はじめての学校 2
学校に着いて、最初の講義。つまらないだろうからと中庭や図書館に行くのを勧められたけど、きっと迷子になってしまうだろうし、興味があったから一緒に出席することにした。二列目の席の、右端。
左側でルイカが開いている本を見る。読めるし文章の意味も分かるけれど、結局何を言いたいのかさっぱり分からない。
「いつでも席外せばいいから」
わたしの顔も見ずに言う。準備に夢中のようだ。朝早くの紙をめくる音、先ほどまでの図書館での自習。ルイカは相当な魔術好きみたい。
……わたしはどうだったのかな? 本を読むのは今も好きだ。だけど、知らない言葉も多い。多分、特に何かを勉強してはいなかったのだと思う。
「ルイカ! この子が巫女?」
「そうだけど」
明るい声の男の子がルイカ側にまわって声をかけていた。ちょっとくすぐったい。
「いいなー、かわいい女の子たちと共同生活なんて憧れるぜ。男のロマンだよなあ」
「ドア一枚でもう女性の部屋なんて逆に気を遣うんだよな」
男の子が驚いた顔をした。
「え、そんな感じなの? うわー、夢しかないじゃん」
「あのなぁ……」
ルイカは呆れた顔で彼を見る。
「でもこれからが大変だよなあ。人が増えてきたらどんどん聞かれるぞ。あのルイカが可愛い女の子連れてるんだもんな」
「可愛い女の子じゃなくて巫女だからだろ」
確かに可愛くはないのだけど、なんだろう、直接言われちゃうとやっぱり悲しい。
「その言い方はかわいそうだぜ、だからもてないんだよ」
「……僕が恋愛対象として魅力的じゃないのくらいわかってるよ」
男の子は肩をすくめる。その気持ちが分かった。自分でそれを認めてしまうのはもったいないと思う。多分、彼のいいところをわかってくれる人はいるはずだ。友達……とは違うのかもしれないけど、それに近い関係として、ルイカは魅力的な人だと思う。
じゃあ恋愛対象としてどうなのかと聞かれたら、わたしには判断が難しい。……結局、フォローできていないことに気づいてしまった。
「もったいないよなあ、顔は悪くないんだし。なあ? えっと……」
「あ、リティだよ」
「了解、リティ。リティ的にはどうよ、顔だけ見てでいいから」
制止するルイカに申し訳なさを覚えつつ、じっと顔を見る。トリカさんによく似ている。どちらもあまり男の子っぽさや女の人っぽさを感じない顔つきだ。
それよりも大事なのは。わたしは彼の容姿をどう思ったか。答えないと。
「うん。かっこいいと思うよ」
これは、気を遣った嘘だとかお世辞だとかじゃない。本当にわたしはかっこいいと思った。ついでに言うとトリカさんもかっこいい。あんな服が似合っていたのもそのせいなのかもしれない。
ルイカはうつむいて黙ってしまった。言い方が悪かっただろうか。
「何、照れちゃってんの? おうおう」
「うるさい」
顔を少しだけあげて男の子をにらんでいた。ちょっと顔が赤くなっているかもしれない? 気のせい?
「グルシユ君、その子が巫女?」
ルイカが短く肯定するとその女の子は上の方へ向かっていった。
どんどん人が増えてきている。
「もうちょっとで講義だなあ。担当教授って今年来たばっかりなんだよな。結構若そうだったよ。五十いかないくらい?」
「大切なのは内容だろ」
「まーそうなんだけど」
そのあとは専門的な会話が続いていた。お調子者に見えた男の子も、学生の顔をしている。
***
講義が始まってすぐ、わたしは話についていけなくなった。魔術を効率よく使うための講義だということはわかったのだけど。人が短時間に使える魔術には限界があって、人によってその限界は違って、無理しすぎると体に悪い。そこまでは分かった! のでいいことにしたい。
ルイカのノートを見る。きれいな字だ。ちゃんと教授の話す速さについて行っているのにすごい。
「うちの息子もここの卒業生でねえ、あの憧れの教授に名前を覚えてもらえただとか後輩にすごい子がいるだとかよく手紙に書いてくれたよ」
教授は楽しそうに笑っている。
「うん? 息子は今何をしているのか? 魔術の移動教室を開いているんだよ。いろんなところを周ってね」
いろいろなところ。行ってみたいな。どこに行ってみたいのかと聞かれたら迷ってしまうけど。
「それじゃ、そろそろ実技やってみるか。これは魔術に込めている力を視覚化する仕組みがあってね」
小さな石を見せてくれた。つやつやしていてきれいだ。
「そうだね、片手に持ったままこの蝋燭に火をともしてくれ。できるだけ少ない力で。光り方が弱ければ弱いほど効率的に術を使えていることになるね」
そういうと教授は講義室のカーテンを全て閉めてから、蝋燭を置いて火をともした。手の石は輪郭がわかるかわからないかの明るさ。
「と、こんな感じだよ。じゃあ前の席の人からおいで」
一人、女子学生が出てくる。楽しそうに教授と言葉を交わしてから蝋燭に向けて魔術をかける。火はついたけれど、同じくらい明るく石が光っていた。
「まあまあ、気にしない気にしない。皆意識し始めはそんな感じだよ」
少し落ち込んでいたように見えた女の子が微笑む姿が蝋燭で淡く見える。
「ほらほら、次々。気軽においで」
***
すぐにルイカの隣の男の子まで順番が回ってきた。男の子は一回火をともすことに失敗して、ごまかし笑いをしながらかけなおしたのだけど、石は淡く光っていた。術自体の得意不得意は特に関係なさそうだ。精度のほうが課題かもねと教授に言われている。
「おっと、暗くてよく見えないけど。君はもしかしてグルシユ君かい? 蝋燭の灯りだと余計似ているように思えるよ」
「……はい」
かすかに見えるだけの明るさでも、ルイカの表情が硬いことが分かった。緊張している?
「お姉さんにはこの前少しだけお会いしてね。噂と息子の話に違わぬ素晴らしい魔術師だったよ」
「すみません、始めてもよろしいでしょうか」
「ああ、ごめんごめん。次が詰まっていたね」
理由はわからないけど、嫌な予感がした。気のせいだと願いながら見守る。
蝋燭に火がともる。よかった。横の石を見た。……光っている。ほかの、難しいことだからと慰められていた人と同じくらい。
「まあ、そうだ……人には向き不向きがある。気にしないでいい。……私がプレッシャーを与えていたのならすまない」
「いいえ、ただの僕の力不足です」
短く、平坦な声で答えていた。教授はきっと悪意なくルイカをフォローしたのだろう。それが彼にとって逆につらい言葉だったのも、わかってしまった。普段と全く同じ歩き方で、席に戻っていく。
「あ、あの、今退けるね」
ルイカがさっきの席に戻れるように一度立ち上がる。暗い部屋でも近かったから、彼の顔が見えた。苦しそうで、悔しそうで、あきらめている顔。勝手に人の感情を決めつけてはいけない。勝手に同情してはいけない。分かっていても、自分を重ね合わせてしまった。
できると思われて、本当はできなくて、それを知った時の相手の落胆と慰め。それが苦しいのに、どうすればできるようになるのかがわからない。期待に応えられなかった悔しさが消えてくれない。
巫女になってからの十日と少しの間で、何度かそんな思いをした。




