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19/33

クリスマスと罰ゲーム

 師走。冬本番となって年末が迫って来た今日この頃。仕事をしていれば何だかんだと忙しいこの時期だが、俺は自宅待機の身の上のためゆったりとした毎日を過ごしている。

 まぁもともと教師の十二月って比較するとあんまり忙しくないんだけどね。個人的な体感だとどっちかって言うと三月四月の年度初めと年度終わり、あと大きな学校行事が重なる秋が一番忙しい。あでも三年学年団は別ね。受験があるから。

 ソファに座ってのんびりしていると、リビングにやって来た朋絵ちゃんが軽やかに歌い出す。

「クゥーリスマスが今年もやぁってくる~」

「古い古い古い」

 朋絵ちゃん、それCMソングとはいえ平成初期の曲だぞ。

「あとチキン食べたくなるからヤメテ」

 食べたくなるけど、ファストフードの揚げ物はこの歳になるとキツイんよ。

 もうね。ポテトは一緒に如何ですかとか言われてもバーガーだけでいいですってなる。量はまだ食べられるけど流石にモノは選ばないとキツイ。

 焼き肉の脂と揚げ物の油は違うんよ……。

家では軽く仕上がるようにこめ油を使ってるからね!

「~~」

 香苗、お前もか。歌詞を知らないのか鼻歌だったけど。

「二人ともクリスマスは予定あるの?」

 俺のその言葉に、二人は揃ってきょとんとした顔で俺を見た。そして揃ってデートのお誘いかと聞いてくる。片方は不思議そうに。片方は期待に満ちた声で。

「あのねぇ。俺が今気軽に外に出られる状況じゃないの知ってるでしょうが」

「じゃあなんでクリスマスの予定なんか」

「いや、二人とも誰かと遊びに行くだろうなぁって」

 俺がそう言うと、二人そろってため息を吐いた。

「ユキ兄。八方美人するにはこういう時誰とも遊びに行っちゃいけないの。付き合いの優劣ができるから」

「朋はまだいいよ。健全な範囲だから。大学生には欲が混ざるから……」

「お姉ちゃん、今年は何人だったの?」

「四人……いや、五人。単純にデートのお誘いが四人。告白してきたのが一人。告って来たのがキモオタだったから記憶から消してた」

「お姉ちゃん、災難だったね」

「朋も覚悟しときな。今はまだみんなでって感じだろうけど、高校二年くらいから二人でって誘われ始めるから……。面倒な勘違いイケメンから話すだけでも吐き気がする奴まで」

「ああ、そうなんだ……。ああいうグループの子から二人でって声掛けられるんだ……。……おえっ」

 可愛い女の子も苦労してるんだなぁ……。いや、姉貴も似たようなものだった……ことないわ。過剰なブラコン演じて俺を盾に男の誘い全部断ってたわ。彼氏がいるときはそっちにべったりだったけど。

「というか朋絵ちゃん、嫌いな子いるんだ……」

「そりゃいるよユキ兄。私だって聖人君子じゃないんだよ? 心から友達って言える子もいれば取り繕って友達を演じてる子もいるの。まぁそんなにいる訳じゃないけどさぁ。例えば二組の兼近君とか」

 ぽっちゃりを少し過ぎたくらいの体形でいつもブックカバーをした本を読んでいる子だ。一言でいえば大人しい、古くからのオタク像を体現したような子である。成績は並みより下だが決して悪い子ではない。まぁ近くに寄るとちょっと臭うし不潔感が否めない子だが。何度も言うが決して悪い子ではない。話してみると割と気さくないい子だ。

「悪い子じゃないよ?」

「それは知ってる。でも生理的に無理」

 朋絵ちゃんにそこまで言わしめるか。

「だっていつも持ち歩いてる本、エッチなやつなんだよ?」

「ちょっと詳しく」

「……落としたから拾ってあげたの。その時ページが開いてね。挿絵が。最近は普通のやつでも際どいのがあるのは知ってるよ? でも、お尻に刺さってたの。完全に」

 ああ。これは朋絵ちゃんが嘘を言ってない限りアウトなヤツだわ。と言うことは本屋の隅の方にひっそり置いてあるタイプの本だな。官能小説と言うには二次元趣味に走っているやつ。

「それ誰かに言った?」

「言ってない。口に出すのもヤダ。あとそれで我慢して引かなかったらちょっと懐かれてて鬱。向こうは仲いいと思ってると思う」

「そういうのは俺らに言っていいんだよ。あの手の本は何故か年齢制限が無いから彼が持っていても何ら問題は無いんだけど、学校で読むのは公衆道徳として間違ってるから」

 後で学校長に確認を取ってから学年に報告を入れておこう。

「よく話してくれたね。ありがとう」

 朋絵ちゃんに目線を合わせてお礼を言う。

「あ、今の先生っぽかった」

「俺は先生なんだけど……」

「もうずっとユキ兄って感じだから」

 なるほどね。

「朋。それくらいまだ可愛いもんだよ。ラウンジで大声でエッチなゲームの話してる奴らとか普通にいるから。ていうかスピーカーであんあん流しながらやってるキチガイもいるから」

「うわぁ……」

 二人は、本当にうんざりしたようなため息をついた。

 二人の言うような人たちを擁護する気はない。だが男がAVや成人向けアダルトゲームの一つくらい所持しているのは許してほしい。

 男ってどんなに取り繕ってもそういうもんだからね。たまに本当に性欲のない出家でもしたんかという輩もいるけど、残念ながら俺はそうじゃない。

 PCからは消しましたよ? 安全保障に関わるから。でもスマホの中身はね。隠しフォルダの中身はそれなりなのだよ。

あー、でも何故か母さんにはバレてんだよなぁ。ロックもかけてるのに。もしかして不意のチラ見の視線だけでバレてるのか? そんなバカな。

「朋、覚えときなよ。男の人が意味もなく真面目な表情をしてる時はだいたいエロいこと考えてる時だから」

「そうなのユキ兄?」

「ははは。御冗談を」

「聞いてみてこういう態度の時は確定ね」

「そうなのユキ兄?」

「紀行さん。今の趣味は何? まだ谷間? それとももっかい脇に戻った?」

「あれ、エロネタ毛嫌いしてる訳じゃないの?」

 今ひた隠しにしようとしたところなのだが。

「あのね紀行さん。基本的には話す内容じゃなくて話す人なの。どんな話題が嫌かじゃなくてどんな人と話すのが苦痛か。だから話してて楽しい人とは何を話しても楽しいの。ちなみに私も朋も猥談は好きな方」

