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八千代と紗江と雅助と翔太の物語り【弐】


 深いのか浅いのか、はたまた薄いのか濃いのか分からないけれど、夜になってもまだウチは山を出られずにいた。

 途中、赤くなった木苺や木の実を見つけて食べたので空腹はまだマシだ。それでも疲れが溜まりに溜まっているのはどうにも出来なかった。

 こんな山の中では小屋一つない。というか山道自体見つかっていない有様だ。本当にウチは死んでしまうかもしれない……。

「も、もうダメだぁ~……っ?」

 肉体的にもそうだけど、精神的にも折れてしまいそうなそんな時、茂みを抜けると何とそこに、十人は悠に入れる石で淵を囲った池のような温泉が湧いていた。

「うわぁー」

 ウチは感嘆の声を上げながら近づきお湯に手を付ける。

「丁度いい湯加減……」

 しかも白く濁っているだけで、汚い泥混じりのお湯ではない状態だし。

 天然の温泉。まあどこでも温泉は天然なんだけど、入れば疲れも冷え切った身体も温まるだろうなあ。

「…………」

 右に左に顔を向け周りを見渡すが誰かいる気配はない。まあこんな山奥なのだから誰か来るわけもないだろう。

「よしっ!」

 ウチは決心すると一気に着物を脱ぎ、そしてゆっくりと足先から温泉に入って肩まで浸かった。

「はあ~~、きもちいぃ~~~~」

 足を伸ばすと足に溜まった疲れが一気に抜け、堪らない程の心地よさ、体も温泉に浸かっているからか少し軽くなり、丁度いい温度過ぎて身体の中から疲れが沁み出し抜けていく感覚がに襲われて自然に声が出てしまう。

「ああ、極楽極楽ぅ~」

 ウチは淵を囲っている石に背中を預けて至福の時を堪能した。

 でもでも本当に気持ち良すぎて………………………………ついつい………………うっかりと………………………………寝てし…………………………………………………………………………………………………………………………、

「……ん?」

 ありゃ? 本当に寝てしまったらしい。

 気が付くと横にいる髪の長い誰かにもたれかかってしまっていた。だって肩にもたれかかっているのに髪の毛の感触がするんだもん。

 てかウチって今どこにいるんだったっけ? なんだか変に寝てしまてたみたいに頭がボーっとして働かない。

 とりあえず、

「……すいません」

 もたれかかっていたのを謝りながら、半分もまだ開かない目をしてちゃんと座り直すとお湯が揺れる感覚があった。そうそう、ウチは温泉に入ってたんだった。

 えっと、いつから入ったてんだっけ? ああ、昨日の夜だったか。今は明るいからもう朝になってるんだ。

 顔をお湯でバシャっと洗い、目を擦って目を覚まさせる。

 で、確か昨日誰もいてないから浸かっても……? ……誰も? え~っと、今確かに誰かいたよね? その感覚あったもん。さすがにあれは石じゃないし草とかでもなかったし……。

 ウチは恐る恐る目を擦っていた手をどけて横を見た。

「…………っ!!」

 するとそこには綺麗な色つやの、こんな毛がいつまでも保てれば良いなというほど良い毛並みを持った、サルが迷惑そうにウチを見ていた。そうサルがそこにいたのだ。しかも一匹だけではない。二〇匹以上が温泉に湯かっているのだ。

「ふんぎゃーーーーーーーーっ!」

 ウチは驚きのあまり叫んでしまった。

 そしてその叫び声に今度はサルが驚いて、「ウキーッ」と言いながらウチに襲い掛って来た。ウチを顔の前で腕を交差させて身を守り、

「いやーーー」

 さらに叫ぶウチの声と重なり合うように、


“パアァンッ”


