誰か私の愚痴聞いて!
みなさんこんにちは。処辺琴葉です。誰か私の愚痴を聞いてください。
悲報。時野先生が学校を辞めちゃった件について。
正確には辞めたのではなくお休みなのですが、年単位で帰って来ません。しかもこの学校には戻ってこないらしいです。
だから、私は、もう二度と、時野先生に会えない。
まだ連絡先も交換できてないのにぃ~!
あまりの落ち込みっぷりに、教頭先生が声をかけてくれました。空いている部屋で話を聞いてもらいます。
話しているうちに悲しくて泣けてきました。でも授業はあるので涙を拭いて頑張って教室に行きます。
教壇に立てばスイッチが入るみたいなので授業自体はなんとかなりました。
職員室でくよくよしてたら仕事を増やされました。でもやることがあるとぼーっとして思わず時野先生の事を考えてしまうという時間が減るので有難いと言えば有難いことです。
でも何だかんだと暇はあるのでどうしても考えてしまいます。
「内藤せんせぇ~」
私は思わずいつも飲みに誘ってくれてなんだかんだと時野先生との接点を作ってくれた人を頼りました。
「時野先生の、連絡先が、欲しいです」
「ダメだね」
即答されました。
「えと、えと、ハグ一回で、どうですか?」
友達の間では割と人気がありました。嫌なことがあった時によく求められたものです。
「俺相手にハグて。必死だなぁ。じゃあなんでダメか理解してもらおうか」
そう言って内藤先生はどこかに内線をかけて私を連れて行きます。連れていかれたのは、校長室でした。
部屋に入って、校長先生に席を勧められて座ります。
「処辺先生が時野先生の連絡先欲しいって言ってるんですけど、時野先生に許可貰ったら教えてもいいですか?」
「……ああ、そういうことですか。では一から説明するのでちゃんと聞いてくださいね」
そう言って校長先生は今回の騒動と私たち教師と言う立場、自宅待機になった職員への接触にどのようなリスクがあるのかを懇切丁寧に教えてくれます。
「つまり、時野先生のために、連絡をしてはいけない……?」
「ご理解いただけたようで何よりです」
連絡は基本的に急を要する業務連絡に限るのが一般的らしいです。それも、校長先生や教頭先生なんかの上の立場の先生から。
「とりあえず、今年度いっぱいは我慢してください」
「来年度からは、いいんですか?」
「自宅待機が解かれる予定ですからねぇ。そうなれば個人の連絡を制限することは不自然ですから」
来年の四月まで我慢すれば……。
私は思わず内藤先生を見ます。
「処辺ちゃん、ひとつ言っとくけど、時野先生の連絡先ってすっごいレアなんだよ」
「そう、なんですか?」
「緊急連絡先としてスマホの番号は学校にあるけど、あの人番号もメアドも一切教えてくれないから。しかもメッセージもグループチャットオンリーで友達登録してくれないから通話もできない。それでも向こうが俺の事登録してくれた理由、聞きたい?」
「……はい」
「校外学習で通話での連絡連携が必要になったから。しかも直接かけた俺しか登録してくれてない」
「時野君、人当たりはいいのにほとほとドライなところがありますよねぇ」
「いや、それが。昔登録した子から鬼電かまされてトラウマになったらしいっすよ?」
「そういうのは聞けば簡単に教えてくれるんですよねぇ、彼」
その割には聞かないと聞かれなかったからと全くプライベートを明かさないんですよね、時野先生は。
私は聞く勇気が無かったので結局時野先生の事を何も知らずじまいです。