「そうなの?」

 そう言って朋絵ちゃんの方を見ると頬を抑えて耳を染めてくねくねしだした。

 年相応にませてはいるらしい。

「あ、好きなんだ……」

「ユキ兄の趣味とか気になるよ?」

「やめときな? おっさんに猥談させると長いし変に濃いから」

 中学生のいるところでする気はないが。あれは同世代の男とするから楽しいのだ。

「聞きたぁーい」

 あ、食いついちゃった……。

「ユキ兄ユキ兄。男の人ってどういうのが好きなの?」

「だいたい知ってるけど紀行さんの趣味は聞きたい。おばさん伝手じゃなく直接。男の子が女の子に自分のエロを語るときにしか摂取できないものがあるから。特に嫌がる子から聞きだすときは。自分から語る奴はウザイけど」

 なんか香苗に変なスイッチが入っちゃった。

下手に男子にこういう話題を振ると面倒なことになるから飢えているんだろうな。多分。

「この話はやめよう。おしまい」

 そう言って俺は強制的に話を切り上げるが、なおも食い下がる二人。だが流石に未成年と二十歳になってちょっとの女子に語り合わせるライトなエロスは持ち合わせていない。年相応に歪んで捩れてドロドロしているのだ。

 もう胸とか尻とかで騒げる歳じゃないんよ。全体として醸し出す雰囲気とか、日常の中で感じるチラリズムとか。逆に厚手のストッキングで隠された膝裏とか足裏とか。冬の厚着でかいた汗の匂いとか。そういうのがいいんだよ、そういうのが。

 今は筋肉質なお腹とそこにウィークポイントのように空いたおへそがトレンドです。そう、具体例を挙げるなら……。

 思い浮かべた同僚の綺麗に割れたお腹を頭の片隅に追いやる。

「お姉ちゃん。私、なんだか大きな壁にぶち当たった気分になったんだけど」

「妹よ。その感覚は多分正しい。それが俗に言うオンナの勘ね」

「ユキ兄。教えて?」

 引き下がりそうにないな……。今は筋肉質な女の子が好きって言うくらいならまだ軽い方だからいいか。

「ボディビルの人みたいになると嫌だけど、適度に筋肉質な人が今は好みかな。浮いた腹筋とか」

「腹筋……」

 朋絵ちゃんは丈が胸の下までしかないキャミソールの下からさらけ出されている自分のお腹を見下ろす。

 引き締まってはいるが、腹筋が浮いているということもなくつるーんとした普通の女の子のカワイイお腹だ。

 香苗に至っては朋絵ちゃんよりも程よくつまんで遊べそうな女性としての魅力を感じさせる肉感がある。

 お腹の状態を知っている身近な女性(母親を除く)には筋肉質、標準寄りスマート、やや肉感ありと魅力的なお腹が揃っているが、今は好みが筋肉質に寄っているというだけの話である。

「ユキ兄。もしかして一年のスーツの先生好きだった?」

 ぎく。

 いや、ぎくって何だよぎくって。別に好きだった事実はない。エロいと思ったことはあるけど。

「そんなことはないよ。たしかにあの綺麗なシックスパックは今の好みではあるけど」

 恋愛感情と身体的特徴に感じるエロスは別物である。だからベッドで転がる朋絵ちゃんのガードが甘い脇にも、香苗の部屋着から微妙に覗く深い谷間にも、処辺先生の普段は隠しているのに幾度となく感じたり見たりしてしまった筋肉にも、もっと言えば三人に共通した綺麗な黒髪にもエロスを感じてはいるのである。

