忍びの二 風間蘭丸 編入!
朝七時。
「おじいちゃん、おばあちゃん、いってきます!」
「うむ。蘭丸よ、気をつけるんじゃぞ」
「はい!」
「今の『気をつける』は、車はもちろん、同級生達との交友関係や、先生方との関係についてもじゃ」
「?」
「お前は強く、賢く、可愛く、格好良く、スマートで、プリティーで……」
「蘭丸。爺さんはほっといて、行ってきなさい」
「うん! 行ってきます!」
蘭丸は学校に向かって走り出した。
木々の間を転がるように駆け抜け、時には木の枝へと飛び移る。
そのたびに、蘭丸のくせっ毛も踊るように跳ねていた。
「ふんふんふーん」
あっという間に山の入り口に着く。
「うーん。思ったより早く着きそうだけど、初日だし、遅刻するより良いよね。いや、先生方との約束の時間もあるから、早く行きすぎても迷惑だろうか」
蘭丸は腕を組んで考えた。
「うん。予定の時間に合わせよう。だから今日は、トレーニングしながら行こっと」
そう決めると、民家の屋根に跳び乗る。
「ヨシッ。学校まで地面を踏むこと禁止ゲーム!」
蘭丸は屋根の上を音もなく駆け、隣の屋根へと跳び移った。
通学鞄を揺らさず、瓦も鳴らさず。
朝の住宅地を、ひとつの影が軽やかに渡っていく。
「学校の裏手から行けば、目立たないだろうし」
その頃、洗濯物を干していた女性が、頭上を横切る影に顔を上げた。
「……今、人が飛んだ?」
その日から、住宅地のマダム達の間で天狗が出たと噂になったようだが、これはまた別のお話。
霧隠高校。
校舎の裏手に降り立った蘭丸は、制服についた葉っぱを払い、腕時計を確かめた。
「うん。ちょうど良い」
何事もなかった顔で廊下を歩き、職員室の前で足を止める。
コンッ、コンッ、コンッ。
「失礼します」
蘭丸は職員室の引き戸を開けた。
「はーい」
年配の女性が顔を上げ、蘭丸に視線を向ける。
「今日からこちらに編入してきました、風間蘭丸です! よろしくお願いします!」
「あらー、あなたがそうなのね! まあまあ、きちんと挨拶できて偉いわねー」
女性は笑顔で歩み寄ってきた。
「風間くんね。校長先生のところに一緒に行きましょう。職員室の奥が、校長先生のお部屋よ」
「ありがとうございます!」
「ふふふっ。あっ……」
女性は職員室を見渡した。
「うーん。曽我先生は、またギリギリなのね……」
呆れたように呟いてから、蘭丸に向き直る。
「あっ、ごめんなさいね! 私は長宗我部っていいます。皆からは、長ちゃん先生って呼ばれてるわ。『ちょうちゃん』ね。よろしくお願いします」
長宗我部先生が軽く頭を下げる。
「はい! お願いします!」
蘭丸も、それに合わせて頭を下げた。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい!」
長宗我部先生に付き添われ、蘭丸は職員室の奥へと進む。
「あの子が噂の満点坊か」
中年の先生が、二人を目で追いながら言った。
「可愛い顔ね」
中性的な雰囲気の先生が頬に手を添える。
「犯罪ですよ」
若い女性の先生が、呆れ顔で言った。
「なんも言ってないでしょ!」
怒れる中性!
その声が背後に響く頃には、蘭丸と長宗我部先生は校長室に入っていた。
「いやー、噂の転校生くんだね! 私がこの学校の校長だよ。よろしくね。校長とだけ呼んでくれたら良いよ」
校長は自分の額をぺしぺしと叩きながら言う。
「はい! よろしくお願いします!」
蘭丸は深く頭を下げた。
「しかし、大変そうじゃないか? 家が遠いんだろ?」
それを聞き、長宗我部先生も思い出したように頷く。
「あら、そうでしたわね。車で一時間ほどの距離なんじゃないかって、皆で話しましたわね」
「ご家族の方に送ってもらってるのかい?」
「いえ、走ってきました」
「「ん?」」
校長と長宗我部先生が、揃って首を傾げる。
「それに、寄り道しないで走ったら三十分ぐらいなので、そんなに遠くはなかったです」
一瞬、部屋が静かになった。
「いやー、面白い子だ! 満点の子は、やっぱりどこか違うのだな!」
校長は大きく口を開けて笑う。
「もう、意外にお茶目なのね」
長宗我部先生も口元を隠して笑った。
「?」
蘭丸には、何が面白かったのかよく分からなかった。
そのとき、ゴン、ゴンッと校長室の扉が雑にノックされた。
「失礼します!」
返事を待たず、声の主が飛び込んでくる。
「あ……あの……私のクラスの転校生くんは……」
ぼさぼさの髪の若い女性が、中腰になって息を切らしていた。
「曽我先生。もう少し落ち着きなさいと、何度も言ってるでしょ?」
校長が呆れたように言う。
「いや……すいません……寝坊しちゃって」
曽我と呼ばれた女性は、セミロングの髪を手で整え、白衣の襟を正した。
まっすぐ立ったところで、長宗我部先生の隣にいる蘭丸に気づく。
「ああ! 君ね! 風間蘭丸くん!」
駆け寄るなり、蘭丸の肩に腕を回した。
「満点ボーヤね! 写真で見るよりも可愛いわね!」
顔を覗き込まれ、蘭丸は身を引く。
「あ……あの」
「こら! 曽我先生!」
長宗我部先生の声が飛んだ。
「ああ! ごめんなさい!」
曽我先生は蘭丸から少し離れ、まっすぐ向き直る。
「私は曽我あやめ。二十四歳の可愛い先生よ! よろしくね! 保健室の先生もしてるから、何かあったら来なさいね」
ぱちりとウインクする。
「は……はい。風間蘭丸です。お願いします」
蘭丸は深々と頭を下げた。
「風間くんって、意外とがっちりしてるのね。ギャップってやつ?」
曽我先生は、蘭丸の腕や肩をぺたぺたと触る。
蘭丸は困ったように笑った。
敵意はない。
ないのだが、どう対応すれば良いのか分からない。
「いい加減にしなさい!」
長宗我部先生の怒号が響いた。
「はい!」
曽我先生はぎゅっと目を閉じ、気をつけの姿勢を取った。
叱られる白衣!
「まったく……」
校長は呆れながら、机から資料を取り出す。
「申し訳ないね、風間くん。さて、これからについてだが……」
「はい!」
蘭丸は背筋を伸ばした。
編入試験は、無事に終えた。
先生方への挨拶も、たぶん無事に終えた。
あとは護衛対象を見守りながら、静かに学校生活を送るだけだ。
目立たず、騒がず、忍びらしく。
そう心に決めた風間蘭丸の、霧隠高校での一日が始まる。
次回 挨拶だ蘭丸! にんにん




