八千代と紗江と雅助と翔太の物語り【九】
紗江さんに言われるままウチは小屋の裏に行き、小屋を背もたれにして腰を降ろすこと十分。紗江さんは小屋の中を片付けているのか、何かを探しているのかガサゴソしている。
そして小屋の外から小屋に駆けて近づいてくる足音が聞こえてきた。
今顔を出すわけにはいかないので誰かは分からないけど多分雅助さんのはずだ。
ウチは見つからないとは思いながらも少し緊張が走り息を飲んでしまう。
そして、足音はそのまま小屋の中に入って行き、
「さ、紗江……」
少し上ずった、予想通り雅助さんの声が聞こえた。
「…………」
それから二人のやり取りをウチは小屋に背を預けたままで聞く。
「おかえり、雅助」
「た、ただいま……。えっと……」
「どうしたの?」
「いや、な、何でもない……けど、……ここで何か、見たのか?」
「見たって何を?」
「い、いや、何も見ていないなら良いんだ。そ、それよりも紗江はここで何をしているんだ?」
「えっとね、今日は山菜をいっぱい取ってくるって言ってたから、久しぶりに小さい釜で炊こうかなって思って。その釜を探してるの」
「釜? 釜ならここじゃなくて、家の中に仕舞っていたはずだけど。確か去年またするかもしれないからって土間の横の棚に」
「ああ、そうそう、そういえばそうだった気がする」
「自分が置いた場所くらい覚えていてくれよ」
「ごめん、ごめん」
二人は小屋から出て錠を落とす音が聞こえる。
そして、どちらが歩いた音なのか分からないけど、ジャッジャッと草履が地面に擦れる音が三回程したあと、不意にその音が止まって、
「ねえ、雅助」
「ん?」
「私ね、雅助の事が好きだよ」
「ど、どうしたんだよ、いきなり」
「ずっと、ずっと好きだよ。私は雅助と居られるだけで十分幸せ。まだ子供はいないけどそのうち生まれて、二人で育てながらもここでのほほんとしながら過ごして歳を取っていく。何もない事かも知れないけど、私はそれで幸せ。それが一番幸せなことなの」
「……紗江」
「だから私は雅助の傍にずっといる。何があっても居続けるし、それでもって好きであり続けるからね」
優しい、想いがいっぱい詰まった紗江さんの声。雅助さんを精いっぱい包みこむ、その気持ちがウチにまで伝わってくる。
結婚というのが一つの節目で、お互いにお互いを想いやりながら二人三脚で進んで行くのかもしれない。けど、雅助さんと紗江さんの二人三脚はまだ始まってもいなかったんだ。どれだけ相手を見ていても、その片方が気を使っている間は進んでなんていない。お互いに想いやれるようになってこそ始まれる。
ウチは二人を見てそれが分かった。そして二人にはお互いを想いやりながら歩いて行って欲しい。
そうなればきっと二人なら本当の幸せというのが手に入るはずだ。それでもって雅助さんが望んでいる事にも気が付く。
ウチは座敷童じゃない。金銀財宝を与える事も、作物を豊作にして上げることも出来ない。ちっぽけなただの人間だ。
でも、例えただの人間であろうと何かして上げる事は出来る。それがほんの些細な事でしかないかもしれない。けど、それでもウチに出来ることならそれはして上げたい。
「さて、釜は棚にあるかな」
そう言いながら紗江さんは家の中に入っていく。
「…………」
そしてウチは持っていた小さな木の札を想いが通じるように願いを込め、そしてその札を思いっきり天に向けて投げ放つ。
それがどこから飛んできたのか分からないぐらい高く高く空に消えて行くぐらいに投げ上げて、それから落下し、その札はさながら天から降って来たように落ちて、雅助さんの前に転がる。
「…………」
ウチはちゃんと拾ってくれるか確認するためにそ~っと除くと、ちゃんと雅助さんは気が付いてくれて拾い上げて見てくれた。
それを見た雅助さんは、はっとなって周りを見渡す。それと同時にウチも慌てて顔を引っ込め見つからない様にする。
自分の近くにあるとなかなか気がつかない。別にウチはおじいや繭が大切だと言う事には気が付いていなかったわけではない。それは昔からちゃんと分かっていた事だけど、気が付かない人はいっぱいいる。だからこそ気が付いて欲しいのだ。
『足元にある宝物を大切に』
という事を。
そして、またそっと覗くと雅助さんは何かを諦めたような、でも見つけたような吹っ切れた表情をして一息吐いて家の中に入って行った。
それから、
「釜はあったか?」
という雅助さんの明るい声が聞こえてきた。
二人の二人三脚はこれからだ。初めは合わなくてもゆっくりと雅助さんと紗江さんなら進んで行ってくれるだろう。
そう願いながら、ウチは足音を立てずに小屋の裏から出て家の前を通って山の方へと駆けて行った。
※
山間を少し歩くと初めは大きな岩や勾配があって歩きにくかったけど、すぐにひらけて野原といった感じの道になった。ところどころに木が植わっているぐらいで見晴らしが良い。
見晴らしが良いのは良い事なんだけど、それが一面荒れ野原で草は一本も生えておらず、木も枯れているかの如く葉も付けずに、変わりに大量のカラスを枝に止まらせて咲かせているのだ。
その光景は不気味の一言でしかない。
「…………」
