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七星伝説 薄明の足跡 〜ルーヴェン大公国編〜   作者: Y.M
序章:崩れゆく結界と螺旋の陰謀

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第3話 ギルドの夕寂と、密やかな違和

「す、すみません〜! エマさん、遅くなっちゃいました……!」

 

日が暮れかけた頃、ギルドの重い木製の扉が勢いよく開き、息を弾ませたルークが滑り込んできた。

少し端の折れた報告書を差し出した。ルークは眉を下げ、何度も頭を下げた。

エマはわざとらしく深い溜息をついてみせた。


「もう、ハンスさんからも連絡があったんですよ。『あの子はドジだけど、一緒にいると不思議と安心する

な』って。大歓迎されたのは結構ですけど、ギルド員としての義務はちゃんと果たしてくださいね」


「あはは……面目ないです。でも、ハンスさんの台車は無事に果樹園まで届けられましたから!」


ルークは元気よく頭をかき、人当たりのいい微笑みを浮かべた。

エマは報告書に目を通しながら、ルークの後ろ姿を見送った。


(……新米にしては、妙に落ち着いているのよね)


あれだけ慌てて駆け込んできたはずなのに、呼吸はほとんど乱れていなかった。

エマは小さく首を傾げたが、すぐに頭を振ってインク瓶の蓋を閉めた。


「今日はもう上がっていいから、ついでに街の見回りを少ししてきてね」


エマの指示通りに、ルークはルーヴェン大公国の街へと歩き出した。

夕陽に照らされた石畳が、少しずつ暗くなっていく。

レンガ造りの時計塔からは重厚な鐘の音が響き渡り、家路を急ぐ人々の背中を押していた。


少し堅苦しい挨拶が、あちこちで交わされ、店仕舞いを始める商人たちの活気ある声が響く。

ルークはぼんやりと変わりゆく夜空を見上げながら歩いていた。

しかし、その前髪の奥にある瞳は、周囲の人々や馬車の動きを目で追っていた。


(……変化が怖いわけじゃない。変わった先で何を失うのか、知っているんだ。だから、この退屈な伝統を 

守っているんだ)


以前の自分――あの組織にいた頃なら、この頑ななまでの停滞を“進歩のない弱者の悪あがき”と一蹴して    

いただろう。

だが、今のルークには、その頑固さにも、理由があるのだと少しずつ分かってきた。

そんな中、路地の奥に小さな時計工房が見えた。

開け放たれた扉の向こうで、白髪の老職人が手元のランプの光を頼りに机にへばりつき、難しい顔で唸り

、声を上げている。


「ううむ……どうしても噛み合わせが狂う。ここではないのか……?」


職人が扱っているのは、導力機構を組み込んだ古い懐中時計だった。


「何かお困りですか~?」


 ルークはのんびりとした声をかけながら、工房の敷居をまたいだ。


「ん? ああ、ギルドの新米さんか。いやな、この古い導力時計の調子が悪くてな。中央の軸は合っているは

ずなんだが、どうにも動きが突っかかるんだ」


「へえ、綺麗ですね。どれどれ……わあ!」


興味深そうに覗き込んだルークは、足元をもつれさせ、作業机に手をついた。

手をついた拍子に、ピンセットとドライバーが職人の右手側へ転がった。

「あ、すみません! ドジっちゃいました。……ん? でも、この一番小さな歯車、なんかちょっとだけ、ラ 

ンプの光の反射が変だな~って思っただけで!」


ルークは頭を下げながら、指先で機構の隅にある極小のパーツを指し示した。

職人がルーペを覗き込むと、ハッと息を呑んだ。


「……確かに歪んでいる。なぜこれが分かった?」


「え? いえ、本当にただの偶然ですよ!」


ルークは手を振ってヘラヘラと笑う。

職人はゆっくり首を振ると、机の引き出しから帳簿を取り出した。

それは、工房に代々伝わる“修理記録帳簿”だった。


「うちの技術に派手さはない。時代の最先端を行くような大掛かりな導力器は作れんさ。だがね、百年前に

うちの先祖が直した時計を、今度は私が直し、百年後も同じ音を刻み続けさせる。それだけを、うちは誇

りにして生きてきたんだ」


古い紙の束には、何代にもわたって、同じ美しい書体で修理の履歴が積み重ねられていた。

「百年後も、同じ音を……」ルークはその言葉が頭から離れなかった。

工房を後にしたルークの足取りは、先ほどよりもわずかに重かった。

外套のポケットに手を突っ込み、うつむき加減に歩く。

ハンスの言葉と、先ほどの老職人の言葉が重なり合って響いていた。


(……この日常を守りたい、か)


自分がこの日常を気に入っていることを、ルークは認めざるを得なかった。

かつて命令のままに世界を冷たく見下ろしていた“薄冥の凶刃”が、今は温かいリンゴ水や、古い時計の刻

む音に愛着を抱いている。

だが、胸の奥で警鐘が鳴った。


(ふざけるな。お前がそんな感傷を抱くなど、おこがましいにもほどがある。この温かさを守りたいと思う 

自分が、過去にどれだけの日常をこの手で終わらせてきた? 忘れたわけではあるまい。この感情は、俺と

いう凶器を鈍らせるだけだ)


それでも今は、ルークとして生きている。

夕闇が降りた広場の近くを通りかかった時、子供たちが遊んでいるのが見えた。

その中の一人が蹴り損ねた木製のボールが、コロコロと転がってルークの足元で止まる。


「あ、お兄さん! ごめんね、ボール取って!」


子供たちから笑顔を向けられた瞬間、ルークの表情が硬くなった。

ボールを握る指先が、わずかに強張った。


(……こういう顔を、俺はもう二度と作れない)


ルークはそれ以上深く掘り下げることなく、子供たちに小さく手を振り、その場を通り過ぎた。

すっかり暗くなった道を、ルークは一定の歩調で歩いていた。

すると、通りの向こうから歩いてきた別の先輩ギルド員が、すれ違いざまに足を止め、ルークの後ろ姿を 

振り返った。


「……? あの新米……」男は夜闇の中で怪訝そうに呟く。


「妙に、足音が静かだな。石畳の上を歩いているっていうのに、まるで気配がない……」


ルークはそのまま静かに歩き続けた。

すっかり夜の静けさに包まれたギルドに戻ると、導力ランプの下で、エマが彼を出迎えた。


「お疲れさま。今日も無事でしたか?」


「はい! 特に何もなくて、本当に退屈な一日でしたよ~」


ルークは明るい声を上げ、胸元の緑色のバッジを指でなぞった。

エマは「それが一番ですよ」と優しく微笑む。


(……俺は、この日常を守りたいと思っている)


その考えを、まだ素直には受け入れられなかった。

いつかこの日常が壊れる時が来るのではないか。

そんな嫌な予感を抱えながらも、ルークはすぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「明日も依頼、ありますかね~?」その声は、静かなギルドに響いた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。感想や修正点があったら、感想にお願いします。ブクマと高評価もお願いします。

第4話は9月30日の19時10分!

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