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グレーゾーンと抜け穴

 紀行さんの心の扉が開いた。

 私のことを、私たちのことを、好きだって言ってくれた。

 でも、この物語はまだハッピーエンドになれない。

 このゲームの勝者は一人だけ。

 だから、二人が負けるまで続く。

 私は諦めている。私は朋のオマケだから。

 でも朋が勝てば、わたしはおこぼれを貰える約束。

 だから、私は全力で朋をバックアップする。

「悪いけど、俺は三人とも同じくらい好きになっちまってる。拒んでるのにみんなが愛情を注いで振り切れさせたから。もう差が分らん」

「私を選んだらお姉ちゃんもついてくるよ!」

 そうだよ朋。押してけ。

 どこかをちくっと痛ませながら私は朋を応援する。

「悪いけどそれは無い。一人を選んだら、他の人は全員切り捨てるつもりだ。日本は一夫一妻制の国だから。浮気は許されない」

 当たり前のことを言われる。でも、と食い下がれるだけの理由が私には見当たらなかった。

「家に奥さん置いて外でちゅっちゅしてる大人いっぱいいるじゃん!」

「大人として耳が痛いなぁ。でも俺は一人を愛し通したいよ。あと、二人三人愛すだけの度量と体力が俺にはもう無いと思う。特に体力がキツイ。もうおっさんだからね」

 そう言って紀行さんは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「紀行さんは、選んでくれないの?」

 私は、おずおずと聞いてみた。

 紀行さんが選べば、ここの誰も文句は無いはず。

「ふーん……。今すぐ選べって言うなら選べるけど、多分納得しないよ? 朋絵ちゃんの感情が。そしてそれは香苗の望むところではないし、きっとそんな理由で選ばれた琴葉は後から素直に喜べない」

「ってことは、無理やり選んだら私になるんですか?」

 おいそこで喜ぶな年長者。

「順を追って説明しようか。まず朋絵ちゃんを選べない理由は分かるよね。教師と教え子の恋愛はご法度だ。今まで黙認されてきただけで、いいことじゃなかった。次に香苗を選ばない理由だけど、これは香苗が朋絵ちゃんを差し置いて選ばれるのを望まないから。多分一番誰も幸せになれない。で、消去法的に選んで問題ないって理由だけで琴葉を選ぶことになる。多分二人は納得してくれるよね。でも、いい気分じゃないはずだ。そして朋絵ちゃんは、そんな障害関係ないって今まで来た。それをこんな理由で断られたら納得できない。違う?」

 私たちは、いや、このお店にいる誰もが反論できなかった。

 何と私たちを理解して気遣った言葉なのか。

 それが分かるから、感情で動きがちな朋ですら何も反論できなかった。

「紀行」

 今まで黙っていたおばさんが声を出す。

「あんた、しがらみも年齢も法律もぜーんぶ忘れて物言ったらどういう答えになるの?」

「全員まとめて一生幸せにする。愛に休みがあると思うな」

 あ、本気で言ってる。

「ユキ兄重婚可能な国にいこう。みんなまとめて面倒見て」

 こういう時、感情で動ける朋が羨ましい。

「どこまでも一緒に行きます!」

 二人の言葉に、紀行さんは静かに首を横に振る。

「この国を、この街を離れて本当に幸せになれる? 俺はそうは思わないよ。友達に、俺はちゃんと幸せになったぞって見せつけたいし、神無月さんには毎日のように枕元に立ってもらわなきゃいけないから」

 その言葉を聞いて、私たちはまた黙る。

「残念だけど、俺じゃあ三人まとめてこの国で見守ってはいけないんだ。そして、俺はもう選べないところまで来てしまっている。三人で、納得のいく答えを探してくれないか? その答えを、俺は全部受け入れて応援して頑張るから」

 そんなことを言われたら、少し欲が出る。でもだめ。朋が、幸せにならないと。

 私たち三人で、少し話す時間を貰います。

「お姉ちゃん、コトちゃん先生。どうする?」

「私は朋が良ければそれでいい」

「籍入れたい」

「わたしは一緒に居たい」

 二人が一瞬即発になる。なんとか宥めて、話をさせる。

 本当に二人は譲らない。

「はぁ。やっぱ三人でって言う結論しかなくない?」

「でもお姉ちゃん」

「言いたいことは分かってる。だから一緒に抜け道探してもらおうよ」

「抜け道? 二海さんのお姉さん、もしかして」

「処辺先生、お願いできますか?」

 こくりと頷いて処辺先生が弁護士のおじさんの所に。

 手招きされて、四人でテーブルにつく。

「私の力が必要とお聞きしましたが」

「羽田野さん。この日本で三人一緒に四人でで幸せになれる方法はありませんか?」

「はぁ。そうなると思いました。だから帰らず待っていた訳ですが。これは、琴葉さんからの法律相談と言うことで宜しいですね?」

 確認のはずなのに、凄い圧を感じて私と朋は黙りこくる。ただ一人平然と処辺先生が「それの方が都合がいいならそれで」と答えていた。

 このプレッシャーの中で普通に喋れるの? 嘘でしょ? 肚座りすぎじゃない?

