華と漣の物語り【参】
※
ウチが目を覚ますとお侍さんの肩に担がれて運ばれている最中だった。
どれだけ気を失っていたかは分からないけど、周りはまださっきの森のようなところなのでそれ程経っていないはずだ。
それでもって、さっきの一瞬の出来事は鮮明に覚えている。
(確か首に刀を当たったはずだけど……)
そう思って首を触ってみるがちゃんとくっ付いているし、全く痛くもない。じゃあ何で気を失ったのか分からないが、でも何にもなっていない事にひとまずホッとする。
そんなことをしていると、
「ん? 気が付いたようですぜ」
と侍が口にした。
そして続いて斎藤さんの声が聞こえてくる。
「おお、これは素晴らしい。まさかこれ程までとは。さすが本物ですね」
「これはどういうことですか?」
ウチは肩に担がれ、逆さ向いて見える斎藤さんを睨みつけて言った。
「単純な話ですよ。さっきまでの話しは全部嘘で、ただあなたを連れ去りたかったというだけです」
「じゃあ、浮世絵師っていうのも全部嘘だったの!?」
「当たり前ですよ」
知的な雰囲気を残したまま肩を竦めるようにして斎藤さんは言う。
「はーなーしーてぇーーっ!!」
ウチは全力でジタバタと足を振り回し手でお侍さんの背中を叩き、体をよじって逃げようとする。
「こ、このっ、暴れるな!」
冗談じゃない、こんなところでまた捕まって堪るものか。ここに来るまで散々色んな事に関わって来たのに、なんでまたここでも関わらなくちゃいけないのだ。
ウチはただあのお侍さんに会いに来ただけだというのに。なんだかめちゃくちゃ腹が立つ!
(くそーーっ!)
考えれば考えるほどイライラしてきて、ムカついてそれをぶつけるようにお侍さんの脇腹に、
「アグゥゥゥッ!!」
噛みついた。
「っ!? いっってえーーーっ!!」
お侍さんは悲鳴を上げるように叫んでウチを振り払い地面に落とす。
ウチは背中から落ちた衝撃で一瞬息が詰まり動けなくなったが、すぐに這うようにしてその場から逃げ出そうといた。
だが、
「このガキがっ!!」
「っ!?」
着物をお侍さんに掴まれ、そして頭を地面に思いっきり押し付けられて腕を背中によじられて動けなくされた。腕は「これでもか」と言う程よじられて関節が砕けるほど痛く、頭も地面に打って中がガンガンし、尚且つ押し付けられっぱなしなので物凄く痛い。
「うっぐっぐっ……」
「舐めんじゃねーぞ!」
ウチの歪んだ顔の上でお侍さんは叫び、それがウチの鼓膜に響いてキーンという音がなって余計に顔が歪む。
そして、そんなウチの前に斎藤さんがやって来て、上から見下ろしながら、
「逃げ出そうとは、全く本物は気が強い事だ。そんなところだけアレらが似たのかもしれませんがね」
「……さっきから本物とかって何を言ってるのよ? あなたもウチを誰かと間違ってるんじゃないの?」
もう人違いは懲り懲りだ。人違いじゃなくても誰かに似ているからといって一緒にされても困る。
「いえいえ、人違いなんてしませんよ。それに、さっき本物だという事を確認しましたから」
「? さっきって、ウチが気を失っている間に何かしたの?」
「別に気を失っている時に何かしたわけではありませんよ。ただ――首を斬っただけですよ」
「……え?」
ウチは不意に物凄いことを言われ固まってしまった。
気を失う前に見た事、あれは本当の事だったのか。でもさっき首を触った時には何も、傷一つ付いていなかったはずだ。自分で自分の首を見れないので、もしかしたら掠り傷程度に切れていたのかもしれないけど、でも気を失う前に見たのは紛れもなく首に当たっている位置だった。
「ど、どういうことよ……」
ウチがあまりにも何を言っているのか分からないという顔をしていると、
「あなたは本当に自分の事なのに分からないのですか?」
斎藤さんは驚いたように聞いてきた。
「だから一体どういうことなのよ……」
