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最後の覚悟

 また夏が来た。

 去年は病院でリハビリだったから、久しぶりにのんびりできる夏休みだ。

「今年は海だぁー!」

 訂正。のんびりできそうにありません。

 ソファの上に立って拳を振り上げる朋絵を見て俺はため息を吐く。

 朋絵はいいよ? うん。まだ高一だから。はしゃぎたい気持ちもわかる。

でもさ。既に成人越えた大人二人が同じようにはしゃぐってどうなの?

「旅行前からテンション上げて体壊すなよー」

 夕食後。テーブルについてコーヒーをすする俺は冷めた声でそう告げる。

 今年のお盆、というより、お盆に連なった学校閉鎖日とその近くの土日、そこに合わせて数日年休を取り、十日の休みを琴葉と合わせて取った。

 ちゃんと旅行届は出したし管理職には琴葉を含めて家族で旅行に行くと伝えてある。

俺の状況が状況だし、流石に何か言われると思ったが、何も言われなかった上にすんなり許可が下りた。

行先は、リゾート開発されている国内の無人島。

実は毎年大楽さんのお兄さん、つまり、修治さんの実家の不動産会社が毎年この時期に社員旅行を入れている枠を譲ってもらった形になる。

代わりに向こうは大楽さんが予算上乗せして海外旅行になったらしい。

果たして良かったのか悪かったのか。それは今回割を食った人たち全員に聞いてみないと分からないが、とりあえず金の力に頼るのはよっぽどじゃない限りやめようと思った。

お金。思った以上に何でもできる。怖い。そして将来それが琴葉を通して転がり込んでくる。本当に怖い。

あと、この長期間を取れたのはからくりがある。

大楽さんが持ってるの。その無人島。

うん。言いたいことは分かる。でもそうだったんだからしょうがないじゃん。リゾート開発と管理してるのは完全に関係のない会社だけど、土地の仲介に刑部家が入っててそういう関係で毎年希望者でこの時期に旅行してるって話だったんだから。

おかげで向こうの予約キャンセルから俺たちの予約までスムーズにいったよ。うん。びっくりするほど。拍子抜けに。

普通に予約しようと思ったら連休だと半年くらい待つらしい。と言うか、予約期間が半年前から。大楽さんは土地の利用料を少しまける代わりに予約の優先権を貰って、それを利用していたようだ。

つまり、立場としては大楽さんが一番上。

だからすんなり通った。

通って、しまったのである。

旅行の出発は明日だ。

法事もちゃんと終わらせたし憂うこともない。ないのだが。

「琴葉ー」

「何ですか? 紀行さん」

「本当にビタ一文払わなくていいの?」

「おとうさんが出すって言ってるからいいんじゃないですか?」

 いや、確かに気軽に出せる金額じゃないんだけどさぁ。

 だってうちの家族、つまり六人で行ったら一泊二日で給料一ヶ月分飛ぶんだもん。

 出してもらう手前大楽さんと琴葉のお母さんも誘ったが、二人は二人で海外旅行に行くそうだ。

 ちなみに十日で長期利用割引適応して約一五〇万。

 いや出せるよ? 出せるんだけどさ。貯金総額一千万は超えてるから。でもさぁ。普通躊躇しない? 一五〇万だよ?

 大楽さんおかしいって。

よく隠し通してしかも若干貧乏性に琴葉が育ったものだと思う。

とりあえず今年だけ出してもらうって話で落ち着いた。

その時の俺の感想は、来年もいくの? だった。

ともかく出発は明日だ。もうみんな準備を終えているので、暇を持て余した三人がハイテンションと言う訳である。

というか、ほとんど向こうで用意してくれるから着替えだけでいいんだけどね。

いい意味で値段相応のサービス。

料理だけは自分たちでしなきゃいけないけどね。でも食材は全部届けてくれる。割と最新技術が入っているから水問題もない。

余るほど用意されている上に無駄遣いしても電話一本ですぐ持ってきてくれる。限度はあるが追加料金も取られない。

とりあえず三人を散らして、俺は床に直に敷いた布団に入った。

翌日起きて、荷物を持って電車で最寄りの港へ。そこから船に揺られてしばらく。

まぁ、リゾートと開発されていると言っても小さな島だし、五つ並んでいるコテージも全体的に古い印象。だが倉庫や風呂を含む水関連施設は建物自体は古いが外に出ている設備は新しい。