「なんであの先生のお腹を知ってるの? あの人、部活の時ですら胸ぱっつんぱっつんにしながらジャージで隠してるのに」

「飲み会の後、家まで送ったりした後とかにちょっとね」

 こういうのは正直に言っておくに限る。

 あ、でも朋絵ちゃんが絶対零度の目だ。香苗は妹を裏切ったなって顔してる。

「ふーん……」

「恋愛感情があったり性欲をぶつけた相手とかじゃないからね?」

「ユキ兄は信用するけど、あっちが信用できない。あの人がユキ兄の事好きだって噂もあるし、そもそもユキ兄が好かれてるってこの前言ってたし」

「そんな噂あんの?」

「春からずっとあるよ?」

 あー、まぁ授業見に行ってそのまま教室で喋ったりしてたからなぁ。しかも生徒の前で。多感な時期だからそういうのに敏感な子がそういう噂をしてても仕方がないか。

 その時はそういう雰囲気の会話はしていなかったはずだが、彼ら彼女らからしてみれば関係ないのだろう。

 一般的に女性として魅力がある教師が特に頼りにしているように見える男性の同僚。それだけで格好の的なのだ。多分、他の先生との態度が多少なりとも違ったのだろう。

処辺先生がいつからかは知らないが、もしかしたら出会ってすぐだったのかもしれない。

一目惚れってのは、俺も経験があるからな。

「腹筋する。お姉ちゃん、手伝って」

「朋絵ちゃんはそのままでいいと思うよ。今の趣味が筋肉質系だってだけで朋絵ちゃんのスマートなお腹も香苗のちょっとぷにっとしたお腹も魅力的だから」

「朋、私もしかしてデブって言われた?」

「現役引退してからしばらく経つから、私よりはつまめるよね。ほら」

 姉妹でお腹をつまみ合って、愕然と項垂れる香苗。

「香苗、誰もデブとは言ってないから。香苗のお腹は男としては魅力的な肉感だから。軽くとは言えくびれさせといて何言ってんだよ」

「ユキ兄。私もっと食べた方がいい?」

 だからちがうって。

「良さは人それぞれ。女の魅力も人それぞれ。誰かを好きな人がいれば、その誰かを嫌いな人もいるんだから。体型どころかLGBTQにも寛容なこのご時世だし」

 とはいえLGBTQに関しては寛容と言うよりかは圧に負けて好き勝手している輩を止められていないというようにも見えるが。

 考え自体は立派だと思う。でもだからと言って女性自認です。女湯に入ります。手術はしていませんは通らないと言う話だ。その逆も然り。

 本当に今の世の中は道理が先に引っ込んで無理が大手を振って通るからな。

法とは何なんだ、法とは。厳守するものじゃないのか。守ってるこっちが馬鹿らしくなるのは本当に腹が立つ。

「ユキ兄は私の贅肉も筋肉もない中途半端なお腹、好き?」

「聞き方に悪意ない?」

「好き?」

 いいから好きだと答えろという圧が飛んでくる。

「はいはい好きだよ。そのお腹」

「気持ちがこもってない!」

「これで許してよ。中学生の女の子のお腹を本気で好きだと言う自分は直視できない。と言うか香苗はいつまで落ち込んでんのさ」

 俺はソファの真ん中に座り直し「デブ……デブ……」と呟く香苗とむくれ顔の朋絵ちゃんを両隣に座らせる。

 もう慣れた。だって映画見てたらいつの間にかこの形になるんだもの。

 あと二人の頭を触るのも慣れた。髪をクシャッとしてやると二人とも喜ぶから。でもクシャッとすると髪が痛むから、ぽんと手を置くだけに留めている。だから朋絵ちゃんは家ではポニーテールをしなくなった。撫でられた時に髪が突っ張って痛いそうだ。

 まぁ俺が撫でなくても朋絵ちゃんなんかは自分でぐりぐりしてくるのだが。

「ほら二人とも機嫌直して」

「むー」

「デブ……」

 ダメだこりゃ。

 俺は席を立ち、インスタントコーヒーでキャラメルマキアートを作って二人の所に持っていく。

 暇が過ぎてインスタントコーヒーのアレンジしまくってるんだよね。だからいまの家には大概の材料は揃ってるんだよ。

「まあこれでも飲んで」

「ん」

「……」

 朋絵ちゃんは素直に口をつけてほっこり顔。一方で香苗は甘いから飲んだら太るとでも思っているのか、口をつけようとしない。

「香苗、飲まないの?」

「飲みたい。でも……」

「香苗と俺のはシロップ入れてないよ?」

「くっ……」

 香苗がこうなったのは俺の失言のせいだが、ここで気にしなくていいと男目線のフォローを行うのは多分よくない。

 香苗は自分の体形に持っていたプライドを傷つけられてしょぼくれているのだから。

「何か運動でもする? 俺が付き合えるのは今んところ家の中だけだけど」

「……腹筋する」

「ちなみに筋トレだけすると逆に太くなるからね? 有酸素運動を交ぜないと」

 俺の言葉に女子二人がマジで? という顔をする。

 あれ、知らない?

「筋トレだけすると脂肪が落ちないうちに下の筋肉が発達するから余計に太くなるんだよ。だから、ランニングなんかを交ぜて脂肪を落とすの。ちなみに部分痩せなんて幻想はない……って言われてたけど、研究によれば、例えば腹筋を繰り返せばお腹の血流が良くなってランニングなんかで全身の脂肪を燃焼させたときに筋トレした部分の脂肪が減りやすくなるらしい」

 まぁ生き物の構造として脂肪は末端から使われるものであり、お腹は特に痩せにくい部分であるためどの程度効果があるかは疑問ではあるが。

 どうかな? と問いかけると、香苗は立ち直って思案中。

 でもできれば二人にはダイエットはしないでほしい。朋絵ちゃんは単純に年齢の問題だ。この年頃で無理なダイエットをすると体に良くないというのはよく言われる話である。香苗に関しては単純に惜しい。

 今の彼女は個人的に言えばかっこいいと可愛いと綺麗がいい塩梅で同居している位置に居るのである。これ以上肉感が減ると可愛い感が薄れて正直勿体ないと思う俺がいるのだ。それはそれで海外俳優みたいでいいとは思うのだが。

 まぁ、俺の考えはともかく二人がダイエットをやるやらないは二人個人の問題だ。やるというなら応援しよう。と、思ったのだが。

「紀行さん、反対?」

 正気に戻った香苗がそんなふうに聞いてくる。

「ん……。まぁ、本音を言えば」

「痩せたいって思うのはダメなの?」

「女の子の努力を否定するつもりはないよ。ただ男ってのはとても優柔不断な生き物でね……」

「どういうこと?」

「痩せてる子が好きとか言いながら、いざ告白しようと思うのはぽっちゃりな子だったりするもんなんだよ」

「体型は関係ないってこと?」

「そういう話でもないんだよなぁ……。うーん……。何と説明すればいいか」

 俺は両隣の二人を順番に見て、テーブルに置いた自分のキャラメルマキアートを見て、言う言葉を決めて頷く。

「要するにさ、俺は今の二人が好きなんだよ。だから無理に変えようと思わなくていいと思うし、変わって欲しくもない」

 ガリガリなのはいただけないけど、健康的に筋肉がついた二人はそれはそれで魅力的だとは思うけどね、と何のためかわからないフォローを入れながら、俺は少し冷めたキャラメルマキアートを飲み干した。

「……紀行さんがそうまで言って止めるなら体型キープにしとく。ちょっと冷めちゃったけど、いただきます」

「えへへー。私もユキ兄好きー」

 どうやら二人の機嫌が直ったようで何よりである。

「そういや香苗の予定は聞いてなかったように思うけど、当日どうするの?」

「私は、朋と違って断る理由が必要だから」

 友達とクリパというところかな?