あ、でも好きな食べ物と趣味は聞きだせました。好きな食べ物は麺類、特にパスタで、趣味は読書だそうです。
読書ってマンガやラノベじゃないですよね、多分。そういう人はアニメキャラとボカロとボイロを間違えたりしないだろうから。
校長室を出て、職員室に戻ります。机に座って口からエクトプラズムを出していると、内藤先生が最後に声をかけてくれました。
「時野先生の自宅待機が開けたら絶対あの人誘って飲み会開くから、その飲み会のセッティングをグループチャットでやるよ。ちゃんとあの人もいれて。処辺ちゃん、来るよね?」
その言葉に、私は遮二無二飛びつきました。
ちょっと希望が芽生えて頑張る気にもなります。とりあえずは学校行事。委員会の監督や準備は大変だったけど、なんとかやり切り、達成感も得ました。
でも体育祭。部活動対抗リレーの教員枠で走っている姿を時野先生に見てほしかったです。一番の魅せどころだったから。でも代わりに体育祭以降話しかけてくれる子が増えました。見ている陸上部でも。
でも女の子は部活を見ている時のジャージ姿の私のお腹を触ってくるのをやめて下さい。あと男の子はそれを羨ましそうに見るのをやめて下さい。子供だからと言って男の人に触られるのは抵抗があります。嘘です。正直嫌です。
そんな日々の中で、私は夜な夜な日課のゲームに勤しんでいました。VCで友達に泣きつきながら。
「第三十二回琴葉の愚痴聞き会場はこちらでぇ~す」
「今日は花咲音が欠席な」
「む~……」
花咲音ちゃんはこの時間空いてるはずだから絶対イチャイチャしてる。
「イチャついてるのが確定してるから言いたいことは分かるけど抑えなー。それ、逆恨みだから」
「というか、もう話すことないでしょー。相手に会えないんだから攻略のしようが無いし」
「連絡もしちゃだめって話だからなー」
「とりあえず何度目か分らんけど、口約束のあの約束を盾にデート迫るしかなくない?」
あの約束。ゲームセンターに行った日、時野先生が指切りとともにしてくれた約束。
それを信じて、生きていくしかありません。
「おいしいパスタのお店でデートしかないのかなぁ……」
「もう一個の趣味の方は危ないでしょ。読書って。下手にオタク文化で喋って相手が純文学しか読んでなかったらオワルよ?」
「むー……」
「芥川賞受賞作品とか読んでみるとか?」
「私たちがそれ面白いと感じると思う?」
「しんどいな。多分」
私も無理だと思います。普段マンガしか読まないので多分三行も読めません。
「でも来年の四月まで実質接触禁止はキツイよぉ~」
「黙って会う……ってのはやっぱりダメだよねー。社会人として」
「それ以前に公務員はそういうの厳しいらしいからな。琴葉、我慢しろ」
「でもぉ~」
「でもじゃないのー。というか、琴葉がここまで男にハマるとは……まぁ意外でもないか」
「琴葉はなぁ。惚れる相手が居なかっただけでどっちかって言うと恋愛体質気味だしなぁ」
「でも恋愛体質ってこうなったらすぐ次! ってならない?」
「そこんとこどうなの、琴葉?」
「地の果てまで追いかける。移動してもメールの宛先で勤務先の学校特定できるよって悪魔のささやきがあったから」
「あんたヤンデレ属性持ってたっけ?」
私はヤンデレじゃないはずです。自信はないけど。ただどうしても時野先生とお付き合いしたいだけです。
「というか琴葉って男好きになったことあんの? 今回以外で」
「私は高校からだから……。その時にはもう男嫌い発動してたよ?」
「情報を知ってるのは小学校からの花咲音だけか……」
なんで直接私に聞かないんだろう……?
