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華と漣の物語り【十】


 ウチは廊下を掛けて見覚えがある屋への扉を、右手に脇差を握り締めてゆっくりと開けた。

 その部屋は部屋の半分以上が格子で仕切られ、さらにその格子も細かく計7つの格子、いや牢がある部屋だった。

 そしてその牢の一つにほんの三時間前に一度入れられて、その横にいたウチと同じ顔を、身体をした空木さんがいたのだけど、今は居なくもぬけの殻だった。

「…………」

 ウチは唇を噛み締め、そしてまた駆け出して廊下にあった扉を手当たり次第開けて中を確認する。

 もしかしたら待ち伏せや罠なんかもあるかもしれなかった。でも今のウチにはそこまで頭が回っていない。……違う、考えている時点で頭は回っている。けどそんなモノはどうでもよかったのだ。

 そんな事よりも一刻も早く空木さんを助けたかった。

 そしてとうとう次に開けた扉の中に一人の人間が立っていた。

「……!!」

「おやおや、あなたの方からこんなところまでやって来てくれたのですか」

 それは言わずとしれた小納寺さんで、今から何かをする為に体の前面を覆うゴツめの布を付けているところだった。

 そして、今から何をするのかという事はその布を見ればすぐに分かった。

 布には赤く、黒くなっているモノもあるけど、元は赤く、真っ赤であっただろうモノが大量に振り掛っていたのだ。それはウチの早とちりでも何でもなく、紛れもない血のあとだった。

 着物に付かないようにする為の布。そんなものを着けているという事はこれから何らかの実験か、その結果を見るためだ。そして、その対象となっているのは空木さんでしかない。

 その空木さんの姿はこの部屋には無く、奥に続く扉があるので向こうの部屋にいているのだろう。

「空木さんを自由にして上げて。これ以上苦しめないで上げて欲しいの」

 ウチは小納寺さんの言葉を無視してそう言うと、小納寺さんは繭を潜め、何を言っているのか理解できないという顔をするが、「まあ良いでしょう」と一人で納得した後、

「あなたがここに残るというのであれば、アレを自由にしてもかまいません」

 と言い、肩を竦めて、

「その後にまた同じようなモノを実験で作り出す事になりますがね」

「…………」

「それはそうでしょう。あなたから不死の力をそのまま引き継がせた複製などを作っていかなければ新たな発見などありませんから」

「人を実験動物みたいに言わないで」

「実験を行うのに昆虫と犬では違う様に、人間でもまた違うのですよ。より正確な結果を出してこそ研究者なのです。それに、あなたは百歩譲って人間としても、あなたの複製である空木や椿、藤、菫などは人ではありません。人間扱いする方が人間に申し訳なくなるほどです」

「……っ!!」

「そう怒らないで下さい。人はどうやって生まれてくるかはご存知ですよね? 男女が交わり、そして女性の躰に命が宿り生まれてくる。しかし、あなたの複製は違います。男女など必要とせず、幼いあなたから採った標本を元に、そこから膨れていき、再生しながら出来上がったモノなのですよ。それを人間と呼ぶとはおこがましいと思いませんか?」

「…………」

「それに成長速度にしてもそうです。まあ、これは再生の為に樽に浸けておく日数で変化するみたいですが、それでも異様な早さですね。なにせ、数ヶ月であの歳まで成長するぐらいですから」

「………………」

「さらに驚いた事に再生液から出せばそれ以上歳を取らないのです。凄いと思いませんか。不死の上に不老だなんて」

 ウチは小納寺さんのことはよく知らないが、それでも冷静そうな雰囲気があるのに今は物凄く興奮していた。

「まあ、今はまだ不死と呼べないお粗末なモノがどうにか一体出来たところですがね。しかし、それは素晴らしいことだとは思いませんか? 世の中に溢れる不治の病に罹ったとしても、これが解明できればあなたのように生き続ける事ができるのです。病など怖くなるのですよ」

 不治の病が無くなる。それはまさに理想の世の中だ。病に脅えて、そして散っていく命は少なくない。でもそれは同時にウチのような不死に、さらに不老にもなってしまうという事だ。

 そんなことは、

「全く持って素晴らしくない」

「……はあ。あなたは世の中の醜さというものを知らないからそんな事が言えるのです」

 ウチはまだまだ世の中の醜さなんてわからない。だって、この半月前に今まで住んでいた家を初めて飛び出して旅をしているぐらいなのだから。そんな経験しかしていない、しかも齢十五の娘が世の中の醜さなんて知るわけがない。

