人込みは苦手なんです
宮廷舞踏会。サマーシーズンに合わせて行われるデビュタントが今年も迫ってきている。
私は今年で15歳、少し早いが王女ということで少し早めにデビューする、らしい。
マリアに泣きついたら回避できるものか。
「そんな……早すぎる」
「大丈夫ですよ、ドレスも到着済みでダンスも完璧です。堂々としていれば良いのです」
逃げられるわけなかった。私自身も分かってる。しかし、その、入院生活が長かったもので、今まで友達も少なく……平たく言えば、人込みが苦手なのだ。
とにかくも両親に会わないといけない。エスコート役は父親である国王にお願いするためだ。離宮から王宮までわずかな時間では元の世界の両親を思い出していた。どうにも不安が拭えない。せっかく久しぶりに会えるであろう娘が、記憶も曖昧な娘だと悟られたくない。
そうして玉座の間に辿り着いた。
父は国王アルベルト、母は王妃セシリア、そして自分は王女テレジア。こちらも私の家族なのだ。
「おお、テレジアよ、ゆっくり休暇は取れたか?」
「貴方もついにデビュタントね、気楽に臨みなさい」
一言二言で面会が終わるかと思ったら、別室でお茶を飲むことになった。
意外にも、こちらでの両親は王族を超えて家族愛をもって親しんでくれているみたいだ。
気さくに話しかけてくれる態度に緊張が和らぐのを感じる。
「なに、初めての社交と言っても適当に会話を合わせるだけだ。心配することはない」
「そうですよ、テレジア。私もデビュタントのときは緊張したけど、すぐに知己を得られたわ」
これは、政略もなにも求められてないのでは……。王族であれば、積極的に親交を深めに行きなさいとでも言われると思っていた。
「ありがとうございます、お父様、お母様。つつがなく式に臨みましょう」
「それが緊張していると言っているのだ、我が娘よ」
部屋の中に柔らかな風が吹くような微笑みだった。
迎えたデビュタントの日。
「テレジア・マリー・シャルロット・ド・ヴァロワ王女の入場です」
あぁ始まってしまう、仰々しい大きな扉が目の前で勝手に開く、開けられてしまう。
会場のざわめきが遠く聞こえる、想像を超えた人数からの注目を一身に浴びている。
ふと、エスコートされている腕に手が添えられる。見上げるとお父様の、にかっとした笑顔があった。
公務上でも見せたことのない顔だった。あぁ今は、ただの父と娘、そのデビュタントなのね。
覚悟は決まった。淀みなく歩き出せ、私。味方は現役国王だ、どうだまいったか。
若干、吹っ切れすぎているかもしれない。それでもいいかなって思える、お父様が近くにいるから。
会場奥にはお母様が座っている。そこまで歩けば私の勝ち。見れば、子供をあやすようにこっちこっちと手招きしている。
誰にも見られないタイミングでの御ふざけだった。私の歩調はますます軽やかになる。
お父さん、お母さん、こちらの世界でも私は素敵な両親に恵まれたようです。いつか今日の日を伝えに行きます。
無事にデビュタントの列に加わりゴール。後は開幕のありがたいお言葉を聞き終えてダンスを踊るだけだ。
さっきまでの子煩悩な顔は何処に行ったのか、お父様の挨拶は貫禄があって誇らしかった。
その後のファーストダンスをお父様と無事に踊り終えたあと、スマートにレオが話しかけてくれた。
「テレーズ、社交界デビューおめでとう。今日の白い衣装も素敵だね」
「ありがとう、レオ。貴方も勿論すてきよ」
「テレーズには負けるさ」
「へへ、マリア達が頑張って磨いてくれたからね」
スーツ姿の凛々しいレオに似合わず、一般庶民の笑みが零れてしまった。さっきまでの緊張はどこ吹く風だ。
ダンスホールに二人で繰り出す。お父様の次は婚約者であるレオの番。優雅な音楽に合わせてステップを踏み出した。
「ねぇ、レオ。私、今日がデビュタントでよかったわ。何か気持ちの区切りがついた気分なの」
「そうかい? 最近、テレーズは籠りきりだったからな。これからはもっと俺と遊んでくれよ?」
「そうね、きっとこれからは外にいっぱい出られるわ」
そっと添えていた彼の腕が一層たくましく感じられる、大きな手のひらが私を支えてくれていた。
と、思っていたダンスの終わり際、不意に強く抱きしめられた。
「絶対だよ、テレーズの隣は俺以外認めないからな……」
そんな、耳元で。会場から黄色い悲鳴が聞こえた。
レオとのダンスが終わった後、周りのご令嬢たちがわっと集まってきた。
口々にレオの格好良さを褒めたたえて、羨ましい旨を声高に叫んでくる。うむうむ、そうだろう、私のレオはカッコいいだろう……まったく。
「それにしても氷の貴公子様が、あんなに蕩けた笑顔をみせるなんて……眼福でしたわ」
ん? 氷の貴公子、レオが?
聞くに、普段のライオネルは鉄面鉄扉のクール系男子らしい。お近づきになりたい女性はけんもほろろにふられてしまうらしい。
うむ~? あの甘い顔のレオが塩対応……、私にだけ砂糖対応……。これは、うぬぼれても良いのだろうか。
後から聞いた話だが、事実、このデビュタントでレオは他の女性と話をしなかったらしい。誰もダンスに誘わず、仲間の男友達とシャンパンを空けていたとか。
そんな一途なところもまた素敵、と噂されたらしい。顔が良いと何でも噂になるものだ。
「それにしても……」
何のトラブルも発生しない。これが乙女ゲーだったらレオ以外の男性が話しかけてきたりするものだ。
さらにもし、これが悪役令嬢ものだったら、私は扇子を口元で広げながらオホホと高笑いでもしなければならない。
貴方にレオは相応しくないわ、男爵令嬢ごときが、頬びんたバチーンみたいな。
……そんな気配はまったくない。和やかに式が進行されていく。考えすぎだったか。
「何も起きないんだけど、乙女ゲーじゃないのかな……何かフラグが必要だったかな……」
そんな誰かの呟きが聞こえたのは、式も終わりかけの頃だった。




