夏のフェアリー
「ウチはそこの神官さんにゆーとんねん!」
夏の音叉の声が場内に響き渡った。
シルエッタは困った。
サ―マリアで夏の音叉を手に入れた時、
『夏の星脈調律師』になってもいいと確かに言った。
しかし、その時と今は事情が異なる。
いまだととカゲロウがあまりにも不憫である。
「うーん……」
額に指を当て、困惑の表情を浮かべるシルエッタ。
その様子を「拒絶」と受け取ったのか、
夏の音叉が焦ったように意地の説得に入る。
「大丈夫! さっきは精霊様に一生仕えるとか
そこの王様気取りが勝手にゆーとったけど、
実際はシフト制みたいなもんやから!
ほぼ何もせんでええよ! 形だけ、
形だけやから!」
「音叉殿!」
グラッドの声が、王の間に重く響いた。
調律師とは、
そんな軽い言葉で誤魔化せるような代物ではない。
命をかける覚悟すら必要な、
世界の命運を左右する重責なのだ。
グラッドが制したのは、決して「王様気取り」と
言われたことに腹を立てたからではない。
音叉の苦しい嘘と焦りを、見過ごせなかったからだ。
だが、グラッドが言葉を続けるより速く——
「音叉殿、嘘はいかんでござる!」
カゲロウもすぐさま反論の声を上げた。
顔面を蒼白にし、
己の『不整脈』を『注視』しかけていたショックから
どうにか立ち直り、まっすぐな瞳で音叉を見つめる。
「調律師は一生を捧げる崇高な使命でござる!
シルエッタ殿もそこをよく考えてくだされ!」
『(やかましいわ! アホが! お前は黙っとれ!)』
……という罵声が飛んできても
おかしくない勢いだった夏の音叉であったが……
「…………」
音叉からの怒号は飛んでこなかった。
カゲロウの放った『崇高な使命』という言葉を聞き、
音叉は小さく光を減衰させ、静まり返る。
「……ごめんなさい。
ちょっと、余裕がなかったな」
ぽつりと漏れ出たその声には、
先ほどまでの威勢の良い関西弁の
ツッコミ気質は影を潜め、
どこか痛々しいほどの疲弊が滲んでいた。
…それもそのはずだった。
長い間、夏の精霊様も、
そして命を分け合う夏の星脈調律師も不在の中、
この音叉はたった一つで耐え続けてきたのだ。
幸か不幸か、サーマリアのギルド長の部屋に
安置されていたため、『世界の情勢』は
逐一情報が入ってくる環境にあった。
※『北の宿場街が、冬の軍に滅ぼされただと?』
※『西の地方は冷害のため、
かつてない食料不足だ。至急援助物資を!』
※『ついに南の山脈にも雪が降ったとよ!』
※『ゲートランド城の国王が、冬の精霊に加担していたらしいぞ』
※『昨日採用したギルドの受付職員、今日辞めるって連絡が…』
耳を塞ぎたくなるような凄惨な報告が日々届く。
世界が冬の猛威に侵食されていく恐怖と、
何もできない己の無力さ。焦燥感。
抱えきれないほどの絶望に押し潰されそうになり、
泣きたくなるのをずっと耐えて、耐えて——
やっと、ここまで来たのだ。
だからこそ、真剣に、確実に、この世界を救ってくれる
圧倒的な包容力と聖なる魔力を持つ者……
シルエッタにすべてを託したかった。
王の間に、しんとした静寂が広がる。
音叉の背負ってきた果てしない孤独と歴史の重みが、
その沈黙を通して静かに伝わってくるようだった。
「……音叉殿」
カゲロウが、低く静かな声でつぶやいた。
彼はゆっくりと歩み寄り、己の愚かな勘違いの証——
『夏の不整脈注視』と刻まれた木の短剣を拾い上げる。
「拙者も未熟であった……
己の敗北の恥を挽回したいがため…
……調律師という重責を軽く見ていたのは、
拙者の方でござるな」
カゲロウは短剣をぎゅっと握りしめ、
音叉に向かって深く、深く頭を下げた。
「拙者は調律師にはなれぬ……だが、
拙者の命は『常夏衆』の忍者として、
夏の精霊様と夏の音叉殿、
そして新たに調律師となるシルエッタ殿を
守るためにこの命を捧げよう!!」
「カゲロウさん……」
シルエッタは胸を打たれたように目を細め、
それから優しく微笑んだ。
彼女は静かに一歩を踏み出し、
宙に浮く『夏の音叉』へとそっと両手を伸ばす。
「シフト制でも、一生でも
……どちらでも構いませんわ」
豊満な胸元に音叉を優しく
抱きかかえるように包み込む。
シルエッタの体から溢れ出す温かな聖なる魔力が、
傷つき疲弊していた音叉の波動を穏やかに包み込んでいく。
「私でよければ、お引き受けいたします。
……もう、一人で耐えなくても大丈夫ですよ」
『……神官さん……』
音叉が、ふっと温かい金色の光を放った。
先ほどまでの刺々しさは完全に消え去り、
そこには確かな絆と信頼が芽生えていた。
「よし!
