HAPPY ENDEING
四人で一緒になると決めて、七年の歳月が過ぎた。
朋絵が四年制の大学を卒業した年の、土日と重なった天赦日。
程々の式場で、俺は壇上に立って花嫁たちを待つ。
まず入ってきたのは大楽さんにエスコートされた琴葉。その後ろに、親父にエスコートされた香苗と朋絵が続く。
四人全員の顔が見えるように、向かい合う形ではなく、俺と三人で九十度になるように壇上に立つ。
「私たちは、本日お集まりいただいた皆様の前で夫婦の誓いをいたします。私、時野紀行は、処辺琴葉、二海香苗、二海朋絵を妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、四人で四人を愛し、敬い、慰め、助け、死が我らを別つまで共に歩むことを誓います」
誓いの言葉を述べて、リング交換に移る。
まずは朋絵から。
「朋絵。随分と待たせた。ずっと思い続けてくれてありがとう」
「えへへ。待った甲斐があったよ」
本当に、よく我慢したものだ。
リングに口づけて、朋絵の左手の薬指に。
「香苗。二人にかまけてあんまり見てやれなくてごめん。その分いっぱい愛すから」
「壊れるくらい愛してね。でも、愛しすぎて体壊さないようにね」
あはは。気を付けるよ。なにせ三人分だもんな。
リングに口づけて、香苗の左手の薬指に。
「やっとえっち解禁ですね!」
「だまれド変態」
ほんとにこいつはもう!
リングに口づけて、琴葉の左手の薬指に。
最後に俺のリングに朋絵から順番に口づけて。
「もう逃がさないから」
ぞっとするほど甘い声で三人がユニゾンしてから、琴葉が代表して俺の左手の薬指にリングを嵌める。
左の薬指が重い。精神的にも物理的にも。
鍛造のプラチナ製。裏抜きはしてもらったけど、ずっしりと重い。そして愛と責任がこれまた重い。
キスは順番に琴葉から。
大人しい、熱のこもったキス。
次に香苗。
追い縋るような、名残惜しいような余韻。
最後に朋絵。
舌は入れていないのに、情熱的な口づけ。
セレモニーを終えて、式は披露宴へと移る。
新郎新婦の席は、いつものように俺の両隣に琴葉と朋絵。朋絵の横に香苗。
お色直しが終わって、なにやら俺の友人たち、というよりかは桐吾からプレゼントがあるらしいが、プランナーに取り次いでからは何も聞いていない。
「それでは新郎のご友人からのプレゼントムービーです」
司会の人がそう言って、ムービーが始まる。
聞いたことのない曲だが、何となく声に聞き覚えがある。
歌詞は巧妙に隠されているが、聞く人が聞けば完全に俺たち四人を歌ったものだとわかるそれがアニメ調のスライドともに流れていく。
ゆったりとした、結婚ソング。俺たちのための歌。
一体誰がこんな曲を? 桐吾か?
曲が終わり、最後ににタイトルらしき文字列が真っ黒な背景に浮かび上がる。
HAPPY ENDING TRUE Ver. かけがえのない友人とその妻たちに捧ぐ。Directed by GOTO Special Thanks ……。
その文字が浮かんだ瞬間、会場がざわっとなった。
「ユキ兄。ユキ兄! ユキ兄⁉」
朋絵の慌て方がすごい。
「朋絵、ちょっとおちつけ」
「それどころじゃないよユキ兄! ゴトーってあのゴトーさん⁉」
「誰だよ」
「紀行さん。十年くらい前に一回爆発的にヒットして、その三、四年後に再ブレイクした人です。ボカロPもやってらっしゃるので私も知ってます。顔出しはされてませんけど絶対あのゴトーさんの声です。歌い方に特徴が……」
どういうことだと睨みつけようと桐吾を探すと、何故か司会者からマイクを渡されるスーツ姿の桐吾が目に入る。
「え~みなさんこんにちは~。音楽クリエイターのGOTOで~す」
一瞬会場がシーンとなって、新婦関係者の席からどよめきが聴こえる。特に若い連中の動揺がすごい。
「というのは冗談で、あ、いや、僕がGOTOっていうのは本当なんですけど~。この動画に使われてる曲の作詞、作曲、あと歌い手の壹谷桐吾で~す。動画制作は、ここにはいないけど、さっき動画のスペシャルサンクスにあげてた山岸で~す。名義はハチブンで~す。知ってる人いますかね~?」
