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放っておけない酔っ払い

 夏休みが開けた。これから学校は秋の学校行事で忙しくなっていく。合唱コンクール、体育祭、生徒会役員選挙。だがその前にテストだ。

 俺は既に八割方出来ているが、問題は……。

「ひーん」

 うん。案の定処辺先生は目を回している。三年担当の大野先生はメインで面倒を見ている俺が困っていない様子なので手を出すつもりはないらしい。

 前回第一回定期テストの時、ギリギリまで作って夜中まで付き合ったから早めに作っておくように言ったのだが、余計に彼女を追い詰めさせたかもしれない。

 夏休み中も相談に乗ったはずなんだけどな……。

まぁテスト前までに授業進度を予測してテスト範囲を決めるのはまだ無理か。

しょうがない。声をかけよう。

「処辺先生ー」

「ひゅふぁい!」

「あー立たなくていい立たなくていい。俺がそっち行きますから」

 処辺先生のデスクに近づいて隣の先生の椅子を借りる。

「どの程度できましたか?」

「あの、えっと、五割? くらいです」

「それは問題だけですか? 全体で?」

「問題だけ、です」

「見ても?」

 処辺先生が椅子ごと退いたのでPCを操作して見せてもらう。

 ……。あれ?

「大問十一まで出来てるじゃないですか。問題数足りてませんか?」

「あ、いえ、簡単すぎる、気がして……」

「とりあえず、まず数を揃えて見せて下さい。難易度調整はその後で」

「わ、かりました」

 席に戻って次の授業の準備をする。と言っても持っていくものを確認して板書計画を軽く見直すだけだ。

 チャイムが鳴って、教室へ。

「せんせー」

「二見さん。……あれ、次三組だっけ……?」

「違いますよ。次の次です」

 時間割を一応確認する。次は四組で、連続で三組が入っている。

「何か御用ですか?」

「ふふっ。見かけたから、声をかけただけです」

「ソウデスカ」

 朋絵ちゃんはベタベタしなくなった。確かにベタベタしなくなった。でも、触って来なくなった分絡む回数は増えている。

 あとなんかちょっと雰囲気がエロくなった。制服着たままエロスを醸し出すのはやめてほしい。中学生が出して良い空気じゃない。

 ほらぁ、男子連中がこそこそとなんか言ってるぅ。

 朋絵ちゃんも聞こえているはずだけど、どうでもいいと言った風だ。ただ俺が授業の教室に入るまでの間、隣を歩いてにこにこしている。

 四組の教室に入ったので三組の朋絵ちゃんは入ることが出来ない。

他教室は出入り禁止なのだ。

教壇に荷物を置いてドアの方を見ると、ニコニコ顔で手を振りながらフェードアウトしていく朋絵ちゃんが見えた。

 朋絵ちゃんが消えて、二人の生徒が寄ってくる。

「先生」

「長塚さん、奥野さん。どうかしましたか?」

「朋絵と付き合ったんですか?」

「ぶっ」

「どっちから告ったんですか? やっぱり朋?」

「滅多なこと言わないで下さい。俺を犯罪者にするつもりですか。……もしかして俺、嫌われてる?」

「だから声潜めてるじゃないですかぁ」

「そうそう。朋が先生の事好きなのはあからさまだから、別に問題ありませんよ」

「あのねぇ。生徒と付き合ってたら先生は先生を続けられなくなるんですよ。教え子と付き合う人は……まぁいるっちゃいますけど、流石に卒業してからです」

「じゃあ卒業したら付き合うんですか?」

「それはない」

「うわバッサリ。朋かわいそー」

「あのね、卒業したとして君らいくつ?」

「十五?」

「十五歳と付き合ってる三十四歳ってどう思いますか?」

「……。ないわぁ~」という二人の声が重なった。

「ご理解いただけたようで」

「え、じゃあ朋絵の恋は実らず?」

「いや、芸能人で歳の差婚二十歳差はザラにあるっぽいよ?」

 そこんとこどうなんですかと詰め寄られたので、俺は頬を掻いて苦笑いを浮かべた。

「今まで何度か生徒に告白されたことがあります」

「え、何、自慢ですか」

「話を聞いて下さい。で、告白してきた子には毎回同じ言葉を言うようにしてるんですよ」

「何て言うんですか?」

「四年生の大学を卒業する年齢になって想いが変わらなかったらまた告白してくださいって」

「何で四年生の大学卒業が条件……? いや卒業じゃなくてその年齢か」

「一般的に社会人になる人が多い年齢だから。あと、社会人になってって言うと中卒で働けば条件満たすからね……」

 二人は俺の言葉に納得顔だ。多分朋絵ちゃんの対応も同じだと思っただろう。

 実際には、違うのだが。

 この言葉では、朋絵ちゃんからは逃げられない。これまでとは違い、真摯に向き合う必要に迫られている。

 朋絵ちゃんが俺への興味を失うか、俺が朋絵ちゃんを振るか。はたまた受け入れるか。

 未来は決まっているようなものだが、俺にはまだ分からない。

 授業開始が近いので二人を散らして席に戻させ、チャイムと同時に日直が号令をかける。

 授業を終えて、次の授業先である朋絵ちゃんのいる三組へ。すると教室に入った途端待ち構えていたかのように朋絵ちゃんが俺の側に侍る。

 教卓に板書計画を書いたノートを広げると、朋絵ちゃんが触れないギリギリの距離から首を伸ばして覗き込む。

 傍目で見れば熱心な生徒だし元の朋絵ちゃんとそう変わらないのだが、前とは違って無言でひたすら隣にいるのが少々怖い。前の無駄に話しかけられていた頃も応対が大変ではあったが。

