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夢は虚ろ【参】


 江戸の大通りの狭い路地をずっと入って行ったところにある古びた長屋に一人の男が住んでいた。

 名前は(きく)(なが)(れん)。体付きと顔は女性のようにスラッとしていて綺麗だったが、それを台無しにするぐらい髪はボサボサで着ている着物もボロボロだった。

 漣には人が寄りつかない。それは外見ややっている仕事柄はもちろんあるが、一番は表情だ。何事にも興味が無いボーッとした顔をしているからだった。それは奇妙な顔で、生気でも吸い取られた抜け殻のような顔をしている。

 だが、そんな漣の元に長髪を後ろでまとめ眼鏡を掛けた知的な身なりをした男がやって来ていた。そしてもう一人、これぞ剣客と言わんばかりに腰に刀と脇差を差した大柄の風貌漂う男が斜め後ろで正座をしている。

「これなら最初からあなたに頼んでおけばよかった。なにしろ甲斐まで行って返ってきて報告まで七日間こっきりですからね」

 そう言いながら刀の刀身に雑に巻かれた布を半分ほど解き、くすんで光沢など無い刀身を長髪の男が見て言った。

 くすんでいるのは川に落ちここに持ち帰る三日間で錆びたこともあるが、他にも黒いカスのようなものがこびり付いている為でもあった。

「仕事が迅速で助かります。さすが噂に聞く凄腕ですね。数人の男を送ったのですが、ことごとく返り内に合いましてねえ。もう時間の無駄というものでしたよ」

 男は新しい細かな文字が書かれた布を出すと手際よく刀身に巻き付け、さらに布製の袋にしまい斜め後ろにいた剣客に手渡した。

「これが報酬になります」

 男は懐から三枚の小判を取り出し床に置き、漣の前に差し出した。

「…………」

 それを漣は二枚だけ受け取り、一枚を男の元へと置き返し、

「……これで十分だ」

 ボーっとした顔で、興味なくボソボソとした静かな声で言った。

「そうですか。それはこちらとしても助かります」

 そう言うと長髪の男は、返された小判を手に取り上と下を指で挟み弾いてクルクルと回し始めた。

「そうそう。今回の依頼ですが、あなたが見た限りでこの刀を抜いた姿を見た者はあなた以外におられましたか?」

「……ああ。一人、娘が」

 漣は少し考えてそう言った。

「ほう、娘さんですか。どこの方かわかりますかね」

「……さあ。…………ただ、村外れにいた娘だった」

「村娘さんですか。――そうしたら、その娘さんを殺すことを次の依頼とさしてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」

 男はサラリと表情も口調も変えずに言う。

「出来るだけこの刀を見た者は生きていて欲しくないものでしてね」

「…………」

 漣は少し黙ってから、

「……分かった」

 と漣も表情を変えず、興味が無い顔で答えた。

「そうしたら、ひとまず前金ということでこれをお渡し致します」

 そう言って男はクルクルと回していた小判をスッと改めて漣の前に差し出した。

「仕事が終わればもう一枚。それでどうでしょうか?」

「……いいだろう」

「商談成立ですね。では、よろしくお願いします」

 そう言って男は立ち上がり、斜め後ろにいた剣客も後に続き渡された刀を持って長屋を後にした。


「あいつは気味悪いったらありゃしねえですな、小納寺(しょうのうじ)さん」

 名を呼ばれた髪を後ろで括った男はギロリと剣客を見、

「名前を口にするのは大通りに出てからにしてくれますか。誰が聞いているか分かりませんからね」

 少しキツめの口調で言われた剣客である鋭角(えいかく)は「も、申し訳ありません」と頭を下げた。

「気味が悪くても腕が良ければそれに頼るしかありませんからね。腕の悪い殺し屋にいくら頼んでも仕方ありませんでしょ。ですが今回は予想外です。最後は彼に()って貰いたかったのですがね」

「はあ、そうですね……」

 なんだかシャキッとしない返事が口から出てしまう鋭角だった。それは自分も刀一本で商売しているが、いまいち自身が無いためにいつもオドオドしてしまい自分のことを言われているように思えたからだ。

「それにしても欲のねえ奴でしたね。あの漣という男は」

「欲は身を滅ぼします。特に裏の世界で生きようと思えばね。あなたも精々気を付けなさい」

「は、はい! ……でもなんで、次の依頼にあんな事を選んで金まで前金を出したんですかい?」

「それが欲というものですよ。なんでも知ろうとしては駄目です」

 それを聞いて鋭角はまた「も、申し訳ありません」と慌てて頭を下げ、何だかやりきれない気持ちになった。

 そんな鋭角の気持ちを小納寺は知ってか知らぬか言葉を続ける。

「お金は必要ですからね。渡るのに」

 何を言っているのか分からない鋭角は、

「い、一体どこを渡るのにですかい?」

 尋ねると、小納寺は口の片方をキュッと吊り上げ、

「三途の川ですよ」

「っ!?」

「三両もあればそれはそれは豪華な船に乗り、最後の一時を過ごせるでしょう」

「…………」

 冷やかな顔の小納寺を見た鋭角は背筋が凍りつくように感じた。

 そして二人は大通りに出たのであった。

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