ウチは顔を地面に押し付けら、斎藤さんの方に目だけを向けて聞く。
すると斎藤さんは呆れた顔で「ふっ」と鼻で笑い、
「これは驚いた。まさか知らないままでこの十三年間を生きていたとは」
そして「あはは」と笑う。
「あの老いぼれは君に何も話さなかったのですか。あの老いぼれらしいと言えば老いぼれらしいが」
「老いぼれっておじいのこと?」
「左利きの傘部定衛門という老いぼれですよ」
確かにおじいは左利きだけど、名前は違っている。けど、斎藤さんは「まあ名前は偽っている恐れがありますが」と付け加えた。
「それで、その人とウチの事を斎藤さんは何を知っているの」
すると斎藤さんはせせら笑うようにして、「斎藤は偽名でして、本名は小納寺と言います」と言った後、
「昔の話です。今から十三年も前に江戸にある親子がいました。そしてその子供、当時齢二つの女の子が不治の病に侵されました。どの医者もサジを投げ出してもう死を待つしかなくなった。そんな時、一人の老いぼれがその夫婦に向かってこう言ったのです。『その子を助ける方法が一つだけある』と。それは得体の知れない不気味な肉で、それを食べさせると治るというもの。金額もそれなりに高く、夫婦は初めは疑っていましたが『お代は治ったならばで結構』と聞いて、どうせ死を待つしかないのだからと夫婦はそれを買い娘に与えました。すると娘はみるみるうちに病気が治り、何事もなかったように元気になったのですよ。夫婦は喜び勇みました。まあ我が子が元気になったので当然でしょう」
「…………」
「しかしこの老いぼれは別に名医でも何でもないのですよ。逆に変な危ない研究ばかりしている男でしてね。夫婦に売ったその肉も出所は分かりませんが――人魚の肉だったそうです」
「…………」
「人魚の肉、聞いたことはありませんか?」
聞いた事はある。けどそれは昔話のお伽話の中や、ただのあればいいのになあといった話し程度のモノでしかない。そしてその効果とは、
「不老不死とかなんとか……」
「そうそう、結局は不老ではないようですが、でも不死ではあったようです。そしてその肉を食べたおかげでその子は助かったんですよ。死なない体を手に入れてね」
「それで、その子がウチだっていうの?」
「そうです」
あり得ない。確かにウチは死んだ事はないから、本当に不老なのかなんてことは分からないけど、それでも野山で暮らしていれば怪我だってする。それでもってそんな時は普通に怪我としておじいにしみる薬を塗られて凄く痛かったりするのだ。
もし不死だったら、
「怪我だってすぐ直るはずじゃない」
そう口にすると、
「私の研究ではどうやらちょっとした傷などはそのままになってしまうみたいです。最低でも骨折や骨にまで達するほどの切り傷程度の怪我をしないと働かないようなのでね」
「…………」
身に覚えが無いわけでもない事を言われた。それは斬り傷だ。
満月の晩に殺されそうになった時に腕に当たっただろう刀傷。それに遊郭を逃げ出す際に斬られたと思った刀傷。それがどちらも無かった事を思い出す。
傷が出来たところを見ていないので何とも言えないが、それでも違うとはっきりと言えなかった。
「な、何でそんな事が言えるのよ。ウチに何もしてないくせに」
ウチは違うと思いながらも動揺をしてしまう。
「ああそうですね。さっきの話には続きがありまして、女の子の病気が治っても老いぼれは研究成果を得るために、定期的に診察として女の子を診ていたのです。別に診るといっても解剖をしたりするわけではなく本当の診察のようなものですよ。そしてある程度情報が得られれば、それでその研究は終わり女の子の元を去って行きました」
「…………」