「イブの朝から晩までみっちりバイト入れた」

「じゃあ当日遊ぶのね」

「ううん? 家族だけで過ごす予定って言ってある」

「おい、それでいいのか花の女子大生」

「紀行さん、大学生に夢見すぎじゃない?」

「いや、俺でも友達と意味もなく騒ぎまくってたぞ?」

「ユキ兄がはしゃいでるのは想像つかない」

「俺もね、昔からおじさんだった訳じゃないから。昔は年相応にはしゃいだんだよ」

 懐かしき思い出である。友達とイブの一週間前からナンパを敢行し、残った男たちだけで楽しむクリスマス残念会。ルールは声をかけるのは本命のみ一人まで一発勝負というものであり、成功した友人を罵声で送り出したものだ。

飯屋居酒屋遊技場を二日かけて梯子するのはそれなりに楽しかった、ろくでもない思い出である。

「後悔しないようにね……」

「しないよ。だって家でやるでしょ、クリスマスパーティー」

「しないよ?」

「え?」という二人の言葉に俺の「え?」が続いた。

「ユキ兄、家でクリスマスパーティー、しないの?」

「しないしない。したことない。ケーキもチキンもないよ、うちは。だからツリーも飾ってないでしょ?」

 俺の言葉にそう言えばと二人がはっとした表情をする。

 家でクリスマスパーティーなんてやって楽しいか? あれは恋人や友達とやるから楽しいものだと思うのだが。サンタクロースの夢も五歳で打ち砕かれて、早々に好きなものを一つ買ってもらえる日になったし。

「朋」

「うん。お姉ちゃん」

 あ、今なんか結成されたっぽい。クリスマス同盟的な物が。

「紀行さぁ~ん」

「ユキ兄ぃ~」

「朋絵ちゃんはともかく香苗の猫なで声は新鮮だな……。とりあえず、一旦要求を聞こうか」

「ケーキ買って? ホールで」

「まぁ、それくらいなら全然」

 エスポワール、予約限定でホールケーキも売ってくれたはずだし。あとクリスマスシーズンの一週間だけ値段が割高なイチゴのフルーツケーキを追加で置くんだよな、あそこ。そしてその時期はいつ行っても確実に席が埋まっている。

 ケーキも店で職人さんが作っているので若干ケーキ屋ではとも思っているのだが、マスターは頑なに喫茶店だと主張している。

 まぁ主役は珈琲だしな、あの店。

 とりあえずエスポワールのケーキをホールで注文するなら予約するしかない。確か調べれば販売サイトが……あった。持ち帰りオンリーだな。配送はやっていない様だ。

 とりあえずサイトで予約を確定する。イブに取りに行く予定だ。

 それを聞いた二人は満足そうに頷いて俺に言った。

「紀行さん」

「ユキ兄」

「私たちが家族で過ごすクリスマスの楽しさを教えてあげる」

 姉妹らしくユニゾンした二人は俺の手を取り、にんまりと笑った。


 二海姉妹にクリスマスパーティー決行を強請されて迎えた当日。リビングは簡単にだが装飾されていた。

 天井近くの壁にペーパーチェーンが養生テープで貼られ、俺が買わされた比較的小さなクリスマスツリーが端の方に鎮座している。

 そうです。買わされたんです。せめて卓上にしてって言ったのに。あんなに120センチの組み立て式は要らないって言ったのに。抵抗したのに。二人で親父に「おねがい」はズルいって。

 許可するならお前が買ってやれよデレデレジジイ。なにが「買ってあげなさい」だ。お前が金出せ。

 何はともあれクリスマスパーティーの準備が整ってしまっているのである。あとは香苗がバイトから帰ってくるのを待つだけなのだが、料理も買ってくると言っていたが大丈夫なのだろうか。

母さんも許可して現金渡してけど。

そうこうしているうちにインターホンが鳴る。香苗も家の鍵は持っているので誰だと思い応答すると、家の外に居たのは両手で荷物を抱えた香苗だった。

玄関の鍵を開けて荷物を受け取る。

ああ、まぁ、うん。これ買うよね。フライドチキンで有名なファストフードチェーンのクリスマスパック。

ひいふうみい……箱とかのサイズ的に多分一番多いやつが三セットか。それに見ない柄のどうみてもピザの箱が二つ。食えるか? 冷蔵庫にはケーキもあるんだぞ?

とりあえず食料を普段食事を取るテーブルとソファ前の座卓にみっちり並べる。

二人の意見で椅子は片づけられている。つまりは立食形式だ。テーブルの一つはだいぶ低いが。

言われて用意しておいたスパークリングワインの瓶と急遽買い揃えられたシャンパングラス、ソフトドリンクが置かれて最後に香苗が取り出したものを見て母さんが笑顔で凄んだ。

「覚悟の上ね?」

「ちゃんと自分で明日中に片づけます」

「そう。ならいいわ」

 そんな会話をしながら香苗が配ったのはクラッカー。

 ビスケットの方じゃないよ。音の鳴るやつ。

 雰囲気は友達と遊んだ頃を思い出すが。やっぱり家族でやっておもしろいか?

