今の私にできること
紀行さんのためにできることがある。
そう聞いて、私は飛び上がるほど歓喜しました。
頼られた。それも、ライバルから。
私しかもう頼る人がいないって。
とりあえず話を聞かない事には始まりません。
後日、集まることになりました。
ファミレス。いたのは、二海さんとその保護者の時野さん。
あ、そっか。二海さんの保護者って紀行さんのご両親だった……。
でもおかげて緊張せずに話せます。
とりあえず話を聞いて、私ではどうすることもできなさそうなのでもっと頼れる大人に頼ります。
羽田野のおじさん。実家に出入りしている弁護士さんです。
お父さんと仲良さげにしているから友達なんだと思います。いっつもスーツだけど。
あ、でも一緒にゴルフしてる写真は見た。
とりあえず相談してみたら、来てくれることになりました。
まぁ、いつもすぐに対応してくれますしね。この人。
羽田野のおじさんがやってきて、話を説明。
でも、時野さんは相手の真意を聞くのが怖いらしいです。
「羽田野さん。代わりに私が聞くってできますか?」
思わずそう聞いていた。
ここで終わらせたくなかった。
私が窓口になって進めるのはできるらしい。
それで、お願いします。
話が終わって羽田野のおじさんにからかわれました。
むー。
とりあえずその日は家に帰ってPCをぽちぽちしていると、電話がかかってきました。
おとうさんです。
「はい」
「琴葉、羽田野さんから話は聞いた」
「うん。あ、もしかしてダメだった?」
「あまりよくはない、な」
「ちゃんとお金は向こうが払うよ?」
「そうか。ただそういう問題ではないんだよ」
「何がいけないの?」
「……。本来なら、彼が動くことは無い。処辺家だから、お前だから彼が行ってくれたんだ。その感謝を忘れないようにしなさい」
「? はーい」
「でだ、琴葉」
「なに?」
「この件が解決すれば、彼はお前を見るようになるんだな?」
「わかんない」
「どういうことだ?」
おとうさんにライバルのことを説明します。
いっつも惚気てたけど、二海さんのことを話すのは初めてです。
「そうか。勝てるのか?」
「わかんない。でも勝つ」
「わかった。男に怯えていたお前が初めて好きになった男だ。想いを遂げたら、一度連れてきなさい」
「じゃあ結婚のあいさつしてもらうね」
「琴葉? もうワンクッションおいてくれないか? パパストレスで禿げちゃうから」
その時のおとうさんって「娘はやらん」っていうだけのお仕事じゃないの? そのあと一緒に飲んで酔いつぶれて「娘をよろしく頼む」って言うんじゃないの?
「琴葉。毎度のことだがお前がちゃんと先生をできているのかパパは不安だよ」
「大丈夫だよー。ちゃんとやってるもん」
「そうか? まぁまたなにかかあったら頼りなさい。私でも、羽田野さんでも。だが、羽田野さんは自分のこと以外あまり頼らないように」
「今回の件、お父さんに聞いた方が良かった?」
「いや。今回は羽田野さんで合ってるだろう。詳しくは聞いてないが、彼が正規の仕事としてしっかりやると言っていたからな。彼の領分に私たちが首を突っ込んでろくなことは無い。それに、時野先生のことはずっと聞いているからな。お前のために、助けてやりたいと思っているさ」
「……なんでそんな偉そうなの?」
「偉いからだよ。なにせパパだからな」
おとうさんとの電話を切って、私はまたPCをぽちぽちし始めました。
週明け学校に行って、私はいつものように仕事をします。
もう授業は始まっていて、私はそのまま戻って一年の担当です。
そして聞いてください! 紀行さんが戻ってきました!
祝! 復帰!
でも聞いてください。アプローチ、全部避けられてるんです。
大勢の飲みの席にも姿を現さなくなりましたし、いっつも職員室で二人っきりを避けるようになりました。
お城の理科準備室なら隠れて迫れると思ったのにぃ!
