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華と漣の物語り【五】

「!?」

 その瞬間にウチの体は凍りついたように固まってしまう。

 そして開かれた扉から現れたのは長髪を後ろでまとめ、細い笑っているような糸目の顔に眼鏡を掛けた小納寺さんだった。

「やれやれ、途中で雨が降ってくるとは災難な事でしたよ」

 そう言いながら濡れた肩を払いながらウチと空木さんが入ってる格子が並ぶ前にやって来た。

 そして、ウチの方に目を向け、

「さて、それではあなたから実験を開始しましょうか」

 会ってから変わらない声色なのにそれは何故か物凄く冷たいモノに感じ、ウチの体は固まりからガタガタと震えへと変わっていた。いや、全身が震えて動かない。

 これからどのような事が行われるかはちゃんとは分からないけど、でも今ウチが思っていることよりもよっぽど酷いことが待ち構えている事だけは分かる。

 しかし、小納寺さんは少し眉をハの字に変え、

「と言いたいところですが、こちらの実験結果を先に見なければいけないのですよ」

 と空木さんに視線を移した。

 それを聞いた空木さんは何を言われたか分かっているはずなのに、これからどういう目に遭うのかも知っているはずなのに、それでもピクリとも動かず、そして平坦な声で、

「どうぞ、ご自由に」

 と言うだけだった。

 空木さんの錠が外され扉を開けられると、

「さ、出て下さい」

 そう言われ、しんどいはずなのにそんな素振りを全く見せずスッと立ち上がり、格子の扉へと向かう。

 小納寺さんは鍵の束を懐に仕舞い、

「今日は偉く素直じゃありませんか。お仲間に強情な醜態を見せられませんか」

「…………」

 酷いことを言われながらも空木さんは顔色一つ変えず出る。

「う、空木さん……」

 ウチは声を出すも何を言っていいのかわからなかった。あの時と同じだ。あの鈴にお呼びが掛った時と全く同じで何も言えず、それが悔しかった。何も出来ない自分が情けなくて情けなくて、唇を噛むことしか出来ずにいた。

 そして、ただただ黙って見送ることになる。――そのはずだった。

 そのはずだったのに、急に空木さんがヨロヨロとして小納寺さんにもたれかかったと思ったら、思いきり押して突き飛ばした。

「!?」

 そして鍵の束を手にし、ウチの入っている格子の扉の錠を必死になって外そうとしていた。

「空木さん……」

 息が荒く、今にも倒れるんじゃないかと言う程しんどそうな顔で必死になり、そして、

 ガチャン

 と音を立てて錠が開いた。

「早く出て!」

「う、うん」

 ウチは促されるままに扉から出る。

 そして空木さんがひんやりとした背筋がゾクッとなる程の冷たい手でウチの腕を掴み、

「こっち――キャッ!」

 と引っ張ったところで、手を離された。空木さんも引っ張られて倒れてしまったのだ。

「実験体は実験体らしく大人しくしてもらわなければ困りますよ。今度はその両腕を斬り落しての実験としましょうか」

 そう言って小納寺さんが空木さんの髪の毛を引っ張り床に抑えつける。

 「う、うぐっ……」と唸る空木さん。それでも必死に、

「逃げて……」

 とウチに向かって言う。

 だが、

「何事ですか!」

 入口の扉が開き、現れたのは護衛のお侍さんだった。

「そいつを捕まえて下さい」

「は、はい」

 お侍さんは状況に困惑差しながらもウチの方を向いて手を伸ばしてくる。

 それをウチは必死になってかわす。そしてまた手を伸ばしてくるが、かわす。村での鬼ごっこでいつも最後の粘りをみせるのがウチである。

「斬っても構いません。早く捕まえて下さい」

 小納寺さんの声を聞いてお侍さんは刀に手を掛け抜き、斬り掛ってくる。

「っ!」

 ウチはかわそうと身を捻り後ろに下がるが、さすがに届く範囲が広過ぎ、尚且つ早過ぎてかわしきれなく腕に当たり血が吹き出る。

「くっ」

 腕は脈打つように、そして激痛が襲い掛って来た。傷口を抑え一瞬動きが止まってしまう。

 再度お侍さんに目を向けた時には刀を振り降ろそうとしていた。

 逃げるにしても間にあわない。それに足が床に張り付いたように動かなくなっていた。

 目を瞑り体を強張らせると突然横から思いきり押され、ウチは突き飛ばされ床に倒れた。

 目を開けてみると、そこにはどうやってか小納寺さんの手から抜けだした空木さんがいて、そして、空木さんがウチを押したのだろう事が分かったが、それよりも――それよりもウチは目を見開いて口を戦慄かせてしまう状況がそこに遭った。