奴が。女児アニメ鑑賞会を定期的に開いていたアホ。メインのグループじゃなかったけど、桐吾のサブカルチャー仲間としてたまにつるんでいた。
というか、琴葉がガクガクしている。
「紀行さん! GOTO×ハチブンのタッグは今めちゃくちゃアツい人たちですよ! なんでそんな人と知り合いなんですか!」
「しらんよ。桐吾は中学からの付き合いだし、山岸は大学の時の知り合いだ」
のんびりと会場に向けて喋っていた桐吾の視線が俺に向く。
なんとなく、真面目な雰囲気を感じた。
「紀行。僕は君に何度謝っても足りないと思ってる」
その桐吾の言葉を、俺は何度目か分らないほど受け取ってきた。
俺がみんなの前に出向いたその日、桐吾が語ってくれた真実。
神無月美紀を俺から引き離す役を負ったのは、桐吾だった。
桐吾はそれをずっと悔いていた。
「でも君が、あの人たちが許すって言ってくれたからもう言わない。だからありがとう。前を向いてくれて。ありがとう。紀行を前に向かせてくれて」
頭を下げた桐吾のその言葉の意味を、会場の大半の人が理解できなかったはずだ。
だが関係ない。俺たちと、いや、俺と桐吾で理解していればそれでいい。
いつの間にか、スタッフさんがマイクを俺に差し出してくれている。
「桐吾」
俺は息を吸い込む。
「お前と山岸が有名人だったなんて知らなかったぞ」
「え紀行そこ? 言うとこそこなの?」
「いやだってそれが一番びっくりしたし。そんなことよりこのデータくれるんだろうな?」
「……さっきリリース完了で~す」
「買えってかこのやろう! いくらだ!」
「二四〇円~。でも安心して。今日のデータは紀行にちゃんとあげるし、動画は通常Ver.しか世に出さないから」
そう言って桐吾はウィンク。
実は撮影スタッフ以外の撮影禁止の旨を、羽田野さん自ら説明してくれていたりする。なので無断撮影するバカはおらず、俺たちが流さない限りこの動画は完全に世に出ない俺たちだけのオリジナルになる。
「サンキュー。おまえの他の曲も買っとくわ」
「気に入ったらでいいよ~。じゃあ僕ははけるね~」
桐吾が壇上から降りる。その後は四人で各テーブルを回る。
まずは、上司の席。
いつのは朋絵が在学中に世話になった学校長と、香苗が勤務するクリニックの上司数人。
香苗は大学卒業後、カウンセラーの道へと進んだ。朋絵を支えたあの頃の経験を活かしたいと思ったらしい。
「本日はお越しいただいてありがとうございます」
ここに居る人たちは全員理解してくれた人たちだ。有難いことに、カミングアウトした中で俺たちの側を去っていく人は誰もいなかった。
口々におめでとうを言われ、今は既に退職している元学校長が俺と琴葉と朋絵が一緒に居ることに感慨深そうな顔をしている。
続いて向かったのは友人・同僚卓。まずは俺側の招待客から。
俺たちが挨拶すると、皆一様に涙を浮かべて喜んでくれた。
俺が呪縛から解き放たれたと皆が知ったあの日。それはもう、自分のことのように喜んでくれた連中だ。この七年はまたちょくちょくと飲んだりバスケしたりと会っていたが、結婚相手が三人と伝えた時はやはり飲み込むのに時間がかかっていた。
だが、それでもと俺を認めてくれた連中だ。
「みんなありがとう。これからもよろしく」
「夫ともども、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「お願いします」
続いて新婦の友人・同僚卓。これは三人分だから数が多い。
まずは琴葉の招待客。琴葉の友達と、琴葉が相談に乗ってもらっていたかつての仲間。
内藤先生も佐藤先生も加藤先生もそれぞれ別の学校に移動になっているが、今日は集まってくれた。
ちなみに加藤先生は相手を見つけて既に既婚者。一人子供がいて、お腹にもう一人いるらしい。
そしてこの卓、実はカップルが二組いる。
琴葉の紹介で、琴葉の友達のうち相手がいなかった二人が内藤先生と加藤先生とくっついた。