でも、元々その可能性は低いんですよね。だって、去年度の連絡で誰も愛さないって言われてますから。
最初は訳が分からなくて何でってなりました。でも、くじけず何度も好きですって言いました。
でも、ようやくわかった。過去の人に縛られてたんですね。
私のこと嫌いなわけじゃ……ないですよね? うざいって思われてませんよね?
……とりあえず、紀行さんにはスタートラインに立ってもらわないと。
今は、そのための準備中。
と、思ったらスマホに羽田野のおじさんからメールが届いていました。
え、もう何かわかったの? 相変わらず仕事が早い……。
とりあえず分かったのは、向こうの弁護士さんが保管していた遺書の写しの文面と当時の様子。
内容はおばさんが言っていた通り、紀行さんへの感謝が綴られています。
あ、でも当時紀行さんは言書の文面自体は見てないんだ。向こうの親御さんが面会を求めて、紀行さんが応じたと。
話を聞いて、ずいぶん謝罪したそうです。そのことが簡潔に書かれています。
紀行さんは言書の内容を言伝に知っている。でも、それが信じられなかったんですね。
自分が悪いと思い込んで、まだそれを思い出せないでいる。
こんな素敵な想いを、記憶の奥底に封じてしまっている。
紀行さん。
絶対にあなたをその闇から引き上げて見せます。
仕事が終わって、家に帰って。私は羽田野のおじさんに連絡を取りました。
数日して、私の願いは聞き届けられました。
スマホに届いた一件のメール。
神無月家からの、メール。
返信したら、すぐ連絡が帰ってきました。
番号を教えたので、電話で。
電話で直接神無月さんと話をします。
そして伝える。彼を助けたい。力を貸してほしい。その想いを。
神無月さんは、悪い人ではありませんでした。いえ、むしろいい人です。
きっと、力になってくれる。これで無理なら……いえ、次の方法を探るだけですね。
また連絡しますと電話を終えて、私は作ってもらった二海さんとお姉さんとのグループチャットに途中経過を送ります。
プランを練って、今度は羽田野のおじさんに連絡。
意外と忙しい。いえ、これも紀行さんのため。私の恋のため!
「会う時は私も同席させてもらうからね?」
「あ、そうなんですか?」
「うん。まぁ、これも仕事だから。場所、こっちで決めてもいいかな? それともどこか当てがある?」
「シュウに……従兄のお店を使おうかと」
「従兄って言うと、刑部修治君?」
「あれ、シュウにぃのこと知ってるんですか?」
「まあね。じゃあ日程が決まったら教えてね。スケジュール調整するから」
それで羽田野のおじさんへの連絡は終わります。
今度は神無月さんに連絡……いや、もう遅い時間だし明日にしよう。
ベッドに入って、私は計画の成功を祈りました。
日は過ぎて、世間はゴールデンウィーク。朝に紀行さんにメッセージを送って、返信を待ちます。
紀行さん次第で計画が破綻しちゃうけど、どのみち遺書の写しはもらえるので収穫です。
私が送った文面はこうです。
「午後七時。前に飲んだジャズバー、ノクターンで待っています。応じてもらえて、話を聞いてもらえて、それでもだめだったら、紀行さんのことは一旦諦めます」
文章が思いつかなかったんだもん! 背水の陣するしか来てくれる方法が見つからなかったんだもん!
