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華と漣の物語り【四】

 建物の中は窓がほとんど無くて異様に暗く、そして板で出来た壁は黒ずんでギシギシと音が鳴り、淀んだ空気が充満していて異様な不気味さに包まれていた。

 ここにお化けが出るという噂があれば信じてしまう程に不気味で、重苦しく息が小刻みになる程の圧迫感がある。

 そんな廊下を進んで錠で厳重に閉められた部屋の前で止まり、そして錠を外して中に入れられた。

 その中にはいくつもの格子で分けられた牢屋があり、

「ここが、これからあなたが暮らす場所です」

 と、その中の一つの牢屋の中に頭から押し入れられ、やっと首と腕を解放されながらも転び顔を打って、

「イッタイ……」

 唸っている間に鍵を閉められた。

「ああ、やっと実験体が戻ってきて嬉しい事この上ないですね。ですが、これから用事があって出なければならないとは本当に残念ですよ」

 小納寺さんはうずうずして堪らないという表情をして、

「まあ、それまでゆっくりとして置いて下さい」

 そう言い残して部屋を後にし、部屋のドアにも錠を落とした。

「…………」

 何でこんな事になったんだろう。

 ウチは下を向いて「はあ……」と溜息を吐く。

 何が悪かったのだろう。江戸を目指して旅を始めたのがいけなかったのだろうか。それともおじいや繭に何も言わずに出て来たのが悪かったのだろうか。

 ウチ自身、未だに自分が不死だなんて思えないし、それに江戸にいた記憶も無い。と言えば嘘になるのかもしれない。不死は全く思えないけど、どこか大きな街にいた事は感覚的に覚えている。それが江戸なのか何処なのかは全然わからないし、居たというよりも見たといった方が良いぐらいでの薄らとした感覚だ。

 でも、それでも父親も母親も知らず、知っているのはおじいだけだ。だけど、そのおじいすら自分の本当のおじいじゃないとか、絶対に人違いだ。そう思いたかった。

 そう思いたかったのだ。

 だけど、でも事実というのは自分自身の心の整理とは関係なくどんどんと押し寄せてくるもので、

「あ、あなたは……」

 聞き覚えの、聞き慣れ過ぎていて戸惑ってしまう程の、けどそれにしてはちょっと弱々しい、そんな声が横の格子で遮られた中から聞こえてきた。

「…………!?」

 ウチは下に向けていた目を声がする方へと向けた。

 するとそこには薄汚れた紫を基調にした着物を着た、薄暗い部屋でも分かるぐらい顔色が悪い、でもそれは紛れもなく、

「…………」

 だけど、そこには決定的に違う箇所が一つだけあった。髪型だ。髪は真っ直ぐ長く、腰に届きそうな程にある髪。そこが違った。

 それ以外は本物に似ている。いや、似ているとかそんなものではない、まんま本物だ。

 幼顔の目がクリッと大きく、そして愛想がいい少し釣り上がった口の両端。それは――紛れもなくウチでしかなかった。

 大きな鏡がそこにあってそれを見て、それと目を合わせていると思える程にウチの顔がそこにはあった。

「あ、あなたが……空木さん……?」

 ウチは声を出して、改めて先程の声が知らないうちに自分で出した声ではないかと錯覚するぐらい似ていると感じた。

「そうです。そして、あなたが私達の元だった人……ですか?」

 こんなものを……こんなものを見せられてしまってはウチとして反抗する考えが、言葉が思いつかない。それでも頭の中ではグルグルと、双子ではないのかとか、これこそ世の中には自分と似た人物が三人いるその中の一人なのじゃないかとか、駆け巡るも自分ではもうそれがあり得ないだろうという事は分かっていた。

「……多分、……そうだと思う」

 今置かれている状況は小納寺さんが言っていた事と、後は目の前の自分と同じ顔をした少女。そして気を失う前に見た夢のような一瞬。それでウチが理解している現状だ。これはまだ気を失って夢を見ているんじゃないかと思えるそんな状況だった。

 だからまだまだ確信がある事なんてほとんど無い。だけど、それでも状況だけはどんどん進んでいく。合っていようが間違っていようが関係なく、ただただ状況だけは、悪い方へとどんどんと。