海は青いが、沖縄のような綺麗な海ではない。ぱっと見はその辺の海水浴場と同じような感じ。

だが、人がいない。

真っ白とは言えない薄茶色の砂浜が、小さな港の横にくっついている。

見て「おお~」となるかどうか微妙な感じだが、貸し切りというのに心躍るのは事実。

だが俺は、三半規管をやられていた。

ちなみに初めてじゃないはずの琴葉も、香苗も朋絵も、みんな気持ち悪そうにしている。大丈夫なのは親父と母さんだけだ。

これあれだな。運動系かそうじゃないかで分れた感じだな。

スポーツ得意な人は乗り物酔いしやすいって話だし。

とりあえず製氷機がある水回りが固まった棟に向かい。氷を口に含む。シャツを脱ぎ、上半身裸で風にあたりながら砂浜に胡坐をかいて遠くをぼーっと眺める。

同じように、三人も横に並ぶ。ただ俺みたいに上半身裸にはなれないので、琴葉はブラウスのボタンを外して胸元を開け、朋絵は俺から強奪していたカッターシャツを脱いでキャミソール姿に。そして香苗は。

「こんなこと聞くのはあれなんだけどさぁ、香苗」

「なにぃ?」

「それ下着じゃないの?」

「……見せブラだから問題なーし」

 さいですか。

 四人で口の中で氷をころころしてばーっとする。

 しばらくしたら、船酔いは回復した。

 着いたら食べるつもりで昼飯を抜いていたのが幸いした。もし買っていた幕の内弁当を食べていたら……。

 とりあえず遊んだりなんだりは明日からの予定。コテージは四人ずつ入れるので、親父と母さんと俺で一棟、琴葉、香苗、朋絵で一棟を考えていたのだが。

「ダメよ。おとうさんと二人でイチャイチャするんだから」

 母さんにコテージ一棟の出禁を喰らう。

 じゃあと諦めて一棟まるまる独り占めと思ったら、当たり前のように三人がついてくる。

 あれ? 俺、もしかして逃げ場無し?

 あ、よかった。部屋ごとに鍵がある。

 一旦部屋に入って素早く施錠。

 ガチャガチャガチャガチャ!

「怖ぇよ! やめろ!」

「ユキ兄ぃ~」

「しばらくゆっくりさせてくれ。頼むから」

 家での寝床がリビングになっちゃったからね。流石に無断で俺の布団に潜り込んでくる奴はいないが、寝顔をみられていることはままあるのである。

 自分の部屋っていう一種の結界がないから。三人とも遠慮なく俺の寝顔鑑賞してるらしい。

 まあべつにいいんだけどさぁ。

 ともかく久方ぶりに手に入れたプライベート空間だ。ゆっくりベッドでのんびりと。

 ……いやベッドデカいな。多分四人で、いや、ちゃんと詰めれば五人で寝れるぞ。

 というか、部屋の五割がベッド。

いや、基本寝るためだけの部屋だから問題ないのだけれども。寛げるリビングは別であるし。

とりあえず大きなベッドに身を埋める。

あ、頭の上に余裕があって足元がはみ出さない……。

しばらくのんびりとして、外に出なければいけない用事を思い出す。

 晩飯、作らないと……。

 母さんに電話をかけて代わってくれないか聞いてみたが、話が違うと袖にされた。

 仕方なく扉を開ける。

 まあ、居るよね。リビングに。ただ香苗は部屋っぽい。

 まあ、母さんが動いてくれない以上、料理ってなると呼ぶのは香苗一択なんだよね。

 うちで料理ができるのは母さんを筆頭に俺、香苗となる。親父は包丁持たせちゃダメなタイプで、琴葉はやらせてみたら卵も満足に割れなかった。あれでよく実験器具を扱えるものだと驚いたものである。そして朋絵は特殊型。お菓子が作れるから料理もできると思い込んでいたら、少々とか適量で入れすぎるタイプ。味付けがめちゃくちゃ濃くなる。