「ふふっ」

 俺の目を覗き込んで薄くにやっと笑うのもやめてほしい。その視線に「約束は守ってるよ? ユキ兄も部屋での約束守ってね?」というメッセージを込めるのも。

 授業が終わって職員室に帰ると、学校長に校長室に呼び出された。

 校長室には学校長と俺、教頭の三人。

「呼び出された理由は分かりますか?」

 学校長はそう言いながらいつもの笑顔を崩さない。この人はいつもこんな感じだが、教頭先生は少し渋い顔。

 あ、コレなんかマズったやつだ。

「いえ、思い当たる節は……。あるとしたら二海家関連くらいしか思い当たりませんけど」

 正直に言う。何かやらかした覚えは無い。だから、預かっている二海家の事しか思い当たらない。

「二海家、というよりは時野先生が担当している二海朋絵さんと時野先生自身の事です。単刀直入に言いますが、あなた達二人が付き合っている、という噂が夏休み明け以降立っています」

 あー、ついにきたかこの手の問題。いや、予想はしてたし対応、というかそのための事実を述べる準備は出来ているんだけど。

「出所は、保護者ですか?」

「いえ、二年生が話しているのを教員の耳が捕らえたというところです。時野先生がそんなことをするとは思いませんが、流石にこの手の話は放っておく訳にはいかないので」

 あ、まだ生徒の噂程度で済んでてよかった。保護者からの話だったら無実を主張しても大事になって面倒になる。

「事実無根、とは言い難いですが付き合ってはいません」

「煙が立つだけの火はあると?」

「ご存じかは分かりませんが、二海さんには預かる前から好意を持たれていました。その上で一緒に生活していれば、僕の方が線引きをちゃんとしていたとしても彼女の方の距離感が狂ってくるのは仕方が無いかと」

「ちゃんと自制できるように指導できなかったんですか」と教頭先生が聞いてくるが。

 無茶言うなや。いや、管理職として言わなきゃいけないのは分かってるけど。

「すいません。外では自制するように言ってアレなんです……」

「そうですか……。旗月先生はどう思いますか?」

「付き合ってもいないものを別れろとは言えませんからね……。時野先生に気をつけろ、と言っても今回は多分無意味ですし」

 それが最も痛い問題だ。俺が朋絵ちゃんの行動を抑えきれてないからこうなっている訳で。

「そうですねぇ。とりあえず学校では時野先生から不用意に接触するのは避けてもらうとして、家の方での付き合い方の方を、何とかできませんか?」

 家庭の問題に口を出して来るってことはやっぱりこの手の問題は重いんだなぁ。

「一つ、相談させてもらっていいですか?」

 俺はここで懸念を吐き出すことにした。

「どうぞ」

「彼女は、母親の死を認識していません」

「どういうことですか?」

 俺は説明する。引っ越しの時の騒動とその結果家に持ち込まれた彼女の母の所持品の数々。死という言葉が認識できなくなった事実。俺を含む家族が予定の時間に居ないことを酷く恐れて暴れること。その不安定さが改善されていることと改善された理由を、隠したままに。

「そうでしたか」

「時野先生、そういうことはちゃんと報告してくれないと」

「旗月先生、時野先生は家庭の問題として抱え込んでいたのでしょう。今教えてくれたことを有難く思いこそすれ責めるのはお門違いです」

「そう……ですね。時野先生、申し訳ない。しかし校長先生、どう対応します?」

「ふーむ……。とりあえずは、二海さんの現状を学年で共有しても構いませんか?」

「僕はそれでいいと思いますけど、後見人はうちの両親ですし、姉の香苗さんにも相談した方がいいと思います」

「では担任から連絡をしてもらいましょうか。連絡の時には担任の側に居てもらえますか?」

「それくらいなら、全然」

「さて、ご足労ありがとうございました。仕事に戻ってもらって結構です」

「あれ、家での話はいいんですか?」

「一概に肯定は出来ませんが、聞いている話を総合すると現状維持の方がいいでしょう。できればスクールカウンセラーやパトナの方に繋げてほしい所ではありますが、それは様子を見ておいおいと言う形で」