私が破れたら後は二海姉妹に引き継ぎます。紀行さんが呪縛から逃れたら改めて勝負、という盟約を結んでいるのです。
シュウにぃに無理を言って夜八時開店のお店を七時に開けてもらいます。
二人で開店と同時に入って、すぐに貸し切りの札をかけてもらう予定です。
すべてはぎりぎりまで紀行さんに気づかれないため。だから紀行さんには今日集まる人がお客さんに見えるはずです。
これが、私たちが考えたプラン。
六時半にバーに行くと、既に紀行さんがいました。
私が手を上げると、紀行さんも手を上げてくれました。
「早いね。準備は出来てるからどうぞ」
そう言ってシュウにぃがお店に入れてくれます。
「音楽隊の子がまだ来てないから演奏は無しだけど、レコードかける?」
そう聞かれた私は隣の紀行さんを見上げました。
「では、お願いします」
並んでカウンターに掛けてお酒を注文。みんなが来るのを待ちます。
「酔わせてって考えじゃないですよね?」
「そう思うなら、飲まなくてもいいです。ソフトドリンクも、ありますから」
「ふむ……。じゃあヘネシーをストレートで」
紀行さんはブランデーを注文しました。信用されているみたいです。
チキンって思われてるだけかもしれませんけど。
まず来たのは羽田野のおじさん。19時05分。言っていた時間ピッタリです。続いて時野家四名。二海さんは化生と服装でもはや別人です。
というか、お姉さんもだけどやっぱりキレイ。ただエロいだけの私と違って上品な色っぽさがあって羨ましい。
そして最後に、神無月さん。いえ、神無月夫妻。
役者は揃いました。
「紀行さん」
「はい」
「紀行さんは私たちを受け入れない。そうですよね?」
「はい」
「それは、神無月美紀さんに許されることは無いからですよね?」
「……俺、話しましたっけ?」
「お母様から伺いました」
「母さんから?」
「今日は、紀行さんの呪縛を解くためにいろんな人に集まってもらいました。今日のお客さんをよく見て下さい」
「ん……? あ」
時野家の四人が手を振り、紀行さんがハメられたと言う顔をしました。
「逃げないでくださいね? 私の話は、まだ終わってませんから。続いて紹介を」
私が目配せすると、羽田野のおじさんが近づいてきます。
「初めまして。時野紀行さんですね。今回の件を担当させていただきました、弁護士の羽田野和道と申します」
そう言って羽田野のおじさんは名刺を紀行さんに差し出しました。
名刺持ってたんだ……。渡してるとこころ初めて見た……。
貰った名刺を丁寧にカウンターに置いて、紀行さんも挨拶を返します。
羽田野のおじさんは、自分が言うべきはこれまでと席に戻っていきます。
そして最後に。
「紀行君」
「……。……! あ、な、たは……」
「お久しぶり」
過呼吸になったかのような息をし始めた紀行さんを想わず胸に抱きかかえました。
私の胸の中で、紀行さんが呼吸を整えます。
「もう、大丈夫です。お見苦しいところを見せました。お久しぶりです。神無月さん。でも、どうして?」
「君の彼女、処辺さんに連絡を貰ったんです。君が、娘のことで苦しんでいると」
「はぁ……。というか、処辺さんは彼女じゃないです」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! これは流石に不可抗力です! だからそんなに睨まないでぇ~!
「俺、別に苦しんでませんよ?」
「でも、娘の想いと添い遂げるつもりだろう?」
「まぁ、俺はそれだけのことをしましたから。恨まれて当然なんですよ。一生かけて弔います。忘れてしまっていた分も含めて」
「紀行君。やっぱり君は、あの時私たちが伝えた娘の遺志を理解できていなかったんだね……。本当に済まない」
「何のことですか?」
「今の君ならあの時とは違うとらえ方できるはずだと聞いている。もう一度、娘の想いを胸に刻みこんではくれないだろうか」
そう言って取り出されたのは、少し変色した二枚のルーズリーフ。
震える手でそれを受け取った紀行さんは、きゅっと目をつむってしまいました。
「ごめんなさい。やっぱり、読めない……っ」
「紀行君……」
「紀行さん」
私は、もう一度紀行さんを胸の中に誘いました。
なにがあっても、何が書かれていても、私はあなたを助けます。
