はじめての学校 3
ざわざわと学生たちが食事をとりながらお喋りをしている。キャトラの提案でブラウスとスカートを借りてきて、本当に良かったと思う。
これまで着ていたような白い簡素なドレスだと余計目立ってしまうだろう。そうだ、今度見に行きたいな。どんな服にしよう。淡いピンク? 深い藍? ちょっと軽めの黒でもいいかもしれない。
「ルイカ、わたしってどんな服が似合うと思う?」
「急にどうしたんだ」
講義室が明るくなってからはさっきの表情はただの見間違いだったのだと思ってしまうほど、普段と変わらない様子だった。
でも見てはいけないものを見た気がして、うまく話しかけられない。だから、これくらい軽い会話のほうがちょうどいいのかもしれないと思って。
「好きな女の子の服でもいいよ」
ちょっと気になったから、付け加える。そもそも男の子って女の子がどんな服を着ているとうれしく思うんだろう? わたしが男の子が着ているとうれしい服……は難しいな……似合う服が一番近いのかも。その人のあり方がよくわかる気がする。
……男の子に限らない話になってしまった。
「……姉さんみたいな服装だと目のやり場に困る」
「好きなのは?」
少しずれている答えだと思って聞き返す。考えている。
「難しいな。考えたことがなかった」
答えのヒント、そのかけらも見つけられなかったのか肩をすくめた。確かに、かなり難しい問題だ。これに即答できる人は相当その服装をした子が好きなのだろう。
「わたしに似合う服は?」
「今着ている雰囲気の服」
あまりにすぐに答えが返ってくる。適当? と返しそうになったけど、もしかしたら本当にそう思ってくれているのかもしれないと思い直してやめておく。それで実際に適当だと言われたらちょっと悲しいし。
「今度買い物についてきてくれる?」
「暇があれば」
「うん、お願いします」
そう話しているうちに、どんどん食事が冷たくなっていくことに気づいた。慌てて口に運ぶ。わたしは食べるのが遅いほうだから、お喋りに夢中になっていると余計時間がかかってしまう。
ルイカはもう食べ終わっていた。いつの間に食べていたんだろう?
***
次の教室へ向かっていると、人だかりが見えた。ほとんどが女子学生だけど、男子学生も集まっている。ルイカは通り過ぎようとしたけど、わたしは気になって人だかりの先を覗こうとした。身長が足りなくてよく見えない。
「何やってるんだ」
「ごめんね、何があるのかなーって」
見てくる、と言うとルイカは一人中に入って行って、すぐに戻ってくる。やっぱり、きっと優しい人なのだと思う。
中心は女の子とティトラス・パレーという名前の男の子だったそうだ。女の子は制服じゃなかったから巫女だと思うと付け加えて。
ルイカが会ったことがない巫女。ということはセラだと思う。大人っぽくてとてもきれいな女の子。蜂蜜色の髪の。
「じゃあ、セラだと思うよ。昨日遅くて夕食に間に合わなかった子」
「そっか」
「ティトラスってどんな人なの?」
あんなに学生が集まっていたということは、ティトラスには何かあるのかもしれない。単に、セラが珍しかっただけかもしれないけど。
「ティトラス・パレーは代々魔術騎士団の団長を務めているパレー家の長男だ。彼が跡を継ぐのはほぼ確実視されている。名ばかりじゃなくて実力も伴っているとなれば周りは異を唱えることもできないと思うな」
「すごい人なんだね」
「……まさに巫女を守る務めにふさわしい人間だ」
よく分からないけど、落ち着かない気持ちになる。きっと気のせいだと思う。他意のない、ただの称賛のはず。
「……そうかもしれないね」
答え方に迷う。ふさわしくない人なんていないと思うけど、なんて言葉は軽すぎる気がする。
「そろそろ行こう。挨拶は後で。どうせ同じ家に住んでいるだろ?」
頷いた。色々と気になることはあるけど、まずは講義だ。
***
すれ違った女の子が、きゃあと悲鳴を上げた。それから人がこける音と紙が散らばる音が続く。あたふたと資料を集める姿が心配になって、ルイカを見た。
彼も気にしているようだったけれど、時間も同じくらい気になっているみたいで、腕の時計に一度目をやっていた。
「ルイカは先に行ってて! 大丈夫、わたしが手伝うから」
「……分かった。後でな」
駆け寄って慎重に紙、おそらく次の講義の資料を拾い集める。
「わ、大丈夫です! 私」
「えっと、気にしないで。二人でやった方がきっと早いよ」
女の子は小さく頷いた。黙々と資料を拾う。
「巫女様、ですよね」
「えっと、うん、そう……です」
彼女は巫女という存在を人並み以上に特別視している。少なくとも、ここまで学校で過ごしてきてこんなに畏まった態度の人は見なかった。
「巫女様にこんなことをさせちゃうなんて、私駄目ですね」
「気にしなくていいよ。わたしだって普通の人と同じようなものだから」
「そんなことないです! あ、ごめんなさい。ちょっと声が大きかったですよね」
確かに、ちょっと大きかったかもしれない。びっくりした。どうしたんだろう?
「私が小さい頃。お医者さんが誰も助けられなかったおばあちゃんを、巫女様が助けてくれたんです」
彼女が小さい頃というと、前の巫女の誰かなのかな。前の巫女とわたしたちにはしばらく間が空いている。
「……巫女」
「はい。今はもう亡くなっているけど。あの時助けてくれたおかげでおばあちゃんはちょっとの間だけであっても、やり残したことをすることができた。会いたかったけど会えなかった人に最期に会えて、幸せそうでした」
彼女のおばあちゃんはもういない。それは悲しいことだけれど、優しい救いがあってよかった。
「そっか、そうだったんだ」
「……はい。だから私、巫女様にお会いしたらお礼を言いたかったんです。同じ人じゃないけど、同じ巫女様だから」
「その巫女に会ったりは……」
彼女の顔が寂しそうなものに変わる。
「お役目を終えたあと東の方の領主様に嫁いだと聞いています。領主様の奥方なんて会いには行けないし、お手紙も届かないかもしれなくて」
「そっか、そうだよね。難しいよね」
今はもうずいぶん緩くなったとはいえ、まだまだ貴族と呼ばれるような上流階級の家の人間に対して気軽に接することはできないというのが一般的な認識だと教わった。この学校が特殊なだけで。
「はい、寂しいです」
「……うん」
それからはまた静かになって資料を拾う。拾い終わって改めて見ると、彼女一人で持つには多すぎるような。
「半分にして二人で持っていこうよ」
「え、だめですよ! そんなこと……」
「前の巫女のお話が聞けたお礼じゃだめ?」
困った顔でうなずくと彼女は私に自分が持っていた資料を渡して、床に置いたままだった方を拾う。こっちの気持ちを押し付けすぎたかもしれないけれど、でも、あのままだとまた落としてしまいそうだったから、つい。
「じゃあ、いこっか」
「……ありがとうございます」
結局、それから講義室まで一言も話さなかったけど、部屋を出る直前に視線を感じて振り向くと彼女が小さく手を振ってくれていた。
それがとてもうれしくて、わたしも手を振り返す。名残惜しいけれど、同じ学校にいるのだからまた会えるはず。そう思って、もうじき始まる講義に間に合うように来た道を戻った。