 それは難しいことを仰る。朋絵ちゃん、俺に甘えまくること以外は心身ともに健康体なんよ……。

カウンセリングに繋ぐ隙がない。言語障害はあるが、本人に自覚が無いから質が悪いったらありゃしない。

 と言うかね。隙があったら即カウンセリングにぶち込んでるっちゅーの! 俺だってこの現状はマズいと思ってるんだから。

 とりあえず解放されたので職員室に戻り、PCと授業の用意一式を持って理科準備室へ。

 薬品の匂いに囲まれながらPCを立ち上げノートと教科書を広げる。

「さーて次のテスト範囲までちゃんといけるかな~っと」

 コマ数を計算。板書計画の書かれたノートをめくり、どこまで進むか予測を立てる。

 前回のテスト後から立てていた計画から大きくは外れていない。強いて言うなら二、三組が二時間分、四組が一時間分予定より遅れている。だがこのずれが大問題だったりする。

 PCに表示させたテスト問題の最後の方を眺める。

減らすか、いけるとこまでか、予定通りにするか。それが問題だ。

もちろん減らせば生徒は喜ぶ。まだテスト範囲表の配布はまだなので知りようはないが。

余裕は持たせているので無理やり予定の範囲まで進めることもできるが、それでは生徒がしんどい。適当にやって期間で切れば範囲が中途半端であまり良くない。

理想は単元ごとだが年間指導計画と年間行事が決まっているので無理。なので章で切るのが現実的な着地点だ。失敗して中途半端な範囲になるときもままあるのだが。

悩みながら、席を立って薬品台帳を手に取る。薬品庫を開けて中身が台帳と一致しているか確認する。

大きなずれはないな。あ、でも水酸化ナトリウム(顆粒)の新品が一瓶しかないや。部活で塩化アンモニウム買う予定だからついでに二瓶くらい買っておこう。

で、肝心のテストは……、よし決めた。無理して予定の範囲まで終わらせる。

 その次のテストを考慮した結果である。

 となると仮で作った問題はそのままでいいから、確定してから調整して完成させるでOKだな。

 でも暇だからテストを見直す。眺めれば眺めるほどこの問題替えた方がいいかな、とか、この問題いらないかな、とか浮かんでくるので検討し、やっぱり今の状態が一番いいなと言う結論に落ち着くのを何度も繰り返す。

 ……っと、昼食の時間が近い。今日は……何組だっけ?

 いつも持ち歩いている校時表やら時間割やらを挟んでいるバインダーを開く。今日昼食指導に行く教室は三組だ。

 三組かぁ……。不用意な接触を控えろと言われたそばから朋絵ちゃんのいる教室に行くのは……果たしていいんだろうか……。その辺の相談も学校長にしとくんだった……。

 いや、行くのは授業と同じで仕事だから別に問題ないか。でも一応外してもらった方がいいか管理職に相談はしておこう。

 職員室に帰り、四限終了のチャイムを待ってから弁当を持って二年三組の教室に向かう。

 教室に入ると、まぁ、朋絵ちゃんは待ち構えてるよね。当たり前のように。

 だから無言で隣でにこにこするのやめなさいって。改めて考えると不気味……というか変な子になりかけてきてるから。たまにそういう子はいるけれども。

 朋絵ちゃんとの間に特に会話がある訳でもないのでそのまま椅子に座る。

「席ついてくださいねー。給食は……あ、今取りに行ってる? わかりました」

 そうこうしていると給食の当番の子が給食を持ってきて、全員が席に着くか着かないかと言うところでお昼の放送が鳴り始めた。

 うちの学校に放送部は無いので放送は生徒会の担当だ。選曲は誰の趣味なのかちょっと古い。リクエストをするにはCDを持ってこないといけないため、このディスクレスが進んだご時世にリクエストをすることが出来る生徒は少ないだろう。

 もきゅもきゅと弁当を頬張りながら教室を見渡す。立ち歩いたり大声でくっちゃべったりする子はいないので注意の必要もなく楽なものだ。

 なんとなく朋絵ちゃんに視線を向けようとして、管理職に言われたことを思い出して意識して見ないようにする。

 特に何事もなく昼食時間は終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴ったのでしばらく教室を見渡して七割以上の生徒が食べ終わったのを確認して教室を出る。職員室に戻ろうとして、背後に気配を感じる。無視して職員室に戻ると、背後の気配がそのまま職員室にまでついてきて、俺が荷物を机に置くのを見計らったように俺の名前を呼んだ。

 うん。生徒がやる範囲は逸脱してないんだけどね。笑顔でおいでおいでしないでください朋絵さん。

 呼ばれた手前応えない訳にもいかず俺は朋絵ちゃんと職員室の外に出る。

 生徒と話すときは職員室の外で。この学校ではそれがルールだ。

「あーそびーましょ」

「おっさんにはお昼に遊ぶ元気は無いんです。友達と遊んでらっしゃい」

「えー」

 あ、ちょっと機嫌が悪い。さっき教室で見なかったからか?

「勘弁してください」

「……はーい」

 朋絵ちゃんは基本的にいい子なので俺たち教員に迷惑はかけない。だが、多分家で何か言われるのが確定した。

 戻って職員室からグラウンドを覗くと、内藤先生が外で男子とサッカーをしていた。

 あれは顧問をしているサッカー部の子だな。二年メインだけど、一年も交じってるか。

 うちの学校で生徒と遊べる体力があるのは内藤先生くらいだ。流石にこの歳で子供についていくとバテる。

 昼休みを終えて、午後の授業も終えて、部活で子供たちと戯れて、終業時間間際になって帰ろうかなと思ったところで処辺先生が印刷したテストの草案を持って来た。

 今このタイミングかよ……。いや、出来てすぐ持って来たんだろうな、多分。

 後日でいいですとは言われたが、不安だろうしすぐ見てあげた方がいいだろう。処辺先生もまだ帰る様子は無いことだし。

 渡された問題を解く。問題数は七十八。問題数がそれなりに多い分、一問一答形式の基礎問題が多い印象だ。

 いくつかチェックをつけて処辺先生の元へ。

「処辺先生」

「あ、はい。どう、ですか?」

「前も言ったけど、ここの子は基礎学力が高いから応用を増やした方がいいと思います。問題数は七十から六十くらいにまで下げて、配点を上げる感じで。思考問題に変えられそうなところにチェックを入れておきました。いざとなったら問題のストックはあげますけど、どんな問題に替えるかは自分で考えましょう」