「香苗ー」と呼びかけると、一番奥の俺の部屋から最も遠い部屋から香苗が顔を覗かせた。

「なに?」

「飯作りに行くから一緒に行こー」

「あ、はぁい」

 味見係と戦力外も引き連れてキッチンのある別棟へ。

 来た時に氷を貰ったから、ある程度どこに何があるかは見ているのだ。

 適当に食材を見繕って料理を作る。

 オーソドックスにカレーと行きたいが、十日もああるので初日からやるものではない。と言う訳で、今日のメニューはチキンソテー。香苗にはマカロニサラダを作ってもらう。

 米もあるが、一緒に運んでもらった朝焼き立てのバゲットがあるのでそちらで頂く。

 香苗と並んでキッチンに立つ。俺もたまにしか料理はしないが、するときは必ず香苗が侍る。なんとなくいっしょにという雰囲気で、それが香苗だけの特権でもある。

 香苗優遇と取られるかもしれないが、それ以上に朋絵と琴葉がぐいぐい来る上に香苗は主張しない。その香苗が唯一自分の時間だと主張するのがこの時間なのである。

 この時間を増やしてやりたいが、正直キツイ。

 ホント、毎日料理してる主婦には頭が上がらんわ。

 二人とも料理の勝手は分かっているので、てきぱきと夕食を作る。

 そこそこ広い食堂に料理を並べ、皆を呼ぶ。

「米は無いのか?」

「美味そうなバゲット貰ってるからそっち」

 米派の親父がちょっとしょんぼりしながらソテーを頬張る。

あんな調子だが、文句を言いつつ皿についた脂をしっかりバゲットに吸わせて味わうのがうちの親父という存在である。

 夕食を食べ終えて、朋絵と琴葉と三人で洗い物。作るときは香苗の領域だが、洗い物は誰でもできるのでここぞとばかりに二人が張り合う。

 ちなみに香苗はそれをいつも微笑ましく眺めているが、俺と目が合った時は目を細めて絡めとるような視線を送ってくる。それも無自覚に。

 多分、だれよりも俺を欲しているのが香苗だ。

普段我慢して、ぜんぶ朋絵に譲ろうとして、その中で与えられた数少ない時間と機会で俺を感じようとするから。

洗い物を終えて、後は風呂に入りたい。

風呂場も食堂と同じ棟にある。ちゃんと男女で別れているから安心だ。

親父の背でも流してやろうかと思ったが、ウキウキでちょっとお高いブランデーを拝借していったからあれはもう風呂に入る気が無いらしい。

それを見届けて、俺は風呂の用意をして浴場に向かう。

お、サウナもある。

入ったこと無いんだよな。銭湯とか行ったこと無いし。行ったことのある温泉旅館は老舗だったからサウナ無かったし。

風呂の中は、映画やなんかで見たことのある銭湯みたいな感じ。メインの大きな浴槽に、電気風呂と水風呂がある。

水風呂に手を突っ込むと冷たくて気持ちいい。

でもこれ、サウナから出た後に入る用だろ? 絶対心臓に悪いって。

まぁ、一回お湯のシャワーを挟むとか、しっかり水分を取るとか、ちゃんとした入り方は知ってはいるのだけれど。

とりあえず独り占めできるので体を洗い、少し湯につかってサウナ初体験。

まぁ、何と言うか、極限まで蒸し暑い。

えーっとなになに? この砂時計をひっくり返して、落ちきったら出ろと。

砂時計は体感五分くらいらしい。

まだちょっと物足りない感があるが、とりあえず書いてある注意書きに従って出る。

そして俺は、絶句しつつため息を吐いて呆れると言う体験をした。

