八千代と紗江と雅助と翔太の物語り【参】
ひとまずお兄さんの雅助さんが食事に歯止めを利かせてくれ、だけど動けないウチは旅をしている等の世間話をすると、
「それじゃあ、今日はうちに泊っていくといいわ」
紗江さんは手を合わせて嬉しそうに言う。
「え……でも~……」
その申し出は本当に嬉しいのだけど、
「そうしたら久しぶりに雅助と同じ布団で寝ることが出来るし」
「………………」
……うん、やっぱり天然なんだと思う。さっきから会話をしててもちょいちょいズレてるんだよね。
しかもこの雅助さんと紗江さんの二人が住むこの家は土間の一室しかない。別に贅沢を言うわけではないが、それでもほとんど布団をくっつけて向こうが一つの布団に二人で寝る想像をするだけで………………、ダメだ、絶対に寝られそうにない。
何も無い。何も無い事はちゃんとわかっているんだけど、それでもこっちがドキドキしてしまう。華ちゃんは純情無垢なのです。そんなのだからいつまで経ってもお子ちゃまだって? 五月蠅い!
「こらこら紗江、変な事を言うんじゃない」
雅助さんは慣れた口調で優しく言う。こういう事は日常茶飯事なのだろう。でもその光景は長年寄り添ってきた夫婦のようで、
「仲いいんですね」
微笑ましくて、羨ましくもあった。
「まあ、結婚したのは昨年だけど、こんな小さな村だから互いに赤ん坊の頃からの付き合いになるからね。もうあれこれ知った仲だよ」
「なるほど」
「そうそう、雅助がオネショして泣きながらうちに来たり、親に怒られてうちに来たり、家出してうちに来たりなんて事よくあったもんね」
「な、なるほど……」
「いい思い出だけど、あんまりそう言う事は言わないようにして欲しいな」
雅助さんはちょっと困った顔をするも、恥じる事も叱る事もせず、まあこれも含めて日常茶飯事なのだろう。
でもこんなことが日常茶飯事なら、ウチならば多分毎日怒りっぱなしだろうけど。雅助さんは抑えている様子もないし、かなり優しい人のようだ。
「でもまあもうすぐ夜になることだし、さすがに今から出ても山は抜けられないから今日は泊って行ったほうがいいよ。こんな狭い家だけど」
優しく雅助さんは言ってくれる。
確かにまだ夕方にもなってないにしろ日はだいぶ傾いて来ている。あと二時間もすればほとんど真っ暗になるだろうしね。
ウチは悩んだ末に、
「それじゃあ、お言葉に甘えて泊らせていただきます」
ちょっと頭を下げて言うと、
「うん。それがいいよ」
「村にお客さんが来るなんて久しぶりだね」
二人は嬉しそうに迎え入れてくれた。本当に世間には良い人が多くて、こんな女の子が一人旅をしていてもどうにかなるなんてありがたい事だ。
「なんならココにずっといてもいいよ」
という雅助さんの冗談めいた言葉に、「そこまでは大丈夫です」と言って笑った。
「ウチ何か手伝いますよ」
どうにか動けるようになったウチは立ち上がり、土間にいる紗江さんに聞いた。
「大丈夫よ。今日は遊びに来たと思ってゆっくりしてくれたらいいから」
「そういうわけにはいかないですよ。泊めてもらう身だし。――そうだ、ご飯の支度とか手伝いますよ」
「いやいや、いいよいいよ。華ちゃんがさっき今日の夕ご飯ほとんど食べてしまったから作りなおさなきゃならないけど、それぐらいあたしだけでも大丈夫だから」
「…………」
アレ今日の夕ご飯だったんですか……。
多分紗江さんは嫌味で言ったんじゃないんだと思うんだけど、さすがにそれを聞いて「はい、分かりました」とは言えない。
「そ、それじゃあ何か――あっ、水無くなってるみたいなので汲んできますね」
甕に水が無いのを見てウチは言う。
「そう、ごめんね。お客さんなのに働かせちゃって」
ウチに押されて紗江さんは渋々折れてくれたみたいだ。しかし、
「いや、水はボクが行くよ」
囲炉裏の横に座っていた雅助さん立ち上がりながら言った。
「もうすぐ日暮れだしね。若い子が外をウロウロしてたら危ない」
「そんな心配しなくてもまだ大丈夫ですよ」
日暮れと言ってもちょっと空が赤くなり始めたところだ。それに川もすぐのところにあるのでそれほど掛らない。
「そうですよ。雅助さんは心配性なんですから」
「そうかもしれないけど……」
紗江さんの言葉に雅助さんは煮え切らない中、
