17話
「お茶淹れてきました。紅茶、大丈夫ですか?」
新居に移り、新しく増えた家具の一つであるソファーに座るトーマの元に、お盆を持ったリンが近づいていく。その上には湯気を上げているカップが二つ。ほのかな甘い香りが備考をくすぐるが、紅茶の知識など皆無なため、銘柄などは全く分からなかった。
(まあ、飲めれば、なんでもいい。毒よりは万倍いい)
「……大丈夫」
「分かりました、ではどうぞ」
「……いただきます」
「いえいえ、こんなの、スキルを使えば一瞬ですし」
そして二人はカップを手に取り、一口すする。
「ッ!!」
リンはすぐに、この紅茶が失敗作であることがわかった。
まず薄い。あの酸味がかった甘味がかけらも感じられない。まるで50個入りくらいのお徳用パックの紅茶を、さらにぞんざいに扱ったような、ほとんど水と変わらない味。そして何より、温度が微妙すぎる。ぬるいとまでは言えない、でももうちょっと熱い方がいい。温めなおしたいが、そんなアイテム持っていないし、まずスキル熟練度が失敗の原因なのだからアイテム自体ないかもしれない。
はっきり言って、最悪だった。
「す、すいません! こ、これ、美味しくないですよね!? すぐ下げますね!」
リンが自分のカップとポットを盆の上に置き、盆を持ってトーマの方へと近づく。
しかしトーマは首を横に振った。
「……別に、いい」
「でもこれ、多分失敗作で……」
「……出されたものは、全部嬉しい。文句など、あるわけもない」
トーマさん、とリンは嬉しさと申し訳なさを滲ませた声を漏らした。
実際のところは、紅茶をほぼ飲んだことがないトーマにとって味の違いなどわかる訳もなかっただけだったのだが、リンはそれを都合よく解釈し、勝手に自分の作る物なら文句はないと言ってくれていると思い込み勝手に自分の存在価値を見出し勝手に顔を赤らめ勝手に恥ずかしそうに盆をとってうつむきソファーに座り直した。なんとも勝手な奴である。
反応の意味が分からなかったトーマは首を傾げるが、話を進めることにした。
「……それで、これからの予定だけれど」
「……は、はい! なんでしょう!?」
「? ……月が満ちるまで、あとどれくらい?」
「えっと。確か、あと一週間ほどだったかと」
ありがとう、とトーマは言った。そして軽く話をまとめて、今回の本題へと進んでいく。
「……一応、リンも強くなった。多分、初心者には、もう負けない。でも、まだ不安」
「私がいうのも間違ってますが、確かにまだ私は強くありません。トーマさんの言葉は嬉しいですが、初心者に勝てる程度では、多分力不足でしょう」
「……その通り。まだまだ、リンは弱い。中堅にはまだまだ食い込めない」
トーマの鋭い舌鋒。リンは顔をしかめながらも、その言葉を受け止めて深く頷いた。
トーマが言葉を続ける。
「……だから、ここからちょっと離れたところにあるフィールドで、一気にレベリングする」
「今までのレベリングを続けるわけじゃないんですか? ……もしかして、今までのよりもさらに厳しい……?」
トーマが言おうとしていることを察し、リンは震え上がった。
今まで行ってきたレベリングも厳しかった。疲労度ギリギリのラインを見極めてトーマは休憩を入れるため、毎度毎度ヘロヘロになるまで戦わされるのだ。おかげで早寝早起きの習慣がついてなんとなく健康的になった気はするが。いやそんなことはどうでもいいのだ。とかく、これ以上厳しい特訓となると、最早本能的に怯えてしまいそうになるレベルなのだ。
「……俺たちの間では、クエストマラソンって呼ばれてる。意味は、そのまま」
「よ、ようするに、いくつかのクエストを、何度も繰り返すとか……?」
「……察しがいい。だいたいその通り。今までのレベリングは、このクエストマラソンをする為に必要なレベルを稼ぐため。むしろ、レベリングはこれからが本番」
あ、あははは、とリンは笑った。しかしその中に嬉しそうな色や楽しそうな雰囲気は塵も見えず、ただ乾いた声がどこかへ上滑りしていく。
「……」
「……」
しばらく向かい合う二人。
やがて、リンが口を開いた。
「……遠慮しては「ダメ」……うぅ。あれ以上厳しいのなんて、私モンスターと戦う前に過労死してしまいますー!」
「……そんなことはない。この街に来た人間は、だいたいこれをこなしてる。……その後丸一日は動けなくなってるけど」
「遠慮させてくださいぃぃぃぃぃ!!!」
強くなりたいはなりたいけれども。取り戻したい物もあるのだけれども。しかしあまりに代償が多すぎやしないだろうか?
あれ以上の戦いを求めるなんて、なんてトーマは厳しいんだ。リンは今までの好感度から一転、余裕綽々の高圧的プレイヤーに印象をがらっと変えた。だがおそらく、数分したら落ち着いて好感度も戻るだろう。リンはその場その場で感情が変わりやすい思春期の子供らしい性格なのだ。勝手なのもそこからきているのである。
抗議、というより駄々こねにしか見えないリンの行動にため息をつきながら、トーマはソファーから立ち上がり、
「……先に、待ってる。ある程度はアイテム持ってくけど、いざというとき、頼れるのはリン自身。準備、万全に」
そう言い残して、トーマは家を出た。
「……時間が、なくなってきてる?」
トーマは自分の手のひらを見ながら呟く。
前兆はなんとなく感じるのだ。
だから、急いで話をまとめて、批判されるのも構わずに、リンの視界から消えるように動いた。
人の気配はない。索敵スキルには反応がない。おそらくだが、周りに人はいないようだ。
見られていなかった。トーマは安堵のため息をつく。
「……」
トーマの手のひらが、消えていた。
物語の根っこを、ラストにチラリとお見せしました。
トーマは過去に、その身になにを受けてしまったのか? 乞うご期待!
ち、違う! 文字が今回も足らなかったからインパクトのある場面でごまかそうとか、そういうのじゃないから!
次からは地獄のクエストマラソン編になるか全カットで天使の施し編のどっちかですー
多分後者