「はい。ありがとう、ございます」

 処辺先生は俺が返した自分のテストをぺらぺらとめくる。

 さて、もう帰ってもいいだろう。

 自分のデスクを片付けてPCの電源を落とす。リュックを持って職員室を出て廊下を歩いていると、後ろから駆けるような足音。

「時野、せんせっ」

「……処辺先生」

「晩御飯、ご一緒、しませんか?」

 またか。

 前に焼き肉に引っ張っていった日以降何度か誘われているが、今のところ全て断っている。今日で通算五回目になるか。

 何度も断って悪いが、こっちにも事情があるのである。

「他の面子は?」

「二人だけ、ですっ!」

「今回も無しいうことで……」

「なんでぇ……?」

 何でも何も、サシを避けたいだけだよ。

 受け入れるつもりもない女性と二人きりになってもいいことは無い。どの口が言うのだという話だが、そういう状況になるときは変な雰囲気になる前にインターセプトしてもらうように友達に頼んでいたし。

 事実を述べると、俺は女性と二人っきりで会った経験はほぼ無い。その事例はエスポワールに一緒に行った香苗さんとバーと焼き肉とゲーセンに行った処辺先生だけ。

 あれ、処辺先生と二人っきりになってる回数多くない? 好きな子とは一回もそんなことになったことないのに。いつもいつも友達が来て邪魔を……あれ?