「俺、間違って女湯に入ってたか?」

「いえ、ここは男湯ですよ」

 そう答える琴葉は、大きめのタオルを前に垂らしてかろうじて隠している状態。

香苗も同じで、朋絵に至っては首からかけているだけで隠す気もない。

「おかあさんの許可はもらったから!」

「朋絵。そういう問題じゃない」

 とりあえず出ようと三人の脇を通り抜けようとするが、琴葉と朋絵に腕を掴まれて阻まれる。

 濡れたタイルなので暴れるのは危ない。

 そのまま交代で一人が髪と身体を洗うのを二人に固められながら鑑賞させられる。

 いやまぁこれで反応するほど青くはないけどさぁ。

 そう思っていたがまだ終わらなかった。

 体を洗い終えて、髪をまとめた三人が俺を浴槽に連れて行く。

 もう既に互いに全部見えている。

 ゆっくりつかるつもりだったが流石にこれでは気が抜けない。三人、というより、香苗以外は距離をとるという選択肢はないらしい。その香苗でさえ、俺を逃がさないためには腕に抱き着くまでやって見せる。

 もともと四人とも長風呂だ。十分そこらつかったぐらいでのぼせることは無いのだが、湯から上がるように誘導される。移動先は、さっき堪能していたサウナ。

 また固められながら四人で砂時計一回分入る。砂時計が落ちきったところで。香苗がそれをまたひっくり返した。

「あれ、出なきゃいけないんじゃないの?」

「無理してなきゃいいんだよ、紀行さん」

 香苗の口がにやーっと裂ける。

 最近よく見る女郎蜘蛛の顔。

 周りを少し観察して見れば、琴葉のデコルテや朋絵のお腹を流れてその下の暗がりに消えて行く汗の玉。

「紀行さん」

「なに琴葉」

「こういう時に汗を舐めるっていうプレイもあるんですけど」

「おまえだからちょっと自重しろこの変態!」

「みんなのすきなところ舐めていいですよ?」

「ユキ兄。ここなら誰も見てないよ?」

「紀行さん」

 そんな熱のこもった目で見るなよ。俺だって、みんなよりは頻繫じゃないけど好きだって伝えてるだろ?

 我慢、してるんだよ。こっちも。

「みんなの要求をひとつでずつきる限りで飲む。それで勘弁してくれ」

「はい! はい! ユキ兄! キスして! 熱いの!」

 まぁそれくらいならと朋絵と唇を重ねる。ダメだとは思いつつ。

「琴葉と香苗は?」

「私は汗の舐めっこしたいです」

「ド変態」

 そう言いつつ受け入れる。だが。

 うわ視線に気づいて下半身ダメだって言ったら迷わず乳首に来やがった。で、そっちも同じところ差し出すの? それはダメでしょ。

 妥協案として谷間から首筋までれろぉ~っとさせられた。

 ちょっと美味しいと感じた自分が悔しかった。

「で、香苗はどうする? お前は無茶言わないって信じてるけど」

 ごにょごにょ。

「え、それでいいの?」

 香苗が望んだのは、この十日間ずっと一緒に居るというものだった。

 つまり逃げるなと。

 了承して、ことは終わったとばかりに出て行こうとする。そうすると、香苗にいやらしく細めた目で見られる。

 あのー、香苗さん?

「紀行さん。今ずっと一緒に居るって言ってくれたじゃない」

「えもしかして文字通りの意味だった?」

「そう。お風呂も着替えも寝るときも。トイレだけは許してあげる」

「ちょっと考え直そ?」

「約束は守ってもらわなくちゃ」

 流石に詐欺だろこれは!

