レオの衝動
テレーズが愛おしい。
自分よりも巨躯の相手に立ち向かう姿は、それだけで美しいというのに、ここまで強くなっていたなんて。
試合会場では、優雅な剣捌きで相手を翻弄するテレーズが笑みを浮かべていた。まだまだ余裕の様だ。
しかしながら、実戦経験の少なさと魔法の使いどころに癖がある。俺にしか分からない、僅かな隙。そう、俺にしか分からないのだ。強くなり過ぎた彼女の稽古に付き合えるのは俺しかいなかったから。
俺は、魔力が使えないことを嘆いていた君を知っている。それを隠すように俺と剣の稽古に励んだのも知っている。涙を堪えて魔導書を読みふける君を知っている。そして、絶望しながらも微笑みを絶やさなかった王女の気高さを知っている。
――5年前
「ライオネル様って、私と同い年なのに剣の天才って言われているらしいわね」
そういって俺の前に現れたのは、恐れ多くも王女テレジア様だった。
「私、今は魔法よりも剣術の腕を磨きたいんですの」
満面の笑顔で言ってきた彼女に、俺は嘘を見た。
誰にも話していない、俺だけの秘密。鑑定眼を超えた真実を見抜く青い目。
余りにもちぐはぐな言動に俺がたじろいでいると、彼女はそっと俺の顔を伺い見た。
可憐な女の子だ。剣を学ぶ必要なんてないだろうに。
「ね、お願いよ。私、本当に剣が好きなのよ」
これも嘘。正確には、これしかないと思い込んでる。王族でありながら魔力の発現がないのを恐れているのだ。
「王女様がそこまで言うのならば……しかし稽古とは言え手は抜けません、お覚悟を」
そうして、彼女は何度も、何日も俺の前に倒れ伏した。それでも真っすぐに俺を見据えてくる。同年代の女子とは思えぬ鬼気迫った顔だった。それが、鍛錬の後には、やはり笑顔を浮かべてくる。
「魔法の勉強よりも運動って気が晴れるわね、ライオネルに稽古を付き合ってもらえて助かるわ」
嘘が半分に減っている。それでも、俺はまだ半分も嘘を貫いていると感じた。手に豆を作りながら何度も地面に倒れるのが楽しいわけがない。
戸惑いながらの稽古はどんどん形になっていく。彼女の真剣さと言ったら、騎士の出の子どもよりも真っすぐだ。
次の日の稽古。俺は、敢えて魔法書を読みながら彼女を待ち受けて揺さぶりをかけた。無邪気な悪戯心だった。魔力がない彼女がどんな顔をするのか……好奇心が勝ってしまった。
「ライオネルは文武両道なのね、羨ましいわ」
俺は顔を伏した。彼女の、一瞬の苦い顔つき。青い目などに頼らずとも分かる、悲しみ、羨望、そして。
「私もいつか苦手な魔法を克服したいわ。でも、今日は稽古に付き合ってもらうわよ」
そして、最後に残った気高さ。嘘ではない。
「……テレジア王女様、今日は一つ賭けをしましょう。私が今日勝ったら、テレーズと呼んでもよろしいでしょうか?」
「そんなかしこまらなくてもいいのに、私もレオって呼ばせてもらいたいわ」
「いやいや、武門の子としては何事も勝ち取らなければならないのです、本気で行きますよ」
レオに勝てるわけないじゃない。そんな声を無視して模造の剣を構える。
これは生まれて初めての衝動。必ずや、目の前の姫を手に入れん。
そうして始まった、子供の、真剣な戦いの日々。綺羅星のような毎日。
――必ず君を救ってみせる。そう決意した私を置いてけぼりにして、魔力を獲得していたなんて。
「ふふ、想定通りにいかないことが、こんなにも面白いなんてな」
俺の人生は全てテレーズに捧げると誓った。いじらしく、健気で、芯が強い王女をこの手にすると決めたのだ。そう、彼女の心まで余すことなく。
そのために、わざわざ公爵位を継承したのだ。只の公爵家の長男では足りなかった、同年代の若き公爵閣下になって権力を持つことが重要だった。死に物狂いで父と剣を切り結んで手に入れた、この国有数の地位の高さ。
父との決戦後に、理由を話したら笑われたものだ。女一人手に入れるために当主を打ち負かすとは天晴、そのまま婚約でも何でも叶えてしまえ、と。
誰にも奪わせない。彼女は俺のものだ。
我がボーモン家は武門の家柄、欲しいものは力づくでも手に入れよ。
恋の苦しみなど知らぬ、星が遠ければ自ら掴みに行くだけ。
あぁでも一つだけ分かる、俺を一足飛びで超えていった彼女。
君にこの寂しさをぶつけよう。これは手加減できないな。
「楽しみだ。テレーズ、俺が本気を出せそうな相手になるとは予想もしなかったよ」
俺は、うっすら笑いを浮かべながら会場に赴いた。
決勝では、まず花束を渡してやろうか。目の前の雑魚は眼中になかった。