 俺の恋路、もしかして邪魔されてた? よし、今度、いや、今すぐ聞いちゃる。

 スマホを起動してグループにメッセージを送る。

 返事は……、すぐには返ってこないか。

 顔を上げると処辺先生が消えている。

んー……。なんだか面倒事の予感。帰ってくる前に逃げ「時野先生ー」るの失敗。

 うわぁ。若手が集合してるぅ。

 俺に声をかけながらぬるりと近寄ってきて俺に肩を回す筋肉。もとい内藤先生。

「年上が飲みにケーション拒否っちゃだめっしょ」

「内藤先生、下からもパワハラになるからね。気をつけようね」

「で、どすか?」

 横で手を猪口を持つ形にしてくいっと傾ける内藤先生。

「君、飲むの好きだよねぇ……」

 最低でも月二で行っている気がする。

「行」

「き」

「ま」

「すよ、ね……?」

「君ら仲いいね……。いや、いいことなんだけどさ。はぁ、分かりましたよ。家に電話するんでちょっと待って下さい」

 母さんのスマホに電話するとすぐに出た。飲みに行くことを伝える。

「あら、あんたも?」

「も?」

「うん。香苗ちゃんがねー。大学の友達に誘われて外で食べてくるって」

「珍しいこともある」

「ほら、朋絵ちゃんもちょっと落ち着いたでしょ? 無事なら顔見せろーって騒がれちゃったみたいで」

「ああ、なるほど」

「どうしようかしら。今日のご飯、置いておけるから明日に回して私たちも食べにいこうかしら。可愛い娘と親子水入らずで」

「おいコラ実の息子を放って親子水入らずになるな。あ、ちょっと待って」

 そう言って俺はみんなの方を向く。

「どこ行く予定ですか?」

「意見が無ければ華吉の予定っす」

 華吉か。じゃあ中心街に来ないように言っとけばいいな。

「俺は中心街の方に連れて行かれるみたい」

「安心しなさいな。貞宗君のところに行くつもりだから」

 ああ、麺屋はばたきか。貞宗の実家で、貞宗が「やっぱり俺は家業を継ぐ!」とせっかく大学に入れたのにと渋い顔をする親父さんに土下座までして継いだラーメン屋だ。

最近行ってないな。あの頑なに醤油ラーメンしか置かない頑固な店。

あ、クソ。ラーメン食いたくなってきた。

電話を切ってみんなの方を見ると、何やら興味深げな視線を向けられている。

「何か……?」

「いや、時野先生、プライベートの事全く喋らないし表にも出さないじゃないっすか」

「隠してるつもりはないですけど、まぁ、そうですね」

「あ、でも前に奥さんがお弁当持ってきてましたよね?」

「奥さん……?」

 あ、香苗さんか。

「俺は未婚ですよ、残念ながら。あの子は遠い親戚です」

 なんだよ、その訝しげな目は。

「とりあえず行きましょう」

 そう言って五人で校門を出る。少し暮れるのが早くなった夕日を眺めながら、駅へと向かった。


 居酒屋華吉に入り、少し待って奥の座敷席に通される。一番端の席で、隣の席では派手目な格好をした大学生くらいの女の子たちが騒いでいる。

 髪染めてなくてあと十歳ほど上ならなぁ、と思わないことも無いのが俺と言う男というものである。

「時野さん、ギャルっぽい方が好みっすか?」

「ん? まぁ、否定はしません。でも髪染めてる子はヤダ」

「あ、染めてたら嫌なんだ……」

「だって染めるとどうあがいても傷むんですよ? 日本人のせっかくの綺麗な黒髪が。せっかくの綺麗な黒髪が!」

「うわこの人大事なこととばかりに二回言った。意外な人の意外な性癖を聞けましたね……」

「大事なことなら三回言わないと」

 そんな会話をしながら席に着く。

 おしぼりを貰って手を拭き、お冷を一口。

 席順は通路を背にして壁際から加藤先生、佐藤先生、内藤先生。

 そういえば意図せず藤の字が揃ったな……。

 壁を背にして処辺先生が内側に。隣はもちろん俺だが、どうにもこの席順には作為的な物を感じる。奥が開いているのに藤組三人がすっと通路側に着席したからだ。

こういう時は普通男女で分けるものだからね。

ちなみに処辺先生は着替えてきている。飲みに行くんだから楽な格好にしておいでというのは俺に次いで年長な加藤先生の提案だ。

人数分のビールを注文し、適当な肴を頼んでメニューを眺めていると、席の向かいから突かれて顔を上げる。

「時野さん時野さん」

「何ですか、内藤君」

「さっき性癖の暴露聞きましたけど、こっちに歩いてくる子、多分ドンピシャっすよ」

 そう言われて該当する人物を見つける。

 へそ出しのチビTに鎖の付いたダメージジーンズ。靴は厚底のブーツだろうか。パンクな格好だが流れるストレートヘアは漆黒のような光沢のある艶やかな黒髪。

 そうそう。こういうのがいいんだよ。

「あれ、あの人……」

 そんな声を佐藤先生が上げた。

 そして件の人がフラフラと近づいてくるにつれて俺の顔が引き攣り、向こうはこっちに気づいて「あ」と声を上げた。

 顔が赤いところをみるとそこそこ酔っているらしい。

「紀行しゃんだぁ~」

 訂正。だいぶ酔ってる。しかも席は続きの通路挟んで俺の隣かよ。

「あっれ。知り合いっすか?」

「先輩。夏休み中にお弁当届けに来た子ですよ」

「え? ……そう、なのか? 雰囲気だいぶ違うけど。あの子は清楚系だったぞ?」

「紀行しゃん。なんか、みられてるんれす、けろ?」

「絡むな絡むな。余計にややこしくなる」

「てゆーかぁー。紀行しゃんはちゃんと朋のことみててくれなきゃらめれしょ⁉」

「何、カナ。彼氏? というか旦那? トモってまさか子供?」

「あ、カナっちのともだちでぇす」

「香苗の彼氏ですかぁ?」

 ほらぁ! 面倒なのに絡まれたぁ。

「こんなところで説教かまさないでください。後俺は香苗さんの彼氏でも旦那でもない!」

 服の背中をくいくいと引かれて振り返る。そこには涙を浮かべた処辺先生が。

「事実婚……? 認知……?」

「だぁーっ。違う! 親戚の子! 朋は妹さん!」

「時野さん」

「助けて内藤君」

 加藤先生と佐藤先生は不思議そうな顔をしているが、内藤先生は同じ学年、しかも朋絵ちゃんの担任なので朋絵ちゃんが俺の家に引っ越してきていることを知っている。

「マズくないっすか?」

「非常にまずい。どうしたらいいと思う?」

「どうもこうも……って横横!」

 がしっと香苗さんが俺の腕を掴む。

「わらしの、はなしを、きいてるんれすか⁉ 毎晩朋といちゃいちゃしてるのに、いまさらほうりらすのは、ゆるしませんよ⁉」

「ちょ⁉」

「時野さん、マジっすか……? あっちはガチだと思ってましたけど、マジで手ぇ出したんすか?」

「内藤君、ちょっと話し合おう。君は勘違いしている」

「何が勘違いなんすか」

「そのうちボスから話が行くだろうけど、彼女、壊れかかってるんだ。繋ぎとめるのに仕方なく」

「中学生とヤッたと?」

「違う! 添い寝を許しただけだ! 寝るときはちゃんと部屋に送り返してる!」

「それでも十分ドン引きっすよ?」

「女の子と、一緒に、寝て、る?」

「処辺さん蒸し返さないで。頼むから」

「佐藤君、面白い話になって来たね。オラわくわくすっぞ」

「話が話なんで一応録音しておきましょうか」

「頼むから止めて下さい。本当にやましいことは何もないから」

 朋絵ちゃんが抱いてほしいと懇願してきてその夜に際どいベビードール姿で現れた事を除けば。それも俺は不可抗力だし。

「血は繋がらなくても、一応家族なんですよ。そうそう割り切れません」

「そうれすよ! わらしらちは、かろくなんれす! でものりゆきしゃんは朋ばっかりみて! わらしはにのつぎれ! もうちょっろわらしをみてくれらっていいじゃないれすかぁ!」

 完全に酔いが回った香苗さんの叫び。

 ああ、やっぱりこの子も。いや、この子は、我慢して、我慢して、我慢し続けていたんだ。

 既に芽生えてしまっていた大人としての分別が、子供では居させてくれなかったんだ。

「姉妹丼っすか?」

 あ、ふざけ始めたな。一安心……安心できるか?