「しかし、その老いぼれには助手として少年がいました。そしてその少年は不死である女の子に興味を持ったのです。今まで角が生えた死体や燃えにくい鼠の皮などを見て来ましたが、どこか中途半端な物でした。しかしその女の子だけは違いました。完璧な不死。何をしても死なない結果が得られたのですから。絶好の実験体でしたよ。だから少年はその夫婦を殺してでも実験体を奪い、その実験体を隠したまま老いぼれに着いて行ったのです。運ぶのには少々苦労しましたが運んでいるモノは死なないモノです。普通の人間なら口を塞いでいても声を漏らしたり動きまわって大変ですが、死なないので首を縄で締め上げておけば声も体さえも動けずに楽に偽る事はできました」
「…………」
「ですが、結果としてはすぐにバレてしまいましてね。それで私は破門になり老いぼれは実験体を連れて逃げてしまったというわけです。しかし私は事前に実験体から標本を手に入れていたのでそれを使い、長年かけて同じ人間を作る事に成功しました。そしてその結果が先程の怪我で得た答えですよ」
「…………」
ウチは黙ったまま聞いていたが、なんてバカバカしい事なのだと思った。だってそうとしか思えない。現実離れの与太話にしか聞こえない。一瞬、傷の事で動揺してしまったけど、不死とか人を作ったとか笑ってしまうような話だ。
笑い話でしかない。
そうなのだけど、それでも一つウチには気になる事がある。別にこれとは関係があっても無くてもどっちでもよく、ただ気になる事。
それは、
「椿、藤、菫……」
そう、この旅で出会った人達がウチに似ていると言った人間だ。もしこの人達が小納寺さんと何らかの関わりがあるのか、それが気になったのだ。
そして、小納寺さんは、
「なぜその名前の知っているのです」
驚いたような顔になった。
それを聞いてウチは愕然とする。それは小納寺さんが言うようにウチから作った人間だからというわけではない。その人達の人生がきっと不幸だったはずだからだ。
ウチは三人のことを生まれた時から死ぬまで会った事がないので言いきることが出来ない。でもさっきの話を聞いて、ウチに似ているならば普通の扱いを受けていなかったはずだ。
そう考えると物凄く悔しかった。辛かった。誰一人として最後まで幸せになっていないのだから。
「……死んだ。皆死んじゃった。椿さんも藤も菫さんも死んだ」
ウチは地面に目を向けながらポツリと言った。
「そうですか。椿は見つけたので殺すように依頼をしましたが、あとに関しては情報がなかったもので助かりましたよ」
「一つ教えて。この人達はあなたの元から逃げ出したの?」
「ええ、ちょっとした不手際がありましてね。ですが驚きました。まさかあなたがアレらを知っているとはね」
三人の事を『アレら』とはまさに物扱いだ。ウチが知っている三人は本当に必死に生きようとしてもがいていた。決して物なんかじゃない。
そしてウチが不死の体だとして、三人がウチと同じ人間というならばおかしい事がある。それは、
「全員不死じゃなかった。ウチと同じならば死なないはずなんじゃないの?」
ウチがそう聞くと、小納寺さんは溜息を吐いて、
「十体ほど複製には成功してのですが、不死の力を持っていたのはその中の空木だけでした。あとは出来損ないだったのですよ。数体は色々な実験で使ってしまい、出来損ないではありましたが他にも実験をしていたものでして、そちらの方に回そうかと思っていた矢先逃げ出されてしまいましてね」
「全く困ったものです」と肩を竦める。
「…………」
「まあ、あなたが自分の体の事を疑うのは分かります。しかし、不死だという事は先程確認しましたのでそれは間違いありませんよ。あとでたっぷりと実験をしますので、その際苦痛に耐えながら自分自身で感じて下さい」
そして、「さ、行きましょうか鋭角さん」と言って小納寺さんは歩き出し、
「このっ! 放してよっ!」
もがくウチは首根っこを掴まれ、腕はよじったそのままで強引に倉庫のような四角の板張りの建物の中へと連れて行かれたのであった。