 そんな状況だからこそ確認しなければならない点がある。

 ウチは胸の襟を祈る様な気持ちでギュッと握り、

「ウチは物心付いた時にはもうおじいと村の外れに住んでいて、別にこれといって何かあるような生活を送って来なかった。だから大した怪我をしたことも、死ぬような事もなかった。おじいは事情を知っていたって小納寺さんは言っていたけど、それも知らなくて、だから聞くんだけど……空木さんは、死なない身体なの?」

 そんな与太話にも等しい、もし違っていたら大笑いされそうな質問に、空木さんはしんどそうな顔をしながら静かに、

「……端的に言えば、違います」

 と言った。

 ウチはホッとして襟を握っていた手が緩む。やっぱりそんなバカな事なんてあるはずがないのだ。不死だとかそんなことは。

 だがしかし、空木さんは続けて、

「私はいずれ死ぬでしょう。そもそも体がもう限界です……。再生能力も落ちて、完全に治るまでに掛る時間が日に日に増している状態です。……そのうち死ぬ日が来るでしょう」

 空木さんは少し苦しそうに「うっ……」と唸ってから一呼吸置き、

「ですけれども、今は死ぬ事はありません。例え首を斬られようが、頭を吹き飛ばされようが、血を抜かれようが、内臓を引き千切られても死ぬ事は無いです。現に今、私には――心臓がないのですから」

「…………」

 ウチは固まってしまう。

「信じられないようですね」

 信じられるはずがない。信じられるわけがない。心臓、人間の体の中で一番と言っていいほど重要なモノだ。それが無くて生きているなんてあり得るはずがない。

「それならば私の胸を触ってみて下さい」

 そう言うとおもむろに空木さんは着物を肌蹴させて、薄明かりでも分かる程に透き通る程に白い肌に凹凸の無い平らな胸を露わにした。

 そしてウチは格子から手を伸ばし、空木さんの肌に触る一歩手前で手が止まってしまう。これで本当に心臓が無ければ、全てを受け入れなければならない。そう思うと手がそれ以上にいかないのだ。

 それでもウチは確かめなければならない。勝手に進むこの現状に追いつかなければならない。追いついて、それからどうすると言われればどうにもならないけど、でも置いてきぼりで勝手に進む状況というのは嫌だ。

 だからウチは確かめなればならないのだ。

 ウチは空木さんの胸に掌を押し当てた。

「っ!?」

 すると鼓動云々よりも先に掌の感覚に驚いた。あり得ない。人には絶対にあるそれが、空木さんの皮膚からはほとんど感じ取れないのだ。全く持ってと言っていいほどに感じることが出来ないもの、それは体温だ。

 体温がほとんど感じられず、冬の水仕事をした後のキンキンに冷え切った手を触ったぐらいに、いやその方が生きているという感覚がありまだマシだ。ペタリと皮膚に張り付く感覚は生きているというより、なんだか死んでいると言った方がしっくりくる。そんな感覚だった。

「…………」

 そしてドクンドクンとなる掌の感覚を探す。少し下にズラし、右にもズラし、左にも、上にもズラす。しかし、一向に感じることが出来なかった。

 あり得ないはずなのに、けど実際にそれが現実だった。

 ウチは空木さんの胸から手を離し、ペタリと座り込む。

「今は心臓を取り出して一週間置いておくとどうなるかという実験だそうです。こんなことをされても今はまだ死にません。けどきっと、私はいつか死ぬ日が、死ねる日が来るはずです……」

 空木さんは今にも倒れてしまうのではないかと言うほどの、か細く弱々しい声で言いながら着物を着直し、壁にもたれるように座った。

「……空木さんは椿、藤、菫っていう人を知ってるの?」

 ウチも空木さんのように壁に背にしいてもたれかけ、そして何もない、薄暗い天井を見上げながら聞いた。

「ええ、知っています……。今あなたがいるところですが、前は椿がいたんですよ」

「…………」

「そしてその横には藤で、もう一つ横に菫がいました。三人は、ちゃんとは分からないけれど、でもあれは今から二回前の暑い日の事だったので一年半前くらい前だと思いますが、その時に三人でこの研究所を逃げ出したのです。それからどうなったのか分かりませんが、今でも生きているのを祈るばかりです」