「メリークリスマース!」

 紐を引き、パァン! と気味のいい音が五つ弾ける。そして床にまき散らされる紙吹雪。

 自分たちで全部塵一つ残さず片づけるという条件付きとはいえ、母さんが良く許可したものだ。

「いぇーい」と言いながら二人は楽しそうにそれぞれのドリンクの蓋を開け始める。朋絵ちゃんはゼロカロリーコーラを、香苗はシャンパンの瓶を。が、香苗はシャンパンの瓶に苦戦中。見かねた親父が手を出す。

 布巾を持ってきて上から被せ、親指で押さえながら針金を緩める。

「金具取らんの?」

「ん。取らん」

 そのまま親指で押さえながら瓶を傾け、瓶自体ををくるくると回す。そして最後にコルクを捻ってシューッと音をさせたかと思うと、静かにコルクを取り除いた。

 あきらかにがっかりした二つの視線が親父に向く。

「何か失敗したらしいぞ?」

「……正しい開け方で開けたぞ? 我ながらうまくできたと思うが」

 親父がそう言うと二人が揃って「えっ」という声を漏らした。

「どったの、二人とも」

「飛ばすんじゃないの?」

 朋絵ちゃんの言葉を聞いて俺たちは完全に理解する。

 飛ばしてたんだな。軽快に。二海家では。

「ちょっと待った。元の家、賃貸だよね? 穴開かなかったの?」

「パパは玄関空けてコンクリートの壁目掛けて飛ばしてた」

「跳ね返ったらどうすんのさ……」

「顔はクッションでガードしてたよ?」

 そういう問題じゃないんよ。

 危険行為はやめましょう。

 ちょっとしたハプニングはあったが、楽しく(?)クリスマスパーティーは始まる。朋絵ちゃんと香苗が並べた料理の写真を撮って、ドリンクを飲んで、チキンやポテトやピザを食べて。

「あ、そうだ。香苗」

「何?」

「このピザどこの? 見たことない箱なんだけど」

「帰ってくる途中にいい匂いがしたら行ってみたら移動販売のピザ屋さんがあったから買って来た。買ったセットはメインないから」

「こんな時間までやってたの?」

「私もそう思って聞いた。クリスマス営業だって」

「へーぇ」

 ピザはマルゲリータとバンビーノ。どちらもそこらの宅配ピザより断然美味い。

 咀嚼して、飲み込む。グラスを傾け、喉を潤す。

 楽しいかは正直微妙な所だ。

 だが、なんなんだろうな、この気持ちは。

 悪い気分じゃないんだ。

 ちょっと離れて四人を視界に入れる。目を閉じ、聞こえてくる会話を音として楽しむ。

 俺の好きな飲み方だ。でも。

「ユキ兄」

 俺の油でべとべとの手が、同じようにべとべとの手で握られて心地よい家族の会話の中に連れ戻される。

 一人で楽しむのはマナー違反。そう、怒られた気がした。

 わかったよ。もう逃げないって。

 だからポテトを口に詰め込まないで。お願い。油がもうキツイ。

 俺も親父も奮闘したが、結局半分くらいしかテーブルの上の料理は消費できなかった。

 お残しなんてもったいない。そう思ったが、朋絵ちゃんがちっちっちと指を振る。

 またなんかに影響されたか? この子。この前未来でAIが人類に戦争を仕掛けるのを防ぐ映画の二作目見たからかな……。

 朋絵ちゃんと香苗曰く、このまま明日の晩まで無くなるまで食べ続けるのだそうだ。料理は置きっぱなしで、好きな時に、食べたい人が勝手に食べる。

 それを聞いて俺たちは慌てて胃薬を飲みに行った。

「流石に一食で食べ切れない量を買うのは禁止だわ」

 私が甘かったと母さんがぼやく。その言葉を聞いて二海姉妹は少し顔を曇らせる。

「だから次またやるときはちゃんと考えて買うこと。いいわね?」

「……っ! はい!」

 それはこういうイベントをやってもいいと言う許可。だらだらと続けるようなやり方は禁止されたが、開催自体は母さんのお墨付きが出た。そのことに、二人は喜ぶ。

 また音に浸ろうとして、引き戻される。

 逃げてない逃げてな……え? ケーキ? ごめん腹いっぱいで忘れてたわ。

 言われてケーキを冷蔵庫から取り出す。中にムースとジャムが入っていて、上にはカットされたイチゴが鱗のようにびっしり。ゼリーでコーティングされていてイチゴが宝石のように輝いている。

「ふおおおお!」と朋絵ちゃんがテンションを上げてスマホを掲げた。

 あー、はいはい写真ね。さっきもそうだけど家の外と人を映さないでね。特定されると困るから。

 ……いつまで撮るの? まだ盛れてない? そうですか。

 朋絵ちゃんはみんなのお誘いを断っている手前、この二日間は家族で楽しんでいるという大義名分が必要なのだそうだ。

「朋絵ちゃん、アップロードする前に俺と母さんに見せてね」

「……束縛?」

「どっちかって言うと検閲かなぁ」

 そう言いながら朋絵ちゃんの撮った写真を確認する。写真に問題ないことを確認してアップロードを許可する。

 香苗は香苗で撮っているが、こっちはあまり気にしなくていい。香苗が親戚で家に住んでいるのを知られても特に問題は無いからだ。姉妹で交友関係は完全に独立しているという話だし。だが一応写真は見せてくれる。人さえ写って無ければ問題にすることではない。

 ケーキを六等分して皿に取り分ける。

 疲れたのか親父と母さんは椅子を持ち出してきて座って食べ始めた。

「お姉ちゃん、このケーキめっちゃ美味しい」

「ほんと。おいしいよね、ここのケーキ」

 美味いもの食べてるとどんどん無言になるよね。

 会話もそこそこに、ぱくぱくとケーキを食べ進める。

 ケーキの残りは一切れ。まぁ順当に朋絵ちゃんの元に渡るのだが。

 結構食べたよな? まだケーキ入るの? こないだの俺の言葉で太ろうと思ってる訳じゃないよね?

 だが太るつもりかとは口が裂けても言えない俺である。

 ああ、流石に分けるか。あ、全員で。本当にいい子だ。だが辞退させてもらう。流石に入らん。親父も母さんもギブ? まぁ、そうだよね。

 いやだから食えないって! あーんじゃないよ!

 そんな風に和気藹々としながら宴もたけなわとなり、このまま明日の朝飯昼飯くらいになるので片付けは無し。順番に風呂に入って今日はお開きと思ったのだが、どうやら二人に解放してくれる気は無いようである。

「まだなんかあんの?」

「いやむしろここからだから」

 そう言って二人はソファの前の座卓の上を片付け、何かを持ってきてトンと置いた。

 年季を感じるそれは。

「花札?」

 また渋いものを。こういうのは普通トランプじゃないの?

