春祭り 1
朝食前の静かな時間。ルイカは机で、わたしはテーブルで本を読んでいた。
ひと月と少し前、最初の朝から数日経ったあと。勇気を出して朝早くから勉強しているルイカに声をかけた。
すると、いつもと少し違うような、穏やかな表情でこの部屋にいることを許してくれた。身支度をする時間になった頃にはいつものルイカだったけど。
それからほとんど毎日、朝の時間を二人で過ごしている。
「春祭り、楽しみだね」
「僕はあまり」
「君らしいね」
文章を目で追いながら、短い言葉をたまに交わす。わたしの話を聞いてくれるのが嬉しい。
……春祭り。女神と旅の神の出会いと春の訪れを祝うお祭り。詳しくは今日のお昼ごろお話があるけど、巫女にも役割があるみたい。
たくさん露店が出て、いろいろな催しがあって、暖かい春が来た喜びでいっぱいのお祭りなのだと、セーマさんが教えてくれた。
いつもの年より遅い時期に行われるのは、わたしたちが巫女になったばかりだったのを考えてのことらしい。
「あ、そろそろご飯の時間だね。降りようよ」
「分かった」
ぱたんと本を閉じる。
一足先に席を立った君の机には文字で真っ黒なノートが残っていた。
***
「さて。お集まりいただきありがとうございます」
会議室には祭司様ではなく、”芽吹きを尊ぶ人々の会”という神殿の下につく組織の人が待っていた。
「あら、祭司様ではないのですか?」
セラが微笑みながら聞いた。
「はい、春祭りについては大切な女神と神の出会いを祝うお祭りではありますが、皆様が行う劇自体は直接の儀式ではなく市民に楽しみをもたらすためのものですので」
とはいえ、これからの恵みを願う儀式も開会の際に行われますが、そちらについては祭司様からの説明があるかと。と付け加えていた。
「劇?」
レーチェが首を傾げた。
「はい。豊穣と癒しの女神と、彼女が最後に愛した、旅と季節の神の出会いを模したものです。と言っても台詞は無く――」
「失礼します。ティトラスですが、入っても構いませんか?」
ティトラスだ。どうして彼が?
「はい、どうぞ」
「どうしてティトラスが来たの?」
「お邪魔でしたか?」
ララが不思議そうな顔をしている。そっか、リリも呼ばれているなら二人がその情報を共有していないはずがない。だから、守護魔術師皆が呼ばれているわけではないはずだと思う。
「彼には今年の旅の神役を演じてもらうことになりました」
「あら、まあ。意外です」
セラが少しからかうようなしぐさを見せる。
「セラ、よく似合うの間違いだろう?」
「ええ、似合うとは思いますが。驚いてしまって」
一見仲の良い二人に見えるけど、どこか探りあっているような奇妙な感じがする。多分うまくやってはいると思うけど……。
「毎年魔術学校の学生にお手伝いいただいているのです。今年はティトラス・パレー様にお願いしようと皆で決めたのですよ」
「守護魔術師は関係ないのですか?」
ノイラが慎重に尋ねる。万が一関係があった時には滅茶苦茶なことになるぞ、いう本音が言葉の裏に隠れているような気がする。彼女とキャトラの関係性を知っているからこその気にしすぎなのかな。
「はい。守護魔術師の皆様は春祭りでの役目は特にございませんので、行動を同じくしてもらう以外には。でも……そうですね。強いて言うならこのお祭りを楽しんでいただきたいと思っています」
ちょっとほっとする。ルイカはあまり得意じゃなさそうだったから、人の前に立つのは負担が重いだろう。
「……ティトラスが神様なら、女神様もいないと。誰なんですか……?」
コルネーヤが小さい声で聞いていた。会の女性は微笑む。
「もうすでに話は通していますよ。セラこそが、と。皆様のまとめ役のようにも見えましたから、ぴったりではないですか?」
「……うちじゃなくてよかった」
「コルネーヤの助けになれたようで何よりです」
いたずらっぽい笑みをセラが浮かべた。魅力的な人だと、いつも思う。
「でも巫女は七人よ?」
ララが興味津々といった様子で会の人に聞いている。確かに。
「そうですよね。私たちもそれが分からなくて。女神の娘は六人だったという言い伝えが残っている地域もありますが……」
場所が違うと伝わる話も違うみたい。面白いな。
「へえ……私の住んでた場所じゃどうだったんだろ。今度いろいろな地域の神話を調べてみよっと」
「ええ、神々について知ることは大切なことです。感心しますわ」
ララの様子は神様たちへの信心深さというよりは、好奇心に見えたけど。
***
「まずは協力してくださる街の少女たちが舞台上で舞って……」
大きな紙を貼って説明してくれる。
「協力?」
レーチェが聞く。
「はい、当日飛び入りで参加していただく催しです。伝統的な衣装も用意するのですがすぐになくなってしまって。持ち込む子が多いですね」
「飛び入り。飛び入りですか。断ったりは」
「当然、衣装がある限りお断りなんてとんでもない」
ノイラが苦笑いする。何事かを警戒しているようだった。
「続きまして彼女たちが横にはけて巫女の皆様が一人ずつ神役であるティトラス様と踊る運びになっていますよ」
踊る。踊る。なるほど。……わたし、そんなこと、したことがないと思う。きっと昔も合わせて。
「うち、そんなことできない。やったことないし……」
コルネーヤが泣きそうな声で言った。気持ちが痛いほどわかる。
「ご安心ください、それについては講師をお呼びしますから。それに、一人当たりの時間はそんなにないですよ」
「そうですよ、私に比べればまだと思ってくださいな」
セラが励ましている。私に比べれば?
「はい、女神――つまり、セラとの踊りが主題ですからね。あくまで神を歓迎するという表現です」
「どんな踊りをするのかしら?」
レーチェが手を挙げて尋ねた。説明してくれていた女性は、こまごました準備をしていた女性を呼ぶ。
「このように。特に変わったことのない、普通のものですよ」
慣れた様子で彼女は相手と踊ってみせた。近い、気がする。接触範囲が広い気もする。気のせいだよね?
「きゃー! なんていうか、ティトラスが相手だと余計お姫様みたいね」
ララがはしゃぐ。
「リリとも踊ってあげてね。暇な時でいいから!」
「勿論」
ティトラスは親しみを込めた笑みを浮かべた。こんなときだって、リリを忘れないのがララの素敵なところだと思う。
そう温かい気持ちになった後、改めて自分の置かれた状況を考える。踊ること自体は楽しそうだ。
でも、なんだろう。練習とはいえ、いきなりは緊張する。どんなものかを表面だけでもなぞってから練習に参加したい。それこそティトラスに頼めばいいのかな。
多分彼なら教えてくれると思うけど、今は忙しいかも。主役の一人だから。そうなると……。




