第7話:閉ざされた部屋、不敵な視線
ギルドの受付カウンターの横にある、狭い執務室。
窓から差し込む夕暮れの茜光が、室内に長い影を落としている。
書類が乱雑に積まれた机を挟んで、エマは背もたれに深く身体を預け、冷ややかなジト目でルークを睨みつけていた。
その手元では、一本の羽根ペンが一定の間隔で机を叩いている。
その静かな音が、今のルークには妙に息苦しく感じられた。
「あはは……いやあ、本当に参りましたよ。北区の倉庫って、古いせいか木箱の積み方が雑で。僕がちょっと触ったら、上からドサドサッと降ってきちゃって」
ルークは困ったように眉を下げ、いつものように頭を掻きながら笑ってみせた。
人当たりの良い、どこにでもいる少し頼りない新米ギルド員を演じている。
だが、エマの視線は揺らがない。
彼女はゆっくりと羽根ペンを置くと、机に両肘を突き、組んだ両手の上に顎を乗せた。
「へえ。ずいぶん鋭い刃物みたいな形をしてるのね、北区の倉庫の荷物って」
「え……?」
「その右肩の革鎧の裂け目。それから、服に滲んだ血の染み」
エマの視線が、ルークの肩に止まる。
「綺麗に斬られているわ。荷物が崩れただけで、こんな傷がつくと思う?」
ルークの背筋に、嫌な汗が流れた。
(……チッ、やっぱり誤魔化せないか。あの戦闘の痕跡まで見抜いてやがる)
ルークは微笑みを崩さなかった。
「刃物を持った不審者なんて、そうそういるわけないじゃないですか」
「そうね。大公国のギルドの記録を見る限りはね」
エマはふっと視線を落とし、手元の書類をめくった。その瞬間だった。
彼女の黒い制服の袖口がわずかに滑り落ち、白い手首が露出する。
そこには、夕闇の影に紛れるようにして、歪んだ螺旋の紋章が刻まれていた。
ルークの視線が、無意識のうちにその手首へと吸い寄せられる。
(……! あの紋章は……)
だが、ルークが問いかけるより早く、エマは素早く袖口を引っ張り、手首を隠してしまった。
エマは再び顔を上げ、ルークをじっと見つめる。
その瞳から、先ほどまでの呆れた受付嬢らしさが消えていた。
「ルーク」
エマの声が、一段低くなった。
「ギルド員が任務中に何をしようと、基本は自由よ。でもね、ギルドの信用に関わる嘘は許されない。……あなた、本当はあの倉庫で誰と会っていたの?」
執務室に、短い沈黙が落ちた。
(ここでヘリックスの名前を出せば、エマさんを危険に巻き込む。……いや、それ以上に、この人は何かを知りすぎている。……ただの受付嬢じゃない)
ルークは静かに息を吐き、微笑みを消した。椅子の背もたれに身体を預け、顎に手を当てる。
その瞬間、先ほどまでの頼りない雰囲気が消えた。
「エマさん。……詮索は、お互いのためになりませんよ」
ルークの視線が、エマの目を真っ直ぐに捉えた。
二人はしばらく、無言のまま視線を交わした。
エマはわずかに目を見開いた。
だが、すぐにいつものジト目に戻った。
「……ふん。新人のくせに、ずいぶん生意気な目をするのね」
エマは机の上のペンを再び手に取ると、ガリガリと書類に何かを書き込み始めた。
「まあいいわ。あなたが荷物が崩れてきたと言い張るなら、今回の報告書にはそう書いておく。依頼主からのクレームも入っていないし、これ以上突っ込むのは私の仕事じゃないもの」
「……いいんですか?」
ルークは肩の力を抜き、いつもの笑顔に戻った。
「ええ。ただし、ギルドの備品のポーションは全額あんたの給料から天引きだからね。さっさと救護室に行って、その傷を治療してきなさい」
「うぇっ、天引きですか!? 勘弁してくださいよー、エマさん!」
ルークは両手を上げて大袈裟に嘆き、足早に執務室の扉へ向かった。
「じゃ、お言葉に甘えて治療してきます! ありがとうございました!」
パタン、と静かに扉が閉まり、ルークの足音が廊下へと遠ざかっていく。
残された執務室には、再び夕闇の静寂が戻ってきた。
エマは書類を書く手を止め、ルークが座っていた誰もいない椅子をじっと見つめる。
彼女はそっと自分の右手首を出し、衣服に隠された歪んだ螺旋の紋章に指先で触れた。
その表情から、普段の冷ややかさが消えていた。
「……相変わらず、往生際が悪い男。……でも」
エマは窓の外、夕暮れに沈みゆくルーヴェン大公国の景色を見つめながら、ぽつりと呟いた。
その声には、冷徹さとは裏腹の、どこか切ない響きが混ざっていた。
「生きていてよかったわ、ルーク。……あの地獄から、あなたも逃げ延びていたのね」
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第8話は10月4日の19時10分!