 そう思っていたらトランプも準備されていた。あとなんかカードの言葉をくっつけててお題に一番近い言葉をつくるよくわからんカードゲーム。

「とりあえず先にお風呂入ってくるね」

 そう言って朋絵ちゃんが席を立つ。親父と母さんは年寄にこの時間から遊ぶ体力は無いと早々に逃げていた。

 香苗と二人で座卓を囲み、彼女の手にまず取られたのは花札だ。

「随分年季のはいった花札だね」

「……これ、お父さんのなの。祥吾さんと二人で遊んでたのを、子供ながらによく見てたから。お父さんとも、省吾さんともよくやったし。朋がルール分かるようになってからは朋とも」

 そう言いながら香苗はシャッフルした山をテーブルに置き、一枚めくって手に取った。そして俺を不思議そうな目で見る。

「どうしたの?」

「いや。俺、花札のルール知らない……」

 そんなきょとんとした目で見ないでくれ。

「知らないの?」

「正直花札は一般教養じゃないと思う」

 ポーカーとかならまだしも。

「そんなに難しいもんじゃないから」

 とりあえず二海家でいつもやっていたこいこいのルールを教えてもらう。

「なるほど。やること自体はポーカー……いや、麻雀か?」

 麻雀のルールも詳しくは知らないが。

「とりあえず朋が上がってくるまでに慣れて」

 そう言われてゲームスタート。

 スマホで役を確認しつつ安い手札でも揃ったらあがるを繰り返す。

 基本、こういうゲームは点が安くてもとりあえずあがっておくほうが安牌だ。ルールを良く知らない場合は特に。

 点差を計算しつつあがろうとするが、今の役であがっても逆転は出来なさそうだ。

「そこでこいこいしとかないと逆転厳しいよ?」

 やっぱりか。なんとなくわかって来た。

「……こいこい」

 よりいい手が来るのを待つが、先に香苗が三光の役を揃える。

「こいこい」

 うーん手加減。

「こいこい」

「え、何が揃ったの?」

「雨四光。これとこれとこれとこれ」

 調べると点の高い役だ。ここでこいこいということは、さらに上を狙っている。だが、何を狙っているかは全く分からない。

「何狙い?」

「五光。それにあと二枚でタンも狙えるし」

「なる……ほど?」

「ここで負けたら多分逆転だけど、まだ取り返せる点差だから。それに紀行さんの取り札を見る限り、狙ってる光札はまだ山札の中だし」

 勝機はあるのか……。この辺の判断は慣れてないからまだできんな。

「紀行さん、それ青短ね」

「……どれ?」

「これとこれとこれ」

 スマホに表示させた役と照らし合わせると確かに揃っている。その前に俺でも分かりやすい猪鹿蝶が揃っているのでここで勝負と言えば、七文倍こい被り適応なので俺の点は四倍の四十点……のはず。

「勝負」

「ふぃ~。なっかなか見ない展開になったね。青短猪鹿蝶にタンで四十四点」

「……どれがタン?」

「青短はもうわかるよね。プラスこれとこれ」

 あ、そうか。この札短冊札か。揃えても役にならない札はまだまだ覚えられていないな。

「あと何回?」

「まだ半分」

 なげぇよ。

 その後も勝負を続けて、さっきの高得点で巻き返した点差は結局取り返されて負け。合計点だけ見ると接戦に見えるが、多分香苗が上手く操作した結果だろう。

 一から教えてもらいつつの俺のせいでゲームスピードはだいぶ遅いので一局終わるころには朋絵ちゃんがお風呂から上がって来た。

 朋絵ちゃんが香苗と交代して俺の前に座る。

 シャッフルした山札から一枚ずつ引いて親を決める。俺が親だ。

 カードを配ってゲームスタート。展開は香苗の時と似たようなものだが、香苗の時よりはコテンパンにやられている。要するに容赦がない。

 大きく点差が開いて一局目が終了。香苗の時よりはハイペースなので二局目に。しばらくして香苗が返ってくる。

「いくつ?」

「三局目ラスト」

 リードしている朋絵ちゃんがさっさと役を揃えて勝負。

「はいユキ兄の負け~」

「勝てぬ」

「そりゃ勝負所でこいこいしないでどんな役でも勝負してるからだよ」

 それはそう。だが初心者に無茶言うな。

 香苗と交代して席を立ち風呂に向かう。

 流石に現役女子二人に比べるとだいぶ短い時間で上がる。時間をかけるのはこの後だ。オールインワンを使っているとはいえ肌ケアとヘアケアはしてるからな。

 ええ。加齢臭と禿の対策です。こういうの一つでね、生徒人気につながるのよ。正確には第一印象の悪さを軽減できると言った方がいいか。

 歳の割に若く見える。髪や肌に不潔感が無い。これだけで三十代四十代は嫌われにくい。五十代に入ると逆にオッサンを突き抜けさせた方が愛嬌があるという見解もあるが(自己調べ)。

