第74話 異世界の異次元から異世界へ(その1)
ゲートランド城の執務室に、
玉座のグラッド王をはじめとする
重鎮たちが詰めていた。
緊張感が漂う室内で、
ルナの前に浮かぶ通信の水晶が眩く発光する。
ニノたちと常に念視で繋がっているルナが、
勢いよく声を上げた。
「グラッド王!……
ニノさんたちが『秋の精霊様』の救出と
呪術の解除に成功いたしました!」
「なに……ッ!?
本当か、ルナ殿!!」
グラッド王がバッと玉座から立ち上がる。
ルナは嬉しそうに頷き、朗報を続けた。
「はい! 三千年の呪毒をニノさんの
『参陣奏環』で完全に浄化し、
無事にお目覚めになられました!」
「ニノ殿!!見事だっ!!素晴らしいっ!!
(……え?『参陣奏環』……!?)」
歓喜に沸き立つ執務室の中で、
グラッド王だけがその言葉に目を見開き、
愕然と絶句した。
「(参陣奏環……!?
奏環の権能は、歴代の大調律師であっても
『弐陣』までが絶対の限界であったはず……!
参陣などという領域は、調律の歴史上、
概念すら存在せぬ神の領域……!
それをニノ殿は……三千年の呪詛を解くために
自力で至ったというのか……ッ!)」
世界の理を知り尽くす
グラッド王だからこそ理解できる、
ニノが到達した次元の異常さ。
人知を超越した大調律師の覚醒に、
グラッド王は全身に鳥肌が立つのを感じていた。
そして、
開け放たれた窓から城全体へと
歓喜の声が伝波していく。
「おお……!」
「秋の精霊様がご無事だと……!」
「やったぞ!
ついに三精霊のうち
お二方が戻られたのだ!」
城中を包み込む万雷の拍手と歓声。
長く暗い絶望に閉ざされていた世界に、
揺るぎない勝利への希望の光が
差し込んだ瞬間だった。
グラッド王は震える拳を固く握りしめ、
感銘と敬意を込めて窓の外を見つめた。
「よくぞ……
よくぞやり遂げてくれた、ニノ殿……!
これで残るは『春の精霊様』のみ……!
我らが冬の精霊に打って出る刻は、
すぐそこまで来ているぞ!」
一方、紅葉の神域——。
次元を切り裂く極大権能
『次元穿孔』
を発動させた秋の精霊は、
赤金の亀裂を維持しながら、
ふらっと優雅な身体を僅かに揺らした。
「秋の精霊様……!?」
照紅が慌てて支えようとする。
魔力自体は照紅から充填されたばかりで
満ち満ちているものの、三千年もの間、
史上最悪の拷問とも言える呪術に
蝕まれ続けていた身体だ。
病み上がりどころか
「史上最悪の呪術あがり」
とも言える極度の肉体的・精神的負荷が、
一瞬の眩暈となって襲ったのだ。
「……おほほ、
不甲斐ないところをお見せしましたわね。
ですが、心配には及びませんわ。
春の奪還、我が自ら先陣を切りましょう」
扇を構え直し、
気丈に同行しようとする秋の精霊。
だが、ニノがその前に優しく立ちふさがり、
静かに首を振った。
「秋の精霊様。
お気持ちはすごく嬉しいですが……
史上最悪の呪術から解放されたばかりです。
いくら魔力を充填したとはいえ、
お身体にはまだ大きな負担が残っています。
ここは僕たちに任せて、
次元の道を繋いでおいてくれませんか?」
「大調律師様……」
ニノのまっすぐで温かな気遣いの眼差しを受け、
秋の精霊はふっと緊張を解き、
諦めたように優雅な溜め息を漏らした。
「……ふふ、
大調律師様にそこまで言われては、
お言葉に甘えるよりほかありませんわね。
承知いたしました。
道は我が責任を持って繋ぎ続けましょう」
「ありがとうございます。
戻るときは念話で連絡しますね」
「ええ、いつでもお声がけあそばせ。
……みなさん、御武運を」
「アキちゃんも秋の精霊様の
そばにいてあげてね」
「はい!
ありがとうございます!」
アキちゃんが満面の笑みで頷くと、
ふと思い出したように、
石積島で出会った時に
秋の精霊を守ろうと大切に抱えていた
「不格好なダンボールの怪獣」を
ぎゅっと抱き直した。
自分を少しでも強く見せようと
一生懸命に作った、アキちゃんの
健気な決意の象徴だ。
それを見たニノは、
温かな眼差しでアキちゃんの頭を
優しく撫でる。
「そのダンボールの怪獣は
置いておいて大丈夫だよ。
もう秋の精霊様を脅かす敵は
ここにはいないし……それに」
ニノが振り返ると、
ザード、マリー、レイスの3人が
頼もしく胸を張って立っていた。
「俺たちの頼もしい仲間も、
ここにいてくれるからね」
「おうよっ!
この神域と秋の精霊様と宵咲様は、
俺様たちが絶対に指一本触れさせねぇ!