「それじゃあ、いってきます」
とウチはさっさと置いてあった二つの桶を持って外に水を汲みに出た。こういう場合はやってしまった者勝ちだ。
あそこで雅助さんに譲ると、多分ウチが出来る事は無くなってしまうだろうからね。
それにしても、今日は久しぶりに憂鬱にならずに寝れそうだ。最近次の日が憂鬱で憂鬱で仕方なかったから。こんなに気分がいいと鼻歌も自然に出てしまう。
鼻歌を歌いながら田んぼを、そして大きな古びた屋敷の前を通り、その横に流れている川から水を汲む。
それから持って帰ろうと思い両手に桶を下げようとするが、
「ん! おっと……!?」
二つはさすがに重過ぎるみたいで持ち上げただけでフラフラする。
「手伝うよ」
そこへやって来てくれたのは雅助さんだった。
「さすがに二つは重いからね」と一つを持ってくれ、「ありがとうございます」とウチは片方を渡した。一つであれば難なく持てる。
「さっ、早く帰ろうか」
少し急いでいるような、焦っているような足取りで歩き出す。ウチはそれに付いて行きながら、また大きい屋敷の前を通って田んぼを越えて家の前まで来た時、前から人が何かを担ぎながらやって来た。
「よっ、雅助。……ん? 紗江と思ったら誰この可愛い娘」
雅助さんと同じくらいの歳のお兄ちゃんで、筋肉質でそれに見合ったずけずけしい態度でウチを覗きこむように見て来た。
「ああ、……こちらは華さん。旅をしていて今日はうちに泊ってもらうんだ」
雅助さんはなんだか言い渋るように歯切れ悪くウチの事を紹介した。それに疑問を抱きながらも、
「華です。よろしくお願いします」
可愛さ全力の笑顔で答えた。だって、ウチの事を「可愛い」と言ってくれたのだ。お世辞でも嬉しいじゃないですか!
「オレ、翔太。よろしくな。――雅助、あとでお前の家行くから」
「何しに来るんだ?」
ちょっと不機嫌そうに言う雅助さん。
「これをやろうと思ってな」
と言って担いでいるモノをこちらに見せる。それは今しがた獲って来たのだろう大きなサギだった。しかも三羽。
「おお、すごい」
感嘆の声を上げるウチに、
「まあオレ様だからな。これぐらい朝飯前だっての」
翔太さんは鼻を高くして自慢気に言う。
「そういうことだから、雅助よろしくな」
「いい加減、人の家でご飯を食べるのを辞めたらどうなんだ」
雅助さんは溜息というか――ちょっと怒ってる? まだ雅助さんと会ってそれ程経ってないけど、それでもこんな不機嫌になるような人に思えなかったのでちょっと以外だった。
「しゃーねーだろ。作ってくれるヤツも誰もいないんだからよ。まあ材料もやるんだからいいじゃねーか。幼馴染なんだしよ」
「それでもだよ」
きつめの口調で雅助さんが言うも全く応えた様子もなく、
「それじゃあさ、華っていったっけ。オレの家に飯作りに来てくれよ」
「ん? ウ、ウチ!?」
いきなりこっちに振られてビックリする。「え、あ」とどう答えようか考えていると、
「華はお客として来ているんだ。お前のところはいかないよ」
雅助さんが庇うように言ってくれて助かった。
「そうか。それじゃお客がいるならより一層美味い物を食べさせないと失礼というもんだろう?」
「そうかもしれないが、紗江のご飯だけで十分だ」
「そう言うなって。とりあえず持って行ってやるからよ」
そう言うと翔太さんは雅助さんの「今日は来なくていいからな」という言葉を無視して、ウチに「またな」と言い残し去って行った。
そして翔太さんが大きな屋敷の中に入って見えなくなったところで、
「はあ……」
疲れたと言わんばかりの深い深い溜息を雅助さんが吐いた。
「翔太はそこ屋敷に住んでいる幼馴染なんだけど、あまりいい奴とは言えないから気を付けた方がいい」
表現としてはかなり曖昧に、あまり人を悪く言いたくないという言い方をしているが、雅助さんの態度を見るかぎり「かなり悪い人」としか聞こえない。
翔太さんはウチが見る限りそんなに悪い人には見えないけど、でも雅助さんと翔太さんってなんだか反りが合わなさそうな二人なので、余計にそう見えるのかもしれない。
それでも一応忠告してくれたのだから、
「分かりました。ちょっと気を付けておきます」
そう答えて紗江さんが料理し始めた家へと帰った。