 そんなことを思っていたらプレッシャーがひっこんで堅そうだけど優しそうでもあるおじさんにもどった。

「では。端的に申し上げますと、三人一緒に結婚する方法はありませんが、三人一緒に幸せになる方法はあります」

「……何か違うんですか?」

「ええ。異なります。言い換えれば、三人一緒に籍は入れられない。つまり、役所の書類上で妻として扱われることが出来るのは一人だけと言う話です。学生さんもいらっしゃるのでややこしい話は省きますが、妻として認められる認められないでは利用できる制度が異なります。簡単に言えば、自治体から妻向けに出されているサービスが利用できないと言ったところでしょうか。しかし逆に言えば、それだけなのです」

「えっと、つまり?」

「結婚しなくても夫婦は出来る、と言うことです。これを内縁関係と言います。外見上は明らかに夫婦で子供がいたとしても、書類を出していなければそれは法律上は夫婦ではないと言うことになります。ですので、簡単に言えば結婚せずに勝手に一緒に住んで勝手に子供をつくっても法的にはなんの問題も無いのです。ですからあなたでいえば……。失礼。確かまだ未成年ですよね?」

「はい。今年高一です」

「ありがとうございます。あなたでいえば、二年後の誕生日、十八歳を迎えてから結婚せず彼と子供をつくってその後産んだとしても、法的には何の問題もありません。ただ、倫理観やあなた方の立場と言うのが少々ネックになってきますが」

 そうなんだ。結婚しなくても子供作っていいんだ。

いやまぁ、未婚の母とか言うくらいだからできるのは知ってるけど、そういうのは全部男の人に捨てられたかできちゃった婚するまえに逝かれた人だと思ってた。

朋は目からうろこが落ちたような顔をしている。処辺先生は、真剣に考えている様子。

「ここで問題になるのは、誰が正妻、つまり、書類上の妻となるかと言うことです。この結果大きく変わるのは、主に相続と名前ですね。相続などは私共や税理士などプロに相談して頂ければ、皆さんの仲さえよければ簡単に解決します。ですが名前はどうしようもありません」

「名前って言うことは……苗字が変わる?」

「その通りです。誰が時野の名を継ぐのか。あるいは自分の苗字を継ぐのか。それが変わってきます。もちろん最近は夫婦別姓もありますので一概にどこでも絶対に変わるというものでもありませんが」

 その言葉に、私たちは悩んだ。

 私はいい。朋にすべて譲るつもりだから。でも二人は。

 視線が絡んでバチバチ言ってる。

 どっちも譲る気は無さそうだ。

「内縁関係はなるも破棄するも、なにかしらの制度を利用していない限り自由です。そして、結婚もいつでもできます」

 その言葉に、私たち三人に雷が落ちて意見が一致した。

 三人で愛してもらっていつか正妻を決めればいいと!

「ひとつ、私がご提案できるプランがございますが」

 弁護士さんの言葉に、私たちは耳を傾ける。

「このプランは針の孔を通す様なものです。前提条件が揃わなければ実現しません」

 その前置きに、私たちは頷く。

「お二人、二海さんご姉妹はお母様を亡くされて時野家に引き取られていますよね?」

 あっ、と思ったがもう遅い。朋を恐る恐る見るが、特に反応した様子はない。

 よかった。大丈夫そう。

 ちなみにこの弁護士のおじさんが私たちのことを知っているのは陰の依頼者が朋であることを理解していて、同席に際して私たち姉妹と紀行さんの関係をあらかじめ話していたからだ。

「もしや、今回の依頼者である時野夫妻が後見人か、それに準ずる立場になっているのではありませんか?」

「その通りです。後見人になってもらいました」

「分かりました。少々お待ちください」

 そう言って弁護士のおじさんはおじさんとおばさんと少し話して、二人を連れて戻ってきた。

 そしておばさんが口を開く。

「香苗ちゃん。朋絵ちゃん。ずっと考えてた事なんだけどね? その、ちゃんと私たち、家族にならない?」

 それは。

 私は朋を見る。

その瞳には何も映していない。ずっと過去を、見ているような。

「お母さんは?」

「そ、れは……」

「お母さんの居場所は、もうどこにもないんだよね」

 朋のその言葉に、私たちは耳を疑った。

「朋! あんたやっぱり!」

「えへへ。ごめん。でも、やっと整理がついたんだ。自分を取り戻したユキ兄を見て。私も、前に進めって。お母さんが。わっぷ」

 私は朋を抱きしめる。強く。強く。

「おねえちゃんいたい」

「ほんとにもう! 心配かけて!」

「だからごめんって」

 呆気に取られていたおじさんとおばさんが涙をぬぐった。

「よかった。ほんとうに。で、どうかしら?」

「お姉ちゃん」

「分かってる。多分、養子縁組ですよね。最初に話してもらった」

「そう。どうかしら……?」

「おねがいします」

 そう言って朋と二人で頭を下げる。

 おばさんが、私たちを抱きしめた。

「これで第一段階クリアです。これで、二海姓のお二人は時野姓に合法的に変えることが出来ます」

「え、でも義理でも兄妹って内縁関係になっていいんですか?」

「可能です。この辺りは法律婚と条件は同じですので。ただ、養子縁組をして兄妹関係にある以上、法律婚に変える場合に手続きが増えるのでそれをお考えであれば養子縁組を組むのはおすすめはしません。ただ、お話の流れを総合すると権利よりも名前を重視しているようにお見受けできましたので、このような提案をさせて頂きました。また、ここで琴葉さんが法律婚となることで三人が全員合法的に時野姓を名乗れます」

