忍びの四 風間蘭丸 体育!
蘭丸と飛山は、体育館へ向かって廊下を歩いていた。
「ところで風間……いや、蘭丸でいい?」
「うん」
「じゃあ、蘭丸は部活どうすんだ? スポーツとか、なんかやってたか?」
「部活かぁ。そういうのは何もやってなかったから、考えてなかったなあ」
「なんだ? 運動嫌いとか?」
「うん。あんまり得意じゃない」
「はっはっはっ。蘭丸はのんびりしてるもんな。まあ、今日は俺に任せな」
「なにを?」
「今日の体育は、木刀での打ち合いだよ。もちろん、型の確認とか、そういうのだぜ?」
「へー」
「俺がペアになってやるからさ。そんな心配すんなよ」
「うん。ありがとう」
そんな話をしているうちに、二人は体育館に着いた。
「あっ、風間君来たよ」
「体操服、長袖長ズボンなんだ」
「なんか、ぽやぽやって感じだね」
女子達が蘭丸を見ながら、ひそひそと話している。
一方、男子達の集まる場所では、不機嫌そうに舌打ちする者がいた。
「……チッ」
「赤田。なんであいつに恥かかせなかったんだよ」
「そうそう。かましてやれば良かったのに」
「うるせえな。やったんだよ……」
「えっ?」
赤田は、教室で足を突き出した時のことを思い返す。
確かに引っ掛けたつもりだった。なのに、蘭丸は何事もなかったように通り過ぎた。
「まあいい。この後、ちょっとだけ怖い思いでもさせるか」
赤田、青田、黄田の三人は、不敵に笑った。
「おう。とっとと整列しろ」
竹刀を持ち、サングラスを掛けたジャージ姿の角刈り教師が号令をかける。
「今日は剣術の型の確認だ。ペアを作って並べ」
「よしっ。蘭丸、一緒に……」
「先生!」
飛山の声を遮り、赤田が手を挙げた。
「なんだ、赤田」
「今日、うちのクラスに風間蘭丸君が転校してきたんです。俺がやり方を教えてあげたいなって」
「げっ……赤田だ」
飛山が小声で漏らす。
「赤田君?」
「教室で言った、剣術推薦組の一人だよ」
「でも、教えてくれるって……」
「そんなの口実だよ! 断れよ、蘭丸!」
「風間蘭丸……ああ、噂の転校生か。どこにいる?」
教師が生徒達を見渡す。
「はい!」
「おお、お前か。どうする?」
「風間君、どうかな? でも、怖いならやめといてもいいよ? 勉強ばっかりしてたら、剣術なんて……ねえ?」
赤田はニヤニヤしながら蘭丸を見る。
「おい、蘭丸。無視しろって」
飛山が袖を引っ張る。
「でも、せっかく気にかけてくれてるのに……」
そこへ、青田と黄田も歩み寄ってきた。
「赤田がせっかく言ってんだからさ」
「風間君って、薄情なんだな」
「ちょ……ちょっと、二人とも」
「黙ってろよ、飛山。それとも、俺とペア組むか?」
青田が飛山を睨みつける。
「ううっ……」
「飛山君、色々とありがとう。今だけは赤田君に教えてもらうよ。でも、その後はペア組んでね?」
蘭丸はそう言い、赤田へ歩み寄った。
「ありがとう。お願いします」
深々と頭を下げる。
「任せといてよ」
「よし。じゃあ、二人とも木刀を持って並べ」
教師の指示を聞きながら、赤田はクラスメイトの一人へ視線を向けた。
「……」
その生徒は一瞬肩を震わせ、恐る恐る手を挙げる。
「せ……先生。ちょっと、体調が……」
「ん? 白田、どうした? ……まあ、確かに顔色が悪いな」
「保健室に連れていってください……」
「うーん、そうだな。途中で倒れられても困る。よし、全員しばらく待ってろ。勝手に始めるなよ!」
教師は白田に付き添い、体育館を出ていった。
その背中を見送り、赤田がニヤリと笑う。
「じゃあ、風間君。始めようか」
「えっ? でも、待ってろって……」
「真面目だなあ。テスト満点君は」
青田と黄田も笑った。
「なんか、男子の方ヤバくない?」
「赤田達が風間君にダル絡みしてる……」
「先生、呼んでこようかな」
体育館に不穏な空気が広がっていく。
その時、蘭丸は心の中で思っていた。
大変だ。僕が優柔不断だから目立ってる……。
せっかく赤田君が優しくしてくれてるのに……。
蘭丸は自分を恥じた。
「ごめんよ、赤田君。お願いします」
「ふふっ。いいよ、いいよ」
赤田は木刀を投げ渡した。
蘭丸が受け取ると、赤田はその足元を木刀の切っ先で指す。
「風間君は、片手しか使っちゃ駄目なんだ。それと、そこから動いたら駄目だよ?」
「うん」
「攻守交代でやっていくからね。まずは僕が攻撃側。その次は君ね」
「分かった」
「あいつ、アホだろ」
「テストもカンニングなんじゃね?」
青田と黄田は笑い合う。
「ら……蘭丸」
飛山は心配そうに見守っていた。
「じゃあ、よーい……スタート!」
赤田が駆け出す。
そのまま、蘭丸の頭めがけて木刀を振り下ろした。
カンッ!!