 そんな何も知らないウチだけど、それでも分かった事、知った事ならある。

「醜くなろうと思わないでいるから綺麗でいられる。散ってしまうからその儚さを知れる。そして、それがあるから人は――一瞬の『華』を咲かせることが出来る」

 ウチは胸を張ってそう言った。無い胸だけど、誇れる胸だ。

 ウチに空木さんや椿さんや藤や菫さんといった、自分の分身達がその事を教えてくれたのだから。胸を張らないと失礼というものだ。

 しかし、小納寺さんは「はあ……」と大きな溜息を吐き、

「私とあなたは相容れない存在のようですね」

 そう言うと前を覆っていた布を外して、台の上に置いてあった刀に手を伸ばした。

 それを見てウチはとっさに脇差を構える。

「私は研究者として生きていますが、命を狙われることもたまにあるのです。さすがに本職の侍に勝つ事は出来ませんが、それでもちょっと剣術を齧った人間ぐらいには負けない腕を持っていましてね」

 刀を抜き放ち、正面で構える姿は繊細さがあり綺麗だった。

「力ずくでも手に入れさせていただきます」

 言い終わりと同時に一歩を踏み出したかと思うと、一瞬で間合いを詰められていた。

「っ!!」

 真上から振り下ろされる刀を慌てて脇差で受け止めるも、弾かれて手から離れ飛んでいく。

「ハアッ!」

 その間に小納寺さんはもう一撃放って来るが、ウチの逃げ足もそこら辺の人間には負けていない。

「ひえっ!」

 ウチは悲鳴を上げながら転がる様にして逃げて、脇差をどうにか拾って距離をとる。

「はあ……はあ……」

 肩で息をしながらまた脇差を構える。

 やらなければ捕まってしまう。ウチは決意を決め、

「なかなか素早いですね。しかし――っ!」

「うりゃー!!」

 不意打ちとばかりに小納寺さんに突っ込む。切っ先を小納寺さんに向け、今度はもし払われても手放さない様に力強く握りしめ、そして突き出す。

 すると案の定、小納寺さんはウチの脇差に向けて刀を振るい――と思ったら違った。小納寺さんの刀はウチの脇差には当たらず、下をすり抜けて、そこから跳ね上げるようにしてウチの両の腕を見事に斬り飛ばしたのであった。

 斬り飛ばされた腕に付いている脇差の切っ先は、小納寺さんから何もない空中へと方向を変え、ウチの、ウチからは見えないが斬られた断面がある、何の凶器にもなりえないモノだけがそのまま小納寺さんの方を向いていた。

 人は口だけで噛み殺せるというけど、ウチにはそんな事が出来そうになかった。噛んだとしてもせいぜい血が出るぐらいで終わりだ。貧弱で非力で、ついでに言えば器も小さい人間だ。何を成し遂げようにも一人じゃ何も出来ない。ウチはそんな人間だ。

 だけど、そんなウチでも、ウチにしか出来ない事がある。

 斬り離された腕は空中で止まる事なく逆再生をしているかのように、噴き出した血さえ一滴残らず元に戻っていき、ピッタリとくっ付いて、そして何もない空中へと向いていた脇差の切っ先も小納寺さんの方へと戻り、そのまま何事も無かったかのように斬り上げてガラ空きになった小納寺さんの胸へと吸い込まれて進んでいき、抉るような生々しい感覚と共に心臓へと突き刺さったのであった。

「っぐあ……」

 小納寺さんは一度大きくビクリと跳ね上がるとそのまま後ろへと倒れ、

「……うぐぅ……ごがぁ…………」

 息が喉につっかえ、それを無理矢理出したような音を立て始めた。

「はあ、はあ、はあ……」

 けど肩で息をし、唾をゴクリと飲んでいる間に、眼を開いたままピクリとも動かなくなってしまった。

「はあ……はあ……はあ……」

 人を殺したのは初めてで、体は少し震えていたが気持ち的にはそれ程罪悪感は生まれなかった。自分ではそこまで思っていなかったけど、覚悟は出来ていたようだ。

 しかし、動揺だけはしているようで、

「…………そうだ、空木さん」

 少しの間立ち竦んでいた事に気が付き、大きく一回深呼吸をしてから奥の部屋へと続く扉に手を掛けた。

 そして、開け放つと一瞬で気分が悪くなる。

「うっ……」

 むせ返る程の強烈な鉄の錆びた臭いと生臭い腐敗臭が漂い、ウチの鼻に跳び込んで来たのだ。ウチは鼻と口を手で覆い中の様子を伺った。

 壁際には棚が並びそこにはいくつものガラスの瓶が置いてあって、中には見たことがない、見たくもない中身的なモノが入れられていた。

 そして、そんな部屋の真ん中には木で出来た長い台があり、そこに人が寝かされていた。

 寝かされていたのは空木さんだったが、近寄り見るとウチはその光景に絶句するしかなかった。

「……っ!!」

 それは脚や胴や首を縄で固定されて動けない様にされていたからではない。……ないのだ。さっきまで空木さんに付いていた、ウチもさっき一瞬だけ失ったモノ――腕が肘より少し上のところで無くなっていたのだ。しかも両方ともに。