これにて『夏の星脈調律師の儀』は完了だな!」
グラッド国王代理が力強く頷く
「これで『夏の精霊様』が救出された際の受け皿……
即ち、魔力を送り続ける態勢は整った!」
グラッドは表情を引き締め、
重厚な声を王の間に響かせた。
「エルザを救い出し、冬の脅威を退けるためにも……
何としてでも『夏の精霊様』の幽閉場所を探し出すのだ!!」
「「「おーっ!!」」」
◇
『夏の星脈の儀』が終わり、
王の間の喧噪から少し離れた廊下。
「音叉殿、ちょっといいでござるか?」
カゲロウが静かに音叉へと歩み寄り、低く呟いた。
「なんや? 気が早いやっちゃなぁw。
今晩の宴の余興の相談かいな?
ウチの特技は『春の音叉のモノマネ』!」
「音叉同志の飲み会で
外したことの無い鉄板ネタやで!」
どっちが気が早いのやら……
しかし、長年の孤独や重責の念から解放され、
はしゃぎたくなる気持ちはよくわかる。
「先に言っておかなければならないことがあるでござる」
「なんやいな?」
「シルエッタ殿のことでござるが」
神妙な面持ちのカゲロウだが、
相手は神官なのだ。
めったなことはあるまい。
「神官さんに、何かあるんかいな?」
『拗ねたカゲロウの戯言』……
そう思っていた時期が、私にもありました。
「実はあのお方……『時空魔導士』でござる」
「……はっ?」
「神官ではござらん……時空魔導士で……」
「マジでっ!!??…………うーん……」
「音叉殿? 音叉殿?? しっかりなされよ!!」
それを先に言わんかい……
薄れゆく意識の中で音叉は思った。
伝説の「時空魔導士」が「夏の星脈調律師」になれば、
精霊をも上回る力を持つ存在になる可能性すらある。
地脈と時間を操り何でもできるのだ。
([再]それを先に言わんかい……)
ありえない状況に混乱し、気絶した音叉は
魔力を保っていられなかったのだろうか。
空中に浮いていたがユラユラ地面に落下する。
そして、フシュ〜……と光が弾けると、
金属の音叉は姿を変え、
小さな羽の生えたフェアリーの姿となった。
「……なぬっ!?
音叉殿の実の姿はフェアリーでござったか?」
……なるほど、そういうことでござるか!」
夏の音叉の正体は初めて知ったが、
もし本当に「音叉同志の飲み会」が存在するのなら、
金属の塊が並んでいるより
フェアリーの姿の方がよほどしっくりくる。
カゲロウは一人で妙に納得していた。
とにかく!
「(これからは、音叉殿と
シルエッタ殿をお守りせねば……!)」
手の平で目を回すフェアリーを見て
カゲロウは一人熱い誓いを立てる。
……が、
「[再々]それを先に言わんかい……アホが……」という
フェアリーの力強い寝言が響き、
「これでも一番早いタイミングで
あったでござるよ……」と、
一気に気まずい気分になるカゲロウであった。
◇
一方その頃——。
「……すごい」
地下通路を南下してきたニノ達の視界が、
突如として大きく開けた。
頭上に広がる大空はなく、
代わりに怪しくも美しいほのかな光を放つ
巨大な鍾乳石が天井一面を覆っている。
その広大な洞窟の底には、
地下とは思えぬほど広大な街並みが広がっていた。
「噂には聞いていたが、
すごいとしか言えないけぇ……」
照紅は思わず立ち止まり、感嘆の声をあげる。
薄暗い洞窟内に立ち並ぶ石造りの建物群、
地熱を利用した煙突から立ち上る白い煙、
増築を繰り返したような迷路状の街並みと行き交う人々。
地下都市『ローアン』。
地上からの脅威を逃れ、
独自の発展を遂げたその都市へ、
二人はに辿り着いたのだった。
夏の精霊は全て青色です。服も髪の毛も全部。
今、Hなこと考えた方。
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