 リビングに戻ると、二人がハイスピードでガチ勝負をしていた。

「勝負」

「ちぇっ。お姉ちゃん、次」

 すぐに集めた札をシャッフルして香苗が配り、流れるように勝負開始。

 声をかけるタイミングが無かった……。

 だがこちらを向いている朋絵ちゃんがすぐに気づいて顔を上げる。

「おかえり~」

「何局目?」

「四局目の二月」

「ちゃっちゃと終わらせますか」

 そう言って二人はゲームを再開させる。

 どちらも似たようなものだが、香苗は堅実寄りで朋絵ちゃんは大穴狙いな感じがする。

 結果は香苗の勝ち。点差は僅差である。

「あーくそー。負けたー」

「でも朋のやり方は怖い。一発で持ってかれるから」

「お姉ちゃん」

「うん。朋」

「では役者も」

「揃ったことですし」

 そう言って二人は同じ瓶に入った何かをそれぞれテーブルに置く。

コイン? いや、ガッツリ百円玉。それも大量の。

「何枚?」

「紀行さんもいるから軽く一枚からでいいでしょ」

「えー、おもしろくなぁい」

「まてまてまてまて」

 俺は俺を交ぜて勝負を始めようとする二人を止めた。

「何ユキ兄?」

「させませんよ⁉」

「何が? 紀行さん」

「教員の前で堂々と賭博すんな! 身内でも賭博法違反だ! 通報すんぞ!」

 俺はぶーたくれる二人の小銭を強制的に百円玉貯金の瓶に戻させる。

「年末恒例行事がぁ~」

「させてたまるか」

「朋。諦めよう。紀行さんも立場があるし」

「えー。じゃ何賭けるの?」

 まず賭けることを辞めてほしいと思う俺は間違っているのだろうか。

「君ら外でやってないだろうね?」

「ユキ兄。私が外でやってたら普通に怒られるから」

「家でやるのが一番。外でやったらそれこそマズいしね。パチンコパチスロは音がうるさいし、競馬とか競艇とかは違った。やっぱ自分でやってなんぼだと思う。ネットだと臨場感に欠けるし」

 香苗さん。あんた日本で合法な賭け事は一通りやってきたんだな? 見かけによらず。

「服?」

「脱衣は麻雀でしょ。あと野球拳」

「男の前で脱ぐ話をするな! あと賭けるな!」

「えー」という声が二つ上がる。

「あ、お姉ちゃん。負けたら相手にキスとかどう?」

「あ、いいじゃん。それでいこう」

「香苗、酔ってる? 酔ってるよね?」

スパークリングワインなんて弱いし、みんなで一本だったからそんなに酔ってないと思っていたが。香苗の風呂は控えさせた方が良かったかもしれない。

「紀行さん。私素面だよ?」

「素面でキスとか言ってんの? 俺がおかしいの?」

「あはは。唇にじゃないって」

「私、ユキ兄には唇に行くよ?」

 それはダメと俺と香苗で朋絵ちゃんを叱った。

「頬でもおでこでも駄目だと思うんよ」

「別に減るもんじゃなし。それに紀行さんは勘違いしないでしょ?」

 確かにしないけどもさぁ。信頼の証と取るにはいささかヘビーでは?

「勘違いしない男にはしてきたの?」

「うんや。そんな男はいなかった。私が頬とかおでこにキスされたことはあるけど。あ、聞いて朋。付き合ってても好きじゃないとあれされてもぜんっぜんときめかないの。もうびっくりするよね。雰囲気がんばって作ろうとしてるのが笑えてくるから」

「私はユキ兄ならときめく自信がある。あとユキ兄。私、お姉ちゃんとはたまにしてる。少なくとも誕生日とか」

「女の子同士のノリだよね? 俺が混ざっちゃダメでしょ」

「パパにもしてたよ?」

 その枠か。……本当に俺はその枠か?

「私は伸長や雰囲気でタチに見られがちだから、友達といる時しつこいナンパから逃げるのによく使うし抵抗は無いよ。もう慣れた」

「お姉ちゃん。たちってなに?」

「女の子同士の攻め。受けはネコね」

「あー……」

 俺はどっちも分らん。なんとなくは文脈で分かったけど。

「だから女の子同士の話だよね⁉」

「紀行さんなら抵抗は無い。私も親の誕生日にしてあげてたし。あとするよりさせた時の表情が楽しみ」

「私は大義名分を得てユキ兄といっぱいキスしたい!」

「お前ら普段持ち合わせてる倫理観はどこ行った!」

 二人とも普段なら絶対にこんなことは言い出さない。香苗も、朋絵ちゃんも、もう少し自制してくれる。

「身内のパーティーなんてはっちゃけてなんぼだから」

「君らこっちが素か⁉ むしろ友達とかと一緒の方がはっちゃけるだろ⁉」

 親の目が無いから。

「お姉ちゃんも私も、外ではいい子にしてるから……」

 ああ。逆に外の方が羽目を外すとイメージ違うって言われるから抑圧されてるのか……。

 確かに朋絵ちゃんが賭け花札してたらイメージ悪いわな。

「まlまー。男とか女とか、教師とか立場とか、全部忘れて楽しもう? 兄妹として。ね? 紀行さん」

「二海家って結構はっちゃけてたんだなぁ……」

 誰が元凶だ。父親か? 二人の父親か?

 省吾さんってそんな人だったっけ……? あ、そういう人だわ。確かご当地タバコを現地の空気で吸いたいとか言って沖縄まで思い付きで旅行したっていう話を聞いた覚えがある。ああはなるなと母さんから言われたのも今思い出した。

「とりあえず賭けは無しの方向で」

「じゃあ何かいい罰ゲームは……」

「いっしょだよ! 罰ゲームがないとゲームが出来んのかおどれらは!」

「だっておもしろくない!」と二人の声がユニゾンする。

「紀行さん、もう観念してキスにしとこうよ」

 そう言った香苗が近づいてきて俺に耳打ちする。

「朋が変に暴走するよりこうやってガス抜きしといたほうがいいでしょ?」

 ぐ。

確かに朋絵ちゃんがキスしようと狙ってくるときは唇一直線だ。その分読みやすくてガードし続けているが、そのせいで朋絵ちゃんが鬱憤を溜め込んでいたら後が怖いのは確かだ。

 腕を組んで考えて、キッチンから氷を入れたロックグラスと俺の梅酒の瓶を取り出す。

 全部持って行ってトクトクと注いで、呷る。

元になった古酒の強いアルコールが喉を焼き、続けて二杯目を準備。それも飲んで、三杯目を注ぐ。

「流石に素面じゃ無理」

 俺の言葉に、二人はにんまりとした笑みを浮かべた。

「朋。酔ってもらうためにまず私らでやろうか」

「おっけー」

 そう言って二人は対局開始。素早く一つの勝負が終わっていく。その間に俺はカパカパと梅酒を飲んで酔っておく。

 合計点を比べて……あれ?