蘭丸は右手に持った木刀で、それを受け止める。
「……」
赤田は後ろへ跳び、今度は右の胴を狙った。
カンッ!!
またも、片手で受け止められる。
「……ねえ?」
蘭丸が声をかけた。
「あんだよ!」
「どうなったら交代なの?」
赤田のこめかみに青筋が浮かぶ。
「五分耐えたら交代だ!」
赤田は再び木刀を振るった。
頭、顔、胴、足。
狙いを変え、何度も打ち込む。
が、
蘭丸は、その全てを片手で受けた。
足は最初の位置から、少しも動いていない。
「す……すげえ」
「マジで動かねえで、全部受けてる」
「しかも、片手のままじゃん」
「えっ、ヤバくない? 格好良いんだけど」
「すごーい!」
生徒達が口々に声を上げる。
赤田の息が、徐々に上がっていった。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
蘭丸は涼しい顔で、次々と繰り出される打撃をいなす。
そして、
「五分!」
時間を数えていた蘭丸が、赤田の木刀を弾いた。
「ぎゃっ!」
木刀が手からすっぽ抜け、赤田は勢い余って尻もちをつく。
弾かれた木刀は、女子達の頭上へ飛んでいった。
「きゃあ!」
何人かが頭を庇い、身を屈める。
「あっ!」
しまった。力を入れすぎた。
蘭丸はその場で膝を曲げ、跳んだ。
助走もなく、立ち幅跳びのように。
二十メートルほど。
空中で木刀を掴む蘭丸を、何人もの生徒が目を丸くして見上げた。
「よしっ!」
着地すると同時に、再び元の場所へ跳ぶ。
またも、何人もの目が丸くなった。
「……」
体育館は静まり返っていた。
「次は赤田君が守りだね」
蘭丸は笑顔で木刀を差し出す。
「……あっ、うん」
赤田は座り込んだまま受け取り、のろのろと立ち上がった。
「じゃあ、よろしくね!」
蘭丸が構える。
やべえ。やべえ。やべえ。
赤田の手が震えた。
「あっ! あのな! 型の勉強だから、最初は頭からじゃないといけないんだ! だから絶対に上から……いや、胴からか……それもアレか……」
「どうしたの?」
「ひ……人に当てたら駄目だからな! それと、最初は上から来い!」
「分かった!」
蘭丸は一歩踏み込み、赤田の頭へ木刀を振り下ろした。
赤田は反射的に、木刀を頭上へ掲げる。
バキッ!!
赤田の木刀が、真ん中から折れた。
蘭丸の木刀は、その向こうにある頭へ届く寸前で、ぴたりと止まっていた。
「……」
赤田は腰を抜かし、その場にへたり込む。
蘭丸は木刀を引き、折れた二つの断片を見比べた。
「折れた場合は……引き分けかな?」
的外れなことを言う蘭丸。
誰も、答えられなかった。
次回 困惑する蘭丸 にんにん