「その三人……死んじゃったみたい」

「…………」

「幸せだった人もいれば、そうじゃなかった人もいるみたいで、でも三人とも死んだの……」

「……そうですか。ここを出ても、出なくともいずれにしろ私達は死ぬ運命なのですね……」

 運命。そういうモノが本当にあるのならばウチが旅に出たのも、三人の死を知ったのも、ウチと同じ顔の人間と会ったのも、そしてウチが死なない体なのかも知れないのも運命なのだろうか。

「なんで空木さんは三人と一緒に逃げなかったの?」

「その時も私は実験の最中で、まともに体が動くような状態ではありませんでした。だから、一緒に逃げ出したとしても足手まといになるだけでしたので一人残ったのです」

 そして、「それに」と続け、

「私だけが不死の力を持っていたので、私さえいればそれほど三人を追わないと思ったからです」

 だけど椿さんは見つかって殺されてしまった。それはただ運が悪かったのかもしれない。でもそれが運命だったのかもしれない。

「三人が死んでしまったのは悲しい事ですが、しかし苦しんで生きているよりもその方が良かったのかもしれません。あなたも見つからずにひっそりと暮らしていられれば良かったのですが」

 ウチは今思うに何故あんなあまり人が来ない、さらに村からも離れた場所で暮らしていたのか分かった気がする。昔はあんまりそんな事を考えなかったし、繭の事が周りにバレなくて丁度良かったとは思っていた。けど実際はウチのことを知られない様にしていたのかもしれない。

 ウチが話しにあった女の子ならば大勢の人前に出れば見つかるかもしれないし、それになにで死なない体だということがバレるかわからない。

 そんなことを知らないウチはよく村に遊びに行ったり、好き勝手に木登り等をしていた。おじいからすればヒヤヒヤだったことだろう。

「……空木さんは――空木さんはウチを恨んでる?」

 ウチがいなければ生まれてくる事はなかったし、こんなに苦しい思いをしなくて済んだ。それは間違いない事だ。

 それに対して空木さんは静かに、

「いいえ、恨んでなどいません。例え誰かから作られたとしてもこれは私の人生です。あなたとは全く関係がないことです。だからあなたが引け目に思ったりする必要も、そんな風に考えて苦しむ必要はないのです――」

 ウチを諭すように、でもそれだけじゃなくて自分の運命を受け入れているような、悟ったようなそんな言い方だった。弱々しいからそんな風に聞こえるとかではなく、心の底から誰のせいでもない、そういう言っているとウチには何故か分かった

 そして最後に、

「苦しむのは、私一人だけで十分です」

 そう言ってくれた。ウチは涙が出そうな程に嬉しかった。

 ウチがいたからこそこんな目に合っているのに、文字通り死ぬ思いをして生きているのに、それでも何も言わずただただ耐えてくれている。それが嬉しかった。と同時に申し訳なさでもいっぱいになっていた。だけどこれは空木さんには言えない。

 だからウチは言う、

「ありがとう」

 と。

 それを聞いた空木さんはクスッと笑い、

「あなたと話をしているとなんだか椿や藤や菫の三人と話をしているみたいです。さすが三人の元になった人ですね」

 そう言うと本当に懐かしそうに、嬉しそうに空木さんはクスクス笑う。

「そういえば、まだあなたの名前を伺っていませんでしたね。何とおっしゃるのですか?」

「ウチは華っていうの」

「華ですか。だから私達は」

 またクスクス笑う空木さん。

「?」

 何がおかしいのかウチには分からないけど、どうやら空木さんは笑い上戸のようだ。

 その方がいい。だって、これら当分の間は二人でここに居続けなければいけないのだから。

 ここから逃げるのを諦めたわけじゃない。二人でどうにかして逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。でも今は自力でどうにかする事も、助けてくれる人間もいない。

 今までは運よく誰かに助けてもらいながらどうにか出来たが、ここではそうはいかないのだ。江戸には着いたばかりで誰とも話しておらず、尚且つここにいる事は誰一人として知らない。

 自分達でどうにかしなければいけないけど、格子は頑丈そうで助けを呼ぶにも外まで声が聞こえるとは思わない。そもそも建物の周辺に誰か来そうな気配が全くなかった。

「これからはウチも一緒だね。よろしく、空木さん」

 ウチはちょっと苦笑いをしながら言うと、空木さんは目を閉じ、何かを悟る様に、

「ううん」

 と言って首を横に振り、

「あなたは――」

 言ったところで、

 ガチャン

 と、錠が開く音がした。


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