アキちゃんもそのダンボール怪獣と一緒に、
安心してここで待ってな!」
ザードがニッと笑顔を見せて親指を立てると、
マリーも腕を組みながら優しく微笑む。
「そういうこと。
あたしたち3人がついてるんだから、
アキちゃんももう無理に強がらなくていいのよ」
静かに影から歩み出たレイスも、
重厚な声で力強く肯いた。
「この地の防衛は我らに任せよ。
……背後は僕らが裁ち切ってみせるよ」
「みんな、ありがとう!
後をよろしく!」
仲間たちの頼もしい言葉に背中を押され、
ニノたちは覚悟を胸に
『次元の狭間』へと飛び込んでいった。
秋の精霊が見守る中、
ニノ、エルザ、カゲロウ、そして照紅の4人は、
覚悟を固めて赤金の亀裂——
『次元の狭間』へと飛び込んだ。
ルナの念話が、
ニノたちの意識の奥で寄り添うように響く。
『ニノさん、みんな……
念話は繋がっています!
気をつけて……!』
しかし!——次の瞬間!
「……ッ!? 重力が……
え、嘘でしょ!?」
「きゃあああああっ!?
落ちてるっ!?」
次元のトンネルを抜けた瞬間、
4人を包み込んだのは
恐ろしい虚空の冷気などではなく、
心地よい風と眩い日光であった。
そして眼下に広がっていたのは、
見渡す限りの澄み渡る青空と、
見たこともない巨大で壮麗な
「どこかの国の城」
あろうことか4人は、
そののどかな城の真上の
上空数千メートルから、
地面に向かって一直線に
大落下していたのだ!
「——『壱陣奏環「風」』」
落下する猛烈な風圧の中、
ニノが澄んだ声で呟き、
静かに手を差し伸べる。
「——『疾風浮界』」
シュァァァァッ……!!
4人の身体を優しく包み込んだのは、
密度の高い温かな風の層。
まるで目に見えない巨大な
「風の絨毯」に乗り渡されたかのように
落下の衝撃は一瞬でやわらぎ、
全員がふわりと柔らかく、
城の広大な正面広場へ舞い降りた。
「ふぅ……間一髪でしたね。
みんな、怪我はない?」
着地と同時にニノが振り返る。
「かたじけないでござる。
ニノ殿…で、ここはどこでござるか?」
刀の柄を握り直したカゲロウが
呆然と周囲を見回せば、
服を整えながら立ち上がったエルザも、
正面にそびえ立つ圧倒的な
大城門を見上げて眉をひそめた。
「次元の狭間に飛び込んだはずでは?
どこかの国の『城の正面広場』に
落ちたように見えますが…?」
「……エルザ殿の言うとおりでござる。
だが空間の気配そのものは、
間違いなく次元の狭間のそれでござる。
それに拙者、こう見えても忍者。
ゲートランドの全ての城を知っておるが、
このような城は初めて見た。」
カゲロウが周囲に鋭い警戒を走らせる。
照紅も胸元に手を当て、
息を呑みながら
見上げるほど巨大な城門を見上げた。
「……たぶんやけど、
ここが次元の狭間で間違いないのなら
『かつて呑み込まれたどこかの世界』
が中に存在しているのかもしれん…」
と、照紅が呟く。
「確認してみようか…精霊様聞こえますか?
秋の精霊様?…あれ?
ルナ、聞こえるかっ?…
ルナっ!?秋の精霊様!?」
ニノが念話を行うが、
念話の波長すら途絶えてる。
その時、
ズズズズ……ッ! ギギギギギ……ッ!!
正面に立ち塞がる重厚な大城門が重い咆哮を上げ、
ゆっくりと左右に開かれていく。
「各々方、 敵襲かもしれぬっ!
戦闘態勢をっ!」
カゲロウが瞬時に刀を抜き放ち、
エルザとニノも一斉に構えをとった。
だが——
門の奥から怒涛の勢いで雪崩れ出してきたのは、
恐ろしい魔物でも冬の軍勢でもなく、
甲冑を着た騎士や豪華な衣装の臣下たち、
そして大勢の民衆であった!
「……え!?」
ポカンと口を開けるニノたちの目の前で、
なだれ込んできた数百人の人々が
一斉にその場へ勢いよくひざまずき、
地面に頭を擦り付けた!
「「「おおお……ッ!!
召喚に応えてくださった!
異世界より『勇者様方』が
降り立たれたぞぉぉぉッ!!」」」
ドッと沸き起こる大歓声と、
視界一面の土下座の光景。
「……は??
ゆ、勇者……!?」
「秋の精霊様!!ルナ!!
頼む繋がってくれっ!!
意味がわからなすぎるっ!!」
念話の波長すら途絶えた見知らぬ空の下で、
ニノもエルザも照紅も、あまりの出来事に
完全に思考がフリーズしていた。
「一体……
どうなってんだーーーッ!?」
ただコハルを助けるのでは面白くないと判断しまして…
判断したのは誰って?
私…であるような…ないような…感じです。





