15-2 禁呪(その2)
「ハーーーハッハッハ!!
見事に呪いを解いてみせたな!
だが、それがお前の命取りよ!!」
王の間の玉座の陰から、
グレーネの耳障りな高笑いが響き渡る。
「万が一、エルザとルナ、
片方でも呪術が解除された時に発動する、
もう一つの禁呪――
それこそが、時空を穿ち世界の外へと
追い落とす『異世界追放』の術式よ!!」
「しまっ……た……! 解除そのものが、
起動の引き金だったのか……っ!」
ニノは歯噛みした。
彼が星脈の命流を操り、ルナにかけられた
氷呪術を完璧に書き換えて解除した瞬間、
その術式の崩壊エネルギーをトリガーにして、
裏に潜んでいた『追放』の術式が自動的に、
そして不可避に起動してしまったのだ。
どれだけニノの魔力に余裕があろうと、
書き換えに成功したという「結果」そのものが
起爆剤となっている以上、この発動を止める術はない。
ニノの身体が、足元から徐々に光のノイズのように
半透明になり、この世界から消失しかけていく。
その光景を見たグレーネは、己の策略の完璧な成就に、
その醜い顔をこれ以上ないほど歓喜に歪ませた。
「は……ははは、
やった。天災を葬った!!」
グレーネは狂ったように天を仰ぎ、
耳障りな笑い声を王の間に響かせる。
「これでこの前の失態もチャラだ!
冬の精霊様にお褒めの言葉をいただける!
我の成果だ!!
我が、あの人間どもを出し抜いて
やったのだァァァハハハハ!!」
狂喜乱舞するグレーネの声が、
光に包まれゆくニノの耳に届く。
ねじれる視界の向こう側――
次元の裂け目の闇に、
冷徹な微笑を浮かべてこちらを
見下ろす影があった。
(あ、あいつか……
魔力の流れの桁が違いすぎる……っ!)
そこにいたのは、
全てを裏で操る四天王ジゼルの姿だった。
グレーネはただの実行犯。これほど狡猾で、
世界そのものを揺るがす二重呪術の起動エネルギーを
裏から莫大に注ぎ込んでいた真の供給源は、
四天王ジゼルだったのだ。
「ニノ殿――ッ!!」
異変に気付いたカゲロウが手を伸ばすが、
ねじれる空間そのものが拒絶し、
触れることすらできない。
黒幕の正体をその目に焼き付けたニノは、
残された最後の力を振り絞り、
カゲロウに向かって絶叫した。
「来るなカゲロウ! 逃げろ!
ここにいたらお前まで消される!!
まずはグラッドだ! ゲートランド王城へ戻れ!」
「くっ……そたれがぁぁぁーーーッッ!!」
カゲロウは歯を食いしばった。
怒りに任せてグレーネに突撃すれば、
確実に自分も巻き込まれて全滅する。
今ここで自分が死ねば、
残されたルナは誰が守る?
エルザは誰が連れ戻す?
ニノのあの決死の叫びを、
無駄にするわけにはいかない。
「う、あああああッッ!!」
カゲロウは溢れ出る涙を拭うこともせず、
悔しさに顔を歪めながら、
全力で撤退すべく激しい地蹴りを見せた。
ニノの意志を継ぎ、生き延びるために。
親友の泣きながらの決断をその目に焼き付け、
ニノの意識は完全に暗黒の深淵へと叩き落とされた――。
重力という概念が消え去った無限の暗闇。
ニノの身体は、光の届かない虚無の中を
どこまでも落下していく。
(……ああ、この感覚。知っている)
脳裏に、あの日の記憶が鮮烈に蘇る。
あのときも、俺はこうして真っ逆さまに落下していた。
あの時は、どこまでも澄み切った青い空が広がっていた。
顔を打つ風は冷たくて、どこか新緑の匂いがした。
下を見下ろせば、息を呑むほどに美しいエメラルドグリーンの森と、
地平線の先まで続く広大なファンタジーの大地が広がっていて、
得体の知れない恐怖と同時に、どこか高揚感があった。
だが、今は違う。
暗闇を突き抜けたニノを包み込んだのは、
狂ったような熱気と、肺を不快に満たす
不衛生な排気ガスの匂いだった。
顔を打つのは爽やかな風ではなく、
アスファルトの照り返しを含んだ、
妙にぬるくて生暖かい、
まとわりつくような空気。
眼下に見えたのは――
美しき自然の大地などではなかった。
冷徹にそびえ立つ、
巨大なガラス張りの高層ビル群。
太陽の光を無機質に反射する、
コンクリートと鉄の檻。
無数の人々がアリのようにひしめき合い、
互いに目も合わせずに行き交う、
あまりにも灰色で、
泥臭いスクランブル交差点。
「ぐ、あぁッ……!!」
ドサッ!!!
激しい衝撃と共に、
ニノは硬いアスファルトの地面に叩きつけられた。
全身に走るコンクリートの鈍い痛み。
耳を劈くのは、風の音ではない。
『〜♪~家電のことなら!ノダ電気!~♪』
『あはは、ウケる〜! マジで?』
『ププーーーッ!!どこ見てんだっ!?死にてーか!?』
見上げるニノの目に映ったのは、
そう、渋谷スクランブル交差点。
無数の人間がスマホを片手に行き交う、
見慣れすぎた、あの「現実」の光景だった。
「えっ……!?
ここは……渋谷!!??」
呆然と立ち尽くす。
カビ臭い古城の気配も、カゲロウの叫びも、
コハルの光の粒子も、ここには何一つ存在しない。
「う、そだろ……。
俺は消滅しなかったのか……?
なんで、戻ってきちゃったんだよ……!!」
異世界に残されたカゲロウは、
エルザはどうなる。
ルナは救えたのか。
ジゼルのあの圧倒的な魔力に、
カゲロウ一人で立ち向かえるわけがない。
悔しさと絶望で、
ニノはアスファルトに拳を叩きつけた。
何度も何度も……
「ちくしょう!!」
「ちくしょう!!!!!」
「ちくしょう!!!!!!!!」
「――ちょっとぉ。
なにマジで凹んで座り込んでんだよ!
そんな暇ないっしょ!?☆」
雑踏のざわめきを切り裂いて、妙にドスの利いた、
だけどテンションの高いギャルボイスが響いた。
ニノがハッとして顔を上げると、
人混みを優雅に割って、
高級な着崩した羽織を纏い、
高下駄を鳴らしながら
歩み寄ってくるド派手な女性の姿があった。
その後ろには、明らかに堅気ではない、
黒スーツの男たちが数人控えている。
「え……? あんた、誰……?」
あまりの威圧感に、ニノは思わず後ずさる。
女性は指先で煙管を弄びながら、
ほんの少しフッと不敵に笑った。
「ウチは『玩秋組』(がんしゅうぐみ)組長。
『霜月 照紅』(しもつき しょうく)
みんなからは、
略して『ししょう』って呼ばれとるけぇ。
よろしゅう頼むけぇのぉ」
霜月照紅最高やで。この後から。