カラスは大量にいるのだけどその餌となりそうなモノは無く、何だかウチを見て狙っているような気がするのは気のせいだろうか。気のせいならばいいんだけど、さっき何かの動物の骨だけが転がっていたのを見ると気のせいとは思えなくなってくる。
「ハハハッ……」
笑ってみるが笑えない現状です。しかももう日が暮れて真っ暗になって来たし。早くココを抜けるか家か小屋を見つけなければ。
そして、ウチは今日が半月より満月寄りの月で良かったと思いながら、月明かりだけを頼りにスタスタと歩いているといきなり、唐突に左腕を掴まれた。
「ヒャッ!!」
飛び上がる程驚いて、ウチは掴まれた腕を振り払おうと身を仰け反らすが腕はしっかりと持たれていて離れなかった。
ウチは強張った顔を掴んでいる相手に向けると、そこには悪びれた様子のない、だけど月明かりで照らされているせいで不気味に見える。
「し、翔太……さん」
何故か翔太さんがそこに立っていた。
「やっと見つけたぜ」
「ど、どうしてこんなところに……?」
「どうしてってお前を捕まえるためだっての。にしもまさかあの牢から逃げ出すとはな。座敷童はみんなそんな妖術が使えるのか?」
「妖術って、そんなの使えるわけがないですよ。だってウチは人間なんですから!」
「出来れば座敷童であって欲しいんだけど、まあ別に人間でもどっちでもいいか。三十両の皿を割った分は体で払ってもらう約束だからな」
「で、でもあれは菫さんの力を使って――」
「なんでお前が菫のことを知ってるんだ? オレは誰にも話してねーんだぞ」
ウチはギクリとなった。座敷童なんて翔太さんが出すからついつい勢い余って口から出てしまったのだ。
ひとまず悔やむのは後回しにしてどうにか言い訳をしないと、と思い、
「そ、それは――」
と言いかけたところで、
「さては雅助か。ということは菫の時も雅助が逃がしたんだな」
一人考えるように口にされ、翔太さんのあまりの勘の良さに言葉を失ってしまう。
「この事で雅助を脅して紗江でも貢がすか。紗江でも居ないよりはマシだしな」
など勝手な事をブツブツ言っていたが、「まあ、それは後でいいや」とウチの方に向き直り、
「取りあえずここでお前を頂くとするか」
悪びれもせずそう言うと、ウチにもう一つの腕も掴み、二ヒヒと笑い顔を近づけてくる。
「ち、ちょっと! ま、まって!! ……っ!」
ウチが悲鳴のような叫びを上げたと同時に、翔太さんの横でキラリと何かが光ったように見え、そして、
「ん、ぐっ……」
呻き声を上げて膝から崩れて地面にひれ伏すように倒れ、ピクピクと動くだけだった。
「………………」
驚き倒れた翔太さんに何があったのか見ると、暗くて分かりずらいけれども首元に何かが刺さり、そこから大量の黒い液体が広がっていた。それは暗いから黒く見えるだけであって昼間に見れば違う、赤く見えるだろうモノ、すなわち血だという事はすぐに分かった。
首には見慣れない細長い三角形の形をした物が刺さっている。
本物は初めて見るけど多分クナイというのだろう。おじいが前に絵を描いて教えてくれたし、村で忍者ごっこをする際にはこれぐらいの木の枝を投げて遊んでいた。
さっき翔太さんの横で光った光はクナイが月明かりを反射させたモノだったのだろう。
「…………」
ウチは刺さっている位置から投げられただろう方向に目を向けると、そこには半月よりも少し満月に近い形をした月を背景に、木の枝の上に座っている女性を見つけた。
その女性は倒れた翔太さんなど気にもしない様にウチを見て、足をブラブラさせている。
その姿は翔太さんにクナイを投げたようには見えなく、他の誰かがしたように見える。実際他に誰かいないのか周りを見てしまったが、誰もいなさそうだった。
そしてウチがまた枝の上に座って足をブラブラさせている女性に目を向けると、
「ねえ、あなたって甲斐の国の村はずれに住んでいる娘だよね?」
と言われた。
ウチの事を何故知っているのか分からないけど実際にそうだし、人違いかもしれないけど言われた事は合っているので、
「……そうですけど」
訝しげにそう答えると、
「まだこんなところに居たんだ。漣ならもう江戸に着いたころだと思うよ」
「っ! な、なんであなたがその人を知ってるんですか!!」
「まあ、職業柄ね」
流すように言い、「それよりも」と話を変える前置きを入れられ、
「早く江戸に行った方が良いわよ。漣なら大丈夫だろうけど、でも万が一、もしかしたらもう会えなくなるかもしれないから」
と言われた。
「そ、それってどういうことですか!?」
ウチが聞くが、
「まあ漣にも色々あるってことよ」
静かに言われ、女性は上を向いてすると突然それが合図だったように突風がひと吹きし、ウチは顔を着物の袖で覆い、そしてもう一度見ると女性は消えてしまっていた。見通しの良い荒野のような場所から忽然と姿が消えたのだ。
「…………」
そして足元を見ると、ピクリとも動かなくなった翔太さんが転がり、どこかでカラスがカーッと鳴いた。
これで第三幕も終わりました。
次はいよいよ華の真実が明らかになる話です。
最後までお付き合い宜しくお願い致します。




