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華と漣の物語り【壱】

 元服が終わったばかりの、少し大人の顔つきになり始めた少年は山道を必死に走っていた。左の腰には太刀と脇差が差され、それが重そうに揺れる。

 体は全力疾走をもう四十分ほど続けているため重く、足も段々と空回りしてコケそうになる。だが、それでもどうにか体勢を立て直して止まることなく息も絶え絶えに走り続ける。

 そして山の中腹まで来ると一つの寂れた神社が見えてきた。

 少年は神社の傍まで来ると静かに茂みに隠れて息を整える。

 神社は瓦がところどころ落ちて床もボロボロで、賽銭箱すらなかった。もうここには神など祀られていないことは明白で、代わりにガラの悪い侍の姿が三人ほど見える。

 そしてその一人が戸を少し開けて中の男と話している。

「おいおい、あんまり可愛がって腰が立たなくとか言うなよ」

「それはお前だろう。いつもいつも腰痛いとか言ってよ。それにこんな女とヤれるなんてそうそうないからな。連れて行った後は捕虜か死刑だろうから最後は楽しませてやらないとなあ」

「楽しいのはお前だろうがよぉ。まあ、後で俺も楽しませてもらうけどな」

 そう言ってゲラゲラ笑う男達の声とチラリと中の様子が少年に見えた。

「ぐっ!!」

 少年は歯を剥き出しに噛み締め、拳がブルブル震えて今にも出て行きそうな体を必死で押さえていた。

 そして夜に出発すると言っていた男たちは夕方近くになると一旦寝静まり、神社は静かになった。

 少年は周りを伺いながら茂みから出て、神社の軒下に隠れるように移動して横から廊下に上がり破れた障子の隙間から中を覗く。

 するとそこには安物の赤い着物が乱れ、手足は縛られ口には猿ぐつわ、そして涙を流しながら悔しそうに泣いている顔の整った少女の姿があった。

 その横には見張りらしき男が一人いたが、座りながらコクリコクリと舟を漕いでいる状態だ。

 少年はゆっくりと戸を開けて少女に近づく。それに男は気付かないが少女は気が付き、何とも言えない表情をして、先程流していたのに涙とは比べものにならない位に涙がどんどんと溢れていた。

 そして少年は口の前に人差し指を立てて当て、縛られていた縄を脇差で斬って猿ぐつわを外した。

 少女は今にも大声を上げて泣きそうになるのをどうにか堪え、少年に手を引かれてそこから出た。救出に成功した。

 と思ったその時、

「おい、そいつをどこに連れて行く気だ?」

 と前に一人の顔の頬に傷があり、無精ヒゲを生やした侍が現れた。

 そしてそれを聞きつけた他の侍たちもすぐにやって来た。

「……くっ!」

 少年は刀を抜いて突っ切ろうとしたが神社を背に囲まれ、少女を後ろに庇いながら五人の侍たちと対峙する。

 すると一人の男が少年を見て、

「コイツ、あの道場に住んでるヤツだぜ」

「道場? ってことはこいつがその女を匿ってたヤツか。いい度胸してるぜ。報酬金が吊り上がり切ってから一人で美味しいとこ取りしようなんてな」

 そして「ケッ」と言い捨て、

「でもまあ遅すぎたな。お前はすでにその女の共犯者だ。女には用があるがお前には用がない。ここで死んどけ」

 そう言うと男は刀を抜いて一歩ずつ近づいて来る。少年は少女がいるため動けず間合いギリギリで男は止まる。他の男達も間合いを詰めてくる。

「ぐ、う……」

 少年は待っていてもやられると思い少女を左手で移動を促し出来るだけ背後に居れるようにして一人の男に切り掛る。

「でやぁああ!」

 それを男は受け、その間に他の男が少年に切り掛る。少年はそれをかわそうと交わらせていた刀を弾いて横に避ける。

 いつもの少年なら悠に避けれるのだが、今は少女を誘導しながらになるため移動が甘くなった。その為、脇腹に刀が浅く当たってしまった。

「っぐ!」

 脇腹が熱くなり、ドクドクと鼓動を打つような感覚が伝わってくるがそんな事を気にしていられず、次に斬り掛って来そうな男の方に切っ先を向けて動きを止める。

 後ろの少女は何も言わないが袴を掴む手が震えているのが少年には分かった。

 それを気遣うように、

「大丈夫だ」

 と男達を睨みながら口にする。

 そしてまた一人の男が上から振り下ろし斬り掛って来、それを受けると違う男がガラ空きになった腹部に突きを放ってきた。

 それをまた少女を誘導させながら避ける。今度は反応を早くしたためギリギリではあったが少年は避けることができた。

 そう、少年は避けることが出来たのだ。

 しかし、誘導させていた少女は少年が動いてから動かされ、さらに少年程俊敏ではない。少年がギリギリでかわした刀はそのまま少女の胸当たりへと吸い込まれるようにして、そして――突き刺さった。

「時音っ!!」

 刀が突き刺さったまま崩れ落ちる少女を抱きかかえる。少女の目は驚きと唖然と、そして遅れて苦痛を感じさせる顔に変わって行く。

 そして、

「と――っ!!」

 もう一度少女の名前を呼ぼうとした瞬間、脇腹に激しい衝撃が与えられ横に吹っ飛んでしまった。

「う、ぐぐっ……」

 少年は一瞬息が出来なくなりどうなったのか分からなかったが、少女が居る方へと目を向けると一人の男が足を上げていたので蹴られたことが分かった。

「おいおいお前、あいつを刺さずにコイツを刺してどうすんだよ。生かして連れてった方が報酬はたけーんだぞ」

「しゃーねーだろ。あいつがチョロチョロ動きまわりやがるんだからよ。それに見張りがちゃんと見張ってたらこんな事にはならなかったはずだよな」

「オレのせいかよ。ふざけんなよ」

 などのやり取りを男達がしている間に少年は立ち上がって少女を見る。

 少女は倒れて息荒く、未だに刀は突き刺さりゲホゲホと咳をしては血を吐き続けていた。

 それを見て少年は少女を助けなければという気持ちでいっぱいになり男達に刀を向ける。

「まあ話しはまずはコイツを殺った後だ」

 男達も刀を身構えニヤリと不敵に笑う。

 そして少女に刺さっている刀を少年を蹴り飛ばした男が強引に引き抜き、

「っうぐうっあ!」

 声にならない声が少女の口から漏れ出し、その瞬間――少年の中の何かが音を立てて切れた。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 少年は鬼人の如く、狂人の如く、奇人の如く声を荒げ男達に斬り掛った。

 それからのことを少年ははっきり覚えていないが、気が付いた時には真っ赤な血で染まった少女を抱きかかえ震えていた。

 そんな少年に向けて少女は力無く口を動かし静かに言う。

「……命は脆いもの。ちょっとしたことで、死ぬのです。私は……もうとっくに命が果てていました。それを救ってくれたのはあなたです……。この脆い……脆い命を、優しく守ってくれて……ありがとう…………」

 少年は少女を助けたいのに助からないことがもう分かり切っていて、でも何かをしないといけないという思いがいるのに思いつかず、少女が何を言っているのか分からないほど困惑していた。

 しかし少女はそんな少年のこと優しく微笑んで手を伸ばし、真っ赤な血が付いた手で頬を撫でる。

 そして、最後に言う。

「……ありがとう……漣…………」


最終幕になります。

最後までお付き合い宜しくお願いします。

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