19ウホ目:ゴリラはおしゃべりがヘタクソな人が好き
『おしゃへた』と呼んで愛でている存在がいる。
おしゃれがヘタクソということではない。
おしゃべりがヘタクソということだ。
ゴリラは、おしゃべりがヘタクソな人が好きなのである。
ここでいう『おしゃべりがヘタクソ』と『コミュ障』は、ゴリラの中では少し違う。
コミュ障というと、「人と関わりたいけれど、どう接していいか分からない」とか、「話したいのにうまく話せない」とか、そういうものを想像する。
もちろん、人によって意味は違うだろう。
ゴリラが好きなのは、もう少しこう……。
そもそも「そんなに喋る気がない人」である。
必要なことは話せるし、仕事の話もできる。
聞かれたことには答える。
なのに、雑談になると途端に語彙が死ぬ。
こちらが「今日は暑いですね」と言えば、「そうですね」と返して終わる。
そこから「最近どうですか?」などと話を広げる気もない。
最悪の場合、暑いですねにろくに返事もせずに「ん」とかだけ返したり、うなずくだけで済ませる。
別に怒っているわけでもなければ、機嫌が悪いわけでもない。
ただ、会話が終わった。
それだけである。
自分から話題を広げることもしないし、誰とでも仲良くなろうとはしない。
だからといって、人が嫌いなわけでもない。
ただ、おしゃべりがヘタクソなのである。
ゴリラはこういう人を見ると、とってもかわいいなと思う。
たとえば、何かを伝えようとしているのに、うまく言葉が出てこない人がいる。
言い直してみたり、途中で黙ってしまったり。
何を言えばいいのか分からなくなって、しばらく考え込んだり。
そういうとき、ゴリラは急かさない。
待つ。
ずっと待つ。
その人が一生懸命に言葉を探している時間も含めて、かわいいと思っているから。
「早く言って」とは思わないし「結局何が言いたいの?」とも思わない。
待っていれば、そのうち出てくるかもしれない。
出てこなければ、それはそれでいい。
大前提として、ゴリラが好意を持つ魅力がある必要はある。
ゴリラは『好き』のカテゴリに入れた人の事はいろいろ知りたい。
そうでなければ「ただの感じ悪い人」で終わる場合も、もちろんある。
そもそも嫌いなやつ相手には、お話したいともあまり思わないし。
ゴリラは別に、会話を上手に成立させたいわけではないのだ。
むしろ、おしゃへたさんがぽつりと出してくる言葉が好きだったりする。
普段はあまり喋らない人が、ふと、
「……好き」
と言ったりする。
「大丈夫?」
と聞いてきたりする。
たった一言である。
それでも、いつも十の言葉をくれる人から十の言葉をもらうのと、普段一の言葉しかくれない人から一の言葉をもらうのでは、ゴリラの中で重みが違う。
普段あまり言葉を使わない人が出してくる一言は、ゴリラの中に妙に深く残る。
別に、言葉数が少ない人のほうが愛情深いと言いたいわけではない。
そんなことは人による。
ただ、ゴリラは「普段は言わない人が言う」「この人がわざわざ言葉にしてくれた」という現象に弱い。
非常に弱い。
致命的である。
そして、おしゃへたさんと一緒にいると、沈黙もそれほど気にならない。
二人でいて、しばらく何も喋らない。
それぞれ別のことをして、たまに一言だけ交わす。
それでいい。
何か話さなければ、場を盛り上げなければ、この沈黙を埋めなければ。
そうやって、ずっと言葉を探さなくてもいい。
ただ一緒にいるだけでも、ちゃんと人と人との時間になる。
ゴリラは、そういう関係が好きなのだと思う。
だから、愛すべきおしゃへたさんに出逢うと嬉しくなる。
そして、その人がうまく喋れなくて困っているときには、待つ。
言葉が出てくるまで。
まとまるまで。
途中で言い直しても、黙ってしまっても、別に急がなくていい。
ゴリラはここにいる。
そのうち、ぽろりと何かが出てくるかもしれない。
出てこなくてもいい。
おしゃへたさんが一生懸命に言葉を探しているところを眺めながら、
「かわいいなあ」
と思っている。
ゴリラは、それだけで満足なのである。
おしゃへたさん。
どうか、今日もゆっくり喋ってください。
ゴリラはあなたの言葉を待っているから。