「佐藤君、別方向に面白い話になって来たね」

「やっぱり録音しておきましょうか……」

「止めてくれ! 今日奢るから! 頼むから止めてくれ」

 そう言うと隣の卓のギャルたちがスマホをひらひらさせながら「ゴチになりまぁす」と言ってきた。

「君ら若いのにいい性格してるね……」

「いやぁ、男に強欲に集れるくらいじゃないとやってけないッス」

「そーそー。そういう器量のいい男じゃないと自分の体を任せたくないしー。本命は別として」

 おう……、流石は現役ギャルJD。生々しい……。

「あなた、たち、は! お、金で! 自分を、売るん、です、か!」

 あ、処辺先生がちょっと怒ってる。まぁ、売買春とか忌避感抱いてそうだからなぁ。かく言う俺を含めた真っ当な教師をしている人はそんなものだが。

「おばさんその胸でウブなこと言いっこ無しでしょ」

「おばっ⁉」

 うん。気持ちはわかるよ処辺先生。でもね。学生から見たら社会人はおじさんおばさんなんだ。覆せない現実なんだ。たとえ一つしか違わなくてもね。

「流石に最低限顔は見るッスよ? 後雰囲気と財布。そっちのイケオジと優男さんなら抱かれてもいいッス。まぁ、十万くらいは貰うッスけど」

「分かるぅ~」

「わらしとともの! とっちゃらめ!」

 香苗さんが掴んでいた腕を離して今度は掻き抱く。そしてそのままコテンと倒れて頭が俺の膝の上に。

 処辺先生のこめかみに青筋が浮かぶ。そしてむくれる。

「丁度いい。もう寝なさい。帰る時には起こしてあげるから」

 そう言って俺は少し頭を上げさせて膝に当たっている側のイヤリングを取り外してテーブルに置き、ビールジョッキで冷やした手をおしぼりで拭い、香苗さんの額から目にかけて覆った。

「うわあっま」

「推しにされたら堕ちるよね、アレ。というか、カナっち堕ちるよね、絶対」

「時野さん、そんなキャラでしたっけ……?」

「外面って案外大事ですよ、内藤君」

「時野さんの意外なところ聞いてみたぁい!」

 既に出来上がった加藤先生がぐいぐい来る。

「処辺ちゃん! そっちの子に負けてないでなんかないの⁉」

「ふぇ⁉ ……あ」

 処辺先生が何かを思い出したようで顔を真っ赤に染める。そして俺のシャツの裾をぎゅっと握って俯く。

 あー多分この間の事を思い出してるんだろうなぁ。あのゲーセンでの女の子保護プログラムが働いた俺を。

「この間、食事で、怒られました」

 あ、そっちも意外な一面になるのか。

「ふむふむ。それでぇ?」

「何と言うか、お母さん、みたいな、怒り方でした。もっと、栄養のあるもの、食べろって。それで、焼き肉に、連れて行ってくれて。奢ってもらい、ました」

 視線が両方の卓から集中する。

「つまりオカン」

「オカン……」

「オカン」

「イケオジのオカン属性、アリだと思います」

 何だよ。生暖かい目で見んじゃねぇよ。

 目で反論しつつ俺はジョッキの残りを空けてハイボールを頼む。

「処辺ちゃん。まだあるよね? なんかあるよね? その感じ! 甘い思い出が!」

「加藤さん、飲み過ぎてませんか?」

「まだ一杯目です!」

 ジョッキ一杯でコレ⁉ この子飲ませちゃいけないんじゃないの⁉

「時野さん、俺モテたいっす」

 既に熱燗に手を出し始めてしばらく経つ内藤先生がさめざめと泣きながらそんなことを言う。

 知らんがな。多分三枚目な性格と筋肉が絶妙にマッチして悪さしてるんじゃないか? でもそれを失くすと内藤先生の良さが無くなるしなぁ。

「ジム通いの女性にアタックしてみればいいんじゃないですか? 同じ体を鍛える者同士、通じ合うものはあるでしょう?」

「ジムは色恋を持ち出して良い場所じゃないんで。神聖な場所なんで。仕事帰りにちょこっと寄れるとか謳ってるところは潰れろ。トレーニングはトレーナーについてもらって淡々とストイックにやるもんだよ」

 めんどくせぇな。というか、ストイックにとか言うならアルコールやめろよ。

「僕は参考にさせてもらいますね。彼女を酔いつぶした時のマニュアルとして」

 酔いつぶした? 酔いつぶれたじゃなくて? 佐藤先生、意外と黒い一面があるのか?

「俺の行動はろくでもない経験値の結果だから参考にしない方がいいと思うなぁ」

「と、イケオジはこのように言っていますがそちらのお嬢さん方はどう思いますか?」

 うわ、ナチュラルに話題振りやがった。

「アリだと思います」

「むしろ推しならしてほしい。それ以外はノーサンキュー」

「甘やかしてくれる上に食生活まで心配してデートしてくれるとか最の高じゃないッスか! このオジサン色気もあるし」

「おじさんとしてはこの技術を褒められたくないなぁ」

「何でですか。いいと思いますよ、僕は」

「いや、基本は姉貴に仕込まれたことだから……。身に染みついてるけど、あまりいい思い出じゃないんです」

 結局好きな子へのアタックには役に立たなかったしな!