 なんとか交渉して、お風呂だけは無しにしてもらった。ただ今日はこのまま一緒に入る。

 サウナから出て、みんなでシャワーを浴びて水風呂へ。

 あ、これは気持ちがいいわ。でも長いことつかってると冷えるかな。

 そう思ったら、香苗がぴとっと背中にくっつく。それを見た朋絵が右に。琴葉が左に。

 冷やされた体に人肌がぬくい。

 多分、前から来ないのは温情だな。状態は、水面は揺蕩っているもののただの水だからよく見えるし。

 あ、こら琴葉。膝でぐりぐりしようとするな! 年長者が一番我慢きいてねぇじゃねーか!

 あと暴発したら入れなくなるだろうが!

 そのあとゆったり体を温めて、肌や髪のケアをして。

 そう言えば、うちに来てから琴葉の肌艶髪艶が増している。ちゃんとしたケアを香苗から教わったからだ。

 服を着替えて、四人で一つのコテージに。使う部屋も、一つ。

 三人の寝間着はほとんど一緒だ。ジャージだった琴葉も、香苗のレクチャーでナイトブラなりなんなりを買いそろえたのである。

 エアコンがきいているとはいえ夏なのでみんなナイトブラに薄手のパーカーを羽織っただけだ。

 あ、三着とも俺のお古です。いつの間にか強奪されました。

 量販店のとはいえ地味に高いんだぞ! 服は!

 いや、女の子の服の方が高いか。文句を言うべきではないな。

 というか、香苗や朋絵が寝間着にしている俺がキャミソールだと思っていたのはナイトブラだったと言う事実。

 見せて言いもんなのかと聞いたら、彼女ら的には家族はセーフらしい。

 ちなみに興味本位で調べてみたところ、寝ている時はノーブラでも別に垂れたりしないらしい。ただそのまま上半身を起こした状態で過ごすとやはり靭帯が伸びるらしい。

 寝てる時は効果ないけど、リラックスタイムに付けているのは十分意味がると結論付けた次第である。

 三人とも本番は気合を入れると言っていたので無理な買い物はするなよと言っておいた。

 四人で大きなベッドに。寝るまでは、香苗の膝に頭を乗っけさせてもらう。

 寝るときに朋絵越しになるからね。このくらいは。

 香苗が俺の頭を撫でる。お返しに俺は頬を撫でる。朋絵は俺の腕に頬擦り。琴葉は、俺の脇に顔を埋めて深呼吸。

「臭くない?」

「紀行さん。逆に私たちのどこを嗅いで臭いとかあります?」

 ないな。落ち着くか、性的興奮を呼び起こされるかのどちらかだ。

「分かったけど、お前本当に変態隠さなくなったな」

「はじめての計画はすでに万全です!」

「その時は絶対に琴葉に主導権渡さない」

 何されるか分かったもんじゃないからな。

「ユキ兄。私が大学卒業したらだよね」

「そうだね。その時に、改めて朋絵の気持ちを聞くよ」

 詭弁も詭弁。この場の全員がそれを分かっていて誰も言わない。

 本気で、四人での未来を望むから。

 ふわぁ~っと大きな欠伸が出る。

 香苗にもういいよとは言わない。この子たちは放っておいたらあとは勝手にやるからだ。

 目を閉じて、三人のおやすみなさいを聞きながら、俺はいつものように眠りに落ちた。


 このリゾート無人島に来てから五日が経った。

 で、正直既に飽きている。

 いや、別にレジャーがある訳じゃないからね。頼めばしてくれるけど、今回は人目につかない第一で必要最低限のスタッフさんが管理も兼ねて定期便を届けに来るだけだし。

 この感じだと長くて三泊四日でいい。

 なんで十日もとったか。まぁ、有体に言えば人目を気にせず四人でおもいっきり楽しむためである。だが、海に人はおらず、ただ四人でぼーっと海を眺めているだけでは流石に飽きが来るというものである。

