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華と漣の物語り【八】

”チリン チリン チリン チリン”

 そう響いたのは空木さんが囚われた、小屋のような形をした研究所に足を一歩踏み入れた時だった。

 見つからない様にとコソコソ裏口に忍び寄って中に入り、あわよくば誰にも見つから無く空木さんを助け出せたらと思ったんだけど、そうは問屋が卸さず一歩目にしてウチらの存在に気付かれてしまったのであった。

「…………」

 さっき正面から堂々と入ろうとした菊永漣を止め、自分なりの持論を熱く説いてしまっただけに物凄く恥ずかしくバツが悪過ぎる。

 ウチは後ろにいる菊永漣に顔を向けて、

「あはっ」

 精いっぱいの笑顔を向けたが、

「………………」

 無表情のボーっとした、だけどどこか呆れたような顔で見降ろされ、ウチの横を通って足元に張ってあった細い糸を何事もない様に越えて行った。穴があったら入りたい。

 ウチは菊永漣の後をショボンとなりながら着いて行く。

 廊下にはさっきと同じ侵入者を知らせるモノがまだ他にもあり、それを菊永漣が刀でピッピッと斬って行く。その度に鈴が落ちる音が聞こえるので、もうウチらの事は丸分かりだ。

 左右に部屋が無く、そして誰も現れる事無く廊下の最後のところまで来ると、そこには扉があった。

 それを菊永漣がおもむろに手を掛けて押して開ける。扉はギーッとやたらと気持ち悪い音を立てながら開き、大きな部屋へと繋がっていた。

 そして、

「おや、まだ生きていたとは、やはりあなたにお願いしたのは失敗だったようですね」

 部屋の真ん中辺りには小納寺さんとその護衛のお侍さんがいて、小納寺さんが菊永漣を見て開口一番そう言った。

「………………」

 菊永漣はそれに対して何も言わずボーっとした顔で二人を見ているだけだった。

 ウチは菊永漣と小納寺さんが知り合いだと分かって驚いたが、どういう関係なのかさっぱり分からないので、

「仲間だったの?」

 と聞いて見ると、

「……お前を殺すように依頼した雇い主だ。そして俺にも死んでもらいたいらしい」

「どういうこと?」

「………………」

 更にウチが聞くも菊永漣は答えず、右手に持っていた刀を持ち直して一歩前に出る。

「でもまさかあなたを用心棒として連れてくるとは計算外でしたが、まあ実験としては丁度いい形ではありますね」

 小納寺さんはそう言うと、奥の壁際にある机の上の長細い木箱の蓋を開け、棒を布で巻いたようなモノを取り出した。

 布にはビッシリとお経のようなモノが赤黒い色で書かれている。それは遠目から見ても禍々しく思う程だ。

 その布をゆっくりと解いていくと一本の刀が現れた。

 そしてそれを、

「鋭角さん。これを使って下さい」

 と言ってお侍さんに向けて放り投げた。

 鋭角と呼ばれたお侍さんはそれを受け取るとオドオドし、

「で、でもこれは――」

「大丈夫です。それはもうほとんど完成品です。若干衝動を抑えられなくなると思いますが、それはそこにいる娘でも斬っておいて下さい。また逃げ出されては困りますので嫌という程に切り刻んであげて下さい」

 小納寺さんはにこやかに、だが逆にそれがゾッとするほどの恐ろしさがある顔で言うと、

「では終わりましたら教えて下さい」

 そう言い残し、壁際にある扉から出て行った。

 鋭角さんは徐に「……はあ」と溜息を吐くと、

「……仕方がねえ」

 鋭角さんはニヤリと笑うも余裕が無く引き攣った顔をこちらに向けて、

「これを俺が使わなくちゃいけなくなるとはイヤな事だが、それでもお前を斬れるなら使う価値はあるってもんだよな」

「………………」

 鋭角さんと菊永漣との間にピリピリとした何とも言えない空気が漂い始め、ウチの体は勝手に二人から距離を取る様に横の壁際へと移動してしまう。

 そして鋭角さんが刀を鞘から抜くと、その刀身を見て驚いた。なんとその刀身は不気味に黒く光り、どういうわけか紅いモヤモヤしたモノを纏っていたのだ。

 それは先程の刀を包んでいた布とは比べ物にならない程に禍々しく、おどろおどろしくおぞましさに包まれて、いや吐き出しているようにどんどんと空気が重くなっていくのを感じた。

 ウチはそれを感じるだけで全身が震え出しそうになるのを抑え、鋭角さんが菊永漣に集中している間にウチは空木さんを探しに、小納寺さんが出て行った扉の方へと足を動かした時、

「そこから動くんじゃねえ」

「っ!!」

 鋭角さんがこちらに顔を向け、低く、この世の物とは思えないほどの凄味がある声で言われた。その声は離れているにも関わらず耳元で囁かれた様にはっきりと聞こえ、息が止まりそうになる。

 だが、それ以上に背筋が凍りつくようなモノを見た。

 それは眼だ。見開かれ、そして紅い、真っ紅になった眼。黒目も白目も関係無く血のような真っ紅な眼。

 その眼で見られると体も息も心臓さえも止まってしまいそうになる程の威圧感があった。

 だが、その間に割って入るように、

「オマエのアイテハ俺ダョウォオーーヒャアあぁァァァァァッッヒャッヒョアーッ」

 笑いのような叫びのような奇声をこの部屋が割れんばかりに上げて、鋭角さんに突っ込んで行った。

 体勢は低く、横に構えた刀をそのままに完全に懐に入るまで振らず、先に仕掛けたのは菊永漣だったが、一撃を出したのは鋭角さんだった。

 鋭角さんは菊永漣が突っ込んできたのを見ると顔の右辺りで刀を構え、そして間合いに入った瞬間に振り下ろしたのであった。

 それを菊永漣は横に紙一重でかわすが、鋭角さんの振り下ろされた刀は止まることなく刃が横を向き、そして菊永漣を上下で真っ二つにせんとばかりに鋭い横一線が放たれた。

 菊永漣はその一線をどうにか刀で受け、キンッと甲高い音を鳴らせた。

 そして瞬時に左手を鋭角さんの腰に手を伸ばす。

 だが、そうはさせないと鋭角さんは刀を弾き菊永漣を自分から突き放した。

 その力は尋常じゃないのか、はたまた菊永漣の体勢が悪くて起こった事か分からないけど、大きく後ろに飛ばされてたたらを踏んで、どうにか転ばずにすんだといった状態だった。

 そんな菊永漣の左手には自分の刀とは別の短い刀が握られていた。それは鋭角さんが腰に差していた脇差で、さっき手を伸ばした時に取ったのだろう。

 そして、その脇差を放り床を滑らせウチの方へと投げたのであった。

「さっさとイケェ」

 そう叫ぶとまた、

「ギャアアアッハッッッハッハアァァァーーーーーーーッッ」

 と笑い叫ぶように斬り掛り、今度は間合いに入ったところで下から斬り上げ、鋭角さんも一歩踏み出して刀を振り下ろし、今度はキンッいう音と共に二人の刀は弾かれた。だが、すぐにお互いに刀を交わらせる。

 その迫力ある光景にただただ息を飲むしかなかったが、菊永漣が折角作ってくれた機会なのだ。ウチは、

「よしっ!」

 気合を入れて足元にある脇差を拾い上げ、それを持って小納寺さんが出て行った扉に向かって走り、空木さんを探しにその部屋を後にした。


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