男嫌いは小学校からですよ。男の子に胸でからかわれて、しらない男の人につけ回された頃からです。
「そういや大学でも同じ学部のガイジにストーカーされてたよね」
「あー、あったあった。家までついて来られたんだっけ?」
思い出させないでほしいです。あと家まではつけられてない。途中で交番に寄ってお巡りさんに対応してもらいましたから。
「確か退学になってたよな」
「えマジ? あのガイジ、いつの間にか消えてたと思ってたけど退学になるまでやらかしてたの? いや私も三回告られたけど。ほんとキモかった」
「らしいよ? なんかその後性犯罪起こして極刑とかなんとか」
「あんなのは死んで当然。え、死んだよね? あのゴミ、まだ生きてないよね?」
「しらねーよ。あとあくまで噂だ噂。というかキモすぎて今の今まで記憶から消し飛んでたわ」
「琴葉はどう思う? 死んでほしいよね、ああいうの」
「私は時野先生以外の男の人いらない」
私がこうなったのは時野先生のせいです。私にそういう目を向けずに助けてくれた人もいたことはあるけど、そういう人はお巡りさんとか、駅員さんとか、仕事だからそういうふうに接しているのを知っています。でも時野先生は、半分仕事だとしてもしなくていい手助けをずっとしてくれて、見守ってくれて、プライベートでもそういう目を向けなかったんです。
私の恋は、それがスタートライン。私が頼ったら力を貸してくれて、私に性的欲求をちゃんと隠してくれる人。性欲は自分で解消できるから、まずはプラトニックなお付き合いができる人がいい。
こんなえっちな体だから、それが出来ないのは分かっています。
でもそれが叶う人がいるなら? その上でその人に自分で体を差し出したくなっちゃったら?
手を伸ばさない訳にはいきませんよね。
私がそう力説すると二人は納得してくれましたが、代わりにため息を吐かれました。
「なんでため息つくの……?」
「琴葉、あんた子供欲しい?」
子供?
時野先生との子供……。
一戸建て……いいえ、マンションでもいいです。年子でもいいから二人はほしいです。二人とも男の子……いや、男女一人ずつ……悩ましい。でもとりあえず二人はほしいです。三人以上は要相談で。男の子は時野先生に似てほしいです。女の子も設けるなら、できれば私に似て……ああ、でも駄目。パパの取り合いになっちゃう。
「名前はタカユキとカズユキがいい。女の子ならモミジかコハルかな……」
「あー、琴葉が明るい家族計画を思い描いていることは分かった。そうなら何としてでも落としなよ? たぶん、あんたが一番嫌いな男の性欲を妥協しないともう一生恋できないだろうから」
そんなこと……ないもん。その必要もないもん。
「琴葉。信じるのは勝手だけど、あんたの他にその人に惚れてる人がいないとは限らないからね?」
楓ちゃんの言葉に、私はハッとします。
そうだった。時野先生の事が好きな子が居て、その子は時野先生の血のつながらない親戚で、今時野先生と一緒に住んでて、そのせいで時野先生がお休みになったんだった。
二海朋絵さん。
私の、ライバル。
その子は時野先生と一緒に住んでて、寝起きの顔とかお風呂上がりとか見れて、一緒にご飯を食べて、一緒に遊んで、話せて、触れられて。
一方私は、来年度まで接触禁止。
……負けてる?
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!」
「おうびっくりした」
「琴葉ー、落ち着きなー。で、どったの?」
「やほー」
「私が会えない間にライバルがイチャついてる!」
「何だか分らんが面白い話題と見た。コトちゃんkwsk」
「時野先生の事好きな子が生徒で一緒に住んでて朝もひ」
「コトちゃんストーップ!」
その大声に私はびっくりして言葉を止めました。
と言うか花咲音ちゃん? いつの間に……。
「花咲音おつかれー」
「おつー」
「花咲音ちゃん、おつかれ。今日は来ないと思ってた」
「んー。ウチも今日は一晩中のつもりだったんだけどねー。あーくん取られちった」
「取られたって、誰に」
「火事」
「は?」
「あーくん消防士だから。ほら、ちょっと乾燥してきたでしょ? 火事とかボヤとかで人手が足りなくなって招集かかったんよ」
「え、あのオタク君消防士だったの? 確かに体格自体は良かったけど……」
「そ。街のヒーローになりにいったから、ちゃんと送り出してあげなきゃね。というかそんなこたぁどうでもいいんよ。コトちゃんの話の方が気になる。でもその前に、コトちゃん」
「……何?」
「さっき口走ろうとしたことよく考えてね。守秘義務とか、社会人として言っちゃマズいこと言おうとしなかった?」
そう言われて私は口走った自分の言葉を思い返します。
あ、本当にマズイ事を言いかけてました。時野先生と二海さんの関係とか。
「花咲音ちゃん。ありがとう」
「いーのいーの。聞きだすことは聞きだすから。さぁコトちゃん、隠さなきゃいけないことはちゃんと隠したまま全部キリキリ吐こうか」
そう言われて、私は言っていいこととだめなことを取捨選択しながら、言葉を選びながら状況を説明します。
ざっくり言うと私は来年四月まで連絡もできないのにライバルは毎日会えるし一緒に居られる時間も長くてヤヴァイ!
