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華と漣の物語り【九】


「おいおい、お前が邪魔だから娘をここから出しちまったじゃねーかよ。あーあ、どうしてくれるんだ。これじゃあさ、これじゃあ俺の疼きが止まんねーよ。あぁん。まあその分お前をぐっちゃぐちゃになる程に切り刻んでやればいいだけか」

 鋭角は首を突き出すようにしてニヤリと笑う。その顔には先程のオドオドした顔や雰囲気など全く無く、正しく別人というのに相応しい程の変異ぶりだ。

 そして5メートルは離れている菊永漣のところまで一足で跳び刀を振り下ろす。それを菊永漣は後ろに跳んでかわすが、今いた足元の床を見て、

「フッフッ」

 と笑ってしまう。

 そこには鋭角の刀が深々と床を突き抜けているのだが、それが突き刺さっているのではなく、鉄の棒ででも叩きつけたかの様に突き破って穴が開いていたのであった。

 脚力にしても腕力にしても人間の所業とは思えないモノだった。

 だが、それを見て、

「ギャァァァァァァッッハッッハッッッア!!」

 左手で額を抑え、上を仰ぎ見て笑い飛ばすように笑う。

「鬼だな! まさに鬼だっ!! だがお前は死ぬんだろ。簡単に、いとも容易く、パッと儚く散ってくれるんだろ。――なら、ここで惨たらしく死んでおけ」

 ギロリと鋭く、視線というモノに形をもたらす事が出来るなら白銀の、見ただけでゾッとするほどの、そしてその瞬間に心臓を突き刺されたような感覚に陥るモノで鋭角を睨みつけた。

 しかし、今の鋭角はそんなモノなど何とも思わず、

「さてさて、どれだけ斬り落せばおとなしくなるかな」

 無防備に一歩一歩、菊永漣に向けて歩き出す。

「ウハッヒャアアアアァァァァァァッハッッ、アアアアァァァハッッッハャヤヤヤッハ」

 雄たけびのような笑い声を上げながら菊永漣は駆けて斬り付ける。

 それを鋭角が払うように受け止められると簡単に菊永漣の刀を弾かれてしまった。力では圧倒的に鋭角が上回っている。

 しかし、素早さでは菊永漣の方が一寸早く、次に斬り付けて来た刃をギリギリのところでかわす。

 さらに襲い掛ってくる鋭角の刀をまともに受けても力負けするのが分かり、菊永漣は受け流し、かわしながら避ける。

 そして、隙が生まれれば即座に斬りつけた。

 だが、鋭角は力技背で刀を引き戻し菊永漣の刃を受ける。それは生身の体ならば不可能な動きだったが、刀によって限界を越えた肉体の鋭角には容易い事だった。

 紅いモヤモヤを纏った黒く怪しい光を放つ刀。

 それは小納寺が配合を考え作らせたモノで、通常は9割以上が鋼なのだが、この刀の素材になっている半分以上は鬼の骨だった。

 しかも、もがき苦しんだ人間の肝につけ、さらに怨念が染みついた曰く憑きのものだ。

 そんなモノが何処で手に入るかというと簡単で、街の人が寄りつかない闇市で売られている。だが、売っている人間がどういうモノかと説明するのは10割が真っ赤な偽物で、だけど、それが言った事と違ったとしても本物が混じっている事がごくごく、非常に稀にあるのだった。

 そして、それを小納寺が手に入れたのである。

 作り方は普通の刀と分からず、ただただ叩くのみだが、大槌を振り下ろした際の音が“キーン”ではなく、“ッグワァン”と鈍くまるで人が呻いているような、地獄の底の声を聞くような、そんな音がするのであった。

 普通の鍛冶屋ならばそんな得体の知れないモノを打ったりしないが、何に対しても普通じゃないモノがある。それはつまり裏だ。

 彼らはどんな素材であっても関係なく、たとえそれで命を落とそうが狂って人を殺してしまっても全く関係ないのだった。もし断られたとしても代わりの鍛冶屋などいくらでもいた。

 そして、出来た刀は人の心を狂わせ喰らい、殺す事を快楽として人の裏の真っ黒な裏側を表へと引き摺り出し、肉体の制御も麻痺させて限界以上の力が出せるのであった。

 呪われた刀といってもいい、まさに妖刀だ。

 以前、華の目の前で斬った侍がまだまだ不完全なこの刀を持っていて、菊永漣が抹殺と回収を依頼されたのであった。

 だがそんな事は菊永漣は知らないが、何らかの繋がりがあることだけは分かっていた。

 しかし、今それが全て分かったとしても何の意味もない。

 ただ振り掛ってきた刃を受けながし、避けて相手に斬り掛る。それだけだった。

 菊永漣と鋭角は互いに刀を振り続けているが一向に相手にカスリもしない。素早さと力、性質は違えど格は同等なのだ。どちらかが少しでも崩れればあっという間に決着が付く、そんな状態だった。

「さっさとくたばりやがれ、菊永漣! この虫けらがっ!」

 「はっはっは」と鋭角は逃げ惑う本物のむしを弄ぶようにして笑う。

 対する菊永漣は、

「ギャーイャアアアッハッアアァーッ」

 叫び笑いを上げながら、決して押されているわけではないが、力で無理矢理斬り掛ってくる鋭角の方が手数が多く、どうしても防ぐ数が多くなってしまっていた。

 そしてついに、鋭角が振り降ろし力技で菊永漣にもう一度斬りつけようとして、菊永漣の刀がそれを防いだ際に、

 “バキッ”

 と太い枝でも折れたような音が部屋に響いた。

 それと同時に、なんと鋭角の右腕が、正確には肘部分がありえない方へと折れ曲がっていたのであった。

「なっ!!」

 驚く鋭角だが、それもそのはずだった。

 なにせ限界以上の筋肉を、筋を、骨を使っていたのだ。力が限界以上出せ、肉体も限界以上の負荷が掛っていたのだから壊れもする。それを分かっていなかった。

 そして、一番脆い関節部分が限界を迎えたのであった。

「ウゥゥヒャアアァッッヒャアーーヒャッ」

 そんな隙を菊永漣が見逃すはずが無く、雄たけびのような奇声を放ちながら折れ曲がった腕を斬る。

 腕はスパッと斬れ、そして元に戻る事も、戻ろうともせずそのまま宙を舞う。ヒラヒラと舞って鋭角の体から離れていく。

 しかし、それから鋭角は驚くべき行動を取った。

 それは宙に舞った腕が、腕だけがしっかりと付いて握ったままになっている刀を左手で掴んだのだ。

 鋭角の顔には苦痛や恐怖など無く、「これでまた斬れる」そう聞こえて来そうなニヤリとした笑いだった。

 だが、それは驚くべき行動なだけであって、どうしようも、防ぎようも戦意を失わされるような事では無かった。

 戦いの、ましてや殺し合いの中ではそんなものはどうとでもないのだ。例え指一本であろうとも人は殺せる。口だけになろうと噛み殺す事が出来る。気の抜いた方が死ぬのである。

 だから、たとえ腕一本を斬り落したとしても菊永漣は止まる事がない。

「イヒャアーーッハーアアアァァァッッッ」

 刀を掴んだ鋭角の左腕も刹那には宙に待っており、そしてまだ右腕が落ちるその前に、頭がクルクルと胴から離れて飛び、ドゴンッと鈍い音を立てて床に転がった。最後には胴が崩れるように倒れ、――動かないモノになったのであった。

 菊永漣はそのバラバラになったモノを先程の狂い奇声を発していた面影が全く無くなった、ボーッとした顔で確認するように、少しの間見降ろしていた。


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