「できればそのお姉様の薫陶を受けたい」

「内藤君。滅多なことを言うんじゃない。姉と言う理不尽生物に慣れていないと精神が保たない」

「そんなにキツイんですか? 僕も先輩も姉はいないんでイマイチ……」

「姉にとってね、弟って言う言葉は奴隷とか下僕とかと同義語なんだよ」

 その分甘やかされもしたけど。

 姉がいてよかったと思えるのは、守ってもらえたという事実ぐらいか。泣いている俺を抱きしめてくれて。

あれ、あの時の俺は何で泣いていたんだっけ。いじめられたことは無いはずだけど。

 何か、とても悲しいことがあったような……。

 昔の事を思い出していると、膝の上でもぞもぞと動く気配が。目を覚ました香苗さんがとろんとした目であたりを見回す。

 ぼーっとした香苗さんを肩に寄り掛からせたまま、俺は冷やしトマトとしじみの味噌汁を頼んだ。

 注文が運ばれてきてトマトが乗った皿を香苗さんに突き出す。

「ほら、これ食べて。酔い覚ましと二日酔い防止になるから」

「ありあとうごらいまふ」

 まだ酔ってるなぁ。箸を持つ手も覚束ないし。

 俺は香苗さんの箸を奪って半月切りのトマトをさらに半分にし、香苗さんの口元に差し出す。赤いトマトを桜色の唇に触れさせると小さく口が開いてトマトが口の中に消える。

 JDがきゃいきゃい言ってるが気にしない。してなるものか。

「時野さん時野さん。距離感バグってませんか? 完全に恋人のそれですよ」

「どっちかっていうと介抱の気分なんですけどね……」

「じゃあ誰にでもやるんですか?」

「いや? 女子限定。男は自己責任でしょう。ヤバそうなら介抱はするけど膝を貸したりあーんはしない。はい香苗さん、次。ほら、お水も飲んで」

 しじみの味噌汁もほどほどに冷めてきたので貝殻から貝の身を外して貝殻を取り除き、手を添えてやりながら飲ませる。

「介抱ってなんだっけ……?」

 そんな誰かの呟きを聞き流しながら香苗さんにトマトを食べさせ味噌汁を飲ませる。

 全く。この子も世話が焼ける子だ。むしろ今日ここに居てよかったかもしれない。

 今度のガス抜きは居酒屋にしたほうがいいかもしれないな……。

「女子限定、と言うことは処辺さんが酔って寝ちゃっても膝を貸して起きたらトマトをあーんしてあげると?」

 処辺先生、はっとした様子で芋焼酎のロックを頼むんじゃない。今日は送ってやれんぞ。

「今日は家まで担いで行ってあげられないから酔うのは程々にしてね……」

「修羅場?」

「修羅場じゃない?」

「おばさんに勝ち目ないでしょ」

 こらー。そこのJDー。うるさいぞー。

 改めて処辺先生を見る。やるかやらないかで言えば、きっと俺は世話を焼いてしまうのだろう。加藤先生でも、程度の差はあれ本人が嫌がらないなら膝を貸すくらいはするだろうし。あーんはともかくとして。

 その辺は見極めが肝心だ。望まない相手や彼氏持ちにやっても不和を生むだけだから、そういう相手には座布団や上着を枕にして寝かせる。今現状なら処辺先生は膝で加藤先生は座布団だ。

 肩で香苗さんをむにゃむにゃ言わせながら処辺先生を注視する。どんどん焼酎を頼んで行くが、目がとろんとし始めた頃にグラスを取り上げた。

「あ~」

「あー、じゃない。帰れなくなりますよ。今日は送っていけないんだから」

 そう言って俺は取り上げたグラスの中身を一気に呷る。

もちろんグラスは前後をひっくり返してますよ。ええ。間接キスとかを気にする歳でもないけど、エチケットとして。

「これ以上アルコール頼んだら、横から全部奪っちゃうから」

「はひ」

 あ、俺も多少酔いが回ってるな。

「よーし処辺ちゃん! 頼みまくって時野さんをつぶそーぜー!」

「おいこら加藤。本気でやめろ。年上相手だからってアルハラにならない訳じゃないんだからな。というか君の絡み酒の方に俺はびっくりしてるよ……」

 そう言いながら俺は自分のハイボールをちびりと飲む。横を見れば香苗さんが俺の肩に寄り掛かったまま寝息を立てていて、反対側を見れば処辺先生が指を咥えて俺を見ている。

 うん。文字通り指を咥えて。その仕草をする人を子供以外で俺は初めて見た。

 ったく、この酔いどれ共が。と心の中で言いつつも、俺はやはり女性に甘いのだろう。

 右肩を少ししゃくる。それだけで処辺先生に意図は伝わった。彼女はいそいそと寄ってきてぴったりと俺に体をしなだらかからせる。

 この子も意外と積極的だよなぁ……。どうしたら諦めてくれるのか……。

「あはははは! ハーレム! ハーレムが出来てる! 私も加わっていいですか!」

「おい加藤マジやめろ! こっち来んな! お前状況を悪化させたいだけだろ! 自爆やめろ! あと佐藤! 撮るな見せるな送るな! それに内藤! めそつくな! いつもの底抜けに明るいお前はどうした⁉」