 ただ親父と母さんは別。二人は二人のペースでゆっくりのんびりしているらしい。

 そういう訳で、肌荒れを気にする香苗と朋絵も納得した上で海に入ることにしたのであった。

 ちなみにシュノーケリングの用具は電話して持って来てもらった。

数日滞在の場合は途中で連絡すればある程度融通は利かせてくれるのだ。

暑い日差しに焼かれた体が海水で冷やされ、今度は塩分で焼かれていく。

足首までは昨日までもつけていたが、今日は潜るのだ。だが。

まぁ、腰までつかったところで記憶を刺激された。水泳をやっていた頃の。

部活はバスケだったんだけどね。習い事で水泳やってたのよ。中学まで。

いったんシュノーケルを置いてから、ざぶんと入ってクロールでそんなに長くない海岸の端から端まで。今度はバタフライで戻る。次は潜水。

「意外と体が覚えているもんだ。……ん?」

 股下までつかった三人が唖然として見ている。

「どったの?」

「ユキ兄泳げたんだ……」

「あれ、水泳やってたって言わなかったっけ?」

「聞いてる。でもそんなガッツリバタフライやりだすとは思わなかった」

 海には行ったことあるけど、まぁ、海で本気で泳ぐやつはいないからな。

 これは素直に俺が悪い。

 一回岸に上がって、砂浜に置いていたシュノーケルを回収。改めて装着して、海の中へ。

 まぁ、感嘆するほどの海ではない。透明度が高いかと言われればそうでもなく、ただ急に深くなっている部分より先に岩場がぽつぽつとあるだけ。

 探せば生き物がいないわけではないのだが。

 まぁなんというか、軽い探索がメインだな。

 五メートルほどの水深の所を潜る。安全を確認して、三人を誘う。

 誰かがカナヅチという訳でもないが、俺みたいに足がつかない場所で潜るのは怖いらしい。

 仕方なく、俺は遊び場をかえる。

 まあそれだと何が面白いと言う訳でもなく、すぐに飽きる俺たちであった。

 とりあえず外に設置してある水道で砂を洗い流し、水着のまま風呂に直行してそのままシャワーを浴びて完全に海水を流す。

 別に水着を着ているので三人の男湯への侵入は許した。大人数で使うことを想定して分かれているだけで、どっちがどっちと言うのは本来無いそうだ。

 脱衣所に戻ると、三人が水着を脱いでいた。日焼け止めを塗り直すらしい。

「ユキ兄塗ってー」

「琴葉か香苗に塗ってもらいなさい」

 そんな会話をしつつ、俺も自分の日焼け止めを塗り直す。

 背中を塗ってもらおうと振り返ると、トップレスのまま三対の目がじぃっとことらを見ている。

「さっきは琴葉に任せたから次は朋絵なー」

 俺はそう言って前を向いた。

 ちなみに二日目、琴葉からはサンオイルを猛烈に推された。頬をつまみながら問いただすと、体にぶちまけて自分の体で伸ばすつもりだったらしい。

 本当に、自重しろと思う次第である。

学校では大人しいくらいだから家での変態性との温度差で風邪を引きそう。

みんなで日焼け止めを塗り終えて、というか、みんなで同じ日焼け止めを使っているので、まぁ結局またもみくちゃにされたわけですが。

俺はTシャツを、三人はパーカーを着てビーチサンダルを履いて浜辺を先へと歩いていく。

目的地はさっき泳いだ時に見つけた場所。ビーチの奥が岩場になっていて、行ってみると案の定潮だまりになっていた。

ずんずんと琴葉と一緒に先に行って海面を見て見ると、魚影がそこそこ。

そういえば、泳いでいたエリアはあんまり魚がいなかったが、奥の方には魚影が見えていた。

ここのアクティビティは釣りが正解か?