「引き分けだね」

「また珍しいこともある」

「お姉ちゃん」

 朋絵ちゃんが香苗にごにょごにょと耳打ち。それを聞いた香苗の視線が俺に向き、口角が三日月のようににやーっと吊り上がった。

 二人して俺の方にやってくる。なんだなんだと戸惑う俺の両肩にそれぞれ手が置かれて拘束される。そして両側から二人の顔が近づき、チュッという音が両頬から鳴った。

「そう来たか……」

 そう言いながらグラスを傾ける俺に朋絵ちゃんはくねくね。香苗は大爆笑。

「照れてる! 紀行さんが照れてる! 意外と! この人! 初心!」

「まぁ、キスされた経験は姉貴からだけだからな」

 平静ではあるが、顔に出ないと言う訳ではなかったらしい。

「次私とユキ兄ね~」

 そう言って次の対局を朋絵ちゃんがセッティング。

 もうしょうがないから普通にやろう。

 そう思ったが、こっちを完全に負かそうと思っている相手に俺が勝てるわけもなくあっさり負けることになる。

「ユキ兄」

 そう言って頬を差し出してくる朋絵ちゃんの手を掴み、手の甲に軽くキス。

 禁則事項は唇にしてはいけないということだけだからね。

「それはズルいと思う!」

「場所の指定はどっちの権利とは言ってなかったはずだよ。唇を禁止にしただけで」

「あ、ユキ兄そう言うこと言うんだ? 私が負けたらズボンもパンツも脱がすよ? いいの?」

「話し合おう」

「紀行さん。首から上に限定するからヘタレず頑張って。でも場所の選択はする側が決めていいこととする。今のはサービスってことにしてやり直し」

 えー。

 でもこの審判、俺の意見なんざ聞いちゃくれない。

 仕方なく、俺は朋絵ちゃんのおでこに唇を触れさせた。

 香苗はともかく、教え子にやんのは流石にキッツいわぁー。

「次私と紀行さんねー」

 また対局がセッティングされる。

 あれ? これ、俺がし続ける流れになるのでは?

 その予想は半分正しく、俺は香苗のおでこにもキスをさせられる羽目になった。

 その後も三回に一回は姉妹の女の子同士の絡みを見せられつつ俺が二人にキスをすることになったのだが、何かの拍子で俺が勝ったり二人がわざと負けることも増えてきた。

 俺はおでこで勘弁してもらったが、二人はそんなことお構いなし。特に朋絵ちゃんが割と際どい所まで迫ってくる。

「香苗、これ我慢しなきゃ駄目?」

「がんばれお義兄ちゃん」

 みたいな会話もしつつ俺は基本的に好きなように弄ばれる。

 でも香苗がふざけて首筋にキスマークをつけようとしたのは叱った。

「首は太い血管があるんだから血栓ができるリスクを考えろ。巡り巡って脳梗塞になったらどうするんだ。事例があるんだぞ」

「なんか思ってた怒られ方と違う」

「ユキ兄、ユキ兄。どこならつけていい?」

「どのみち内出血だからね? まぁ、さっき言ったのは極端な例だから、するなら見えないところにするのがマナーだよ。だから今はしちゃだめ」

「お姉ちゃん。範囲を上半身に変更することを提案します」

「朋、それまた手の甲になるよ」

「あう……」

「だから腕を除く上半身に変更~」

「おい」

 香苗も俺の隣で梅酒に手を付けていたからもうだいぶ酔っている。冷静な判断ではないはずだ。

 だからさっきの首筋へのキスマークをノーカンにして服を脱がそうとするな! あっ、ちょっ、二対一は卑怯!

 がばっとめくりあげられる俺の服。俺の最近外出しなくなって随分白くなってしまったお腹がさらけ出される。

「ほほう」

「ユキ兄。結構なモノをお持ちで」

 二人して俺の腹筋をさわさわ。

 おいやめろ。撫でるなくすぐったい。あと罰ゲームって話はどうなった!

 全力で抵抗することもできず、俺は素肌への接触を許す。

 ふざけていた香苗が、くぁ~っと大きな欠伸をした。

「もう寝る? というか寝ろ」

「寝ようか~」

 そう言って香苗は倒れている俺の横でずりずりとずり上がってくる。

「何やってんの?」

「ユキ兄。ぶっ倒れてそのまま寝るのがおつだから」

「ちょっとそれは聞いてない! あ、こら。朋絵ちゃん!」

 朋絵ちゃんもいそいそと俺の隣で寝そべる。俺は脇を固められ、動くことが出来ない。

「あーもう! せめて布団持ってきてよ。風邪引くから」

「あ、そうか。今はお母さん居ないんだった」

 その言葉に俺は一瞬動きを止めて冷汗を流す。

 何でもないように言ったその言葉は、彼女がまだ夢の中にいる証。

 朋絵ちゃんが俺の部屋から布団を持ってきて、テーブルを退けて三人で被る。

 既に寝息を立てている香苗は俺の腕を抱き、朋絵ちゃんは頭なでなで付きの腕枕で。

「ユキ兄が自分からしてくれるなんて珍しいね」

 言われて自分で気づく。

 俺は、朋絵ちゃんを哀れに思ったのだろうか。

 そうだとも。俺は哀れんだのだ。

彼女は、まだ夢の中にいる。母の死を受け止められず、その母は旅行にでも行っているのだと思い込んでいる。

「ユキ兄? ふふっ」

 ぎゅっと力を込めた腕に朋絵ちゃんは不思議そうな声を上げ、無邪気にも喜んだ。

 今はそれでいい。存分に甘えるといい。

 忘れてしまえ。

 俺が忘れさせてやるとは、言えないけど。

 でもこれくらいはしても、罰は当たらないだろう?

 そう思って、俺は二人に体温を与えながら微睡の中に落ちて行った。


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