12ウホ目:ゴリラと長距離走
ゴリラは昔、長距離走をやっていた。
正直「やろう」と思って始めたわけではないのだが、なんだか速かったのだ。
ゴリラははじめ、小学生のときに皆が出なければならない陸上競技大会の競技選択で、走り高跳びを選んだはずだった。
なんかかっこいいから。
高く飛んで、バーを越えて。
なんだかとっても素敵。かっこいいではないか?
ゴリラはそう思った。
なのに気がついたらなぜか先生に長距離走の枠に入れられていて、1000m走に出ることになっていた。
なんで?
ゴリラそんなこと言ってないよ?
恐らく、ゴリラはあまり身長が高くないので、高跳びなどに出しても大した記録は望めまいと思われたのだろう。
それに加えて、誰も1000mをやりたいという者がいなかったのではなかろうか。
ゴリラの友人はインドア派が多かった。それゆえ皆、とりあえずこれだけには出ればいいという『記録は関係ない100m走』に行ってしまった。
ゴリラ、1000m走にひとりぼっちである。
ゴリラは渋々、練習を始めた。
そしたらなんか、速かったのである。
先生もゴリラも「あれ?」となった。
どうやらゴリラは、本人の希望とは一切関係なく、長距離を走ることに向いていたらしい。
そしてゴリラは年に一度のマラソン大会でも、やけに好成績を残し始める。
なんなら小学生時点では、男子より速かった。
男子に勝っていると言われても、ゴリラとしては「そうなんだ」くらいだった。
ゴリラは走るのが速かった。
それ以上でもそれ以下でもない。
ゴリラはゴリラなので、そこに男女の別を持ち込むほどの知性はなかった。
そもそもゴリラは、自分を追い込むのがわりと好きだ。
小学生のときからそうだったかはわからないが、苦しい状況に身を置くことがわりと平気なのだ。
途中から、だんだん苦しくなる。
脚が重く、息も苦しくて、もうやめたい。
だが、ゴールが見えてくるとゴリラは、最後にもう一段ギアが入る。
ゴリラは、長距離を走りきる直前のラストスパートあたりでは、多分なんか、キレている。
こんなことやってられるかみたいな怒りで、前に進んでいる気がする。
苦しいけど頑張れる、ではないのだと思う。
苦しくて腹が立つ、だから走る。
そういう、謎の燃料でゴリラは動く。
誰と戦っているのかは、ゴリラにもよくわからない。
たぶんゴリラは昔から、自分を追い込んで限界までやることに、妙な適性があった。
そして大人になった今も、なぜか自分から苦しいところへ行きたがる。
余裕を持ってやればいいのに、なぜか限界までやる。
腹を立てながら、結局最後まで走る。
ゴリラは、昔からずっとそういう生き物だ。