あとでレンタルの竿を持ってきてもらえるか聞いてみよう。

振り返ると、香苗と朋絵が足踏みしていた。

「どったの?」

「むしろユキ兄とコト姉が普通にいけるのが分からない」

 そう言って指さされた足元を見ると、多脚の海辺の岩場の掃除屋さんがカサカサ。

「こいつらは臆病だから寄ったら逃げるよ」

「それでも嫌なものは嫌ー!」

 大丈夫なのは俺と琴葉だけらしい。

 当たり前だが、琴葉も俺も生物系。山でのフィールドワークなんかは経験済みであり、その時普通にムカデやクモと戯れている。

 過去、家に出現した軍曹の命を母さんから救ったのも俺であった。

「かわいいもんだよねー」

「ねー」

「コト姉とユキ兄は感性おかしいって! Gみたいなもんじゃん!」

「不快害虫と衛生害虫を一緒にしてはいけない。朋絵。こいつらがいるからこの岩場はキレイなんだ。ゴキは病気運ぶから見かけたら殺さなきゃいけない。でもフナムシは見た目がアレなだけで全くの無害だ」

「紀行さんそういう問題じゃない!」

 遠くで香苗と朋絵が叫ぶ。

 だめかぁ。

 そんなこんなで非日常も折り返し。結局のんびりと砂浜のパラソルの下でまったりとすることに落ち着き、ゆったりと、四人で健全に愛を育んでいった。


 日常に戻り、俺はずっと止まったままのグループメッセージの存在を思い出す。

 何故止まったままなのか。それは、俺が持っていた心の傷に、ここに所属している昔の友達が関わっているからだ。

 俺も慮って、何を言っていいのか分からないのだろう。

 だから、誰もかれもが口を閉ざしている。

 そんなに気にしなくてもいいと思うのだが、それは俺が闇から救い出されたからであり、このグループの中心であったらしい俺が闇を抱えたままだと信じ込んでいる皆がそっとしておこうと考えるもの無理は無かった。