私の説明を聞いた皆は、皆一様に「うーん」と唸り声を上げます。
「そのライバルってどの程度のヤツなん?」
「正直その子を選んだら世間では軽蔑の対象だと思う」
「コトちゃんの勝ちじゃん」
「でもその子、本当に真剣だって言うのは聞いてる」
きっと私くらい。ううん。障害の分、私以上に。気持ちで負けるつもりはないけど。
そもそも何を生徒と張り合っているんだって話ですけど。いえ、これは女の戦いです。容赦はしません。私も全力で行かせてもらいます。
「結局その人が選ぶかの問題でしょ? 世間体が良くないなら普通選ばんでしょ。それともあーくんみたいなガチの人なん?」
あれ、生徒だって口走ったのは流してくれたはずじゃ……。まぁいいか。
「私をいやらしい目で見てくれないからわかんない……」
「私の知ってる琴葉のセリフじゃないんだけど」
「子供に手ぇ出すような人なん?」
「違う……と思う……」
というか二海さん、胸と筋肉量以外の体格は私と同じくらいですし。でも完全に陽の子。
「陰キャは相手されない……?」
「琴葉ー。ある種真理だけど結論を急ぐなー」
「体さえエロければ女は陰キャでも逆に人気あるんだけどねー。性欲剥き出しの相手には」
「だからその性欲を感じないんだってばぁ!」
そのおかげで好きになれたわけですけど。
人に向ける性欲ってキモチワルイものだと思ってましたけど、あれはあれである種純粋な好意の形なんですよね。嫌いな人とはしたいと思いませんから。
だからこそ時野先生にはエッチな目で見てほしいんです。
他の人? 怖いから嫌です。
「でもマジでどうすんのよ? 正直打つ手なしでしょ? だってアプローチかけられないんだから」
「うっ……」
「その人マチアプとかやってねーのかよ」
「どうなの琴葉?」
「……わかんない」
そもそも今の状態てやってたらマズいと思います。
「どーしょーもないやぁーねぇー」
「アプローチ手段が無いのに落としたいとか無理ゲーが過ぎるんよ。選択肢を選ばずにエンディングにたどり着けるかっちゅーの! 話止まるわ!」
「というか、今の琴葉完全にモブだろ」
「うぐっ……。ぐす」
「あー琴葉ごめんごめん! 私が悪かった! モブは言い過ぎた!」
「夏葉ちゃんキライ」
「だからごめんって」
「好きになった人がぜんぶ掻っ攫われる呪いをかける」
「それ琴葉のパッシブスキルだからやめろやめてくださいほんとうにおねがいします」
「琴葉、もう時効だと思うから教えてあげる。大学の頃夏葉が好きだった男ね、夏葉とも仲良かったんだけど、あろうことかあんたを紹介してって夏葉に言ったらしいの」
「……夏葉ちゃん、なんかごめんね?」
「うがぁーっ! 謝んな! 頼むから!」
多分余罪があるから深くは聞けません。
でも本当にどうしよう……。あ、いえ、余罪の話ではなく時野先生の話です。
「おうち調べて近くをうろうろするしかないかな……」
しばらく沈黙が続きました。
「みんななんで黙るのぉ?」
「コトちゃん、その行動やった人は世間一般的にストーカーって言われるんよ……」
やっぱダメかなぁ……。
「琴葉ぁ。やっぱ今は雌伏の時だって」
「不安なのはわかるけどね」
「みんなぁ~」
夏葉ちゃんのさっきの話を聞く限り多分私はみんなに恨まれることをしてると思うけど、みんな私の恋を応援してくれている。それがとても嬉しい。
その後も毎日愚痴を聞いてもらいつつ、私は耐え忍びながら想いを馳せる日々をずっと続けました。




