春祭り 2
夜、わたしは本を読むルイカに話しかけた。本を閉じて体をわたしの方に向ける。何をして欲しいのかを言葉を選びながら説明した。
「踊りの練習?」
怪訝そうな顔をしている。
「そうなの! 巫女たち一人ひとり神様と踊るっていう場面があってね、そこでわたしも踊らないと」
「ああ、夕食の時に騒いでた」
そう、主にキャトラがキステットに絡んでソーチャに怒られていたあれ。ルイカは興味がないのが丸わかりの表情だ。興味があったほうが驚くから、ここまでは想定内。
「ルイカしかいないの! ジードルはもっと首を振ってくれなさそうだし、ティトラスは忙しそうだし、職員さんには悪いし」
「明日から練習なんだろ」
本当に興味がないみたい。手元の本にもう視線を戻している。急に心細くなった。
「でもいきなり知らない男の人と踊るのは緊張しちゃうよ。だって、すごく近くまで近づくんだよ? 今までの全部含めて、きっと初めてだよ」
「それならなおさら。僕みたいなのが相手したら変な癖がつく」
それは、そうかもしれないけど。ルイカがどこまでできるかも知らないから、反論ができない。
「ルイカなら、初めてでも優しくしてくれると思って……」
ページをめくる手が一瞬ぴたりと止まった。にやけるのを我慢しているような、何を言っているんだと呆れているような、その間の表情。横顔から読み取れるのはここまでだった。
「あのなぁ……」
本を閉じてこちらを見てくれる。どうしたのか聞くと言い方、とだけ答えられた。
「ね? お願い!」
ひと月と少し一緒にいて、だんだん分かってきた。あと少し押せば頷いてくれる。彼の押しに弱いところを利用しているようで、少し後ろめたい。
「……期待するなよ。僕だって何年か前に基礎だけ教わっただけなんだ」
「やった! ありがとう!」
嬉しくてはしゃぐ。「また明日」と「おやすみなさい」を伝えて部屋に戻った。
ベットに入って早く寝ようと目を閉じる。……よく考えたら、なんでここまでわたしはしているのかな。別に明日から練習が始まるんだから、それこそルイカの言う通り彼に頼む意味なんてない。
頭の中と心の中を探る。考えて理由づけて、やっと出たのは”初めての相手が彼なら安心できる”という単純でこどもっぽい結論。こんなわたしなのにそばにいてくれるから、すこし頼りすぎちゃっているのかも。
***
……早くに目が覚める。あまり眠れなかったからちょっとだけ眠い。あくびをしそうになって慌てて手で覆った。誰もいないけれど。
昨日ルイカは練習に付き合うことを了承してくれた。だけど、その代わりに始めるのは朝からだと条件を出されたのでまだ何もしていない。
ルイカはかなりの朝型。夜は早くに床に就く。朝一番から勉強をしているからちゃんと睡眠が取れているのか心配になってしまうけど、その点は心配なさそうだ。
「起きてるか?」
ドアを叩く音の後ルイカの声が聞こえる。起きていることを伝えて、慌ててリボンを使って髪を高い位置で一つにまとめる。
普段しない髪型だけど、動くならこちらの方がいいかもしれない。
「ごめんね、お待たせ」
「そこまで待ってない。……普段と髪型が違うな」
ルイカがそんなことを言うなんて意外だった。もしかしたらお姉さんのいる弟だからそのあたりよく気付く、というか言葉に出すのかも。なぜか髪型を変えるたびにどこが変わったのか詰め寄るトリカさんのイメージが頭をよぎった。
「ほら、動きやすいように。変じゃない?」
「変じゃない」
もちろん、そこまで。お世辞を言わないのはいいところだと思う。
「改めて確認しておくけど。僕は数年前に教わったきり。ただの時間の無駄になると思う。それを分かっているなら協力する」
ただ、しっかりしたレッスンを受ける前の準備としてちょっと試してみるだけなのに。まるでそれが何か深刻なことかのように確認してくる。わたしがやめると言うのを期待しているような。でも、練習自体は嫌がっているように見えなくて不思議だ。
「もちろん、分かってるよ」
わたしも変だけど、ルイカも変な気がする。けっこう。
***
やっぱり、近い。少しだけ香水をつけてみたから、多分大丈夫だよね。違う、集中しないと。
「多分、僕よりも向いてる」
「そう? ルイカがどれくらい向いてたのか知らないけど……」
「さっぱりだった。一度か二度受けた後は姉さんが残した隠し部屋に閉じこもってたよ」
ほほえましい。きっと探し回った人は大変だっただろうけど。
「特に言うことがない。……本当に僕でよかったのか?」
確かに、思ったより、なんだろう。普通だ。そういうものだと割り切っているのか、こんなに近くにいるのにルイカは平常心だ。慌てやすいのに珍しい。
わたしも。やってみればなんのこともない。そんな感じだよね、みたいな。そういえば、ルイカの手を握ったのは初めてかもしれない。痩せていて細い手なのに、わたしの手よりしっかりしている。絡めたら冷たくて気持ちよさそうな――
「おい、やめろって」
「あ、ごめんね。ついつい」
「何がついだよ」
苦笑いをしながら何もなかったように握りなおす。あきれた顔をされる。くすぐったかったのかな。
話しながら踊っていると少し肩の力が下りた気がする。それにだんだん慣れてきて、これなら練習もきっと本番も大丈夫だと思う。
……本番。そういえば、ルイカは小さいほうだ。彼と比べたらティトラスはだいぶ身長が高くて、もしかしたら感覚が結構違うのかもしれない。今ルイカがこれくらいの身長だから、ティトラスの顔はさらに上。首が痛くならないかな。それは言い過ぎ? ティトラスの手足は長いからやっぱり……
「こういうときぐらい僕を見ろって」
「え、あ、うん、えっと、ごめんね」
不機嫌な声とすねたような顔。急に不思議な感情に襲われる。かわいいとかどうしてとかで気持ちがぐちゃぐちゃになって、足が絡まって。
「……もう終わるか」
こけかけたところを引っ張られた。体勢を整えてそうだね、と答える。何もかも、よくわからない。
***
テーブルに二人、向かい合わせ。水差しから水をもらう。少しだけとはいえ動いた後だからおいしい。シャワー浴びないといけないかな。これくらいなら大丈夫かな。
「ありがとう、朝早くからごめんね」
「別に大したことしてない」
君は謙遜するけれど、わたしにとっては十分すぎるほど。これなら本番も頑張れそう。
「初めての相手が君でよかった。わたしはそう思うよ」
そう微笑みかける。何か言おうとしたけど、結局ルイカは黙ったままだった。
練習、頑張らないとな。それで、ちゃんとできたところを見てもらいたい。