 ここまで事態が混乱するのは初めてだ。こんな大人の醜態を見たJDたちは……楽しんでるな。いい大人の無様さを。

「ごめんね、こんな大人たちで」

「いや、めっちゃおもしろいんでそのままでいてください」

「また飲みたいッス」

「連絡先交換しましょー?」

「あはは。多分変わろうとしても変われないだろうなぁ。飲むのは機会があったらまたね。でも連絡先はダーメ。俺たちが悪い大人じゃない保証は無いんだから。気軽に連絡先を聞くんじゃありません」

「うわ何この人ガードかった。こっちから連絡先ちょーだいって言ってくれなかった人初めてなんだけど……」

「犯罪じゃなければ君らが何しても自由だけど、変な大人を捕まえないようにね……」

 心配だ。頭も股も緩いって訳ではないだろうけど、ものすっごく心配だ。

「さ、お開きにしましょうか。処辺さんは体を離して。香苗さんは起きて。香苗さーん? おーい。帰りますよー」

「んぅ……」

「うわぁ耳に囁いてる……。すっごい優しい起こし方。ヤッて寝た後にしか見たことないっッスよ」

 経験無いんだけどなぁ……。

 寝ぼけ眼の香苗さんに邪魔だろうと取り外していたイヤリングをつけてやる。とりあえず双方お開きなのを再度確認した俺は席を立つ。そして俺は、二つの伝票をテーブルから拝借した。

「あ、私らの伝票……」

「払えって集ったのは君たちでしょうが」

「え? あの、本当に払ってもらえるとは思ってなかったんで……いいんッスか?」

「まぁ、大人の醜態を見せたところだからね……。少しはかっこいいところを見せないと」

 そう言って俺は背中を向けて伝票をひらひらと振り、レジに向かった。

 二つの会計を済ませて戻る。香苗さんは立ってはいるが、一番酔いが回っているのでフラフラしている。

「もー。ほら、香苗さん。好きなとこ捕まってていいから家までは保って下さいね? 引きずれる距離じゃないから」

「ぁぃ」

 大丈夫かなぁ……。

 みんなで店を出て入り口を避けて集まる。社会人五人と大学生四人が集まったのでそこそこの大所帯だ。

「あの、ごちそうさまでした」

「いいえ。気にしないでください。こっちが勝手にしたことですから。では解散しましょうか。皆さん気をつけて帰って下さい」

 俺がそう言うと加藤先生は元気に、佐藤先生は内藤先生を慰めながら、処辺先生は名残惜しそうに去っていく。

「君たちも気をつけて。あと、香苗さんを誘ってくれてありがとう。この子、なにかと我慢しがちみたいだから」

「この後ヤるんッスか?」

「私、香苗と3Pでもいいから抱かれたいです」

「あ、コイツ割とガチで言ってる。この短時間で惚れよった」

 んー。一回痛い目見せとくかぁ。

 俺は香苗さんを少し宥めて離させ、抱かれたいと言った子に迫った。

「え、え、え?」

 その子は後退する。壁際まで追い詰め、壁に手をついて顔を寄せる。

「ちょっと怖かったでしょ?」

 いたずらを成功させた俺は彼女の耳元で囁く。

「大人をあまりからかわないようにね。怖い大人は、いくらでもいるんだから」

 そう言って体を離すと、彼女はずるずると腰を地面に落とした。

「あと、こんなおっさんに抱かれたいとか言わないように。変な夢を見るもんじゃないよ。若いんだから、まだ恋は同世代とするもんだ。じゃあ、もう夜も更けているから気を付けてね。ほら、俺らも行きますよ香苗さん。あ、腕掴むの? しょうがないなぁ……」

 そう言って俺は香苗さんを腕に捕まらせたまま駅に向かう。ゆっくり歩いて、駅に着く。電車を待ち、電車に乗り、揺られて最寄り駅で降りる。

 会話は無い。香苗さんはまだ酔いから醒めていないようで、少し涼しくなってきたまだ暑い夜道を俺の腕を抱きしめたまま覚束ない足取りで歩いていく。

 家に入って、暗い玄関に般若がいた。

「お姉ちゃん?」

 よかった。怒りの矛先は俺じゃない。

「ん……? 朋ぉ?」

「なんでユキ兄と一緒に帰ってくるの⁉」

「いった店で偶然隣の席だったんだよ。あと多分酔っ払いには今言っても意味が無いからお説教はまた後日にしてあげて」

「ユキ兄は甘い! この状態でもお姉ちゃんは覚えてるから!」

 え、マジ? じゃあ膝枕もあーんも覚えてるってこと? キッツー……。

「でもお説教は今度にしてあげる。代わりにユキ兄を渡して。すぐ渡して。次は私の番」

「あ、先に買い物に行かせてくれる? いつ寝落ちてもおかしくなかったから先に帰って来たんです」

「……私も行っていい?」

「え」

「いいよね?」

「……はい」

 流石に静かにキレている朋絵ちゃんには勝てない。学校でならともかく家では無理。

 諦めて俺は朋絵ちゃんの同行を許し、さっきまでの香苗さんと同じように朋絵ちゃんを纏わりつかせて深夜近くのコンビニへと向かったのであった。


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