 無くなった腕は頭上に置かれた木箱の中に入れられていた。

「…………華……?」

 目を閉じていた空木さんが目をゆっくりと開き、ウチを見て声を漏らすように言った。

 顔はさっき見たときよりも悪く、痛みのためか眉間に皺を寄せている。目を背けたくなる程に痛々し過ぎる。

 だけどウチは目を背けず、

「空木さん、助けに来たよ」

 そう言ってひとまず首に括られた縄を解く。

 縄は相当きつく縛られていたらしく解くと数回咳をして、それからウチを見ると、空木さんは首を横に振った。

「私はいいから。それよりも華は逃げて下さい」

「小納寺さんなら大丈夫。……大丈夫、だから」

 ウチは自分の口から「殺した」という言葉が出なかった。自分がしたことだけど、言葉に出すのはまだ無理だったようだ。

 けど、それを空木さんは察したのか、「そう……」と少し微笑み、それから、

「それでも、私は此処から出られないんです」

「もう大丈夫だよ。何にもない。自由になれるんだよ」

「そうだとしても、私は無理なんですよ。私は、私は――」

 涙を眼に浮かべ、何かを吐きだすように声を振り絞って言う。

「――死なないから、歳を取らないから……世の中と同じではないのですから。だから此処で生きていくしかなかったのです。椿、藤、菫が逃げる時に体調を理由にしたのは言い訳でしかありません。本当は怖かったんです。傷を負ってもすぐに治り、歳を取らないこの体が。この体を見て他人からどう思われるのかというのが物凄く怖かったんです。小納寺からは物扱いを受けました。けど、それ以上に――化け物と呼ばれるのが怖かった……」

 最後は泣いていた。弱っておらず両腕があったならわんわんと、両手で顔を覆いながら泣けただろう。でも涙だけはとめどなく溢れ出してどんどん流れていく。

「……一つ、お願いを聞いてくれますか」

「…………」

 ウチは答えない。答えられない。けどそんなウチに構わず空木さんは、

「私を椿、藤、菫、他にもいた皆のところに連れて行って下さい。私を――殺して下さい」

 ウチは無力だ。何も出来ない。一人では何も出来ない。幸せ一つ与えて上げる事が出来ない。

 ウチは歯を食いしばり、未だに手に持っていた脇差を潰れんばかりに、自分を潰し殺すように握りしめる。

 人は自分の意思とは無関係に産まれてくるものだけど、自分の意思で生きていくものだ。

 いくら死なない体であろうとも、歳を取らないと体であろうも、樽の中で再生して生まれて来たとしても関係ない。関係ないとウチは思うのだけど、同時に全ての理由でそれらが邪魔をする。

「…………」

 だからウチは何も言えない。

 このままウチが嫌だという理由だけで無理矢理連れ出す事は出来る。だけど、それは無責任だ。生きるのは空木さんであって、生き続けるのも空木さんなのだから。

 ウチが歳を取っても死んでも生き続ける。それは無責任過ぎる。

 そして、空木さんをどうにかする責任がウチにはある。だって、空木さんはウチが生きていたから生まれてきたのだから。

 だから、だからここでちゃんと終わらせる責任がウチにはあるのだ。

 視界がぼやける、目に溜まったものを振り払い、

 そして、

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 脇差を振り上げ、勢いそのままに――振り下ろした。


 ウチが廊下に出ると菊永漣が向こうからやって来ていた。

「……終わったのか?」

 そう聞かれ、ウチはコクリと頷き、自分の着物に目を落とした。

 着物は本来、青が基調の綺麗な柄だったけど、今は赤く、真っ赤に染まった着物へとなっていた。

 何回刺したか分からない。偽りの死なない体を殺すために刺しに刺した。めった刺しだ。自分が何をしている分からなくなる程だった。

 そして枯れたと思った涙がまた眼の奥から湧いて来て流れ落ちていく。

 悔しさと悲しみに押し潰されそうになる。

 ウチは何も変える事が出来なかった。例えウチが来なかったとしても空木さんは此処で死んだだろう。ただただ結果だけがあって、それにしか辿り着いていない。無力だ。無力過ぎる。自分の無力さに腹が立つ。

 だけど、だからこそウチは生きなければいけないのだ。死なない体だけども、人生を生き続けなければいけないのだ。

 全ての気持ちを背負ってウチは生きると決めたのだから。

 でも、ひとまずちょっと休憩だ。人生の中ではこの旅は短い、ほんの一瞬のことだけど、でも全力で走って来てしまった。それがここに来て一気に出て来た。

 ウチは再度、菊永漣に顔を向けると目の前が真っ白になり、そして気を失った。


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