 それはお侍さんが振り下ろした刀でウチの代わりに空木さんの腕が斬られ、その腕が床に転がっていたのだ。

 そして、腕がビクビクとひとりでに動き、空木さんの方へと向かって移動していくのであった。それはまさに元に戻ろうと、斬られた腕にくっ付こうとしているようだった。

「…………」

 そこで初めてウチはどこかまだ夢のような戯言から現実へと確信したのだった。

「華! 逃げて!!」

 必死に叫び空木さんの声でウチは我に返り空木さんを見た。

「でも空木さんが!」

「私のことはいい! だから華だけでも逃げて!!」

 そして「お願いだから!」と悲痛な叫び声を上げる。

「…………」

 ウチは迷ったが、ここでウチが逃げ出さなければここまでしてくれた空木さんの気持ちを踏みにじる事になる。それだけはしたくなかった。

 幸い突き飛ばされたところは部屋の外の廊下だ。

 ウチは最後に空木さんを見て、

「絶対に! 絶対に助けに来るから!!」

 そう言い残して出口がある方へと走った。

 後ろからはお侍さんが走って追いかけて来るが追いつかれる前に建物から出て、さらに走って逃げた。

 外はもう暗く雨が降り、その中をずぶ濡れになって走る。出来るだけ森の方を走り追いつきにくくするが、ウチにとっても走りにくく、さらに雨で滑り易く急に斜面になっているところ等で転ぶものの、勢いは殺さずそのまま這うようにしながら立ち上がって走った。

 そしてどうにか捕まらず、街中へと戻って来て細い路地の水溜桶の陰に蹲って身を隠したのであった。

「……これからどうしよう」

 どうにかお侍さんは撒いたようだけど、このままここに居続けるわけにはいかない。それに置いてきてしまった空木さんをどうにかして助け出さなければならなかった。

 奉行所に駆け込むにしても物事が物事だ。誰も不死なんて信じるはずがないし、ウチが実際に見せたとしても妖怪や化け物扱いされて結局は捕まってしまうだけだろう。

「…………!」

 そう言えばと、ふとさっき斬られた腕が気になり見て見ると、そこには血が垂れ痛みが伴っていなければいけないのに血も傷も痛みすらなかった。どこを斬られたかすら分からないくらいに綺麗に無くなっていた。逆に逃げる際に転んで出来た擦り傷の方が痛い。

「…………」

 これではっきりと自分の体が普通で無いことが理解できた。

 でもだからといって空木さんを助ける力にはならない。

 この街で力を貸してくれる知り合いなんていない。そもそも江戸に昔住んでいたかもしれないけど、その記憶も無ければ覚えている人も居ないだろう。もし覚えてくれている人がいたとしても、助けて欲しいなんて頼んだところで無理な話だ。

 ウチは膝の上に置いた腕に顔を埋めるようにして、

「……どうしたらいいんだろう」

 考えをめぐらすが何も思いつかない。こうしている間にも空木さんは酷い目に合っているだろう。合っていなくてもそのうち合う事になる。早く助け出したいという気持ちが焦りを生んで余計に考えがグチャグチャだ。

「…………はあ」

 ウチは頭を冷やすため、もう散々濡れているけど水溜桶の水を上に積んである桶を使い汲んでそれを頭からかぶる。そしてもう一回、もう一回、もう一回、もう一回……。

 何回繰り返したか分からないが、それでもある時ふとある考えが浮かんだ。

「…………」

 この考えが上手くいくのかどうか分からない。下手をしたら断られておしまいになる可能性もあった。だけど、今のウチにはそれしか思いつかなく、もうそれをどうにかするしかなかった。

 ウチは持っていた桶を投げ捨てて路地の奥へ奥へと走り出した。


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