大丈夫だから。
その気持ちが届いて、紀行さんが私から離れました。
「すいません……。人と、読んでも、構いませんか?」
「構わないよ」
「処辺さん」
紀行さんが私に縋るような目を向けました。
「俺、怖いんだ。支えててくれないか?」
私はそっと紀行さんの肩を抱いて、肩口から遺書を紀行さんと共に読み始めました。
やっぱり。書かれているのは、教えてもらった情報通り。
自殺の原因は、いじめだそうです。
そのこともかかれていたけど、ルーズリーフ一枚分書かれていたのは、紀行さんへのラブレター。
いっぱいの大好き。いっぱいの愛してる。いっぱいのありがとう。思い出が溢れるような文章。
こんな温かい気持ちにさせる手紙を書ける人が自死を選んだ状況はきっと筆舌に尽くしがたい。
そして最後には、自分が羨んで化けて出られるくらい、好きな人と幸せになって下さいと。
紀行さんは、手紙を何度も読み返します。
何度も。何度も。何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
何度も。
手紙を何度読んでも、ひっくり返しても、周りの誰を見ても、きっと紀行さんが欲しかった文字列は無くて。でも一番彼に必要だった願いはあって。
「あの子は、俺を恨んでいなかった?」
「一時だったけど、娘は君に確かに救われたんだ。あの時も言ったはずだが、もう一度言わせてくれ。好きな人が出来てはしゃぐ娘を僕たちに見せてくれててありがとう。そしてすまない。君の心の傷に気づけなくて」
「俺は、許されていたのか?」
「そもそも誰も君を責めちゃいなかったよ」
「おれは、だれかを……」
紀行さん。
「あいしてよかったのか」
カクンと力が抜けた紀行さんを支えます。
手紙を神無月さんに返して、ほろりと零れて私の頬を濡らした紀行さんの涙は、とても暖かかった。
放心して、涙を流し続ける紀行さんをまた支えます。
「どうか幸せになってほしい。それが娘の、僕たち夫婦の願いだ」
「ぁ……。ぁぁ……。ぁあああぁぁぁ……っ」
今日はいっぱい泣いてください。こんな胸ならいくらでも貸しますから。
大声で泣きじゃくる紀行さんを抱きしめて、頭を撫でるようにあやします。
胸元が、じんわりと濡れていく。
温かい。
きっとその温かさは、紀行さんの雪解けの温度。
「お、れは! あの子の! 想い、を!」
「はい」
「踏みにじる、ところ……っ」
「もう、自分で踏みとどまれますよね」
「ぁあぁぁあぁ……っ」
しばらく泣いて、泣いて、泣き尽くして。涙を声が枯れて、ようやく紀行さんが顔を上げました。
「……カッコ悪いところを見せた」
「必要なことでしたから。どうですか。私の話、まだ聞きますか?」
「いいよ。負けたよ。降参だ」
紀行さんが両手を上げてホールドアプ。
わたしぎゅっと抱き着いて、頭がふわっと撫でられました。
今度は私が泣きそう。
きっと潤んだ目で。紀行さんと見つめ合って。
「コトちゃん先生!」
その言葉に私たちは飛び上がりました。
あ、二海さん。忘れてないですよ? ちょっと目に入らなかっただけで。
「流れでシームレスに抜け駆けはズルくない⁉」
「だってぇ~」
いい雰囲気だったんだもん! 乗るしかないでしょ⁉
「ほらさっさとユキ兄とコトちゃん先生はは、な、れ、て!」
二海さんが私と紀行さんの間に割り込みます。
ああ~。紀行さんのぬくもりがぁ~。
あ、いつの間にかお姉さんが反対側に。素早いし気配消してて見えなかった!
「ユキ兄」
「紀行さん」
二人の頬へのアタックが不発に終わる。
ナイス回避紀行さん!
「何で避けるの!」
「いや、まだ問題は残ってるから」
「え」と言う声が七つも重なりました。
「ユキ兄、もう私のこと好きになれるよねぇ⁉」
私たち三人から距離を取る紀行さん。
「確かに俺は多分もうみんなの好きを受け入れられる」
「じゃあなんで?」
「俺には好きな人がいる」
衝撃の発言でした。
一体誰を!
「それも三人も」
三人も⁉ 誰ですか⁉
紀行さんは私たちを順番に見て。
「君ら。三人」
そう言いました。
と言うことは?
「俺、誰を選べばいい? 二人を切り捨てる覚悟は出来てるんだけどさ」
三人の、正確には私と二海さん姉妹の間に、バチッと火花が散りました。
二対一とは卑怯ですよ!