 という銃声が聞こえた。

 するとサルたちはサルなのに蜘蛛の子を散らすように温泉から出て去って行ってしまった。

「……た、助かった…………」

 呆然とするウチに、

「大丈夫かっ!」

 今度は茂みから血相を変えて鉄砲を携えたお兄さんが現れた。どうやら助けてくれたのはこのお兄さんだったらしい。

 お兄さんのおかげでウチは助かったのだ。だからちゃんとお礼を言わなければならないところなのだけれど、

「ぎゃああああーーーーーーっ」

 ウチは突然現れたお兄さん目掛けそこら辺にあった大きめの石を投げつけた。なんでそんなことしたかって? だって裸だったんだもん……。

 そして頭に石が直撃したお兄さんは、

「ぐげっ……」

 と何とも言えない声を出し、その場に倒れてしまったのであった。


 温泉があったその近くに村とも呼べなさそうな程の小さな村があった。

 今思ってみれば温泉の淵に石が詰められていて土が崩れたりしないようになっていた。そんなことが自然に起こるわけがないのだから、誰かがやったことと考えるべきだったのだ。そう考えれば必然的にこの辺りに人が住んでいるのは分かることだし。

 でも昨日の疲れ切ったウチにはそんなこと考える頭などなかった。まあ、分かったとしても温泉には浸かっただろう。そんでもって寝てしまいもしただろうけどね……。

 それに幸いお兄さんは生きている。後は頭にでっかいコブが出来ているので後遺症が無い事だけを祈ろう。

 でもって、今は倒れたお兄さんをどうにかこうにか運んで、紗江というお兄さんの奥さんと二人で住んでいる家を見つけて寝かせたその隣の部屋で、ウチは昼ご飯を御馳走になっていた。

「わざわざ連れて帰って来てもらってありがとね」

 細い目をさらに細め、少しそばかすが目立つ顔をニコリとさせる。

「いえいえ。というか、そもそもウチが悪いんで……」

 「あはは……」と苦笑いをするウチに、

「いや、案外女の子の裸を見て、興奮のあまり頭に血が行き過ぎて倒れただけかもしれないよ」

「そ、そうかもですね~」

 そしてまたしても「あはは……」とウチは苦笑いしながら、

(いやいや、そんなバカな事あるはずないだろう)

 とツッコんだ。

 紗江さん天然なのかな?

「そんなことよりいっぱい食べてね。一昨日の昼から何にも食べてないんだし」

「は、はい。ありがとうございます……」

 と言いってウチはジャガイモの煮物とジャガイモのお味噌汁を交互に口に運び、食べる白ご飯はすでに四杯目だ。そろそろ御馳走さまをしたいところなんだけど、なぜか減った煮物の器に鍋からジャガイモを掬って入れられた。この家は椀子そば形式ですか? 蓋はどこにあるのだろうか……。

 そんなこんなで、とうとう六杯目で完全に箸が止まってしまった頃、隣を仕切っている戸が開いて、

「あイタぁ~……ん?」

 とお兄さんが額を抑えて顔を出した。

 「えーとー」とお兄さんはウチを見て頭を悩ませていたので、

「さっきは石をぶつけてしまって、すみませんでした」

 ウチはお兄さんの方に体を向けて頭を下げて謝った。

 顔を上げてお兄さんを見るとちょっと困った顔をしていたが、ふと何かを思いついたように、

「いやー、久しぶりに紗江以外の子の裸を見て、あまりの興奮に頭に血が行き過ぎて倒れてしまった」

 笑いながらコブを撫でて言った。

 あまりに白々しかったが、お兄さんのそれでいいじゃないかという顔を見ると無碍に出来ず、

「ウチの体ですから当然ですよ」

 乗らせてもらう事にした。

 隣の紗江さんは「やっぱりそうだと思ったわ」などと笑いながら言っている。

 お兄さんも紗江さんも凄い良い人そうだ。

「まあ、あり得ないぐらいペッタンコだったけどね」

 前言撤回。お兄さんだけもう一発ぐらい殴っておきたい。というか見られてたし……。


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