合わせたのは五年ほど前だが、二、三年前からそれぞれくっついたらしい。
俺と琴葉に、あと内藤先生からは朋絵にも特に祝福の言葉が向けられる。
「みんなこのまま幸せになれればいいな」
俺の言葉に、全員が頷いた。
続いて香苗の友人・同僚卓。
友達は元ギャルばっかり。髪の毛がみんな茶色い。あとみんな言うことが肉食。
同僚の人は、仕事が仕事だから特に落ち着いた雰囲気だ。
みんな素直に祝福してくれて、俺からは特に話を大きく振ることは無く次の卓へ。
次は朋絵の友達たちだ。
当たり前だけど、教え子がたくさん。みんなニヤニヤしながらこっちを見ている。
「俺あそこだけは行きたくないんだけど」
「ユキ兄。ふぁいと」
肚を決めて向かう。
「朋絵、先生、おめでとうございまぁーす」
「みんなありがとうね。今日来てくれて」
懐かしい顔ぶれに俺がそう言うと、みんな口々に「懐かしい」と言う。
そうだよな。当時中二が今や新社会人だもんな。
見たことない顔は、朋絵の高校の時の友達のようだ。
「朋絵、ついにやりとげたね」
「でもコトちゃん先生とお姉さんも一緒とは思わなかったけど」
「それ。ほんとそれ」
「先生に三人養えるような甲斐性があるようにみえないでーす」
「それは俺が一番思ってるから。みんなでがんばっていくよ。だからあんまりいじめないで」
随分と弄られて、最後の卓に向かう。
俺たちの、親族。
何か言おうと思って、言葉が出てこなかった。だから代わりに、深々と頭を下げた。
「紀行」
母さんが声をかける。
「一瞬でも後悔したら拳骨じゃ済まないわよ」
「わかってるよ」
相変わらずバイオレンスな母親だ。
「香苗ちゃん。朋絵ちゃん。あなた達もよ」
「はい」
「うん」
母さんが目配せして、大楽さんが口を開く。
「琴葉」
「おとうさん」
見つめ合い、大楽さんがため息を吐く。
「花嫁姿が見れて嬉しいとか、人の嫁になって悲しいとか、そんなの横に置いておいてお前が紀行君の妻になるのが物凄く不安だ」
「おとうさん!」
「紀行君。ホントに大丈夫か? こんなのだがいいのか?」
「お、と、う、さん‼」
「あはは。大丈夫ですよ。これで食生活以外は案外しっかりしてますから。だから、琴葉の事、任せて下さい」
「何かあったら頼るんだよ。いいね?」
「はい」
もう一度礼をして、俺たちは席に戻った。
披露宴も終わり、俺たち四人は四年前から住んでいる我が家へと帰ってくる。
まぁ、一般的に言えば豪邸の部類だろう。なんせ生活に必要なスペースの他に衣裳部屋と琴葉のオタク部屋を除いて部屋が十個もあるから。あと風呂もでかい。
琴葉が二人は欲しいって言うし、風呂もどうせみんなで入ることになるって言うから……。
風呂に入って着替えて、自分の部屋に帰って、特注のキングサイズよりも大きなベッドに身を埋める。
うん。俺の部屋。設計図上は一番大きいんだけど、一番狭い。
俺の隣に琴葉と朋絵。香苗が朋絵越しに寝転がる。
四人で寝て、まだ余裕がある。
将来は、ここに俺たちの子供が挟まるのだろう。
「ユキ兄。ほんとに今日しない?」
「俺もう四十超えてるんだよ? 体力ないって」
まあ年単位でお預けだったから気持ちはわかるけど。
ちなみに朋絵、香苗、琴葉の順に決まっている。
琴葉も譲って我慢できるようになったのだ。
ただ一人堪え性のない朋絵が目の前で待てをされて暴走しかかっている。
「もう何をしても許されるから、発散させてあげることはできるけど……」
どうする? と目線で問う。
「絶対我慢きかなくなるから我慢する」
「いい子だ」
そう言って俺は朋絵の唇を奪う。振り返って琴葉にもして、体を起こして朋絵越しに香苗とする。
今日はみんなで寝る。明日からは、順番に三人の部屋にお邪魔する。そして四回に一回またみんなで寝る。
本当にこれでよかったのか。
いや、これでよかったんだ。
なぁ。そうだろ?
俺が不幸にしてきたであろう誰かに問いかける。
そりゃあみんながみんな祝福してくれる訳じゃないかもしれないけどさ。
俺は、俺たちは、今。幸せなんだ。
それはきっと、未来の俺たちが証明してくれるさ。