 俺が俺の恋路を邪魔していたかと問うたままのグループに、全く話の流れが繋がっていないメッセージを送る。

 すべて思い出したこと。俺を闇から引き上げてくれた人がいること。想っている人がいる事。もう過去のことで心配してもらう必要はない事。

それだけを、簡潔に。

メッセージを飛ばして、返信を期待しないでスマホをベッドに投げる。

ピコンと、通知が来た。

ピコン、ピコン、ピコン、……。

鳴りやまない通知にスマホを手に取る。

 みんな俺の意見は無視かよ。

「勝手に話を進めんじゃねぇよ。土日なら自由だ」

 ぶっきらぼうにそう打ち放って、俺は成り行きに任せた。

 顔を上げると、三人が俺の部屋を覗いていた。

「おいで」

 そう言うと、琴葉と朋絵はとことこ寄ってきて俺の横に腰かけ、香苗は俺のPCデスクの椅子に腰かける。

「ユキ兄。めっちゃ通知来てるけどいいの?」

「多分ほっといたら勝手に決めてくれるから」

「相手、誰ですか?」

 琴葉の言葉には、女だったら容赦しませんよという言外の圧が乗っている。

「女の子も交じっちゃいるけど、そういうんじゃないよ。そうだなぁ……。安心させてやりたい相手、かな」

「安心?」

「俺の中の神無月美紀の呪縛に、心を痛めていたっぽい連中」

「紀行さん、それって……」

「琴葉は一人、朋絵は三人合ったことがあるはずだよ」

「ユキ兄のバスケ仲間」

「あの音ゲーめっちゃうまい人」

「そう。それ」

 覚え方に言いたいことはあるが、理解は出来るので何も言わない。

 ちょっと思うところがあって、俺は両隣の二人を抱き寄せる。

「紀行さん?」

「ユキ兄?」

「三人の事、打ち明けようと思う」

 俺の言葉に、「えっ?」という声が三つ重なった。

 うん。言いたいことは分かるよ。対外的にはお付き合いもしてない状態だし、そもそも朋絵との関係が続いていることは門外不出の情報だから。

 でも。

「俺がみんなにそうしてもらったように、今度は俺があいつらの呪縛を解いてやらなきゃいけないと思うんだ」

 俺が勝手に背負いこんだ呪いで、関係性を壊したのは俺だから。

 ケジメは、つけておきたい。

 香苗も呼び寄せて、三人一気にぎゅっと抱きしめる。

 正直反応が怖い。

 俺が呪縛から解放されたのを喜んでくれるのか。

あいつらのことだ。きっと喜んでくれるのだろう。誰かを愛したことを、祝福もしてくれるだろう。でもそれが三人だと知ったら。

俺たちは常識の外にいる。

多様性が進んだこの世の中だが、これに関してはまだ手放しで許されることではない。

大金持ちが援助目的で内縁の夫や妻を囲うことはままあることだ。

だが俺は普通の一般人で、公務員で、常識に一番囚われていけなくてはならない人間だ。

確かに法的な問題は一切ない。だがそれを可能にする財力も、手助けしてくれる強力な人材も、全て琴葉にくっついてきたものだ。

なにもかも、俺の持っていた力じゃない。

琴葉がいなければ俺の記憶が呼び覚まされることは無かったし、きっと経済的にも対外的にも苦しい未来が待っていた。

朋絵がいなければ琴葉が俺の状態を知る由もなく、俺は俺の中の神無月美紀の幻影に囚われたままだった。

そして香苗がいなければ。朋絵は壊れたまま盲目的に俺を愛し、こうして四人を結び付けることも無かった。

俺一人では、皆を愛せなかった。

だが俺は三人とも受け入れると決心して、三人を愛すると誓ったのだ。

 誇れることではないけれど、堂々と胸を張って生きてはいきたい。

 四人で、後ろ指を差されず歩いていきたい。

 そう願うのは、罪なのだろうか。

「きっと認めてくれるさ」

 嘘。

 本当は怖い。

 みんなも常識の中で生きているはずだから。

 離れていくと分かっているから。

 それでも、ちゃんと俺の想いを伝えたかった。

 呪縛から脱して。ちゃんと普通に戻って。普通じゃないことになってしまった俺を見て、それで離れていくならまだ仕方がないと思える。

 前までの俺に皆を縛り付けているのはだめだ。

 三人がすっと離れる。

 互いに頷き合って、俺を見る。

「ユキ兄。あと三年待って」

「え?」

「紀行さん。私も、ううん。私たちも、友達に言いたい」

「ユキ兄。私ね、私たちの事、誰にもお祝いしてもらえないと思ってた。私たちは普通じゃないから。でもやっぱり、私たちは幸せだぞって見せつけてやりたい。友達と、ユキ兄のことやお姉ちゃんやコト姉のこと話したい」

「紀行さん。するならいっしょにですよ」

「もし、否定されたら?」

 俺はそれが怖いんだ。

「四人で、閉じた世界に戻るだけですよ。今みたいに。それでも、十分幸せでしょ?」

 三人の顔を見る。順番に。

 覚悟が決まっていないのは、俺だけだったらしい。

「三年。それは、朋絵の卒業と成人を待つって意味だよな?」

「うん。そうだよ。そうしたら大っぴらにはダメだけど言っても文句言える人はいないって羽田野さんが言ってた。お金さえ払ってくれるなら全部対応もしてくれるって」

 ま、そうだよね。あの人の入れ知恵だよね。

 でも、大楽さんと同じ条件であの人雇うの、月額四十万かかるんだよな。

 うん。給料超えてる。手取りじゃなくて。もろもろ差っ引かれる前の方。

 だが、そこから四年したら琴葉と俺で一緒になった懐に大金が入ってくる。そこからならその金を払って、不労所得で生活もできると言う話だ。

 関係性を作るためにプラス一年と考えて、俺の貯金でギリ足が出る。

「お金のことならおとうさんがなんとかしてくれますよ?」

「それをやったら三人も嫁にしようとしてる俺の立つ瀬が無いんよ」

 まぁ相談はするけど。とりあえず羽田野さんに。

 ただあの人、金払えって言うくせにいざ払おうとすると大楽さんのプランの範疇で処理しますとか言うんだよな。ただ香苗と朋絵からはきっちり取るつもりらしい。払わなくていいのは俺だけだそうだ。

 その辺の線引きが謎である。

 もう一度三人をぎゅっと抱きしめる。

 もう、迷うことは無かった。


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