出来る。

 今回風邪を引いて寝たり起きたりしている時に、この間の事をずっと考えていた。

 川に落ちた侍は何故あんな時間にこんなところにいてウチを殺そうとしたのかは分からない。けど、あの奇妙な笑い声を上げていた侍はあの時ウチを助けてくれた。いや助けようとしていなかったかもしれない。だが結果だけを見ると助けてくれたのは間違いないことだった。

 そしてウチはもう一度あの侍に会いたいと思っていた。何故そう思うのかは分からない。お礼の為か、はたまた興味があるのか……。そして会ってどうしようというのかもわからない。全部が分からないのだが――もう一度会いたい。それだけは分かっていることだった。

 だから今日、今から旅に出ようと思ったのだ。

「えー、っと」

 どう書こうか迷いながら、


『華は旅に出ます。世の中には色々な事があるのだと思います。

 そんなちょっとした事が気になり興味が出て来たのです。

 近くの村にしか行ったことが無いので少し遠くを見に歩いて来ます。

 ちょっとした旅なので心配しないで下さい。  華より』


「よしっ!」

 我ながら蛇がのたうっているような字だなと思いながらもそれを囲炉裏の前に置き、銀三匁と銭二十一文入ったこれまでに溜めたお小遣い袋を懐に大事にしまって外に出た。そして全力で走り出す。

 別に逃げているわけではないが、思い切り鳥のように飛べるなら飛んで、広い世界へと飛び込んで行きたかったからだ。

 そして齢十五にして初の一人旅が始まったのであった。



 華が旅立ってからほどなくして家から一人の老人とまだ十才にもなっていない可愛らしい女の子が血相を変えて家を飛び出して「華ぁ!華ぁ!」「はなねえ~、はなねえ~」と周りを掛け周り叫んでいた。

 そして近くにいたバサバサな髪にボロボロの着物を着た、だが容姿だけはやたらと綺麗な、女性の様な侍に、

「すまぬがこの近くで女の子を見んかったかい!? 目がクリっとして髪の毛を後ろでまとめて簪で止めてたと思うんじゃが」

 老人は息をゼイゼイと切らせながらも身ぶり手ぶりで侍に聞いた。

 侍はそれを聞いてからじれったくなる程間をおいてから、

「…………いや」

 と答えた。

 老人はそれを聞くと「そうかい。ありがとよ」と言って近くの村の方へと走って行った。

 そして侍もそこで歩く方向を変え、老人が去って行った方へと歩き出した。


 老人の後を追って村にやって来た侍が得た情報は、自分が斬ろうとしている娘が華という名らしく、そして、その華が今朝方に家を出て行ってしまったという事だった。

 老人が必死になって「見なかったか」と聞いているが全く誰も見た者がいなかった。ということはこの村には立ち寄っておらず、迂回したか、違う方向へと足を向けたかだった。

 だが、この村の周辺には他に村や町がなく、一日歩いてどうにか着く町が一つあるだけだ。

(……年端も行かぬ娘が行くとすれば、そこか)

 侍はひとまず次の事を考え、茶屋でお茶を啜っていると、

「今日はちょっとお出掛けしようかのう、繭」

「お出掛け!? やったー、お出掛けぇお出掛けぇー」

「家に戻って支度をせんとな」

 老人と幼い娘がそんな会話をしながら急いで通り過ぎて行った。

「…………」

 そして、侍はお茶を啜り終わると立ち上がり、村を出て町へと歩き出したのであった。


 侍が歩き始めてから程なくした時だった。

 後ろから気配も殺気も隠そうとしない者がゆっくりっと近づいて来たのである。そして、一定の距離まで来るとそれ以上近づかず、と思ったら一気に駆けて距離を詰めて来たのだった。

 この道は村の住人ぐらいしか使う事がない道だったので、人気というものが全く無かった。だが、それでも白昼堂々と襲い掛って来たのだ。

 侍が振り向くと、そこには小柄の男が駆け寄って来ており、最後一蹴りして跳びかかって来るところだった。

 男は袖がやけに長い着物を着て、腰には何も着けていなかった。刀をぶら下げておらず、凶器になりそうなものがなかったのだ。

 そして、さながら拳で殴りつけようとするように空中で構え、とその時にチラリと見えた。長い袖の奥に隠れる三つ並んだ刃、それは鉤爪だった。

「……!」

 侍は身をよじる様にして拳を、鉤爪を間一髪のところでかわした。

「けっけっけ、今のをよくかわしたな」

 小柄な男は着地するとゆっくり振り向きそう言った。顔はニタニタと笑い、歯がパッと見る限りでも二本は無かった。

 だが、侍はそんな事はどうでもいいかのように、ボーっとした生気が抜けた顔で小柄な男の方を見ていた。

「さすがだな。だが、お前の首はオレが貰うぜ、菊永漣」

 小柄な男は両の手を前に垂らし、長い袖がゆらゆらと揺れる。その状態では鉤爪が全く見えない。

「けっけっけっけっけ」

 不敵に笑い、自身もゆらっと揺れると再度、侍に襲い掛った。

 侍は少し上を仰ぎ見るようにしながら刀を抜き、それと同時だった。侍の口の両端がキュッと吊り上がり、そして、

「イイイイイヤアァアーーアアアアッハッハッハーーーーーッッ」

 高々ともう狂っているとしか思えない笑い声を上げ、眼をギラつかせて小柄な男が突き出してきた拳を下から斬り上げた。

 次の瞬間には手首から先が無くなり、代わりに血が噴き出していた。

「うぎゃああっ!!」

「ウイヒャアーーーハッヒャアアアヒヤーーーーアァアァッァ」

 唸る小柄な男の唸り声など消してしまう程に侍は高々と笑い声を撒き散らしながら、斬りかかる。それはまともに胴を薙ぎ、失禁したのではないかという程に血が一気に滴れ落ち、さらに口からも血を吐きだして倒れて蹲る。

「あ……ああ…………あ……」

 少しの間、眼を見開いて呻いていたかと思うとそのまま動かなくなった。それを侍は、先程までの狂ったような奇声の笑い声を上げていたとは思えないボーっとした顔に戻り、何を考えているのか全く分からない顔で見ていたのであった。


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