予想を超える美男子
未来の旦那様、婚約者ライオネル公爵。
たとえ先ぶれがなかろうと、応対しないという手はない。
「あぁもう、まだこの世界でどう立ち回っていこうかも分からないのにっ……!!」
独りごちるが仕方ない。基本方針だけ定めよう。
ずばり、好印象を持たせながら、今日はなぁなぁで終わらせる、これしかない!!
というかクラスの男子とも、そんなに話したことないので、この作戦をとるしかない。
すこし悲しくなった。
マリアは何も言わずに応接室へ私を連れていこうとする。いや、ここは訪ねよさらば開かれんだ。
「ねぇマリア、私はどう振舞えばいいのかしら」
「そうですね……正直に申し上げますと、私もテレジア王女が一体どういう状況なのか測りかねております。しかしながら、歩き方や佇まいを見させていただく限り、基本的なマナーは体に染みついているように思われます。今日は無難な会話をしつつ、自分に記憶があるかどうかを試していくのがよろしいかと」
うーむ、さすが冷静沈着なマリア。誠実で私にぴったりな回答だ。
心強い味方を得て覚悟ができたような気がする。女は度胸、どんとこいライオネル。
「ごきげんよう、ライオネル公爵閣下。お待たせして申し訳ございません」
不思議なことに私の体は完璧な礼儀で相手を出迎えていた。カーテシーというやつだ。一つ前テレジアに触れられたような感触がしたのもつかの間、肝心のライオネル公爵閣下様はきょとんとしておられる。何かを間違えていたわけではないはずだ。一瞬、幻のようにライオネルとの過去が頭に浮かび始めた。それはまるで、初めての出会いから今に至るまでが映画を見てきたように。私達はもっと気安い仲だった。ゆっくりと浮かび上がった言葉を優しく言葉に発した。
「レオ……? ごめんなさい、たまには正しい挨拶をしてみたくなったのよ」
「やっと、いつものように呼んでくれたな、テレーズ。体調は大丈夫かい?」
「ええ、体調はよくなったけど、少しまだぼーっとしているみたい……」
よっしゃ! これが正解だったみたいだ。
……ところで最適解を引いたらどうなるんだろう……?
ばれない様にレオの顔を覗き見る。
優しげだけど強い瞳が印象的だ。さらさらの金髪にしっかりとした唇。
視線を下げれば、どうだこの肉体は。服の上からでも引き締まった筋肉が見えるようではないか。
……恐らく、前テレジアは政略結婚と言えど婚約者のレオを好いていただろう。
それじゃあないと、今のこのときめきに理由がつかない。うん、きっとつかない。
ちょっとの戸惑いをレオに見透かされたのか、不安げな声が聞こえてくる。
「何か気になることでもあるんじゃないか? 悩みがあるなら俺が解決を助けよう」
「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう」
「無理に話せとは言わない。でも、テレーズの為なら何でもしたいんだ。力が必要ならいつでも言って欲しい。」
「レオったら、また」
うう、テレーズと呼ばれると、甘い響きが脳内にまで届くようだ。
「俺は本気だ。テレーズは人に頼るのも甘えるのも苦手だからな」
レオの笑顔が眩しい。でも、その眩しさを一身に浴びている自分がいる。やだ……この人、本当に私のことを心配している。
愛想笑いじゃない、男の人の真剣な瞳を直視しているなんて。私の頬が紅潮するのが分かる。
……駄目だ、完全に脳の回転がストップした。レオ、恐るべし。いや、私が恐れたのは、きっと違うこと。
「今日は顔を出しただけだが、次はお忍びで街を巡ろう。テレーズの馴染みの本屋で新しい魔導書でも探そうな」
「……ごめんなさいね、次に会うときはいつもの私になっていると思うわ」
この人の前で、記憶が曖昧なテレジアです、なんて、とてもじゃないが言えない。
「いつだってテレーズはテレーズさ。また会える日を楽しみにしているよ」
最後まで甘い空気を感じさせながらレオは帰っていった。去り際までクールな美男子だった。
……ふぅ~、顔が熱いぜ。まったくこれだから顔が良い男は。ただでさえ男に免疫がないから調子が狂う、狂った。
しばらく、ぼーっと突っ立っていると、マリアの声で現実に戻された。
「王女様、今日はお部屋で歴史を勉強したいとおっしゃって言っておりましたが、お茶をお持ちしましょうか?」
おおぅ、ナイスサポート過ぎるマリア。周りにはまだ他のメイドがいる。なんて配慮に満ちた声掛けだ。
「もちろん、もちろんよマリア。準備ができしだい、お茶を入れに来てちょうだい」
私がどんな世界に生きているのか、それすらも知らないと何も動き出せない。
レオともまともに会話できない。それをひどく残念に思っている私がいた。