 ただ、法的には清廉潔白だが穴を突いたグレーゾーンではあると教えられた。

「そして最後の難関ですが、琴葉さん」

「わかってます。お父さんですよね」

「はい。私からもことの経緯は説明させて頂きますが、必ず、何が何でも説得してください。それが不可能なら、この話は根底から覆ります」

「分かりました。でもその前に」

 私たち三人は目で会話して頷き合う。

 処辺先生を真ん中に私と朋で両側を固めて、紀行さんの元に向かう。

 紀行さんは、ずっと近づかずに聞かないでいてくれた。

「その並びは、琴葉に決まったのか?」

「三分の一、正解です」

 そう言って処辺先生は正面から紀行さんに抱き着く。

 そして左腕を朋が、右腕を私が固める。

「みんな一緒に、幸せにしてください」

「ユキ兄。みんなで愛したげるからね」

「紀行さん。ずっと、みんなで一緒に。ね」

「おいおいだから日本では……」

 紀行さんの表情がにんまりとした笑みを浮かべている弁護士のおじさんを見て苦虫を噛み潰したようになる。

 あれ、この反応……もしかして?

「紀行さん。もしかして、内縁関係の事知ってた……?」

 紀行さんが露骨に目を逸らす。

「ユキ兄?」

「あー、うー……。はぁ。分かったよ。知ってた。知ってて黙ってた」

「なんでぇ? 言ってくれれば私たち、あんなに悩まずに済んだのに……」

「だって法的に可能でも三人と何て……。ダメだろ」

「紀行君。娘の遺書には君の好きな人と、と書いてあったはずだ。一人を選んでは、娘との約束を反故にするのではないか?」

「神無月さん! ……はぁ。分かったよ。みんなそれで後悔しない?」

 私たちは揃って頷く。

「それが一番幸せなんだね?」

 強く、頷く。

「俺は返品不可だよ?」

 望むところ。むしろこっちが言いたい。

「琴葉。香苗。朋絵」

 じっと、待つ。

「みんな、愛してる」

 想いが爆発した。でも。

「紀行さんなんでキス抵抗するの!」

「ちょっと待ったちょっと待った。そういうことをする前に大事な話がある!」

 三人そろって大人しく抱き着いたまま言葉を待ちます。

「あのね、前に朋絵ちゃんが教育委員会に電凸しちゃって俺が呼び出された時の話なんだけどさ」

「朋?」

「ふひゅ~」

 なんてベタな誤魔化し方……。後でお説教コース。

「委員会の人に朋絵ちゃんを娶るなら大学卒業して社会人になってからって言われたんだ。ちなみに香苗のこともゲロてたからそこで内縁関係、というか事実婚が使えるのを知った」

「朋?」

「あはははは。ごめんなさい」

「今日の夜は私が紀行さん独占ね?」

「ちょっとそれはヒドイ!」

「そうですよ! 私なんて一人寂しい家に帰らなきゃなんですよ⁉」

「成人女性二人して体を求められるのは嬉しいがちょっと話を聞け。今俺たちの関係がそうだとバレるのはマズい。確か養子縁組はそういうの厳しかったはずだし。この中で唯一何しても怒られないのは琴葉だけど、それは不公平だから俺が許さないよ? と、いう考えなんですけど弁護士さんとしてはどうですか?」

 話題を振られた弁護士のおじさんが顎に手を当てて考える。

「妹さんの大学卒業までは外での関係を匂わすような行為は控えるべきですね。とりあえずお二人の養子縁組が決まるまでは対外的には完全に他人と言う方が都合がいいでしょう。その後、妹さんの高校卒業までは人目につく場所での身体接触は控えて頂くのが無難です。社会人になって初めていろいろと許される、と言ったところではないかと」

「羽田野さん。旅行とかは……?」

「遠方ならば家族旅行に彼女がついてきた、という体で行けるとは思いますが、正直おすすめはしません。どこに目があるかわからないご時世ですから」

 ただ、と弁護士のおじさんは付け加える。

「全て納得していただいた後に、父君に相談されてみては?」

 あそっかという顔をする処辺先生。

 え、なに? 解決できるようなお父様なの?

 全員で疑問と若干の恐怖を抱えながら、その日はお開きとなった。

 ただ、ここは事情を知っている人だけ。見てないふりをしてもらいつつ、三人で唇にキスを貰った。


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